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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ともあれ、私は異世界転生を果たしチート能力に目覚めて闇堕ちした輩は滅ぼされるべきであると考える次第である

作者: nyx Warjack

転生者は全員善人か? そんなわけはない。

 ……その地域にしては随分と豪華な邸宅であった。寧ろ豪華すぎると言っても良い。周囲に見える建造物は、それに反比例するかのように質素、というよりは貧民街の様相を呈していた。


 そんな邸宅内に悲鳴が響く。両腕を切断されたその邸宅の主は、多数の部下が既に切り伏せられ、誰もが絶命している状態であることを知っていた。


 それでも、主はこの状況になるまで自分は殺されることはないと本気で思っていた。これまで、何度も似たような経験はしている。自分が確かに贅沢な暮らしをするために周囲から搾取してきたことは事実であるが、それは力を持つ者の特権である。力無き者は力を持つ者に従い、奴隷となって搾取されるべきである。奴隷たちがいかに反乱を起こそうが、自分には決して勝てない。勝てない筈だった。



「な、何なんだ!? お前は……」



 絶望の悲鳴にも似た質問に対して、彼の視界に入るその人物は何も言わない。2メートルを超えるほどの背丈を持つその男は、ゆっくりと自身の背丈にも匹敵する大剣を構えた。



「よ、止せ! 俺を誰だか分かっているのか!?」



「……ああ。お前で2027人目……恐れるな。死ぬ時が来ただけだ」



 明確なまでの死刑宣告の後、邸宅の主はこの者が大剣によって、その身を貫かれた……。



―――――――――――――



 前世持ち。それが異世界から転生した者たちの名である。彼らは別の世界の記憶と知識を持っているとされ、更にはこの世のものとは思えないような力を持つ。その力の強さは千差万別であるが、その力を諸侯は求め、自分たちの配下に加えることが何よりもこの時代では重要とされた。


 南に位置し、大海に面するスランという小さな王国でもそれは変わることはない。寧ろ弱小国であるからこそ、優れた前世持ちは是が非でも得たい。周辺諸国とのバランスは、彼らによって保たれていると言っても過言ではなかったのだ。


 ただ、前世持ちかどうかはあくまでも本人から申告されるか、その超常的な力を発揮している姿を誰かが見ない限りは判別できない。宮廷が抱える魔術師たちでは、その見分けはできないのだ。そもそもその力は、魔法の類ではなく、例えば優れた船大工であったり、料理人であったりすることもある。戦うばかりが前世持ちというわけではない。


 それでも、前世持ちであれば栄達が保証される故か、嘘か真かはっきりしないままに宮廷に自らを売り込みに行く者は後を絶たない。そしてこれも当然であるが、前世持ちでないにもかかわらず自らにその力があると触れ回り、敗退した者達も数多く存在していた。



「昨日は40人ほどが前世持ちだと名乗ったそうだが、誰1人として力を発揮できなかったそうだ」



「当然だろう? 前世持ちは数千人に1人居るかいないか。簡単に出て来る筈がない」



「馬鹿な奴らだよ。下手をすれば不敬罪で虫に食われるってのに」



 このスランという王国では、大罪に対する最大の刑が虫食いの刑と言われるもので、生きたまま巨大な蟷螂に食われるという物である。よほどの事、例えば王族に対する弑逆行為を働くと言ったことでもしない限りは執行されることのない刑罰であるが、前世持ちだと主張して証明できず、それを見学していた王に対して主張者が逆恨みして襲い掛かったことがある。その者は国王を護る近衛によって首を刎ねられたが、同じ事態を防ぐために、申し出を行いながら前世持ちでなかった者に対して、それを証明できず、更には悪質であった場合には死罪を適用するとしたのである。


 とはいっても、毎回のように不適格者を死罪にすれば、時には優れた人物を無意味に失う事にもなる。実際、証明こそできずとも武勇自体には優れていた為兵士として採用された例もある。あくまでも悪質で、王国に害をなすような場合にはそれが適用されるのだが、どうやら死罪となる部分だけが、市井の間で独り歩きしているらしかった。


 そんな話を臣民が繰り広げている酒場の隅に、1人大柄の男が座り、静かに酒を飲んでいた。青い長髪に重装の鎧を纏っていて、顔にいくつか見られる傷跡が歴戦であることを思わせる。昼間から酒とは暢気なものだ、とは誰も言わない。その男は既に近寄りがたい雰囲気を発しており、どこかで戦いをして、帰ってきたばかりであることを物語っていたのである。


