第五話
廃墟の地下にある牢屋。
その前に、セフィーリアは立っていた。
セフィーリアの前には、二人の男女が鎖で吊るされていた。
だがその二人とも、すでに事切れている。
ボロボロに破り捨てられた女性の衣服。
剣や槍であちこち貫かれたのであろう無惨な外傷は、二人ともにある。
二人の足元の地面には、血の池が乾いたような赤黒い染みが広がっていた。
セフィーリアはその二人の死体の前で跪き、略式の祈りを捧げる。
そうして少しの時間祈ってから、彼女は立ち上がり、その場を立ち去る。
その少女の瞳には、冷たい怒りが燃え盛っていた。
***
廃墟の二階の大部屋で、山賊たちはいつものようにどんちゃん騒ぎをしていた。
その場にいるのは十五人ほどで、彼らはゲラゲラと笑い声を上げながら、酒を飲み、食べ物を食い散らかし、あるいは賭け事などをしていた。
その中心にいるのは、一人の痩身の男だ。
浅黒い肌と銀髪を持つその男は、ほかの男たちが地べたに座っている中、彼一人だけ朽ちかけた座椅子に身をゆだねている。
その目は糸のように細く、口元には自信の笑み。
彼の周囲にいる男たちは、バカ騒ぎをしながらも、その糸目の男の機嫌だけは損なわないよう慎重に気を配っていた。
──だが、そのとき。
階下から「うぎゃー」だの「ぐえー」だのという悲鳴が聞こえてくる。
騒いでいた男たちが一斉に静まり、部屋の入口の方に注目する。
「……何だ?」
糸目の男も眉をひそめる。
階下には便所があり、今は二人の男がそちらに向かっているところだったはずだ。
「……おい、様子見てこい」
「へ、へい!」
糸目の男が、近くにいた男の一人に命じる。
命じられた男は、傍らに置いてあった武器を手に、慌てて部屋を出ていった。
すると──
「お、おおっ? おい小娘、どこから入ってきやがった!」
「……どこから? そんなの、入り口からに決まってるじゃないですか」
「そんなこと聞いてんじゃ──ごはっ!」
そんな声が部屋の外から聞こえてくる。
そして、その数秒後。
大部屋の入り口の前に、一人の旅装束の少女が姿を現した。
呆然とする大部屋の男たち。
「……おい、娘。てめぇナニモンだ」
最初に口を開いたのは、座椅子に深々と座った糸目の男だ。
一方、その言葉を受けた少女は、糸目の男に向かって冷たい視線を向けてくる。
「旅の聖騎士です。悪党を退治しに来ました。──あなたがこの山賊団のリーダーですね」
少女がそう言うと、場が一瞬静まり返り、次いで周りの男たちがゲラゲラと笑いだした。
そして男たちのうち少女の近くにいた一人が、ニタニタと笑いながら彼女へと不用意に近付いていく。
「おいお嬢ちゃん、あの方はなぁ、お嬢ちゃんみたいな子供の遊びに──おぶっ!」
少女が驚くべき速さで踏み込み、男に肘を入れた。
少女が身を引くと、男はがくんと両膝をつき、そのまま前のめりに倒れる。
男は白目を剥き、口から泡を吹いていた。
少女の周囲の男たちは、驚いた様子で一歩二歩と身を引き、思い思いにざわめき始める。
それに対し、少女は逆に一歩二歩と前に出て、男たちを威圧する。
一方、その様子を面白そうに見ていたのは、座椅子に腰かけた糸目の男だった。
「……ほう。その身のこなし、大したものだ。聖騎士というのも、あながち法螺ではなさそうだ」
「それはどうも。悪党に褒められても嬉しくはないですけど」
「それは残念。だがこの人数相手に丸腰というのはさすがに慢心ではないかな、聖騎士のお嬢さん? ──おいテメェら、とっととそのガキ囲め」
その糸目の男の号令に、気圧されていた男たちは慌てて動いた。
半数が少女の背後へと回り込み、一人の小柄な少女を、大の男たちが円を作るようにして取り囲む。
それに対し、少女は前後左右に油断なく視線を走らせながら言葉を返す。
「十五人程度ですか……これでは多勢に無勢、聖騎士と言ってもこの数は相手できない──本当にそう思うのなら、さっさと掛かってきたらどうです?」
「くくくっ、威勢のいいお嬢さんだ。では試させてもらうとしよう。──おいテメェら、その生意気なクソガキさっさと殺せ。その人数で生身のメスガキ一人バラせなかったら──俺が直々にテメェらを殺してやるよ」
糸目の男のその残虐な指示に、周囲の男たちは半ば怯えながら、武器を手にした。
剣や槍、斧のギラリと鈍く光る刃が、一人の少女を取り囲む。
「…………」
対する少女に、焦りや怯えの様子は見受けられない。
ただ淡々と、周囲に注意を払っていた。
そして──
「──殺れ」
糸目の男の命令で、少女を取り囲んだ男たちは一斉に、武器を振り上げ襲い掛かった。