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2-2





 俺達、勇者パーティが率いるギルド連盟は、たった1人の相手に手を焼いていた。

 良く分からない民族衣装を身に纏い、酒瓶を両手に持っていて、何処の祭りでも売っていそうな仮面で顔の上半分だけを隠しているこのふざけた格好の男は、何故か執拗に俺達を襲ってくる。


 しかも、強い。


 明らかに手加減している戦い方に、人の神経を逆撫でする言動。

 かれこれ半日は、目的も理由も不明なこの戦いをしている。俺達の精神は疲弊していた。



「クソッ! 速すぎる、当たらねぇぞ!」


「テメェが弱ぇだけだろ。甘ったれんな雑魚が!」


「んだとゴルァ! まとめて叩き斬るぞ!」



 元々寄せ集めの連盟のせいで、その不満は味方にも向けられ始めた。

 ただでさえ、この男の攻略法が見つからない上に仲間割れなんてしたら、全滅は目に見えている。


 ……くそっ! だから信用のない寄せ集めには反対したんだよ!



「味方同士で争わないで下さい! 私たちの敵はあの男です!」



 俺のパーティメンバーで、補助担当のシスティが声を張り上げている。

 あぁ可愛い……違う。神官である彼女は、そもそも戦いに向いていないんだ。ましてや長期戦なんて、無謀だ。


 あの男は、前線に立っていた戦士達を一斉に転ばすと、俺の目の前までの距離を一瞬で詰めた。


 ヤバい、俺、死んだかも。

 


「ハーッハッハッハッ! 何をしているんだい勇者君。そんなノロマな攻撃じゃ、この我は捉えられないぞ! して、何故我は速いのかって……ナンセンスッ! 答えるなら君が、君達の方が遅いのさ。まぁ仕方ない、この我こそが、この世界の愛し子なのdァ━━━ッ!」


「…永遠に黙ってて……師匠」



 男が残像を残して、消えた。

 いや、少し離れた場所で、木々が薙ぎ倒されている。多分、あそこまで吹き飛ばされたんだ。


 木がへし折れる勢いで飛んだ筈の男は、服の埃を叩きながら立ち上がった。

 


「ペッペッ、口に砂が入った! おい、いきなり殴ることないだろうが、この馬鹿弟子! 我を殴って良いのは、この我だけだぞ!」


「へぇ…遺言は、それでいい?」



 いつの間にか俺の目の前に立っていた女性が、眠たげな目を男に向けている。


 ん? 師匠?



「いや、お前程度の実力じゃ、我は殺せないから。ドンマイだ、自意識過剰な阿保弟子よ。せいぜい我の存在に恐れをなして泣き寝入りするが良い!」



 ━━━ブォン!



 うわっ!

 ビックリしたぁ~。


 目の前の女性が消えたかと思ったら、あの男に武器を振るってた。


 なんだあれ?

 巾着みたいなのに、何か重しが入ってるのか?


 俺知ってるぞ、ブラックジャックだろ。サップとも言うハズ。

 

 ヤバいなあの女の人。

 俺達勇者パーティに、ギルドから直接指名された凄腕の狩人やら傭兵やらを同時に相手して、無傷どころか手加減してた奴相手に互角の勝負してるぞ。


 俺の聖剣でもかすり傷1つ負わせられなかった相手に、ブラックジャックで殴って血を流させてる。


 

「うひょう! 痛ぇじゃねぇか。馬鹿弟子。酒に血が混ざったらどうすんだ、不味くなるだろう! 我の酒だぞ!」



 おいおい、段々ヒートアップしてきたぞ。

 どうなってんだよ、なんで酒瓶とブラックジャックがぶつかって火花が散るんだよ。

 しかも、目で追うのが精一杯の速度だし。


 あの速度で攻撃されたら、俺は避けられないぞ。



「アァァッ! 我の酒がぁ! アルラウネの花蜜酒だぞ!? 反抗的な弟子をこき使ってやっと完成した、我の秘蔵酒! 造り直せ! 我の命令だ!」


「……フッ…ざまぁ……」



 男の酒瓶は粉々に割れて、中の酒が無くなったらしい。女のブラックジャックも巾着が破れて、中身の重しが無くなっている。


 まだやる気なのか、男は頭から血を流しているし、女は所々切り傷が……切り傷!?