 つまりこの男は傭兵だ。しかも本来なら酒場には場違いで、宮廷にだって傭兵隊長として召し抱えられてもおかしくないほどの。傭兵が宮廷に招かれるのはまさに名誉であることから誰も拒んだりはしない。寧ろそうなる為に傭兵をしている者もいるほどである。しかし、この男はそういった名誉は無縁だ、と言わんばかりの雰囲気を放っていて、誰も一度は目を向けるが、不気味さから誰も彼に口を開こうとはしなかった。



「此方でしたか」



 いや、どうやらその変わり者が居たらしい。寧ろ彼の事を探していたようで、静かに酒を飲む男の対面になるよう座ったのである。



「現地の者から感謝の言葉を聞きました。それと更に感謝の印にと……」



「それは彼らに返せ」



 男は静かに、だが明らかに苛立ちの混ざった声色で言い放った。既に彼は案件に対して前金で報酬を得ている。その報酬分の仕事をしただけであり、追加の報酬はもらうわけにはいかない。仮に得るのであれば、言葉だけで充分だった。男は僅かに逡巡したが、大男を怒らせることがどれほど危険かを知っている。その印が入った包みを、彼はカバンから取り出そうとしたのを抑えた。



「……分かりました。先方にお返しします。それで、また1件新しい頼みが来ているのですが、クリューガー殿」



 その大柄の男。男の名はクリューガー・ヴィンガードという。クリューガーは目の前の仲介者であるタウロスの発した言葉に酒を注いだコップを持つ手を一瞬止め、そして中身を一瞬にして空にした。



「聞こう」



「場所はここより北へ3日。コイロスという地域にて、前世持ちが現れました……が……」



「そいつが何をした?」



「コイロスの領主を殺害。親族を追放し、自らを王と名乗っています」



「ほう……」



 クリューガーが腕を組んだ。成程、例によって堕ちたらしい。


 前世持ちが持つ力は千差万別である。その中にはこの世を支配するうえで途方もないほど有利な力を得ることもある。ただ、それらの力を誰かの為に使おうとする前世持ちは決して多くはない。たいていの場合、その力は己の欲望の為に振るわれる。そしてそれによって多くの力のない農民たちは奴隷のように飼われ、助けを求めるのだ。


 そして、前世持ちのそれらの所業は、当然王国にとっては許されるものではない。今回に関しては王国の一地方領での出来事であるため、当然王国の土地であるから恭順を求めるが、それが拒否されれば軍が派遣される。このコイロスの案件に関しても、前世持ちは従う事を拒んだために軍が動員された。が、



「送られた500の兵は全滅し、50名ほどが逃げ帰ってきました」



「……その前世持ちの力は何かわかっているのか?」



「あらゆる攻撃を無効化できる結界を持っているようで」



 自身を対象とした攻撃は、たとえ斬撃であっても魔法であっても効果がない。コイロスの領主は武芸に秀でた人物であったが、この力の前には無力であったようだ。



「事態はもはや軍の投入では解決できず、かといって王国に仕える前世持ち達もこの力には及び腰です……」



「それで俺か」



 クリューガーの言葉にタウロスは頷いた。そう、この男にこのような依頼をする、というのは万策が尽きた時である。前世持ちは強大な力を持つがゆえに、このように堕落し、人々にとって害となることも多々ある。8割は王国自身が解決するが、残る2割は時間経過か、或いはこの男に依頼されるのである。巨漢は小さく息を吐いた。話の素性は分かった。となれば、次の話に進まなければならない。



「依頼金は?」



「金貨4000枚」



 前世持ち。しかも相手の能力からすればこの金額が妥当であるのか。正直不明な部分も多い。クリューガーの目つきは鋭く、その金額と今回の依頼が釣り合うのか吟味しているようにタウロスには見えた。尤も、それは彼の勘違いであったのだが。



「……この前世持ちの力は自身が対象の場合に発動される能力か?」



「それは間違いなく。帰還した兵からの情報です」



「……分かった。やってみよう」



「ありがとうございます」



「だが準備に時間が必要だ」



 これだけの相手をするのだから当然ではある。タウロスは頷き、クリューガーは幾つか彼に用意してもらう必要がある物を伝え、そして自身でも調達しなければならない装備を得るために、あることを訊ねたのだった。



