宇宙アメ
『人間は、飛べるのに♪ 重力が邪魔しているから飛べないけど♪ ちゃんと飛べるんだよ♪』
まあまあ売れたAIAIAの曲『重力』が部屋の中でパソコンからかかっている。
「そんなわけないだろう、人間は飛べないんだよ」
僕は、イライラした様子でパソコンに向かってそう言っていた。
AIAIAの最大のヒット曲は『夕暮れ』それが入っているアルバム『AIAIA BEST』を丸ごとダウンロードして置いたので、シャッフル再生で『重力』に当たったのだろう。
「ちゃんと飛べたら飛行機とかいらないんだろうな~」
窓から見える青い空を見上げてそう言う、飛行機雲が通っている。
(ああ、明日は、雨か)
『星宙』と名札がかかったリュックサック、明日は、遠足だ。
(はあ、遠足か~)
クラスで浮き気味の僕は、とても憂鬱な気持ちだった。
星宙と言う名前だけに、今日の遠足は天文台、何ともついていない。中学一年生の僕は、プラネタリウムの『星空さんぽ』と言う演目で、もうすでにいじられている。
「星空さんぽだって、星宙が散歩するだけじゃねぇの」
「プラネタリウム中に歩いちゃだめだぞ、星宙」
クラスメイトはクスクスと笑いながらそう言った。
(そんなことを言って何が面白いんだろうか?)
正直ダジャレのつもりなら、すごく寒いのだが。
(必ずこういうこと言うやつがいるから、嫌だよな~)
ため息をついた。
次の日、仕方なく、短くも長くもない、丁度よく整った髪の毛をとかして、一つ出ているニキビを無視して、リュックサックを背負った。
(はあ、憂鬱だ)
雨の中傘をさして、学校へ向かった。
天文台行きのバスは、クラスメイトの山田君が隣の席だった。山田君は、特に偉くもなく浮いていなくて、とてもいい位置についている、元気な奴だ。
「宙さ~、やっぱり、星がきれいな日に生まれたの?」
「雨の日にうまれました」
「それで、宙なの?」
「母がずっと宙と付けると決めていたんだとさ」
「苗字、星だもんな」
「そうだよ、星だから、宙になったんだって、空だったら、もっと最悪だったよ」
「何で?」
「なんか、名前じゃないみたいだろう」
「おう、そうだな」
山田君が浮いている奴に話しかけるのって、おかしいと思った人もいるかもしれない、でも、実際、僕は、いじめられているわけではないので、たまに声をかけてもらう事もあるのだ。
(浮いているんじゃなくて、うまく関われないのかもしれない)
山田君みたいに、少し話が弾んでも、友達になるまではいかないのが現実だ。
(どうも、うまく行かない)
その原因が何なのか、僕にはわからなかった。
天文台に着くと。
「星宙さんぽしろよ」
「しないよ」
「なあなあ、星宙、やっぱり、散歩は良いから、星の事教えてくれよ」
話しかけてくるのは、川島君、星宙さんぽと言うギャグの生みの親、ギャグセンスは基本寒い、だが、本人は面白いと思っているらしい。そして、あんまり悪気がないので、責めることも出来ない。
「何で、僕が教えるんだよ」
「なんか詳しそうじゃん、星宙さんぽだしさ~」
(そのギャグ嫌なのにな~いい加減やめて欲しいよ)
心の中ではそう思い、不愉快だった。
プラネタリウムの前に、プリントが配られて、星のクイズを解くことになった。
「皆さ~ん、この天文台に答えがあるので、全部見つけてください」
「「は~い」」
天文台の職員のお姉さんが、展示コーナーに立っている。
星の質量とか、星座の名前とかを埋めていた。
「琴座って、全部で何個の星で出来てるって?」
「知らね~よ」
「○○○○・ガリレイって誰?」
「知らね~よ」
クラスメイトがそう言ってうろうろしている。
僕は、一人で歩き回って埋めた。山田君も川島君も友達と一緒に回っている。
そう、二人は、声はかけてくれるけど、それだけなんだ。
プラネタリウムが始まった。すごくきれいで、見とれていた。どうやら、プラネタリウムは今日の星空をうつしたと言っていた、つまり、今日の夜は、この星空が、見えないけど空に出ていると言う事だ。そして、ググっと星が近づいて来るところは、迫力があって、とても見ていて面白かった。
帰りのバスでは。
「星宙さんぽ」
と川島君が、また言っていた。
(嫌だって、思っているのに、まだやめてくれないんだ)
心の中では、そう思っていた。
クラスメイトは、なぜか、引力重力と言うギャグを流行らせようとしていた。ちなみに、引力と言うのは、手をつないで引っ張り合う事、重力は、重い物を持ったふりをするパントマイムだ。
(何が面白いんだか?)
