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気付けばかれこれ3週間は過ぎていました。
おかしいと思います。
これはおかしいと思うのです。
がいこ……メチルさんは、意外なことに仕事をしていました。
毎日、夕方に各地の職員から市街調査報告と次の日の行動予定が届けられるのです。
それを纏めてファイリングし、更に理解のしやすい様に書き換え、統括グループへ提出に行きます。
現在私は、それの補佐をしています。
具体的には、メチルさんが書き換えた書類を纏めて、幹部に届け、ついでに日向ぼっこをしてから戻ってきます。
それと、お茶汲みです。私の。
メチルさんは飲んだらそのまま漏れてきてしまいむすでますから、骸骨ですし。
そうそう。
妖精のフィシリアさんが、もうじき戻ってくるそうです。
何でも、勇者さんを導くお仕事も掛け持っているらしく、そちらの方が優先度が高いとのことでした。
勇者さんですか……先代の彼ら、時々森の中で火炎を撒き散らしてくれたんですよねぇ~。その後、きちんと後処理をしてくれるんですが、たまに忘れて放置していく事があるんです。
はぁー…大変でした……あれは本当に大変でした。
あの森は私の縄張りでしたし、森の環境を守るのも仕事の内だったんです。
それが、あのクソ師匠、勇者さんを煽るだけ煽って被害を撒き散らして遊んでから、何もせずに逃げて行きやがったんです。
勇者さんは、後日謝罪に来て、森の修繕に協力してくれたので許していますが…………仕事を増やしてくれやがった師匠なんて、死ねば良いのに。
「わりぃ、オレの変わりに書類の書き換えを頼めるか? それが終わったら、今日は終わりで良いから。オレはちょっとフィシリアを迎えに行ってくる」
おや、メチルさん。
了解です。
と言うか、何故書き換え何て無駄な作業が必要なんでしょうかね。纏めるだけではいけないのでしょうか?
まぁ、やりますけどね。
それに、大した量ではありませんし、これが終われば今日のお仕事はお仕舞いです。
まだお昼前です、早く終わらせてお昼寝したいです。
順番に見ていきましょう。
〝○月×日
わかるやろ? 〟
はぁ?
分かりませんよ!
誰ですかこんなの書いたのは!
頭沸いてるんですか!?
これで分かりましたよ、書き換えの意味が。
今、私の中ではメチルさんの株が急上昇してますよ。
〝○月△日
なあ……わかるやろ? 〟
何なんですか……何なんですかこれは……
これを見て何が理解出来ると言うのですか!
それに、何故日付が変わっているのですか?
同じ日に提出しているはずでしょう。
〝○月□日
ねぇ、今どんな気持ち?
ねぇねぇ、どんな気持ち?
嬉しい? 悲しい? 楽しみ?
それとも怒ってる?
えっ? おこなの? 激おこ?
またまた~、ホントは喜んでるクセにぃ~。
これを読んで狂喜乱舞してるクセにぃ~。
ボクはねぇ、さいっこぉ~にキマってるよぉ~。 〟
知りませんよアナタの事なんて!
どうでも良いんですよ。
……これは報告書の筈では?
手紙でも日記でも無いんですよ、中身のある書類を提出しなさいよ!