「解呪に詳しい魔法道具使いを紹介してもらおうか」



―――――――――――――



 前世持ちの能力については、概ねパターンが決まっているとクリューガーは言う。そしてそして全ての者に共通していることは、解呪などの魔法もしくは道具によって短時間ではあるが解除できるという事。つまり前世持ちは絶対的な強者というわけではない。あくまでもその能力によって強さを発揮する。故に前世持ちの能力を持たない王国の兵士でも数を繰り出せば鎮圧することができるため、8割がたはそういった人海戦術によって解決されていた。


 ただし、今回は個人に向けた攻撃は一切効果を発揮しない、という事である為に、通常の装備では太刀打ちが難しい。そこでクリューガーが足を運んだのは、解呪の道具に関して王国で最も詳しいであろう人物の下であった。



「……ほう? 珍しいな。魔法には縁が遠そうなガタイの男が来るとは」



 道具使いは大きな店を構えない。王国の雑貨の中に小さな、恐らく誰も気にしないほど印象が薄く、こんなところに店を出してもすぐに潰れてしまいそうな場所に設けられている。店内は薄暗く、そして薄汚い。初めて入店したタウロスは埃が舞ったせいで思わずせき込んだ。一方のクリューガーは全く気にしていなかった。彼にとってそれは些末に過ぎないことである。



「あんたが専門家?」



「解呪の道具に限れば、という話だ。昔は宮廷魔術師だったが、こればかりしかできないので馘首されてな」



 それでも店を開くことができるのは、解呪に限ればこの店主の右に出る人間はこの王国に居ないからだ。店にしても、その細いながらも深い需要のおかげで成り立っている。クリューガーはその店主に必要な道具があるかを訊ねた。



「俺が欲しいのはナイフに巻き付けらえる解呪の札だ。最低4枚」



「ふん。そんな物ならここでなくても買えるだろう」



 そこらの通りの雑貨屋でも置いてある。解呪の札と治癒薬は、傭兵を生業とする物であれば未経験者から熟練者まで必須の装備であり、これを持たない者は愚かである。戦場に出るにせよ、魔物と戦うにせよ、相手の魔法を受けたり呪われたりもすれば怪我もする。そんな常識的な代物をわざわざ注文に来るなど普通ではない。


 そして、クリューガーは確かに普通ではなかった。彼は店主に、解呪の札を10枚、テーブルの上に放り投げたのである。もう持ってるじゃないか、と王国一の解呪魔法道具使いを自称する店の主が口を開く前に男は依頼する内容を言う。



「ただし、この術式をそこに組み込んでもらう」



 クリューガーが懐から1枚の紙を取り出す。そこに書かれている術式を見て、店主は目を細めた。



「……お前さん。魔王でも殺そうってのか?」



「違う。前世持ちを殺す」



 あっさりと言い切った彼に、店主は自分の質問以上の回答が飛び出たことに驚きを隠せなかった。



「前世持ち? 下手すりゃ魔王よりも危険な前世持ちを?」



「そうだ。金は払う」



 男は鞄からケースを取り出す。そのケースを開けば、その中には煌びやかに光る金貨が入っていた。



「計2000枚。不足か?」



「……良かろう」



 店主は呆れているのか、それとも2000枚の金貨に目が眩んだのかタウロスには分からない。そんな金額を軽々と、仕事のためとはいえ支払うこの巨漢にも驚くしかなかった。何故ならば2000枚という額は、一般的な市民であれば100年は遊んで暮らしてもお釣りがくる額だからである。



「いつまでに用意する?」



「今日の夕刻までに。また取りに来る」



「時間がないな……しかし2000枚なら当然だな」



 すぐに取り掛かると言い、店主は金貨が入ったケースを手に取って店の奥に消えた。クリューガーとタウロスは店の外に出るが、その金額の大きさゆえに、依頼主である彼は困惑の声で問い質したのである。



「クリューガー殿。申し訳ないがあれほどの大金を経費で支払うのは……」



「そちらの報酬額には経費も含まれる。経費を別途用意する必要はない」



 どの装備がどれほど必要で、どれだけの金がかかるか。それはあくまでもクリューガー側の都合であって依頼主の都合ではない。その結果、報酬額を上回る経費が発生したとしてもそれは自分の見積もりが甘かったに過ぎないのだ。彼は傭兵である。顧客と結んだ契約は順守することが絶対的に求められる。後で金が足りなくなったと泣きつくのは低能の証拠だ。



