第64話
電車に揺られて目的の場所まで向かう。
車内は空いており、俺と双葉は並んで席に座る事が出来たし、周りをあまり気にせず話も出来た。
「しかし、なんで今日なんだ? 週明けにはテスト期間だぞ」
俺は、テスト寸前の休日にわざわざ呼び出したことを指摘する。
双葉は、淡々とその理由を答える。
「テスト期間前日だからです」
要点を省いた結論だけの発言だが、その理由は察せられた。
「他の生徒と会う確率が低くなるからか」
テスト期間寸前なら、普通は家で勉強する。遊びほうける人間は少数だろう。
なら、そのタイミングなら誰かに目撃される可能性は普通の休日に比べて極端に低くなる。
つまり、双葉が自分のイメージにそぐわない行動をするには好都合だということ。
双葉が皆まで言わずとも、そこまで察した俺に双葉は満足気に言う。
「話が早いですね。楽でいいです」
「今日はとことん手を抜く気か?」
「いえ、取り繕わないだけです」
言い方を変えれば気を遣う相手ではなくなったという事ではないだろうか。
まぁ、俺も気を遣わないので気楽でいいが。
「というか、なんで俺を呼んだ?」
今更気付いたが、ラーメンくらい一人で食べに行ける。
あえて俺を呼ぶ意味と言えば……。
「女の子ひとりでこのお店に入れと?」
「だよな」
というか、男と二人で入る店でもないと思う。しかし、そんなことは言わなかった。
「でも、来てくれてありがとうございます。鳴希くんの言う通り、テスト前日なのに」
双葉は申し訳なさそうな表情を浮かべ、そして上目遣いをしながら媚びるような声を出す。
これは、多分意識的にやっているのではなく無意識に自然と出ているのだろう。
双葉が本気を出せば、もう少し破壊力があるはずだ。
もっとも、アホな男子はこれだけでも十分撃沈可能だが、俺はアホではない。
「お前が頼めば、多分テスト当日でもほとんどの男子が二つ返事で飛んでくるだろ」
俺が冷ややかな視線を向けながらそう言うと、双葉は両手を口元で合わせながら小悪魔的な微笑を浮かべて言う。
「鳴希くんもそうですよね?」
「いや、俺は断る」
「今日は来てくれたじゃないですか!?」
笑顔が剥がれ落ちた双葉が不満そうに言う。
俺は心底真顔で応える。
「今日は魔が差しただけだ」
「私は悪魔か何かですか!?」
「違うのか?」
「…………、なんでしょう。あまり強く否定できないです」
自覚はあるのか。
双葉は、まったく動揺しない俺を見ると、悔しいのか何か考える素振りを見せる。
そして、おそらくろくでもないことを思いついたのか再び悪戯っぽい笑顔を貼り付ける。
「鳴希くん、照れ隠しですね?」
「ぶち転がすぞポンコツ女」
そうこうしているうちに電車は目的の駅に到着する。
ホームに降りて改札を出たところで双葉はカバンから何かを取り出した。
「……何してんだ?」
俺は、双葉がカバンから取り出した帽子と眼鏡を掛けたところでその行為を指摘する。
「変装です」
「……なんで?」
俺が呆れた顔で言うと、双葉は薄い胸を張って答える。
「もちろん、万全を期すためです。これで絶対に私とは気付かれません」
「自意識過剰」
「――――ふぐっ!」
俺の言葉は双葉にクリティカルヒットしたらしく、その落ち込み方はこれまで見たことが無いくらいだった。
聞いたことの無い唸り声と共に双葉はうなだれている。
流石に、少し心配になる。
「双葉? 大丈夫か?」
「そうですよね……、何様だって感じですよね……。やっぱ過剰ですよね、自意識」
常に余裕で落ち着いた雰囲気のペルソナ。己の魅力を自覚して自信に溢れる素の表情。そのどちらでも見たことの無い双葉の姿は新鮮だった。
俺はどうやら地雷を踏んだらしい。
「双葉ー? 大丈夫だぞー」
「ええ、良いんです。わかってますから。だから私は女子に嫌われるんですから」
割と重症の様だった。
その姿を見ていると、申し訳ない気持ちになって来る。
しかし、単純な慰めの言葉では双葉の気持ちは晴れないだろう。
なにか、インパクトのある方法は無いかと考えて、一つ思いついた。
俺は、咳ばらいをして声色を整え、俯く双葉の耳元で囁く。
『お前に泣き顔は似合わねーよ』
「は? 何言ってるんですか?」
「立ち直りはえーよ」
俺は自分からやっといて何だったが、恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。
双葉はそんな俺を見てほくそ笑む。
「やっと、焦り顔を見せましたね」
「お前、わざとか!?」
双葉は意味深な笑顔を浮かべてる。
右手の人差し指を立てて口元に当てる。
「それは秘密です」
雑踏の中であっても、その囁くような声は俺の耳に確かに届く。
双葉の周りだけが現実から切り離されたようにその存在感を放っている。
「……やっぱ要るな、その変装」
俺がそう言うと、双葉は満足したのか駅の出口へ向けて歩き出す。
俺はその後ろ姿を追いかけた。




