第七話
「何だぁ……? 光って、武装した? シンソウキ? 何だそりゃあ」
魔獣憑きの男は、自分の眼下で突如起こった現象に驚いていた。
それに対し、そこにいる純白甲冑姿の少女は答える。
「神装器──一説には神の力の欠片を宿しているとも言われますが、一般にはマジックアイテムの一種と捉えられていますね。こうしてコマンドワードを唱えると、装着者に特定の『武装』を与えてくれます。私のものは神装器“パラディン”──こういった『武装』になります」
少女はそう説明し、ガチャリと鎧を揺らす。
だがそれを聞いた魔獣憑きの男は、ふんと鼻で笑う。
「何かと思えばくだらねぇ、ただのお着替えアイテムかよ。──おいテメェら、興が削がれた。そのガキの鎧全部剥いて、中身だけ俺んところに持ってこい。そいつ壊すのはそれからだ」
魔獣憑きの男はそう言って踵を返し、巨体を揺らして少女に背を向け離れていく。
だがそれに、彼の仲間の男の一人が泣きついた。
「で、でも兄貴、あのガキ、武装がなくてもめちゃくちゃ強かったし……それに俺たちも人数減ってるし無理ですよ。そもそもあれ板金鎧じゃないですか。あんなの俺たちの剣や槍じゃ貫けな──」
──ガシッ。
魔獣憑きの男の大きな手が、泣きついてきた配下の顔をつかむ。
そして──ぐしゃり。
その頭を剛腕でつかみ上げ、地面にたたきつけた。
石の床にたたきつけられた男の後頭部がひしゃげ、そこから赤い血が大量に流れだす。
魔獣憑きの男はさらに「それ」を無造作に放り捨てると、残る六人の配下に向かって言い放つ。
「くだらねぇ泣き言は聞きたくねぇな。板金鎧着ていようが上から剣でぶん殴れば骨折ぐらいさせられるだろ。槍ならガラ空きの顔狙え。重い鎧着てりゃ動きも鈍るんだ組み付いて押し倒せ。頭使う気がねぇ奴はいらねぇなら今みたいに潰してやるから言え」
魔獣憑きの男のその言葉に、配下の男たちは震えあがった。
そして死の恐怖に背中を押されて、彼らは純白の鎧を纏った少女の前に武器を構えて立つ。
それに対し少女は、一つ大きくため息をつく。
「……少し同情はしますけど、あなたたちだって村人虐待に加担しているんですから、容赦はしません。それでもよければどうぞ掛かってきてください」
「──う、うぉぉおおおおおおおっ!!」
どちらかと言えば、魔獣憑きの男よりも少女のほうが優しそうに、あるいは倒しやすそうに見えたのかもしれない。
武器を持った男たちは、白い甲冑姿の少女に向かって一斉に襲い掛かった。
少女はそれに対して迎撃の構えを見せつつ、小さくつぶやく。
「まずそもそもの間違いがあります。神装器は、ただの着替えアイテムじゃありません。ドレスアップによって得られる武装そのものが、強力な力を秘めています」
男たちが繰り出してくる攻撃を受け止めるため、少女は騎士盾を体の前に構える。
そうして構えると、少女の体の大部分が盾に隠れた。
「死ねぇええええっ!」
そこに降り注ぐ、剣や槍による雨あられの一斉攻撃。
だが──
「なっ……!」
──パキィイイイインッ!
男たちが振るった剣や槍は、少女が掲げた騎士盾へと叩きつけられると、いずれもその刃が折れ、あるいは砕け散った。
その盾には、淡い魔力の輝きが宿っている。
「……神装器“パラディン”が持つ特殊スキルの一つ、【ソードブレイカー】の効果です。この盾はあらゆる武器を打ち砕きます」
「う、嘘だろ……!? ちくしょう、こうなったら……!」
男たちは、今度は武器を捨て、少女に素手でつかみ掛かりにいった。
強力な防具を身に着けていても、大人数で組み付いて押し倒し、押さえ込んでしまえばどうとでもなる。
その点に関しては、魔獣憑きの男が言ったことは間違いではない。
だが──
「えっ……?」
つかみ掛かりにいった男たちが、呆然とした声を上げる。
彼らが手を伸ばした先に、少女はもういなかった。
男たちが前を見ると、俊敏かつ軽々とバックステップをした甲冑少女の姿があった。
その動きは、武装を身に着けていないときとまるで変わらない。
そうして男たちから距離をとった少女は、第二の認識間違いを指摘する。
「重い鎧を着ていれば動きが鈍るという話ですが、神装器が与える武装は極めて軽量で、装備者の運動能力を阻害しません。なので──」
少女が地面を蹴って、再び前に出てくる。
そして神速かつ鋭い身のこなしで、盾と剣の柄、それに蹴りを使って次々とそこにいた男たちをなぎ倒していった。
「ぐわっ」「おげっ」といったような悲鳴が六つ立て続けに聞こえた後、六人の男たちはすべて地に伏し、意識を失っていた。
倒れた男たちの真ん中に立つ少女は、その場にただ一人残った敵を静かに見上げ、見据える。
「──なので、動きが鈍重だから与しやすくなった、などという幻想は捨てたほうがいいですよ」
その少女の視線の先には、魔獣憑きの男。
一方の魔獣憑きは、その少女の姿を見て、獣の顔を興奮した様子で歪ませる。
そして耐えきれないというように、高笑いを始めた。
「くっ、くくくくくっ……! くーっははははははっ! ──最高だぜクソガキぃ! お前みたいなやつを待ってたんだよ俺は! 俺の本気の力をぶつけても、簡単に壊れなさそうな相手をなぁ!」
魔獣は口からだらだらとよだれを垂らしつつ、その巨体を揺らして一歩、二歩と少女に歩み寄る。
「くはははっ、どんだけ耐えてくれるか楽しみだ。泣きわめいて許しを請うまで、三分か? 五分か? せいぜい楽しませてくれよぉ?」
だが一方で、少女──セフィーリアは静かに言い放つ。
「そうですか。でも私は、そんなに長くあなたの相手をしたくないですので──」
甲冑少女は魔獣憑きの男を見上げ、左手を盾のグリップから外して三本指を立てる。
騎士盾を模した魔法の盾は、腕の部分でも固着されているのでそれでも取り落とすことはない。
そしてセフィーリアは宣言する。
「──三十秒。それだけあれば十分です」