「で、では……」



「そちらに依頼した品と道具屋の品が用意でき次第出立する。」



 今の時点で出来る手は全て用意した。後は対象とぶつかってどうなるか、そこに関しては自分自身にもわからない。分かりようもないことだなのだ。それでも依頼を受けた以上、彼はどんな相手であろうと全力で挑むのみである。



「……ご武運をお祈りします」



「不要だ」



 武運、というのは自分の命を運と言う不確定要素に任せることである。クリューガーは運に頼るという事を嫌う男である。故に気難しく、彼が宮仕えできない、しない理由の1つでもあった。



―――――――――――



 コイロスの領主を殺害したその男は、自分自身を王と名乗っていた。圧倒的な力を得、そして領主を手にかけたのだ。そしてこの力に対抗できる相手は誰もいないことが彼にはわかったのである。自分には武器も魔法も効かない。どのような攻撃を受けても直前で勝手に弾かれ、かき消される。自分はただ立っているだけで良く、後は相手が勝手に疲弊するのを待つだけで良い。これほど楽な事がどこにあるだろうか。



「陛下。下々からの献上品でございます」



「そこに置け」



 忠誠心よりは恐怖心によって縛られた臣下が、恭しく献上された品を彼の前に差し出す。黄金の財貨はそれだけで心を豊かにしてくれる。自らが財貨の奴隷となっているという自覚がなければ、であるが。



「そ、それと陛下。領内の治水工事についてですが……」



「私にそんな事をさせるのか?」



 冷たい、馬鹿にしたような視線が臣下に突き刺さる。その者は激しい怒りと殺意を彼に覚えるが、それを何とか諫めた。自分がこの男と戦っても勝つことはできない。どのような攻撃をしても全て弾かれてしまう。自分の目の前で戦った兵士たちは、何もできずにボロボロに疲れて最後には笑いながら殺されていったのだ。



「……誰か頼れるものを探します」



「そうしろ。俺に面倒をさせるな」



 これが王を名乗る人間の振舞いであるのか。あって良いはずはないが、絶対的な力を前にして彼らは無力であった。殺されたコイロスの領主が、荒れた土地から開墾し数十年かけて育てたこの土地を愛してくれたのに対して、新しい王と名乗る若い男は何もしない。全てを放り投げて酒池肉林を楽しんでいるに過ぎないのだ。


 なんとかせねばならない。だが何ともならない。無力感に苛まれながら、臣下は部屋を出ていく。そして王はそれを鼻で笑った。



「俺をどうこうできるものか」



 どうやっても殺されない、というのは非常に便利である。このまま周囲の地方領主とやらのところまで攻め込んで領土化してやろうか。女も富も全て貢がせて、新しい人生を楽しませてもらう。何しろ前世では碌な目に遭わなかった。


 王の前世は、さえないごく普通の人間だった。嫌な上司に頭を下げ、やりたくもない仕事をし、大して高くもない給料で長時間こき使われた。しかもそれは努力しない人間の自己責任だとふざけた政治屋共は言い放つ。そんな世界が嫌になって会社のビルから身を投げたらこの世界に来た。


 最初は異世界の転生なんか馬鹿馬鹿しいと思っていた。テレビもないラジオすらないネットもない。そんなところでどう生活しろって言うのか。そう思っていたのに、この身体はあらゆる攻撃を無効化するというのが分かると、突然彼の中に前世の生活の貧しさからの反動が襲い掛かった。ろくでもない人生を歩まされた。ならばこの新しい人生では己の欲望のままに生きてやる。他人がどれほど不幸になろうが知ったことではない。


 そして今に至る。世界征服も悪くない。どうせ誰も自分を殺せないのだ。その心がどこまでも荒んだ、その力さえ得なければ決して芽吹くことがなかったであろう残虐な欲望が彼を支配する。その時である。彼が住まうその城の門扉が吹き飛ぶ音を聞いたのは。