〝まぁ、お遊びはこの辺にして。
流石に、これ以上は可哀想なのでね。
では、前回の報告に引き続き、勇者の誘導は上手く行きそうです。
いま新人さんがこれを読んでいる日から数えて2日後、早朝に接触します。
貴族への洗脳については順調。大まかにですが終了しており、直接接触出来れば完了です。
【勇者との接触について】
・斥候兼アドバイザーとしてパーティに参加予定
・戦士との友好関係構築に成功
・神官の信用獲得は時間の問題
・魔法使いとの接触は未だに注意が必要
【人間国の傀儡化について】
・一部貴族は洗脳成功
・目標達成までは目処すら立たず
大きな進展はありませんが、確実に前へ進んでいます。
流石ボク。
帰ったら褒めて下さい。
ランバル帝国より
~愛と勇気とほんの少しの悪戯心を込めて~
皆の親友、ジョン・ドゥ 〟
愉快犯ですか、私は不愉快です。
まぁある程度は予想してましたよ。
1枚目の時点で諦めましたし。
そもそも、師匠と同じ組織に居るというだけで、まともではありませんからね。
あの人は存在が非常識です。
それに付き合う人も、同類に決まっています。
で、馬鹿でも分かる様に書き換えですか。
魔王様も、力だけで頭の足りない様な者を何故幹部に採用したのでしょうね。理解が出来ません。
えっと、書き換えるなら
{ 概ね順調です }
これで良いですね。
さて、まだまだ書類は残っていますからね。
諦めを込めて捌いていきましょう。
〝朝は、固めのパンと野菜のスープ、ほぐした魚肉入りのオムレツを食べた。
朝に弱い拙者の為に用意されたメニューである。
重すぎず軽すぎない、バランスのとれた量と味付けで、実に美味であった。
その後、最早日課と成っている畑仕事を手伝った。
刀しか握れぬと思っておったのだが、いやなに鍬を握る姿も、中々様に成っているのではないだろうか。
その後畑仕事を終え、昼食である。
燻製肉のライスバーガーに果物の盛り合わせだ。
畑仕事の後、手軽に食べられるライスバーガーは助かる。
果物の清涼感は、仕事で流した水分を取り戻すようだった。
ミレディ殿の気配りには頭が上がらない。
食後、拙者は村に隣接する森へ向かい狩りを行った。
正面から刀による斬撃や刺突が殆どであったのだが、ここで狩りを学び、弓と罠も扱えるようになった。
どうも拙者は、弓のセンスが有ったらしいのだ。
ミレディ殿の夫であるハルトマン殿の指導が的確であるのも、上達した大きな理由であろう。
刀の間合いに入らずとも獲物を狩ることが出来るのだ。
拙者にはまだ出来ぬのだが、獲物の弱点に一矢を撃ち込み、他の部位を傷付ける事なく仕留めるのである。
刀以外の武器を扱って、世界が広がった。
貴君も是非、何か別の武器に挑戦してみてほしい。
それと夕食は、拙者とハルトマン殿で仕留めた鳥肉の香味炒めと、山菜の炊き込みご飯、拙者が持ち込んだ味噌を使った味噌汁であった。
毎回思うが、こちらの大陸にも米があったのは幸いだ。故郷の味とは若干変わるが、何とも言えぬ安心感がある。
にしても、ミレディ殿と娘のティティ殿の料理は、何時食べても美味である。
特に香味炒めは絶品であった。彼女達が独自に配合したと言うハーブは、上手く肉の臭みを消し、旨味を引き立てる素晴らしいものであった。
仕留めた鳥だが、拙者は1羽、ハルトマン殿はなんと4羽であった。余った鳥は村人に分けた。
まだまだ弓の精進が足りぬ様だ。なんとかハルトマン殿に追い付きたいものである。
追伸。
>近々村に明神教の神官がやって来るらしいのだが、どうもキナ臭い。斬ってもよろしいだろうか?
>ハルトマン殿と共に、来訪者なる者の指導をすることになった。名をカケルと言うらしい。中々見所のある青年だ。
>最近、拙者を見る時のティティ殿の目が恐ろしいのだが、どうすべきだろうか。ミレディ殿もハルトマン殿も笑って誤魔化すばかりで、何も言わぬ。拙者はもうどうしたら良いのだか……
鬼骨 〟
キコツさん、食べ物ばかりではないですか。
弓とか料理とかどうでも良いですから、調査をしてくださいよ。
……いえ、料理はその土地の情報が詰まっていますし、まあ良いとしましょう。
追伸と主文を入れ換えて書いてくださいよ。
どう考えても逆じゃないですか、これ。
まぁもうどうでも良いですけど……
これも書き換えますか。
{ 来訪者発見 }
これで良いでしょう。
メチルさんの書き換えを見てましてからね、このレベルで良いのです。
馬鹿が多いそうなので。
次ですね。
〝お疲れ様です。
予定通り研究施設に潜入しました。
以下、そこで発見したものです。
・魔物の凶暴化を誘発させる魔具
首輪の様な形をしていて、大小様々でした。
・人間の身体能力を引き上げる薬品
透き通った赤色をしていてます。
レシピ、効能等を記したノートは別紙にあります。
以上になります。
必要とあらば、研究その物を破壊しますので、今後の指示をお願いします。
また、人間の赤子を保護しました。
育てますか? 殺しますか?
