4-2
「━━さい。起きて下さい」
「んん……あ"あぁぁあぁ~……良く寝たぁ~」
「起きましたか、ではこれで」
えっと、お姉さん追っかけて昼寝して……
はっ! そうだ!
少しでも俺を意識してもらおうとしてたんだ、俺は何時でも貴女のお傍にっ!
待ってくださーい、お姉さーん!
夕日に当てられて、オレンジに反射する髪が美しい。
改めて、あの人をいつか俺のものにしたい!
ホント、クールな人だよな。
口数も少ないし、表情もあんまり変わんないし、でも行動はするんだよな。
寡黙って言うか、不言実行と言うか、物静かな人っていう感じの印象に惚れた。
元々俺は年上好きだと自称してたから、仲間達から避けられたりはしてない。うん、良い仲間に恵まれてるよ。
まぁ、お姉さんが魔物だってのにはびっくりしたけど、あれじゃん? 愛に種族なんて関係ないじゃん?
問題があるとすれば、お姉さんへのこの想いが完全に一方通行。せつない。
考えたくは無いけど、お姉さんが人間に対して個人を区別してない時はヤバいだろうな。心が折れるかもしれん。
まずは俺の名前を呼んでもら……もしかして、覚えられてない?
妖精女王はフィシリアさんって呼ばれてたよな、さっき来てた獣っぽいのはククルさんだった。師匠は師匠だろうし魔王様も魔王様だろう、骸骨もたしか何か名前で呼んでた気がするな。
つまり、お姉さんは人をきちんと名前で呼ぶだろうってことだ。しっかりと名前を覚えてもらえれば、名前で呼んでくれるハズ!
そしてこの予想が正しければ、俺の名前を呼ばないって事は覚えられていないということ……むなしい。
おっといけない。
お姉さんの隣を歩いてるんだけど、あまりにも心地良い沈黙のせいで、考え事に持っていかれてた。
「ぁ……」
どうかされましたか? My angel?
「名前の約束がありましたね」
「そうですね。お茶でも飲みながら話しませんか?」
風の音に消されそうなほど小さく、『ん』と言って歩いていくお姉さん。
それはどういう意味ですか?
着いてこいと? それともナンパお断りだせ一昨日来やがれってヤツですか?
ふっ、この程度で傷付く程柔なメンタルはしてないぜ!
鋼のメンタル、ダイヤモンドの心臓を持つと呼ばれた俺は、貴女に着いていきますよー!
お姉さんに着いて来たのは、蔵だな。
何か茂みの方に瓶とか杯とか盆とか皿とか色々転がってたけど、スルー推奨だな。血痕が付いてるなんて、嫌な予感しかしない。
で、中に入ると椅子を用意されたから座ってる。
ここまで一切の会話が無い。
けど何か慣れてきたぞ。
多分だけど、お姉さんは自分の中だけで話が完結しちゃうタイプなんだろうね。かといって気遣いが出来ない訳ではない。けどやっぱり、貴女を想う俺からすれば、もっと声を聴かせて欲しいんだけど。
とか思ってたら、お姉さんが飲み物を用意してくれた。こりゃぁ幸せだわ。
こっちの世界に来てビックリしたのは、紅茶率が高すぎる事だな。俺は元々コーヒー派だし、お茶は緑茶かほうじ茶が良い。紅茶が嫌いなわけではないから、美味しく頂くけどさ。
こんなことを思い出すながら、俺はホットミルクを飲む。
えっ? だって出てきたのこれだし。
お姉さんと同じのが良いって言ったら、ホットミルクだったし。
あっこれ蜂蜜と生姜が入ってる?
確かに外で寝てて少し冷えたもんね、優しい味が心に染みるぜ。
お姉さん、なに混ぜてるの?
酒か?
「要りますか?」
「貰おっかな、ありがと」
見てたら貰った。
ラム酒混ぜるとか聞いたことあるから、多分それだろうな。
何気にお酒初体験だわ、俺。
飲みたいと思ったこと無かったから、気にしたこともないな。
どれくらい混ぜたら良いんだ?
お姉さんはミルクと同じくらいの量だったし、それで良いだろ。
凄い美味しそうに飲むから、美味しいに違いない。それに簡単に飲めてるっぽいから、大したアルコールは入ってないだろう。
……失敗した。
なにこれ、まっず!
俺に酒はまだ早いらしい。
まず鼻に抜けるアルコール臭が嫌だ、喉がヒリヒリする様な刺激が嫌だ、ミルクの味がアルコールに消されてるんじゃねぇの?
