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第八話(第一章・終)

「三十秒……? ──抜かせクソガキが! ならその三十秒で、ボロ雑巾みたいにしてやるよ!」


 魔獣が地面を蹴って跳ねる。

 そして白き甲冑を纏った少女に恐るべき速度で迫り、その剛腕からの鋭い爪による斬撃を放つ。


 彼はその一撃で、過去には板金鎧プレートアーマーを着た騎士の体を鎧ごと引き裂いたこともある。

 魔獣憑きの攻撃力の前には、相手が防具を身につけているかどうかなど関係ない。


 ゆえに、目の前のふてぶてしい小さな獲物が、どこまでそれをかわし切れるか。

 それだけの勝負。

 魔獣憑きの男は、そう思っていた。


 だが──

 少女はそれに対し、一歩たりとも退かず、静かに盾を掲げた。

 そして──


 ──パギィンッ!

 魔獣が持つ三本の硬く鋭いはずの爪は、少女が構えた盾にぶつかると、いとも容易く折れてしまった。


「なっ……んだと……!?」


 魔獣は驚きの声を上げ、一歩、二歩と後ずさる。

 対する少女は、淡々としたものだ。


「部下に頭を使えというわりに、自分は考え無しなんですね。──言ったはずです、この盾はあらゆる武器を打ち砕くと。それとも自分の自慢の爪だけは例外だとでも思いましたか?」


「ぬ、ぐぅうううううっ……! 舐めるな小娘がぁっ!」


 魔獣は今度は左腕を振り上げ、その爪でセフィーリアに襲い掛かる。

 少女は再び盾を頭上に掲げ、その攻撃を受け止める。


 ──パギィンッ!

 数秒前の再現が起こり、それで魔獣の両手の爪が失われた。


 だがそれは──おとり


「──ハッ、かかったな! 胴がガラ空きなんだよ!」


 甲冑少女の胴側面に、魔獣の太い脚による回し蹴りが襲い掛かった。


 それは魔獣憑きの男が、自らの大事な爪を犠牲にして放つ渾身の一撃だった。

 現に盾による防御は、間に合わない。


 そして刃に対しては強大な防御力を誇る板金鎧プレートアーマーも、強力な打撃攻撃に対してはさほど大きな効果を持たないというのが常識だ。


 魔獣の膂力から放たれる暴力的な蹴りは、少女の胴を守る胸甲の上から肋骨をへし折り、さらには先と同様に小柄な体を吹き飛ばして、少女の体は壁に激突して全身打撲。

 それが、魔獣憑きの男が思い描いていたシナリオだった。


 しかし──


 ──キィイイイイン!


「ば、馬鹿な……なぜだ……!」


 魔獣憑きの男が放った破壊的な蹴りはしかし、少女の胴に命中しても、彼女に何らのダメージも与えることができなかった。

 セフィーリアが装備する板金鎧プレートアーマーの鉄板がひしゃげることも、その下にある彼女の肋骨がへし折れることも、まして少女の小柄な体が吹き飛ぶこともない。


 まさに「びくともしない」という状態。

 それはまるで、鉄壁の小さな要塞。


 だがそれは、通常ではあり得ない現象だ。

 何らかの魔法的な力が働いているのは明白だった。


 セフィーリアは魔獣憑きの男を見上げ、冷たい声で言い放つ。


「神装器“パラディン”が持つ第二のスキル、『ショックアブソーブ』の効果です。この鎧が纏う防御壁は、いかなる衝撃をも吸収し無効化します。神装器の中でも随一の防御力を誇ると言われている“パラディン”に、防御面での死角はほぼありません。それに──」


 少女は盾を装備した左腕で、魔獣の太い脚を小脇に抱え込む。

 そして──


 ──ボキッ!