呆れてみていた。
「あの~、おみやげの宇宙アメあげる」
佐々木さんと言う女の子に、地球の模様をした棒つきキャンディーをもらった。
「山田君は、金星、川島君は、水星ね」
クラスメイト達に配っていた。
「なんで、俺が金星?」
「山田は、金星って感じだろう」
「金って、俺は、別にケチじゃないだろうが~」
山田君は、みんなに向かって楽しそうにそう言っている。
「じゃあ、俺は、水星だぞ」
「無難じゃないか?」
「ぶ、無難、普通って事か~、おい、佐々木~」
佐々木さんは、後ろの川島君と山田君を無視していたので。
「ありがとう、佐々木さん」
「いえいえ」
佐々木さんは、嬉しそうにそう言う。
(みんな、ふざける前に、お礼を言っておけよな)
心の中でそう思って、アメを見る。
(ソーダ味か、この模様なら不思議な味でもおかしくないのに)
パッケージを見て、食べるのはやめた。
地球のアメは、青と茶色と白がほとんどで、大陸の形がリアルに作られている。
(なんか、もったいないもんな)
心のどこかでそう思った。
遠足の次の日は、休みだった。
(よ~く晴れた土曜日だ)
特にやることも無いので、机で勉強をしていた。
(はあ、友達と街に出かけるなんて、夢のまた夢か)
そう思っていた。
(そう言えば、佐々木さんに、宇宙アメもらったんだ)
佐々木さんがくれた地球の模様をした宇宙アメをなめる。
(うん、甘い)
なめていると、すこしずつ、体がふわふわと浮いて来る。
「なんだこれ」
まるで重力が無くなったような。
「宙に浮いている」
天井にぽかんと頭をぶつけた。
「なんだよこれ、なめると重力が無くなるのか?」
そう思い、もう一度なめた。
「まじで重力がなくなる」
どうやら辺りの様子が変わってないと言う事は、自分だけ重力をなくしているようだった。
(すげー、宇宙アメ)
佐々木さんには感謝しなければ。
「ゼログラビティ」
びしっと、何かのキャラクターが重力の技を使う時のポーズをした。
(うん、うん、なんか、珍しく今日は楽しいな)
窓を開けて空へ飛び出した。
(無重力~)
ふわふわと飛びながら、空からみんなを見つめる。
(すごい、こんな事が出来るなんて)
買い物に行くおばさんが、電動アシスト付き自転車をこいでいたり、幼稚園位の子供が、泣きさけんでいたり、部活に向かう上級生がふざけていたり、面白かった。
(みんな、面白いな~)
当たり前のことをしているだけなのに、空から見ると、まるで別の物を見ているようだった。
(楽しいな~)
ふわふわしばらく飛んでいた。
山田君の家に着いた。
(どれどれ、山田君は、家で何をしているんだ)
よく見たら、クラスメイトとゲームをしていた。
(あいつら、仲いいからな)
川島君のところへ行くと、彼女とデートしていた。
(みんな、誰かと一緒だ)
家に帰れば、母親が待っている。しかし、それは、自分で仲良くなったものではない、生まれた時から、一緒にいてくれているのは、産んだ人の責任感からくるものだろう。
(僕は、独りぼっちだ)
空を飛んで、みんなのすがたをみたら、余計そう思ってしまった。
(こんな自分は嫌だ)
そう思って、強く手を握った。
「あー」
公園の上を飛んでいると、女の子が大声を出した。
(しまった、見つかったぞ)
急いで、家に帰った。
(大丈夫、ばれていない)
そう思い、部屋に入った。
「宙、宙」
「はい、母さん」
「ご飯よ」
「はい」
昼食は、ラーメンだった。
(うん、おいしい)
母さんは、味噌ラーメンを作ることが多い、なぜなら、僕が小さい頃好きだと言ったからだ。
(なんだかんだ言って、家の親は優しい)
確かに自分の力で得たものではないが、大切な物には変わりはない、そして、親とうまく行かない人もいるんだと言う事を思い出した。