 あの男、酒瓶で斬撃とかおかしいだろ!

 あぁ割れた破片か、きっとそうだろうな。うん。


 男が民族衣装をまさぐって取り出したのは、湾曲した薄型の水筒。あれはスキットルだな。ハードでボイルドなオヤジが似合いそうなヤツだ。いつか俺も、そんなオヤジになりたい。

 そして蓋を開けて、飲む。妙に様になってるあの姿に、若干イラッとするな。


 女も何処から取り出していたのは、革製のヘラのようなもの。きっとスラッパーだろう。実は俺も似たようなの持ってるぜ。

 にしても、ブラックジャックにスラッパーとか、それもう何処のギャングだよ。



「阿保弟子よ、ドリアードの樹液酒で許してやるぞ? その腹を開くが良い」


「………黙って下さい…森が穢れる」



 同時に地を蹴って、スキットルとスラッパーがぶつかる瞬間。虚空から何かが出て来て、それぞれの得物を止めた。


 骨か? よく折れなかったな。


 ━━━ッッ!


 なんだこの感じ。

 周囲の空気が凍り付いたみたいだ。


 この押し潰されそうなプレッシャーを、あの骸骨が発しているのか。


 そうだ、他の奴らは無事か?

 俺のパーティメンバーは何とか無事そうだ、ただ他の奴らは駄目だな立っていることすら出来なかったか。



「メチル・デズパライト。憐れな不死者が、この我を止めたか?」


「止めるさ、シギ。そしてその娘に殴られろ」


「我に大人しく殴られろと? ……笑止! 我を殴ろうなど千ねn━━ブベラッ!」


「んふふ……スッキリしました。メチルさん、ありがとうごさいます」


「なーに、良いって事よ。可愛い娘が困ってんだ、助けんのは当然だろう?」


「メチル貴様! 我に術を掛けたな! この我━━━ィッタァ!」


「うっさい! お前は何時も何時も昔から変わんねぇな、弟子とって大人しくなったと思ったのになぁ……ったく。どれだけ他人に迷惑を掛ければ気が済むんだ」


「我に術を掛けた上に拳骨とは、貴様許さんぞ!」


「知るかアホ! 孫弟子が困ってんだろうが! お前の師である俺が悲しいわ!」


「バーカバーカ、メチルのバーーーカ! 骸骨め、出汁になってしまえ!」



 あれ?

 さっきの最終決戦みたいな空気はどこ行った?


 あの男の仮面もいつの間にか外れてるし、女の人は木陰で座ってうつらうつらしてるし、骸骨はカタカタと高笑いしてるし。


 え?

 命懸けの戦いだった俺達は、なんなの?


 いまだに骸骨のプレッシャーは健在だから、俺と仲間の数人以外は使い物にならねぇし。


 骸骨が女性に声を掛けると、あの男の頭を鷲掴みにして虚空に消えた。その時、一瞬見られた気がするが、冷や汗を滝の様に流した事以外の記憶ない。


 骸骨と男が完全に消え、プレッシャーから解放されたと同時に、ギルド連盟の寄せ集め共は、我先にと逃げ出して行った。

 仕方ないと思う。


 俺だってそうしたいもん。


 俺が逃げ出さないのは、あの男と五角に戦っていた女性に止められたからだ。

 怯えながらも一緒に残ってくれたパーティメンバーには、心から感謝してる。



「貴方が、今の勇者さんですか?」



 この人、眠たそうな目をしてるけど凄い美人だな。

 今は俺の顔を覗き込んで上目遣いだし、なんか良い匂いがする。

 ドキドキしてきた。


 って違う。そうじゃないぞ!



「はい。異世界から召喚された、リュウゴ・サキモリと言います。そっちに居るのは一緒に旅をしている仲間達です。話は飛びますが、一目惚れです結婚してください」



 頼む仲間達よ、この美人さんに恋をしたんだけど許してくれないか?



