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第63話


 テスト一週間前になると、俺は何かを忘れるようにテスト勉強に打ち込んでいた。

 頭を使っていないとあの日の事を思い出しそうになるからだ。


 常に別の事を考え、新しい情報を詰め込んで、あの感情は心の底、箱の中に収める。


 テスト勉強は確かに捗ったが、だからと言って別にそれが苦ではない訳ではない。

 だからだろうか、スマホに送られてきたメッセージを見てその誘いに乗ってしまったのは。


 テスト週間直前の休日。

 本来であれば、最後の詰め込みを行うべきであろうそのタイミングで俺はあろうことか外出していた。

 しかも、一人ではない。女子と二人きりだ。


 おーけー、わかっている。

 期末テスト舐めてんのか? みたいな批判は自分で自分に十分過ぎるくらいした。

 だが、ここ最近の勉強量を考えると2、3時間くらいの気分転換などどうと言うことは無い。

 問題は、その女子相手に気分転換になるのかどうかと言うことだ。


 俺は待ち合わせ場所である駅前に早目に到着した。

 しかし、やはりそこにはすでに彼女の姿があった。


「双葉、待ち合わせ時間の意味を理解しているか?」


 その相手は二上双葉だ。

 文武両道、才色兼備の完璧美少女。学年の半分、すなわち一学年男子生徒全員を手玉にとれる女。

 清廉潔白のイメージを完璧に作り上げたペルソナを纏う少女。

 正妻ヒロイン、ラブコメの神に愛された女。

 称号を上げればキリがない。

 それが二上双葉だ。


 双葉は、俺の姿を見ると不機嫌そうに言う。


「遅いですよ。10分待ちました」


 そこに、学校で見せている仮面は無く。纏うようなあの雰囲気は皆無であった。

 今日の双葉の服装は、以前のデートの時よりもかなり地味で、ともすれば双葉のイメージとはすこし離れている。


「まだ約束の10分前だ。お前が早すぎる」


スマホの画面を見ながら俺が言うと双葉は不満そうに言う。


「たとえそうでも、こういう時は気の利いた言葉の一つもいうモノですよ。恋愛漫画ではそうでした」


 最近、双葉の俺に対する扱いが変わってきている。

 以前までは、まだどこか取り繕うような空気を感じたが、素を見せるのに慣れてきたのか最近は二人きりの時は遠慮がない。

 もっとも、履歴の残るスマホのメッセージの時は完璧に取り繕っているあたりは流石だと言える。


「漫画基準で物事を考えるな」


 自分で言って自分に刺さる。


「乙女的にもそうして欲しいと判断できます」

「――、はっ」

「あ、なんですかその顔!?」


 恋愛における感情の機微に疎い双葉から、乙女などと言う単語を聞くと思わず笑ってしまう。

 もっとも、ペルソナ状態の双葉が言ったならばバカな男子たちはノックアウト物だろうが。


「で、今日はなんの用事だ?」


 呼び出しの指定時間は11時。

 つまり、どこかで昼食を食べることを前提、もしくはそれを目的にしていることがわかる。


「すこし、付き合っていただきたいお店があるのです」


 これが、普段の猫を被っている双葉であり、俺が他の男子生徒だったなら今にも叫びだしたいくらい喜んだことだろう。

 しかし、俺はかなり冷静だった。


「なんの店だ?」


 俺がそう聞くと、双葉は恥ずかしそうに頬を赤らめて俯く。

 その仕草は、双葉のペルソナと素に近い姿を両方知っている俺でも、それが作りだしたモノか素でやっているのか判断に迷う。

 というか、俺以外の男にそれやると間違いなく勘違いをさせる。


「……ここです」


 双葉はスマホの画面を俺に見せる。

 飲食店の口コミサイトが表示されており、俺はその店名と詳細を見て絶句する。


「な、何か言ってください!」

「いや、お前……。ほんとにこれ食いたいのか?」


 そこに表示されていたのは豚の餌、もといそう表現されることのあるラーメンであった。

 俺は、双葉とスマホを交互に見て言う。


「何か嫌なことでもあったのか? 遠慮せずに相談してくれ」

「なんで慰めるんですか!?」


 不本意だ、と表情で訴える双葉に俺は笑ってしまう。


「いいじゃないですか! 私だってそう言うのに興味あるんです!」


 まぁ、言いたいことは分かる。

 双葉の普段のイメージから考えると、学食でラーメンを食うことも憚られる。

 たまには、そういうイメージとはかけ離れた行動を取りたくなるのは仕方ないだろう。


「けど、いきなりこれはハードル高くないか?」

「や、やっぱりそうですか……?」


 俺がそう言うと双葉はいきなりシュンとしてしまった。

 俺は少し自分の発言に後悔する。


「いや、悪い。今のは忘れてくれ」


 双葉は俺よりも頭が回る。

 なら、当然のように俺の指摘は自分でも考えたはずだ。

 その上で食べると判断したのだから、俺が止めるのは野暮だろう。


「結局どっちなんですか?」

「行くよ。食い行こう」


 そう言って俺が駅に向かって歩きだすと、双葉は慌てて俺の隣に駆け寄る。

 俺は並んで歩く双葉に言う。


「しかし、この前は野菜スムージーとか言ってたやつが、このラーメンか」

「……いけませんか?」


 不貞腐れたように言う双葉に俺は苦笑する。

 俺の表情を見て双葉は更に拗ねたような顔を見せる。


「悪い悪い。ただ、あんなに肩肘張って体裁を取り繕ってたのになと思うとさ」

「別に、体裁は取り繕っていますが肩肘は張っていません」


 確かに。

 双葉は決して無理をして自分のイメージを作っている訳ではない。

 多少の我慢はしているだろうが、双葉には才色兼備、完璧美少女に足りるだけのスペックが備わっている。

 なら、肩肘張るという表現は適切ではない。


「そうだな、悪い」

「わかればいいんです」

「確かにお前は、無理して演じている訳ではないものな」


 そう言うと双葉はハッとした顔で俺を見る。


「それでも、たまには肩の力を抜くのは大切だろ。なら、それくらい付き合うよ」


 それを聞いた双葉は、薄い胸を張って不遜な態度を取る。


「そうですね。鳴希くんは私の誰も見たことが無いところまで知っているわけですし、責任を取っていただかないと」

「今の言い方なんかエロい」

「えっ――――!? ば、バカじゃないですか!?」


 顔を赤くした双葉が自分の体を抱きしめる。

 俺はそれを見て言う。


「安心しろ言い方だけだ」

「それだと言い方以外はエ――――、魅力が無いみたいじゃないですか!」

「――――、はっ!」

「なんですかその笑い方!?」


 普段と違い、余裕の無い双葉を弄ることに楽しみを覚えながら、俺たちは目的地へと向かう。


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