(でも、母親とおでかけなんて、はずかしいよな)
そこは、友達がいいと思った。
一時間後、ピンポーンとインターホンが鳴った。
「何かしら? 新聞の勧誘かしら?」
お母さんがそう言って、ドアを開ける。すると。
「おばさん、おばけが家に入りましたよ」
「えっ?」
母さんは困惑している。
「あの、おばけって?」
「あの窓から中に入ったの」
「へっ、へっ~」
「本当よ」
小さな女の子は、さっき公園で目が合った子だった。
(追いかけて来たのか)
正直どうしていいのかわからなかった。
「あの、さっきの子だよね」
「お兄さん、死んでいなかったの?」
「うん」
「何? 何事?」
母さんは、混乱している。
「あのね、空を飛んでいたの、その人」
「ちょっと、二人で話そう」
外に出て行くと。
「あなたは、どうやって空を飛べるようになったのですか?」
「えっと、君は?」
「西川美空よ、美しい空と書くの」
「それは、また、似たような境遇で……」
「あなたの名前は?」
「星宙」
「まあ、あなたも空って言うのね」
「うん」
「私は、美しい空の日に生まれたの」
「そっか……」
「私の母さんは、今、この世界にはいないらしいです」
「えっ? 何で?」
「病気です。ガンと言う物で死んだそうなのです」
「……」
「それで、おばけのあなたに言葉を伝えてもらおうと思ったのです」
「お兄さんは、おばけじゃないから無理だからね」
「わかっています、では、空を飛んでいたのは、どうしてですか?」
「アメがあったんだ」
「アメですか?」
「それがあれば、空を飛べるんだ」
「私の母さんは、空にいます。空を飛んで会いに行きたいのです」
「そっか、でも、それは無理だよ」
「空を飛べれば、大丈夫ですよ」
「空とか、そう言う問題じゃないよそれ」
「いいの、空が飛びたい」
(仕方ない、アメを買うところまで付き合ってあげるか、アメを買って効果がなければ、あきらめるだろう)
そう思い、財布を見た。
(うげっ、金がない)
天文台までは、距離があるので、バスで片道1000円以上するのだ。
(どうする? 無理だろう)
「あのね、美空ちゃん、やっぱり、無理だろうと思う」
「宙さん、あきらめてはだめです。頼ってみるのです、人を」
「えっ?」
思いもつかなかった。
(人を頼る)
「いいよ、じゃあ、美空ちゃんは、地球のアメを死んだお母さんにお供えしたいって言ってくれる」
「本当ですか?」
美空ちゃんは、顔を輝かせた。
「それで、誰に頼る?」
「山田君と、川島君と佐々木さん」
「同級生ですか?」
「うん」
そう言って、山田君の家へ向かった所。
「死んだお母さんにお供え物だって~、泣かせるじゃん、みんな、ゲームしている場合か、いくぞ」
「おう」
後ろの三人の山田君の友達も財布から金を出す。
「後は、川島だな」
川島の家に行くと、彼女もお金を出してくれた。
佐々木さんの家に行くと、佐々木さんはいつも優しいのに、こう言われた。
「お父さんに頼めないの?」
「頼めません、お父さんは、今は、抜け殻みたいになってしまったので、とても、話せません」
「……」
佐々木さんはためらった後。
「じゃあ、私も行っていい?」
「いいけど……」
後ろを振り返ると。
「みんなも一緒に行くんだよ」
後ろには、山田君の友達、川島君の彼女を含め七人もいた。
「ええ~、こんなに」
「みんな、美空ちゃんが心配なんだよ」
「そうだけど、宙が俺達を頼ってくれているんだぜ」
「そうだ、そうだ、友人の頼みは断らない主義何でね」
「友人?」
「そうだろ」
「そうなのかな? 僕達ってそんなに仲良くないよね」
