第60話 最終話から分岐
街の光に照らされた明るい夜。
遥か空の上あるはずの星明りが掻き消される街の中。
川沿いに立つ建物の屋上で、俺は水面を流れていく灯篭を眺めていた。
傍らに立つ久遠の横顔をちらりと見れば、その視線が何を追っているのかわかる。
久遠の見つめる先、流れていく灯りを目で追っていると、無意識に口を開きそうになる。
だが、俺はそれを押しとどめる。
俺の心に湧きあがった想い、感情。
それを吐き出すことは簡単だ。
しかし、俺はそれをするわけにはいかない。
俺の願いは、久遠に負けヒロインを返上させること、久遠の恋を成就させることなのだ。
だから、この気持ちはこのまま心の奥底に沈めるのだ。
「久遠」
感情を押し殺したことで、涙はすでに止まっていた。
吐き出した言葉も震えることなくハッキリとしている。
「プレゼントありがとうな」
手渡された手作りのクッキーを片手で掲げながらそう言うと、久遠は恥ずかしそうに顔を下に背ける。
「そんなにありがたがられると恥ずかしい……」
「食べたら感想を送る。原稿用紙三枚くらいで」
「……やめて」
口では嫌そうにしつつも、久遠の顔には笑顔が浮かんでいた。
しかしそれは俺がかつて見た、壱岐に向けられていたあの満面の笑みに及ばない
それを見て俺は改めて決意する。
その笑顔を、向けられるべき相手に向けられて、そして受け入れられるようにする。
久遠が幸せな未来を迎えられるようにする。
それは、短冊に託す願いではなかった。