「な、何だ!?」



 破城槌でも振るわれたのか。軍勢が迫っているなどという話は聞いてないし、もし来ていれば今いる部屋から充分にわかる筈だろう。



「誰か! 何があった!?」



 王は叫ぶが、すぐに人が来るわけではない。僅かでも待たされることに彼は苛立ちを覚え、漸く現れた兵士が報告の為に頭を垂れた瞬間、彼はその兵士の頭を踏みつけた。



「この私を待たせるとは良い度胸だな」



「も、申し訳ございません……」



「ふん。で、何があったか?」



「ぞ、賊です。賊が門を破り城内に」



「ほほーう。つまりお前たちはそれを放置してるのか?」



 今すぐそいつを殺してこい。兵士を蹴飛ばし、王は再び椅子に座り葡萄酒を呷る。先日もこの王国の兵士たちがやってきた。その際には自分の力を見せつける目的で自分が対応したが、今度は兵士共にやらせてしまって充分だ。どうせ大した人数はここに来るはずがない。そう思ったのだ。


 それ自体は何も間違えていない。確かに軍を派遣し、敗走したばかり王国が大量の軍を派遣することなどできないし、その場に現れたのは1人である。しかし、その1人の兵は、現れた兵士たちを殆ど一撃で打倒していったのだった……。



―――――――――――――



 命のやり取りをする戦場において、基本的に同じ相手と戦う事は極めて少ない。特にクリューガー・ヴィンガードという男の仕事においては特に顕著である。彼は少なくとも、戦いの場において同じ顔をした人間と、過去25年もの戦いの経験の中で1度たりとも別の戦場で出会ったことはない。


 彼は標的のいる城の閂が、充分に手入れされていないことを城下町で聞いていた。事前の情報通り、コイロスは領主が殺され、前世持ちが勝手に王を名乗っているだけで、民衆の支持は得ていないらしい。それでも、強者に付き従わざるを得ない、或いはその男の方が今の領主よりも栄達できると判断した者達が、今の城を警護していた。


 このような成り行きでは、城を護る兵士の士気などたかが知れている。念のため、クリューガーは前領主になおも忠誠を誓っている兵士などにも聞き込んで、情報を集めて回っていった。その中の情報の1つが閂だっただけである。彼にとっては出入り口を探す手間が省けただけに過ぎない。そして、忠誠を誓っていようといまいと、自分に向けられる刃、棍棒、そして殺意の類は、この男が相手を殺すのに充分すぎる理由となる。


 彼は場内の扉を破壊し、内部へと入り込んだが、背に背負った大剣を振るうことはしなかった。城内は狭い。地方領主が所有していた城自体も決して大きくないというのもあるが、そもそも城は大軍に攻め入られた時にそれを防ぐため、通路などは比較的狭く作られる。部屋などは比較的広くなるが、そこ以外で得意の獲物を振るうには不利となる。その為、彼はタウロスに予め、城の中で振り回すには手頃な長さの剣を用意させていた。


 その剣自体はこれといった特徴はない。切れ味自体も鎧などを直撃すれば刃こぼれもする。ただし、今城の中にいる兵士の多くは鎧などは着用していなかった。門兵はともかくとして、城内の兵士たちは平服のまま近くにあった武器を手にとって向かってくる。クリューガーは準備不足の兵士たちに対して、無慈悲な斬撃を繰り広げていった。



「ひっ……!」



 目の前で同僚の首が跳ね飛ぶ。人の首を一撃で切断するのは容易な事ではない。首には骨があり、骨に剣が当たればそこで止まることもある。だがこの男は、骨などないかのように容易く切り飛ばしてしまうのだ。それだけで、この男がどれほどの化け物であるのか彼らは思い知る。10人ほどの兵士を斬り伏せたところで、クリューガーに向かってくる兵士は居なくなった。情けない悲鳴を上げながら、城の外へと逃げだしていく。



「……成程、命を懸けるには値しないようだな」



 実際、斃した兵士たちの表情は、彼と王の双方に対しての恐怖に歪んでいたように見える。この仕事をしていれば、否応なく見る顔であった。彼らは前世持ちの圧倒的な力に恐れ、力によって支配されている。その支配は別の強者が出てくれば容易に崩壊してしまう物で、大抵の前世持ちの兵はそれにあたる。クリューガーとて無駄な殺生をする気はない。向けられた剣に対して応じるのは仕事に含まれるが、逃げ出す兵の背後を切り刻んで嗤う趣味はない。


 血糊で汚れ、切れ味の落ちた剣を捨て、倒れた首なしの兵から剣を奪い取り城内に入り込む。入り込んできた男を見た、恐らくメイドか何かなのだろうが、女たちは身を寄せ合って震えていた。



