第62話
屋上で過ごす昼休みとはどうするのが正解か。
彼女と二人で他愛のない会話に花を咲かせるか、吹き抜ける風を感じながら一人で昼寝でもするか。
少なくとも、アホの惚気話に付き合わされるよりはなんでも有意義に思えるだろう。
「なぁ、成嶋」
「なんだ、壱岐」
「帰っていいか?」
「だったら俺も帰る」
だが、立ち上がろうとする俺たちをアキトは押しとどめる。
このやり取りも何回目か。
「二人とも真剣に考えてよ!」
そう言うアキトに俺は疲れた声で言う。
「真剣に考えてるって」
「なら、なんで夜景の見えるバーなんて案が出るの!?」
「ブレインストーミングだからだ」
「ブレインコントローラーでもストリーミング再生でもなんでもいいけどもう少し現実的な案を出してよ!」
と、言われても他人の色恋沙汰に責任ある回答を求められるのが無理がある。
というか、アキトの性格上そういう雰囲気を作るという行為に無理がある。
しかも、アキトのそれは欠点では無く長所だからこそ改善の余地がないのだ。
「成嶋、さすがにめんど――、じゃなくて可哀想だから真剣に考えてやれ」
「壱岐くん、イイ感じのこと言った風な顔してるけど完全にナル君任せだしさっきメンドクサイって言いそうだったよね?」
壱岐の言葉を受けて俺は観念する。
これ以上はごねてはぐらかす方が面倒だ。
俺は、スマホのカレンダーを見ながら思考を巡らせる。
そして、一つの案を思いつく。
「よし、アキト。一つ思いついた」
「なになに!?」
食い付き方が犬を彷彿とさせる。
俺は顔を近づけるアキトを押しのけながら言う。
「なんもするな」
俺のその発言にアキトがポカンとした顔をする。
壱岐は、難しい顔をして口を開く。
「その心は?」
「こいつは口を開くとおふざけに走る」
「それな」
壱岐が俺の発言を肯定するように人差し指を向ける。
「だが、顔はいいんだから黙ってさえいればそれなりの雰囲気になる」
「やだもー、ナル君ってば人前でー」
「壱岐、コイツここから放り投げるから手伝え」
「フェンスの上まで届くか?」
「わー! ごめんなさい! 黙ります!」
体をくねらせながら言ったアキトの肩を二人で抑えると、アキトは両手を合わせて謝罪する。
俺は気を取り直して話を再開する。
「つまり、人気の少ないところで、ロケーションを選び、黙って三倉の顔を見つめれば向こうからそういう感じにしてくれるはずだ」
かなり無理やりな提案だった。
論理がメチャクチャでツッコミどころもある。
しかし、壱岐は空気を読んだ。
「なるほど、天才的な発想だ」
あえて俺の提案を褒め称えることで、それがあたかも名案の様に仕向けてアキトを納得させるのだ。
「やはり顔が良いと発想も違うな」
「そうだろう」
「さすが、学年一のモテ男」
「そうホメるな」
「三股野郎の名は伊達じゃないな」
「喧嘩売ってんのか?」
そんな俺たちを見てアキトは納得したような顔をする。
「わかった! 早速やってみるよ!」
「はい、ダメー。やっぱお前はアホだな」
俺の指摘にアキトが黙り込む。
俺はスマホを操作してあるページを開く。
「シチュエーションを選べ。たとえばこういうのだ」
そう言って見せた画面には夏祭りの案内が表示されている。
それを見たアキトと壱岐が頷く。
「よし、わかった! 夏祭りで僕は男になるよ!」
両手でガッツポーズするアキトを見て俺が呟く。
「寝技のことか?」
「寝技だろ」
「違うから!」
冷静に言う俺と壱岐に対してアキトは顔を赤くして否定する。
「ともかく、夏祭りが待ち遠しいよ!」
やる気に燃えるアキトを見た俺はその前向きな姿勢に感心した。
なら、俺が掛けてやる言葉は一つだ。
「頑張れよ、アキト」
「ナル君――――!」
アキトは、俺の顔を見据えて感極まったような顔をする。
だから俺は言葉を続けた。
「期末試験、がんばれよ」
その単語を聞いてアキトは絶句する。
壱岐はアキトの絶望に満ちた顔を見て笑っていた。
「もし赤点だったら、休日に追試だな。確か日程は――」
「夏祭りの日だろ?」
「Exactly」
壱岐はどこか嬉しそうな顔をしながら言った。
アキトは力なくうなだれると、次の瞬間に頭を上げて言う。
「ナル君、べんきょ――」
「嫌だ」
「壱岐く――」
「断る」
突き放すような言葉を受けたアキトは再びうなだれる。
流石に可哀想なので良いことを教えてやる。
「そういや、三倉もこの前のテストは点数良かったんじゃなかったか?」
「――――!!?」
その指摘を受けたアキトは嬉しそうな顔を見せると走り出した。
「ミクちゃんにお願いしてくるー!」
その後ろ姿を見送ると、壱岐が言う。
「単純な奴だな」
「アホだからな」
そうこうしているうちに時計は良い時間を示していた。
「戻るか」
俺がそう言ってアキトを追うように歩き出す。
すると、立ち止ったままの壱岐が言う。
「成嶋、あの後どうだったんだ?」
壱岐が、先ほどとは違い真剣な表情を見せる。
俺は、一瞬なんのことか考えたがすぐに何を指しているのかわかった。
そしてそれを聞くという事は、壱岐はやはり意図的にあの七夕の日に俺と久遠は二人にしたんだろう。
「ああ、ちゃんと仲直りしたぞ」
別に喧嘩していたわけではないのだが、そう表現した。
「……他には?」
「誕生日を祝ってもらった」
俺はあの日の事を少し思い出す。
久遠からもらったクッキーを、家に帰ってから食べた。
すこし不揃いなそれはとても美味かった。
「それだけか?」
「それ以外に何がある?」
俺は、自分が泣いたことは伏せた。
そんな話は恥ずかしくて出来ない。
壱岐は、少し考えると何か納得した表情をする。
「そうか、なら良い」
そう言った壱岐の顔はなぜか嬉しそうに笑っていた。
俺は、それを指摘しようとした。
しかし、ちょうどチャイムが鳴り始めたので慌てて屋上を後にし、全力疾走で教室に向かう。




