二人の日常は恥ずかしくない
男子、三日会わざれば刮目して見よ。
なんて言うが、そんな簡単に人は変わらない。
環境が変わればそうでもないのだろうが、今どきの高校生が進級したくらいでは大した環境の変化はない。
思えば、一年前の4月もこうしてこのスーパーで同じ時間に買い物をしていた。
その時も、アイツが一緒に居た。
だが、その一緒に来たはずの連れは店内に入ると同時にお菓子売り場に吸い込まれていき、それっきり姿が見えなくなった。
俺は、とりあえずそれは放置して夕飯の買い出しを済ませてしまうことにする。
「うーん……」
精肉コーナーで鶏むね肉と手羽元のパックを見比べながら俺は唸っていた。
前日、夕食のリクエストを受けた俺はその材料を吟味している。
「手羽元、骨か……」
今日の献立はシチューだ。
メインの具材である鶏肉を選ぶのだが、普段はモモ肉やむね肉を使う事が多い。
しかし、今日はこの手羽元が少し気になっていた。
「コンソメの素を使うとはいえ、骨からもダシは出るよな……」
料理の幅を広げるためにも今日は手羽元に挑戦しよう。
そう判断した俺は手に知ったパックを買い物かごに入れる。
次に向かったのは野菜コーナー。
定番のジャガイモ、たまねぎ、にんじんをカゴに入れたところで動きが止まる。
「もう一色、色が欲しいな」
シチューの白にニンジンの赤だけでは色合いが悪い。
そう思った俺は野菜コーナーを眺める。
「……なんだこれ」
その中に、名前も知らない謎の野菜を見つけると、思わず手に取ってしまう。
「なになに、カブの仲間です――」
解説のポップを読むがやはり知らない野菜だった。
流石にこれを放り込む気にはなれず、俺は無難にブロッコリーを選んでカゴに入れる。
他にも、切らしている調味料などを調達してレジに向かう。
途中、鮮魚コーナーを通りかかったところでアイツを見つけた。
「何してんだ?」
俺は彼女に話しかける。
彼女は、いつもの様に気崩した制服に誕生日にプレゼントしたヘッドホンを首にかけ、その長い青みがかった黒髪の毛先を弄りながら鮮魚コーナーの魚とにらめっこをしていた。
「……ねぇ、魚食べたい」
俺の方を向くことなく彼女は言い放った。
俺は、ため息交じりに答える。
「昨日と言ってる事が違うじゃねーか」
「今日は魚の気分」
俺の言葉など意に介さず、彼女は白身魚の切り身のパックを両手で持つと、それで口元を隠しながら、前髪で隠れていないほうの瞳で俺に訴えかけてくる。
「……今日はシチュー――」
「ダメ?」
瞳を潤ませながら、小首をかしげる姿を見て俺は瞬時に言う。
「ホイル焼きでいいか?」
「ホイル焼き好き」
今日のメニューが変更された瞬間だった。
メイン料理がホイル焼きとなり、シチューを作るためにカゴに入った材料はそのままポトフに流用される。
会計を済ませ、店の外に出た俺たちは帰路に着いた。
そして、帰り路を歩きながら俺は思う。
そういえば、一年前と変化したことがあったな。
俺は、隣を歩く彼女に視線を向ける。
前はスーパーで別れていたが、今は一緒に晩飯を食べるようになった。
そんなことを考えながら彼女を見ていると、彼女は少し申し訳なさそうな顔をしながら口を開く。
「ゴメン、我がまま言って……」
先ほどのやり取りを今更ながらにそう言う彼女に、俺は苦笑しながら言う。
「惚れた弱みだ」
すると、彼女は夕日以外の理由で頬を赤く染めながら俺の体を小突く。
「言ってて恥ずかしくないの?」
しかし、俺は堂々と答える。
「ただの事実だ。恥じることなんか一つもない」
「……ばか」
彼女は顔を赤く染めると俯いて立ち止る。
「どうかしたか?」
俺がそう聞くと、夕日に照らされた彼女が顔を上げる。
前髪で半分隠れていても、その顔に浮かぶ笑顔に曇りが無い事はよくわかる。
そして、ゆっくりと彼女は口を開く。
「ナルキ、好きだよ」
人が全くいないという訳でもない往来で臆面もなく言い放つ彼女を、まっすぐ見つめながら言う。
「俺も好きだよ、千代」
俺がそう言うと、千代が手招きをするので求められるままに顔を近づける。
すると――――。
「――――!?」
千代は、その小さな唇で俺の口を塞ぐ。
一瞬の時間が経ち、顔を離した千代が言う。
「私の方がもっと好き」
だから、俺は千代の顔を引き寄せてもう一度唇を重ねた。
そして、顔は近づけたまま唇だけを離して囁く。
「だったら俺は大好きだ」
「……ばか」
そして俺たちは、道行く人の視線など全く気にせずに腕を組んで帰り道を進む。
新作投稿開始を記念した特別編です。
本作は完結後にも皆様からコメントをたくさんいただきました。
非常にありがたいことです。
私としてもこのまま終わらせるのは惜しいので、やはり再編成したいと改めて思いました。
まずは、新作でさらに執筆スキルを磨きたいと思います。
そちらも、どうか変わらぬご贔屓をいただければ幸いです。