「結婚ですか? イヤです。私はお昼寝がしたいので」


「そんな貴女も魅力的、では先ずお付き合いからお願いします」


「あのっ、ちょっと待って下さい!」


「リュウゴ! 正気に戻りなさい!」


「若いって良いなぁ~…」




 はたと、正気に戻ったんだが。

 ………なにこれカオスじゃん。


 おいガレオ、お前俺と同い年だろ!

 なにニヤニヤして見てんだよ!


 システィは泣きながら蹲ってるし、ノエルは後ろで火炎魔法を俺に━━━っぶな!


 ちょっ、待って待って。

 その規模の魔法はヤバいって!

 さすがの俺も無傷じゃ防げないって!



「キャァ! ちょっと何よこれ!」


「森で火は使わないで下さい。火事になったらどうするんですか」



 ノエルが蔦みたいなのに絡め取られて、動きを止められた。

 しかも俺に放たれた火炎魔法は、美人さんが振るったスラッパーによって消し飛んだぞ。

 魔法を物理武器で相殺するとか、聖剣じゃないと出来ないって言われてたんだけど、違うの?



「助かった、ありがとうございます」


「やるなら森に被害が出ない様にして下さい。……じゃあこれで」


「え?」


 拘束が解かれたノエルに何か話をした結果。

 火炎魔法から氷結魔法に変わっただけじゃん!


 ノエルの奴、あの美人さんに頭撫でられてるし。ズルい、そこを俺と代わってくれ。


 そんな事思ってたら、美人さんはテクテクと森の奥に歩いて行った。

 追いかけたらまだ間に合うか?



「おいリュウゴ、まだ間に合うぞ?」


「いけません! リュウゴさん。あの方は魔王の手先だと考えられます。危険です」


「システィの言うとおりね。さっきの骸骨は過去の資料にも載っていた筈よ。先代以前から魔王に仕えている魔物で、存在している事と卓越した魔法使いだって事以外は何も分からない奴だって」


「えぇ教会の資料でもほぼ同じです。それに、さっきの男はその弟子であるとも言っていました。更に彼女はその男の弟子、孫弟子だそうですね。間違いなく魔王の関係者です」


「だそうだ。でもよ、別に悪い奴ではなさそうだぜ? オレの読みでは、イヤイヤ魔王に従ってる感じだ。ワンチャンあるんじゃねぇの?」



 俺の中の天使と悪魔が口を揃えて言っている。追い掛けろって言っている。


 こりゃぁ、行くしかないだろう!



「ちょっと待って下さーい! お姉さーん」



 聖剣解放!

 第3リミッター解放!

 身体強化発動!


 纏え雷! 電光石火!



「勇者さん。どうしたんですか?」



 追い掛けて正面に回って改めて思う。

 スッゴい美人。



「せめて、名前を聞かせて下さい」


「…名前は……あっ、無いですね」



 名前が無い?


 ………………はっ!

 まさか何か壮絶な過去が!?


 落ち着け俺、まだ決まった訳じゃない。



「では、周りの人からは何て呼ばれますか?」


「弟子、あとは木精霊(ドリアード)とか?」



 ドリアードだと?

 確かに、良く見れば納得の植物っぽさがあるような無いような……


 だが、それがどうした。

 


「俺…いや僕は何と呼んだら良いのでしょうか?」


「分かれば何でも良いですよ。好きに呼んで下さい」


「それは、僕が名前を付けても良いという事ですか」


「良いけど、多分ギリギリ? やっぱり死ぬかも」


「ん?」




 はっ?

 死ぬ?


 なにそれ、名前付けたら死ぬの?

 ギャングの姫なのかよ、くそゥ…



「勇者様! 見付けましたよ! 今日という今日は、逃がしません!」



 ヌァッ!


 出たな妖精女王!

 ここまで追って来るとは、執念深い奴め。


 俺の幸せ気分をぶち壊しやがって!