「……王を名乗る前世持ちはどこにいる?」



 怯える彼女たちに対して、クリューガーは威圧的であった。というよりこういう言い方しかできないのである。彼女たちは口を開いただけで魂を抜き取るという怪物だとでも彼の事を思っているのか、歯をカチカチと慣らして震えあがりながらも、そのうちの1人がその部屋を指さした。クリューガーはその部屋の扉を睨みつけ、彼女たちを見た。



「死にたくなければそこから動くな」



 動けば殺す、というよりも、その部屋に入り込まないようにさせるためである。メイドたちは全員そろって首を縦に振り、クリューガーはそれを一瞬だけ確認して部屋へと続く階段を上っていく。その背を見せる姿にすら隙が無く、もし彼女たちの誰かが不審な動きをすれば、背後であったとしても躱して命を刈り取っていた事は疑いようもない。そうならずに済んだのは僥倖であるのか、現時点で恐怖に呑まれている彼女たちにはわからない。


 閉められた部屋の扉を、巨漢の男は蹴破る。闖入者の出現は、王を名乗る前世持ちにとっては当然不快であっただろう。



「貴様、私が誰か分かって……」



 最後まで言うことができなかった。クリューガーは相手の抗議の言葉など全く聞かずにナイフを投げたのである。胸部と脚を狙った攻撃は、直撃し、相手の心臓か肺、そして太腿の動脈を貫く前に何かに弾かれた。



「……能力は情報通りか」



 前世持ちの能力に関しては、時に事前情報と食い違う事がある。だが今回は正しかったらしい。それはまず情報として大きな収穫であった。しかし前世持ちからすれば、自分の怒りを無視して行われた攻撃に怒りを隠せない。



「俺を無視するな!」



 王を自称する男が剣を抜く。ただし、剣を抜いても自分から攻撃はしない。自分には決して攻撃は届かないのだ。相手は威圧感こそすさまじいが、今奴は自分へ攻撃しても効果がないことを知った。ならそのまま絶望するまで攻撃をさせておけば良い。


 自分の能力に絶対の自信がある。だからこそ彼は堂々としている。しかし、それがクリューガーにとって予め得ていた情報であること。そしてその情報通りであることの確認できれば充分であった。クリューガーは室内を走りつつ、ナイフを投擲する。



「無駄だ!」



 やはり同じように弾かれる。部屋の角まで行った彼は、そこから壁を蹴り、身体を空中に舞わせる。その巨体からは想像もできない身のこなしであるが、そんなものはまるで意味はないと王は嘲笑った。更に投げ込まれたナイフも、自分の後方を通過したり、或いは当然のように命中直前で弾かれる。ミスを犯したのか、明後日の方向に飛んでいくナイフまであった。



「何度やっても無駄だぞ? ナイフで俺は殺せない。そもそも俺にどんな攻撃をも効かない」



「……ではこれはどうだ?」



 クリューガーが床に拳を叩きつけた。いったい何の真似か、彼には理解できなかっただろう。直後、突然室内の床全体が光り輝き、不気味な謎の音を響かせ始めたのである。それは王にとって初めての経験であり、理解を超えた事態だった。



「な、何をし……」



 再びクリューガーが放ったナイフ。それは王の身体に突き刺さる。彼は右の脇腹に刺さり、鮮血を噴出させたその鋭利な物体を見、そして激痛を知覚した。悲鳴を上げ、慌てて引き抜こうとし、巨漢から目を離す。


 戦いの最中に相手から目を離す。それがどれほど危険で愚かな行為であるか、前世持ちは理解していなかった。次の瞬間、男が持っていた剣が、前世持ちの四肢を胴体から解放したのである。



「あ、ああ……ああ……」



 ほんの少し前まで欲望と野望に支配され、世界を混沌に叩き込もうとした男は無様な姿を晒している。溢れ出る血が絶対的な死を男に付きつけていた。何故だ。なぜ自分がこうなっている? 自分にはどんな攻撃も効かない筈じゃないのか。死が迫る中、前世持ちは自分をこのような状態にした男を見る。四肢を飛ばした剣を捨て、その背に負った大剣を構えている。静かな、だが隠すこともできない殺気が彼に向けられ、眼前に近づいているであろう死を約束させていた。



