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バレンタイン特別篇 後編


 その後、休み時間が来るたびに次々と女生徒たちが現れてチョコを置いて行くのだった。

 最初のうちは戸惑いながらも、内心で喜んでいたのだが。その数が増えるにつれ、渡す方も貰う方もこなれていくのが分かった。

 本命に渡す前の通過儀礼の扱いで、気軽にチョコが積みあげられていくのを見ていると、だんだんこっちも感覚がマヒしていく。


 というか、お返しの事を考えると震えが止まらなくなりそうだ。


 昼休みなると流石に落ち着いたのか、やってくる生徒の姿が消える。

 そこを見計らうように、積み上げられたチョコの山にうなだれている俺のところに双葉が姿を見せた。


「鳴希くん、相変わらずモテますね」


 そういう双葉も相変わらず学校モードのようで、貼り付けたような鉄壁の笑顔で、しかし意地の悪い視線を浴びせてくる。


「いや、ほとんど悪ノリの類だからな」


 実際、何人かから「え~、チョコいくつ貰ったの~。マジやばーい」とあからさまな煽りを受けた。


「そんなに邪険にする事ないと思いますよ。中には、その悪ノリに乗じることで背中を押してもらえた方もいるはずですから」


 マエも言っていたが、俺に渡すついでという体で、本命の男子に渡すつもりの女子がそれなりにいるらしい。


「そうれはそうかもだが……、この数のお返しをしなければならない俺はどうなる?」

「チョコがいっぱいで役得ですから、お返しは当然ですよ」


 その役得分がお返しで差し引きゼロになるだろ。というか、しばらくチョコレートまみれの生活になることを考えるとプラマイでマイナスまであるだろ。


「仕方ない……か」


 総額でいくらかかるのか考えるだけで頭が痛くなってくる。割と良いモノを貰っている以上、安い品を返すわけにいかないのは厄介すぎる。


「せめて、これ以上増えないように祈るしかないな」


 俺がそう言うと、双葉が何だか楽しそうに笑った。人の苦労をなんだと思っているのか。


「なるほど。これ以上増えたら困る、という訳ですね」


 その意味深な言い方に俺は悪寒を覚えた。


「双葉、まさか――」


 俺が恐る恐る双葉に顔を向けると、双葉はどこか嗜虐的に見える笑顔を向けてきた。無言のまま俺をじっと見て圧を掛けてくる。

 寒いのに汗が一筋ながれたところで双葉はいつもの表情に戻った。


「残念ながら、私からのチョコレートはありませんよ」


 それは意外な言葉だった。

 双葉のことだから、割と気合の入ったモノを貰えるのではと期待していたのは本人には秘密だ。


「あ、いまちょっと残念に思いましたね」


 ちゃんとポーカーフェイスが出来たと思っていたが、即ばれた。


「期待していただいていたのは嬉しいです。けど、私がチョコを渡すとなると……」


 そこまで言ったところで双葉は視線だけ横に向ける。つられてそちらを向いてみれば、何人かの男子生徒が恨めしそうに、そしてあからさまに落ち着きのない態度でこちらを見ていた。

 それを見て、俺は色々と合点がいった。


「なるほど。そりゃ、双葉のチョコなんて連中にとっては国宝クラスだな」

「それは言いすぎだと思いますけど」


 それは、確かに誇張表現ではあったが、決して虚構ではない。

 もしも、双葉のチョコレートなんて物が出回れば強奪され闇取引されること間違いない。末端価格、グラム何円になることやら考えるだけでも恐ろしい。


「中学生の時に、クラスメイトに配ろうとしたのですが。その、何と言いますか大事になりまして」


 それを聞いた俺は、本業も裸足で逃げ出すような大抗争を想像してしまう。さすがに銃弾の雨が飛び交うことは無いだろうが流血くらいは普通にありそうなのが怖い。


「と言うことは、これまで一度もチョコを配ったことは無いのか?」

「身内を除いたら――」


 言いかけて、双葉は何かを思い出したような顔をする。


「小学校の時に一度だけ、男の子にあげたことあります!」


 教室の隅でその言葉を聞き逃さなかった野郎どもがざわめきだした。双葉は気付いているのかいないのか、構わず言葉を続ける。


「あれは確か低学年の時で、渡せれば誰でも良かったんですよね。とにかくチョコを渡してみたかったので」


 手段が目的になってしまっているパターンのやつだ。まぁ、小学生ならそういうモノだろう。


「ただ、やはり小学校ですから。お菓子の類を持ち込むのは禁止されていたので、私としては一大決心でしたよ」

「スケールの小さい、いや微笑ましいミッションインポッシブルだな」


 小学生の双葉が、そわそわしながらチョコを学校に持ち込むところを想像する。聞き耳を立てている持たざる野郎たちも同じなのか、急に大人しくなる。


「持ち込んだのは個包装のチョコ一つだけです。見つかる方が難しいんですけどね」


 とはいえ、基本的に真面目な双葉の事だ。それだけでも大した冒険だったのかもな。


「だんだん思い出してきました。結局、ろくに説明もしないまま隣の席の男の子の机に放り込んだのでした。相手にしてみれば、それがバレンタインのチョコだとは思えなかったでしょうね」


 確かに、ラッピングされていたのなら察しもつくのだろうが、個包装のチョコ一つが机の中に入っていただけならそうはいかないな。そもそも、バレンタイン当日に見つけられるかどうかも怪しい。


「それ、ちゃんと渡したことにはならないだろ?」

「言われてみればそうかもです」


 悪戯っぽく笑う双葉。それを見たモテない男たちは安堵のため息を漏らすのが聞こえてきた。


「まぁ、今の俺はラッピングされたチョコよりも、そういう小さいチョコ一つの方が嬉しいんだけどな」

「甘いモノ好きの鳴希くんからそんなセリフを聞けるとは」

「いくら甘いモノ好きでも限度がある。持って帰るのも大変だ。つーか、この量はカバンに入りきらねぇ」


 机の上に積まれたチョコレートの山。それは、ロッカーに入りきらない分がこうして目の前にあるわけで、つまりロッカーの中にまだまだ納まっているという訳なのだ。


「紙袋ありますよ。使いますか?」

「用意が良いな」


 俺がそう言うと、双葉は自分の席に戻る。カバンから紙袋を取り出そうとする姿を見た非モテ集団がうろたえ始めた。しかし、双葉が持ちだした折りたたまれた紙袋を見たらそれもすぐに収まる。


「いつも持ってるのか?」

「そうですね。こういう時のためにイロイロと」


 双葉は、俺に紙袋を手渡すと何か言いたげな目で俺を見つめた。


「どうかしたか?」

「いえ、やっぱり同じだったなと」


 そう尋ねた俺に双葉は微笑むと、呟くように言うとそのまま自分の席に戻って行った。

 俺は手渡された紙袋に目を向ける。無地の紙袋はそれ自体は何の変哲もない。しかし、それを見ながら双葉との会話を思い出す。


「……なるほど」


 紙袋を開く。その中には、折りたたまれた状態でも気付かないくらい小さい個包装のチョコレートが一つ入っていた。


「でも、今回のこれはあえてだろ、双葉」


 つり合いの取れそうなお返しを考えながら、俺はその小さな贈り物が見つからないようにそっと紙袋の中に戻すのだった。


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