私からは、教育による洗脳を提案します。
≫同封資料
1:研究所で発見したレシピと効能の写し。
2:魔具のスケッチと、込められた呪術の考察。
3:封筒に入っている物は、新人の木精霊さんに渡して下さい。
ククル 〟
これは、まともと言えるでしょう。
餓獣鬼のククルさん、覚えましたよ。
文字も綺麗で読みやすいです。
同封の資料まで用意されているなんて、素晴らしいじゃないですか。
私宛の封筒ですか、読んでみましょう。
〝アナタがまともであれば、そろそろ違和感とストレスと不快感と理不尽に押し潰される頃だと思います。
どうか、気を確かに持って下さい。
諜報課のメンバーは、皆個性が強いでしょう。
無駄に元気な、メチル・デズパライト。
常識の外側に居る、シュギュリフィト・ラーランドロフ〟
良い奴だけどウザい、ジョン・ドゥ。
この3人には気を付けて下さい。
メチルさんは、ある程度打ち解けると、面倒臭いイタズラを仕込んできます。
シュギュリフィト、シギさんは途方も無い自由人です。
ジョンさんは、兎に角ウザいです。
何か困った事があれば、フィシリアさんかボクにでも言って下さい。
相談や愚痴ならば、いくらでも聞きますよ。
1つ注意として、フィシリアさんは時々ですが抜けています。天然とても言えば聞こえは良いでしょうが、重要なところでやらかすので気を付けて下さいね。
ただ、とても良い方ですので、注意さえしておけば問題無いと思います。
どうか手遅れでないことを祈っています。〟
成る程、やはりククルさんはまともな方であるようです。
是非会ってみたいですね。
それとフィシリアさんでしたか、それは会ってから考えましょう。
さて、これを書き換えるならこうですね。
{ 予定通りです }
これに、資料をそのまま付けておけば良いですね。
……あ、資料写さないと。
えぇ~、何ですかこの量。
えっ、ちょっ…ククルさん頑張り過ぎですよ……
これ写すんですか、全部ですかそうですか。
人間の研究者、道具に拘り過ぎじゃないですかね?
どれだけ情報詰め込んでるんですか、面倒くさい。
その情熱を、私に都合の良い方向で使ってくれないですかねぇ。
それでは、写しますか……
面倒ですが、能力を使えば多分、2~3時間で終るはずです。
なので、先に別の事を進めましょう。
最後に残るは師匠の報告書です。
一体どんなモノが書かれているのでしょう、油断出来ません。
何せあの人は、読んだ者の精神を破壊する禁書が読めるだけでなく、作ることも出来るのですから。
他にも、様々な技術を保有していますし、最悪は手に持っただけで呪われる可能性もあります。
この報告書に、何が仕掛けられているのか……想像が付きません。
あるいは、白紙で何も書かれていないなんて事も考えられますが。
〝我、ニシエラル神国。
英雄降臨陣ト勇者召喚陣ヲ破壊シタ。〟
会話なら兎も角、文章をカタコトにする必要は無いでしょう。
これだから師匠は、頭おかし━━っ!
くぅ~~~っ、やられました!
私の下半身が腐っていきます。
全く、油断も隙もありませんよ。
この程度の腐乱呪式であれば、石化の呪いで上書きしてから対処した方が楽ですね。
腐乱呪は放置すると痛いですし。
胸から下を石化させました。
これで痛みから解放されました、では石化を解いていきますか。
「予定より早く戻っ…たぁぁぁあー!?」
思ったより早かったですね。
お帰りなさい。
「おいどうした!? 石化か? 直ぐに直してやるからな」
おぉ、凄いです。
私の解呪よりも何段か速いです。
流石のリッチーさんです。
理を追求するために、骸骨になっただけありますね。
私が十数秒で解呪する所を、瞬きの合間に終らせてしまいました。
本当に、冗談抜きで尊敬できる技術力です。
「無事か? 他に何か不調はねぇか? 違和感は全部言え!」
特に不調は感じませんね。
っと、おや?
まるで図ったかのようなタイミングで落ちた紙切れに、とんでもない不快感を感じるのですが、拾わないとダメでしょうか。
「なんだ、……〝 ザマァ阿保弟子。油断すんな 〟なにお前アイツの弟子なの?」
「…はぁ…………………………そう、…ですよ………」
もう、どうでも良いです。
思うところはありますが、嘆いても喚いても師匠を悦ばすだけですからね。
好きの反対は、嫌いではなく無関心だそうですよ。
良かったですね、私は師匠に興味津々ですよ?
えぇもう殺したい程に。
では、ククルさんの資料を半分押し付けたので、さっさと終らせてお昼寝にしましょう。
「マジかあの子、オレの孫弟子じゃん。その前に、シギの奴の弟子なのか……可哀想に、明日からはもっと優しくしよう。それと一応、フィシリアには伝えとくか」