「……」
何か言ったらしいけど、調子こいた自分が情けなくて嘆いてて聞いてなかった。
席をたったお姉さんが戻ってくると、水と果物をくれた。
その優しさに惚れ直したわ。
俺含むの仲間達なら、指差して笑ってザマァって言うか自業自得って言われておわりだもん。
こう、優しくされるのがすげぇ久し振りで……好きです。
おっと、そうだ名前の約束を果たすんだんだった。
「お姉さんの名前何だけど、何かリクエストとかある? 候補は勿論あるけど、お姉さんの気に入って名前を決めたいんだ」
「ん~……ダークラム?」
それ多分、ミルクに混ぜた酒の名前? だよね。
目に入った物の名前を出しただけって、本当に拘りとかないの?
ほら、好きな事とか気に入ったモノとかでも良いからさ。
「じゃあ、お昼寝?」
「却下だな、それならシエスタで妥協してくれ」
これはマズイ。
お姉さん、ネーミングセンスが無いのかも知れない。
ペットとかならまだ分かる。俺の友人は、飼い犬がイヌでインコが鳥だったからな。イヌと鳥って……とか思ったがまぁ良い
ひょっとすると、それと同類かもしれない。
「お姉さんをイメージした名前の候補に『リオン』『ヒサメ』『キリメ』『カズラ』『ナギ』『ヤヅキ』とかあるんだけど、どうも思う? 一緒に考えよう」
「『ヒサメ』か『ヤヅキ』が良いです」
意外に早いレスポンス。
俺が思うお姉さんのイメージで考えた名前だし、俺的には大歓迎なんだけどね。
本当に、それで良いの?
「響きが良いです。どちらか選んで下さい」
「選んでって……『ヒサメ』は氷雨って書くんだけど、これは氷の雨って意味。雹とか霙とかも含む意味だったはず。俺が感じたクールな印象に、自然な美しさを込めてる」
「『ヤヅキ』は?」
「それは夜月でも弥槻でも書ける。前者はそのまま夜の月で、月の様に妖しい魅力を感じたからだ。後者の弥は行き渡る意味を持ってて豊かなイメージがある、槻は欅と同じ意味。欅の木目は凄いきれいだし、規はコンパスを表すんだ。コンパスは円を画く、円とは縁だ。繋がりが行き渡る、より強固な絆を紡げる事を祈っての名前だな」
長々と語ったけど……あれっ、俺キモくね?
何本気で語ってんだよ、お姉さん引いてないか。お願い目を逸らさないで。
これでも大分省略してるんだよ、いつか全部聞いて欲しいけど止めておこう。
「勇者さん。『ヤヅキ』の名前が欲しいです。よろしいですか?」
「良いぜ。……俺キモくない? 引いてない? 大丈夫?」
「ん? 何にですか?」
これは、種族の違いに感謝だな。
人間が相手なら、なにこの人キモーイwって言われるに違いない。何せ俺らの良心、システィが引いたくらいだ。ノエルは暫く近付いてすら来なかったぞ。
アイツは……爆笑してたな。
あぁぁ~、お姉さんが真っ直ぐ俺を見てるぅ~。
琥珀色の瞳に吸い込まれそうだぁ~。
っとと、名前だな名前。
魔物への名付けってのは、ある種の契約らしい。
詳しくは教えてくれなかったが、名付けした側と名付けられた側が、双方に敵対が出来なくなるみたいだ。
あとは、名付けるには魂の格が相手と釣り合っていないとダメなんだとか、だから俺は死ぬほど辛い修行をした。あれだけやって、お姉さんに名前を付けるにはギリギリらしい。でも、まだ俺の方が断然下。
マジお姉さん高嶺過ぎる!
で、魔物の名付けはそれだけじゃない。
名前によって、個の存在が世界に定義されて、種族の限界値が対象に合わせて書き変わる。
簡単に言うと、更に強くなるんだとか。
あの説明だと、下方修正もあり得そうなんだけど、俺は知らん。
ちなみに、名付けはそんなに難しくないぞ。
俺が名付けの意思を込めて名前を読んで、お姉さんがその名前を受け入れて復唱すれば終りだ。
それと、実は問題がある。
お姉さんとの格の差が広すぎて、俺の負荷が大きすぎるらしい。多分恐らくきっと、少なくとも死なないと思うって言われてるが、運が良くでも2~3日はぶっ倒れるって言われた。けど、生き延びればお姉さんの格に引っ張られて、俺もランクアップするとも。
やるしかないだろ。
だって俺、この程度で死ぬ気ないから。
死ぬ気無きゃ死なねえって、大丈夫大丈夫何とかなるって。
お姉さんの隣に立てる可能性があるなら、何処に悩む理由がある?
俺は自分でビックリするくらい、お姉さんに恋してる。
「では。俺は貴女に『ヤヅキ』の名前を与える」
「私は『ヤヅキ』。名前を受け取りました」
「これで……約束…………一歩…目……」
あぁ……これ知ってるわ、意識飛ぶヤツだ……
あれお姉さん…ヤヅキさんが笑ってるじゃん……
……いいもん…見れた……
「ありがとうございます。ゆっくり休んで下さい」