「帰れ! 呼んでない!俺はあんなゲテモノ食わないからな!」


「ゲテモノではありません! 勇者の才能を開花させる、世界樹によって聖別された果実です!」


「泣きながら『食べないで……』って言う果物なんか食えるか!? 悲しくなるだろう!」


「あれは、そのぅ……ちょっと魔法の余波が…………あ、あら? そこに居るのはドリアードちゃんでないですか。こんな所で会うなんて奇遇ですね」



 露骨に話を反らしたな。

 てか、知り合いだったのか。


 意外なこともあるもんだな。


 でも、おっちょこちょいな妖精女王とクール系な美人さんだし、並ぶと違和感無いな。

 ついでに妖精女王も、見た目だけなら文句なしの美人なんだよなぁ……残念だ。ホント、見た目は良いのにな……



「この森は私の管理地なので、そんなに偶然では無いと思います。ところで1つ聞きたいのですが、私に名前を付けるなら、どれくらい必要になりますか? 勇者さんが付けてくれるそうなのですが」


「そうねぇ、今の勇者様だと、どれだけ頑張っても死んじゃうわ。でも大丈夫、この聖別された果実を食べて暫く修行すれば、辛うじて名付けが出来るハズです」


「だ、そうですよ? どうしますか?」



 ユラリとこっちを向いたドリアードの美人さんは、俺に問う。

 死ぬか諦めるか、つぶらな瞳で『食べないで下さい……』と呟く謎の果物を食べて修行をするか。



「貴女のためなら悪魔にでもなりましょう。妖精女王、ソレを食べますよ」


「あぁ、これで私の使命も一段落です。ありがとうございます」



 そう言って受け取ったのは、真っ赤に熟れた林檎のようなモノ。何故か側面が顔になっていて、やたら綺麗な目で俺を見ている。

 何が『…いいよ……僕を食べなよ、お兄さん。……さよなら…ケン、ハクア、ロドリゲス……みんな…僕、先に逝って待ってるからね……』だよ。俺がスゲー悪い奴みたいじゃん。食いずれぇよ!


 クソ、精神的にくるぞ。

 考えるな、何も考えるな俺。


 無になれ、そうだもっと無になるんだ……!



『イヤァアアァァァ…ァ……ァァ…………』



 俺だってイヤーーー!





 ………………うわっ! うまっ!


 なにこれ超うまいんだけど!?


 やっば、ウメェ!


 梨に近い味なんだが、甘さが段違いだ。かといってクドイ訳ではなく、あっさりさっぱりした自然の甘さ。その中の潜む酸味渋み苦味旨味……そのすべての配分が完璧だ。味だけじゃない、芳醇な香りが一口の喜びを増幅させる。優しく撫で上げるように鼻から抜ける瞬間は、至福の一息。


 飲み込み、最後の余韻が消えてしまうのが惜しい。嗚呼、まだこんなにも残っているじゃないか。


 そうか、きっと俺はこれを食べる為に異世界に呼ばれたんだ。




「━━さん……勇者さん」



 おっと、この果物が衝撃的過ぎて放心してたみたいだ。

 なんだい、いくら美人さんでも、これは譲れないぜ。



「汁が垂れてますよ。中々野性的ですね」


「ん?」



 なんじゃおらぁぁ!?


 赤い! 果汁、赤い!

 この赤さは、まるで血液みたいだ。


 野生的ってこう言うことか。

 お願い、引かないで下さい。



「リュウゴ! いきなりどっか行くなんて、なに考えてんの━━ヒッ!」


「ノエルか、悪い悪い」


「嫌っ、来ないで! アンタなにやってんのよ!」



 あ~、成る程ね、俺が血を啜ってる様に見える訳だ。

 手には半分残った真っ赤な顔の果物、口から垂れる血液みたいな果汁。



「誤解だ!」


「名前、待ってますね。では予定がありますので、さようなら」


「あっ、ちょ待って」


「誤解!? この状況が全てじゃない! アタシ…アンタのこと、信じてたのに……」




 




「ちっぽけな出会い、ちょっとした行き違い、足りなかった言葉……こんな些細な出来事が、まさかあんな事になるなんて……この時俺達は、考えても居なかったんだ……」


「おいガレオ! なに不安になること言ってんだよ!」


「フラグ立てとけば何か面白くなるかなぁ~ってな。あとリア充爆破…お前はリア充候補だから、破裂で勘弁してやるよ」


「破裂の方が何か嫌だ!……ってかお前、やっぱ転生者だろ!?」






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