 その脚を、ほとんど腕力だけで強引にへし折った。


「ぐぎゃあああああああっ!」


 悲鳴を上げる魔獣憑きの男。

 セフィーリアは抱えていた脚を手放し、魔獣を突き放す。


 そして床に無様に倒れ、折られた脚を抱えてもだえ苦しむ魔獣憑きの男の前に立ち、それを冷たい視線で見下す。


「胴はガラ空きではなく、空けておいたんです。神装器全般には着用者の筋力を強化するパッシブスキルもありますから、あなたの脚をへし折るぐらいは造作もありません」


「ぐぅうううううっ……! ふざ、けるな……! こんな化け物……どうやって、倒せば……」


「ええ。ですからよく言われますよ。神装器“パラディン”を身に纏った聖騎士は──『無敵』だって」


「無敵……だと……? ──ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなああああああっ!」


 魔獣憑きの男は、ついに獣そのもののように跳び跳ね、セフィーリアから少し離れた場所にずしんと着地する。


 そして四つん這いになり、口からはだらだらと唾液を垂らし、理性を失った瞳で甲冑姿の少女を憎々しげに見つめる。


「無敵なんてもんはなぁ、俺様一人で十分なんだよ! ──食ってやる! 喰らってやる! テメェを噛み砕いて肉を貪って生き血を啜って、俺様の血肉にしてやるぁあああああ!」


 魔獣は吠え、少女に飛び掛かる。

 だがそれに対し、少女は未だ不動のまま、盾だけを前に掲げつぶやいた。


「──スキル、『アヴェンジャー』」


 それは、神装器“パラディン”が持つ第三のスキル。

 パッシブスキル『ショックアブソーブ』が吸収した衝撃力を増幅・倍加し、それを攻撃力に転じて解放するアクティブスキルだ。


 盾を掲げた少女の周囲に不可視の力場が発生し、そこに激突した魔獣は──


「ぐおおっ……! ば、馬鹿な……! この力は……ぐぎゃああああああっ!」


 自らの蹴りが与えた衝撃力の倍返しを受けて、魔獣の巨体が激しく吹き飛ぶ。


 そして奥の石壁に、めり込むほどの勢いで激突。

 それからずるりと、地面に崩れ落ちた。


 それを確認したセフィーリアは、結局まともに使わなかった剣を腰の鞘にしまう。

 そして一息をついてから、宣言した。


「これにて成敗です。……三十秒って言っておいて二分ぐらいかかっちゃったかも。むぅ」


 圧倒的な強さで勝利したわりに、少し不満そうなセフィーリアであった。



 ***



 それから後始末を終え、その晩は村で宿泊して、翌日の早朝。

 薄汚れた旅のマントを羽織った少女は、フードを目深にかぶった姿で、村の酒場の前にいた。


 彼女を見送るのは、酒場のマスター一人だけ。

 昨晩には村人たちから散々崇め奉られて愛想笑いと猫かぶりに疲れたセフィーリアが、マスターにだけ耳打ちで早いうちに出立することを伝えていたのだ。


「行っちまうんだな、嬢ちゃん」


「はい」


「元気でな」


「マスターさんこそ、お元気で」


 二人は言葉少なに別れの言葉を告げると、握手を交わす。

 だがそこで一旦手を離してから、セフィーリアはマスターを見上げて言う。


「マスターさん。何なら最後に、私の頭をなでてくれてもいいですよ?」


「……ん? こうか?」


 マスターが少女のフードの上から頭をなでると、少女は気持ちよさそうな笑顔になる。


「えへへっ、そうです。さらに何なら、ちょっと頑張った私のこと、褒めてくれてもいいんですよ?」


「そうか……よく頑張ったな。お嬢ちゃんは偉い」


「えへへへー。……でへへへへ~」


 フードの下の少女の顔は、すっかりご機嫌に緩んでいた。

 マスターはその姿を見て、安いもんだなぁと思いながらも、その可愛らしさに胸を打たれて少し頬を染めたりもしていた。




 けれども、旅の少女はそこに安住したりはしない。

 酒場のマスターに再び別れを告げると、セフィーリアは村をあとにする。


 聖騎士セフィーリアは、今日も旅を続ける。

 この世に悪のはびこる限り、少女は戦い続けるのであった。


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