第65話
テスト期間最終日の午後、俺たちは俺とマエのバイト先に集まっていた。
「いらっしゃいませー」
しかし、今日の俺は店員ではない。
今日はマエが店員だった。
メンバーは俺と久遠、壱岐。
「良く似合ってますよ、マエさん」
「ありがと双葉ちゃん!」
今日は双葉も一緒だった。
七夕以来、双葉と千代の関係もそれまでとは違い積極的に関わるわけではないが、腫れ物を扱うような雰囲気でもない。
まぁ、それでも壱岐と双葉を関わらせるのは俺としては避けたかった。
しかし、教室で双葉から自分も参加したいなどと言われてしまっては是非も無い。
うらやま悔しく憎たらしい男子たちの怨嗟の視線を浴びながら、俺はNOとは言えなかった。
ちなみにアキトは三倉とよろしくやっているようだ。
テストの出来はあいつにしては良いらしい。
マエに案内されて店の奥の半ば指定席となったテーブル席へ座る。
半分狙ってやったことだが、久遠が一番奥の席に座ったのを確認した俺は、その向かい側の席に双葉をエスコートして俺は双葉の隣に座る。
必然的に壱岐と久遠が隣り合う。
壱岐と双葉を引き離すには仕方のない配置なのだ。
「ご注文は何になさいますか?」
マエが、わざとらしい接客をする。
ここにアキトがいればちょっとしたコントに発展するだろう。
「……私はコーヒーフロート」
しかし、久遠の対応は冷静で冷徹だった。
マエは少し恥ずかしそうにしている。
「少しは乗ってやったらどうだ?」
壱岐はそう指摘するが、久遠には何のことか分からないようだった。
「マエ、どんまい」
「ナルくんやめて、それが一番効くから」
マエが恥ずかしそうに伝票で口元を隠すので俺は話題を変えてやることにした。
「じゃあ、テストの結果を一つ」
「聞かないで」
悲しそうな顔をするマエを見て俺は今日の面子がどういう集まりなのかに気付く。
俺と壱岐は普通に勉強ができる。そして、久遠と双葉の成績はトップクラスだ。
必然的にマエが最下位となってしまう。
「……俺もコーヒーフロート」
結局、壱岐と双葉も同じものを注文する。
商品が揃ったところで俺は本題を切り出した。
「夏祭り、みんな行くよな?」
あえて、行かないかと聞かない。
行くのがさも当たり前の如く聞く。
「成嶋は行くのか?」
壱岐がアイスクリームを突きながら聞いて来た。
俺は、試験の時と同じくらい真剣な表情で答える。
「リンゴ飴の誘惑には抗いがたい……」
壱岐と久遠は呆れた顔を向けるが、隣に座る双葉は笑っていた。
双葉は手に持ったスプーンの先を俺に向けながら言う。
「チョコバナナ、もアリですよ」
「確かに」
人差し指で双葉のスプーンの先を指しながら答える。
双葉は、いつもの貼り付けた笑顔で言う。
「では、皆さんで一緒に行きませんか?」
その言葉を待っていた。
俺はすぐにその提案に同意する。
「いいな、行こう。久遠も壱岐も行くだろ?」
半ば押し切る様な口調で迫る。
すると、壱岐は久遠にちらりと視線を向けて言う。
「久遠が行くなら」
「え、私?」
俺と双葉が我関せずと先ほどから黙っていた久遠に視線を向ける。
すると、久遠は観念したのか気怠そうな顔で応える。
「……なら、せっかくだし」
作戦の第一段階は終了した。
今回、俺の立てた作戦は『みんなで夏祭り行くけど途中でしれっと二人きりにしてイイ感じの展開になるのを期待しよう』だ。
名は体を表す。
作戦名もラノベの題名も中身について言及するのがトレンドだ。
もはや、人間関係が複雑化した現状では漫画の展開再現など不可能に近い。
ならば、漫画の展開に頼ることなく二人を近づければいいだけの事。
夏祭りで二人きりならこの朴念仁な二人でも多少は意識するのではないだろうか。
俺は、そんなことを考えると自然と笑みがこぼれた。
すると、俺たちの話を近くで聞いていたマエが言う。
「あー、アタシ夏祭りの日は用事があって行けないんだー」
それは割と意外な言葉だった。
マエの性格上、こういうお祭りごとを外さないと思っていたからだ。
「そうなのか?」
「うん、残念だけど」
俺が訊ねるとマエは少し悲しそうな顔をする。
「残念だが、仕方ないな。代わりに夏休みにみんなでどっか行こうぜ」
「はい! アタシ、海行きたい!」
「立ち直り速いな」
落ち込んだ姿を見せた次の瞬間にはいつもの笑顔が戻っていた。
俺はその姿を見て少し安心する。
「では、夏祭りはこの四人ですね」
双葉が確認するように俺たちを見回す。
マエが来ないのは少し残念ではあるが、計画に支障はない。
俺は、そう思い安心してコーヒーフロートを啜る。
その時、気付いた。
四人で祭りに行って、壱岐と久遠を途中で二人きりにすると言うことはつまり、俺と双葉も二人きりになるという事じゃないか。
俺はその事実に気付くと同時にむせた。
「……何してんの?」
久遠が、心配するというより少し呆れたように言う。
俺はジェスチャーで問題ないことを伝える。
「おしぼり、使いますか?」
横に座る双葉が、おしぼりを差し出すので受け取って口を拭った。
俺は、何か嫌な予感をいまから感じながら夏祭り本番の計画を練り始めた。