「何、言っているんだ。俺達は、ずっと宙と友達になりたかったんだ」
山田君の友達が口をそろえてそう言う。
「……!」
ここに集まったみんなは、ずっと、僕と友達になりたかったなんて、とても信じられなかった。
「だって、宙は、俺達に声をかけられると、困っているみたいだったから」
「そう?」
「うん」
「じゃあ、僕がダメだったんだね」
「あ~、もう、過去の事はもうしょうがない、僕達はフレンドだ。それでいいな」
山田君の友達がそう言ってくる。
(なんだか、うれしいな)
そう思い、バス停を目指した。
天文台行きのバスは、十五分後に出るので、各自おしゃべりして待っていた。
「川島君、その子とはどこで会ったの?」
「ええ~と、道でたまたまよく会っったんだよ」
「それは、うそだよ、この人、待ち伏せしていたのよ」
女の子がそう言う。
「うわ~」
みんなで、失敗をやっちゃった人みたいな声をだした。
「でも、それに、キュンと来ちゃった」
「「おお~」」
(なんでだろう、今日は、輪に入れている)
みんな、友達になったから、ずっと心の中にあったわだかまりが溶け出した。
(神様ありがとう)
心の中で感謝した。
天文台に着くと、お土産コーナーに走った。
「もう、閉館時間が近いから急いで」
そこに置いてあったのは、空っぽの箱だった。
「ない」
「宇宙アメ売り切れか」
悲しそうにそう言っていると店員さんが。
「みんな、宇宙アメが欲しかったの?」
「うん」
そう言うと。
「冥王星じゃダメかな?」
「冥王星って、水金地火木ってやつから外されたんですよね」
「だから、誰も買わなくなっちゃって、それで、在庫処分中なの」
「地球じゃなきゃダメなのです。その、空を飛ぶのには」
「どうして、空を飛びたいの?」
「お母さんに会いたいからです」
「ふ~ん、じゃあ、冥王星でいいんじゃないかな? 冥王って死をつかさどっているの、もしかして会えるかもよ」
「そうですか」
「よかったな、美空」
「なんか、おれも母さんに会いたくなったよ」
「私も」
「なんだかんだ言って、お母さんって大切だよね」
母が死んでしまった美空ちゃんを見て、みんなそう言う。
美空ちゃんは、釈然としないようだった。
しかし、その日は、夜も遅いので、帰ろうと思っていたら。
「あのね、皆さん、星を見ていかない?」
「えっ、良いんですか?」
天文台の職員の人に、中に通されて、大きい望遠鏡で、星を見せてもらった。
「きれい」
佐々木さんがそう言う。
「星には、様々な力がかかっているからね、みんなも知っている?」
「引力と重力」
「そう、それも、大事」
「あの、重力って無くなったら、本当に人間は飛べるんですか?」
「たぶんね」
天文台の職員は楽しそうだった。
帰り道でみんながスマホを取り出して。
「母さんにLINEしておこう」
「私も」
みんな、画面をタップしている。
「ありがとうっと」
(ありがとうか……)
美空ちゃんは、疲れて眠っていた。
「最終のバスの間に合ったね」
美空ちゃんはおんぶしてあげている。
美空ちゃんは、冥王星のアメを一本食べきっていた。
そして、いつもの町に帰って来た。
「う、うん」
美空ちゃんが目を覚ました。
「お母さんに会えた」
「そっか、よかったね」
「やっぱり、この天文台にある宇宙アメは、すごいんだね」
美空ちゃんは、そう言って、喜んだ。
家について、僕は、お母さんにありがとうを言って、友人にLINEを送った。
今まで、母さんと二人でやっていたLINEに鮮やかなプロフィール画像が見えて、うれしくなった。
『今日は、ありがとう』
『いやいや、友人として、当然でしょう』
『そうだよ』
『むしろ、こちらがありがとうかな?』
これからは、学校も楽しみだな。
(了)