「や、止めろ……止めてくれ! 死にたくない!」



「お前で2028人目……恐れるな。死ぬ時が来ただけだ」



 命乞いなど、何の意味も持たない。クリューガーの大剣は、前世持ちの心臓に突き刺さり、そして貫いたのだった……。



――――――――――――――



 ……タウロスはクリューガーを、再び賑わう酒場の隅で見出すことができた。既にコイロスの一件について耳に届いている。彼は先日の依頼の時と同じように、テーブルを挟んで彼の前に座った。



「王は感謝しております」



「仕事だ」



 感謝される筋合いはない。彼にとって報酬を受け取り依頼を受け、その依頼を遂行しただけである。その事実があれば良く、それ以外の事など彼には興味はない。相変わらず、彼は葡萄酒の入ったコップを手にし、今日は珍しく皿に盛られたチーズを口に運んでいた。



「1つ教えていただきたいのですが、あの魔法道具使いにいったい何をさせたのです?」



 こちらで用意したのは大量のナイフと剣で、それ以外については彼にすべて任せていたのだが、気になる物は気になる。余計な詮索をされたことを怒っているかのように、青い長髪の男は若い依頼の仲介者を睨みつけた。タウロスは一瞬恐怖を覚えるほどであったが、そこに殺気は込められておらず、彼は聊か面倒くさげながらもその問題の道具を懐から取り出し、テーブルの上に置いた。



「……この解呪の札に連結陣の魔法を組み込ませた」



「解呪の札に連結陣?」



「同じ魔法を使用した場合、その力を増幅させることのできる魔法だ」



 そしてこれの最大の使い道は、その効果をもたらすには対象を指定する必要がなく、その連結された際に出来上がる輪の中に収められていることが条件となる。本来であれば巨大な魔物……巨人やドラゴンといった相手に対して、封印術とセットで使用されるものだ。



「……まさかこれで相手の能力を?」



「個人を対象に能力が発動するなら、奴の居る空間全体を解呪する」



 ただし、これには問題もある。本来、あらゆる魔法を解除してしまう解呪の札に、連結陣の魔法を組み込むというのは矛盾している。その矛盾を解消するには解呪の札自体に特定の魔法を解除しないようにする術式が必要になるのだが、これが恐ろしく難しい。それを施そうとして失敗すればリバウンドにとって施術者が命を落とすことになる。そしてうまく組み込んだとしても、札は解呪を優先するために、同じ物を使い回すことはできない。



「だからあの魔法道具使いに……」



「1回の使い捨てに加え、干渉回避の限界は10秒もないが充分だ。奴の四肢を斬った後は能力も出せなかったようだしな」



 故に、その札1枚に金貨500枚として計2000枚。施術の難易度を考えれば妥当という判断である。そして恐ろしいことに、彼にとってこうした判断は仕事の中では日常であった。



「……で、次の仕事か?」



 クリューガー・ヴィンガードは葡萄酒を一気に飲み干す。彼は常に言っていることだ。新しい仕事を持ち込まない限り、自分には再び接触するなと伝えてある。タウロスは勿論、彼に疑問を聞きに来た、という理由だけではここには来ない。



「はい……ここから東に5日のところにあります……」



 地図を広げ、タウロスは新しい前世持ちのトラブルについて、そしてその解決の為に国が用意した報酬を提示するのだ。


 そして、この男はその依頼を受け前世持ちの命を奪い取る。その恐ろしい男の存在は、殆ど都市伝説の様に語られるだけである。故に、彼の事を異世界に転生した前世持ちの殆どは知らない。知っても噂の類で片付けられてしまうのだ。その存在について、駆られる側の者達は皆、こう思っているのである。


 異世界に転生した自分は絶対に死なない。殺されることはないのだ、と……。

この物語は「異世界転生を果たした者は、果たしてより良い方向にばかり向かうのか? その真逆が存在し、それが問題となって排除を行う者がいるのではないか」という疑問を基にしています。主人公は2000を超える転生者を排除してきたその道の熟練者でありますが、仕事はあくまでも傭兵であり、別に転生者ばかりを斃す存在ではないのですが、結果としてこれが呪いの様に付きまとう事となったある意味人生を転生者によって狂わされた傭兵でもあります。彼がなぜこの道を進んだのかはあえて書いていません。現状、それは皆さまの想像に委ねたいと思います。

この物語は1人の傭兵が闇に堕ちた者を狩る物語である。その対象者は、もしかしたら転生後の貴方であるかもしれない……。

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