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第二話

「ぷっ……ギャーハッハッハッハ! 聞いたかよおい!」


「せ、成敗します……成敗しますだとよ……くっくっくっく……!」


「やべぇ、腹いてぇ……!」


 旅人の少女セフィーリアの言葉に、ごろつきたちは一斉に笑い始める。


 一方のセフィーリアは、ただ冷たい瞳でごろつきたちを見据えていた。


 その様子に、ごろつきたちも次第に笑うのをやめる。

 そしてそのうちの一人が、少女へと詰め寄ってくる。


「だが……英雄ごっこはほどほどにしないと痛い目を見るってことは、大人として教えてやらねぇとなぁ。その体にきっちりと教え込んでやるぜ、へへへっ」


 男は欲望に満ちた目でセフィーリアを見て、少女にその手を伸ばしてくる。

 対するセフィーリアの眼差しは、もはや絶対零度だった。


「不快です。あなたのような下衆が、大人を名乗らないでください」


 そう言って──セフィーリアが動いた。


 自らに襲い掛かろうとしていた男の片腕を、少女は素早くつかみ取り。

 そして瞬く間に男の腕を捻り上げると、男を地面へとうつぶせに引き倒した。


 その少女の動きはまるで流水の如く滑らで、本人以外の誰もが、そのとき何が起こったのかを理解できなかった。


「はっ……? ──イデデデデデデッ!」


 いつの間にか腕関節を極められ地べたを舐めさせられていた男は、困惑したままに悲鳴を上げる。


 しかしセフィーリアの攻勢は、それで終わりではなかった。

 少女は制圧した男に対し、冷酷に言い放つ。


「あとがつかえていますので」


「はっ……? お、おい、待て、何する気──うぎゃあああああっ!」


 ──ぼきっ。


 少女は躊躇なく、男にトドメを刺した。

 命まで奪ったわけではないが、男は白目になって地べたで泡を吹き、動かなくなる。


 それを確認すると、少女は静かに立ち上がる。

 そして残った二人のごろつきに、据わった瞳を向ける。


「──次はどちらですか? 一緒に掛かってきても私は構いませんが」


「なっ……こ、このガキ……!」


 男たちはうろたえる。

 ただ者ではない少女の動きを見て、明らかに腰が引けていた。


 だが彼らにもメンツというものがある。

 ここで舐められるわけにはいかない。


 それに今のはきっと、何かの偶然か、見間違いか何かに違いない。

 そう思わなければ、目の前で起こった現実を受け入れられないというのが、男たちの心境だった。


「うぉおおおおおっ! まぐれだか何だかで調子乗ってんじゃねぇぞクソガキぃ!」


 ごろつきのうちの一人が、恐怖の呪縛を解き、セフィーリアに向かって殴り掛かった。


「まぐれではないんですが──」


 迎え撃つセフィーリア。

 男の拳を、身を沈めてかわすと、同時に男の腕をとる。

 そして──


「はっ!」


 背負い投げの要領で、男を投げ飛ばした。


「何ぃっ──がはっ!」


 酒場の床に背中を強く打ち付ける男。

 そしてそこに──


「そのまま沈んでください」


「え、ちょっ、おまっ──ごふっ!」


 地面にあおむけに倒れた男の腹部を、セフィーリアは勢いよく踏みつけにした。

 少女のブーツの踵が、男の腹にえげつなくめり込む。


 セフィーリアが足をどかすと、その男もまた、ぐったりと動かなくなっていた。


「なっ……く、クソッ……! このガキャああああっ! な、ナニモンだテメェ!」


 最後の男は、ついに腰から手斧ハチェットを取り出し、セフィーリアを威嚇する。

 セフィーリアは静かに振り向き、男に冷たい視線を向ける。


「すでに名乗ったはずですが。──聖騎士セフィーリア。修行と悪党狩りを兼ねてのぶらり旅をしています。たまにあなたたちみたいな下衆に出会うので、結構有意義な旅ですよ」


「せ、聖騎士だと……!? 聖王国最強の騎士たちだけに与えられるっていう称号だって聞いたことがあるぞ。両手で数えるほどの人数もいないって……お前みたいなガキがそれだってのかよ!」


「はい。信じなくても構いませんが、いずれにせよあなたはここで成敗します」


「ふ、ふざけんなよ……! 丸腰のくせしやがって、何が聖騎士だ! ぶ、ぶっ殺してやる! ──うぉおおおおおっ!」


 男は手斧を振り上げ、セフィーリアに襲い掛かる。

 だが──


 ふっと、少女が動く。

 瞬く間に男の懐に潜り込んだセフィーリアは、手斧を持った男の右手首目掛けて、鋭い拳の一撃を放つ。


 ──ぼきっ。

 骨が折れる音と同時に、男が持っていた手斧が宙を舞った。


「なっ……うぎゃぁぁあああああっ!」


 男は悲鳴を上げ、手首を押さえてうずくまった。


 一方のセフィーリアはというと、一撃を加えた直後に目にもとまらぬ速さでバックステップをし、それから軽くジャンプをして、空中をくるくると飛んでいた手斧を見事にキャッチしていた。


 そして着地すると、武器を手にした少女は、眼前でうずくまる男に向かってゆっくりと歩み寄っていく。


「……さて、こんな凶器まで持ち出して人を殺そうとした人には、どうしてあげましょうか」


 少女はうずくまる男の前に立ち、冷酷な瞳でその姿を見下ろす。

 その手には、鈍く輝く刃を持った手斧。


 武器を奪われた男は、憎しみとも恐怖ともつかない表情で少女を見上げる。


「ぐ、うぅ……ま、待て……こんなの、過剰防衛だろ……聖騎士が、正義の使徒がこんなことをして……いいと思ってるのか……!」


 その言葉を聞いて、聖騎士の少女はぴたりと動きを止めた。

 そして可憐な唇からは、こんな言葉が紡がれる。


「──勘違いしないでほしいです」


「はっ……?」


 予想していなかった言葉に、呆気にとられる男。

 少女はその姿を冷たく見下し、さらなる言葉を紡ぎ出す。


「たまにいるんですよね、自分たちは散々悪を為しておきながら、私たちには絶対正義を求める人。──勘違いしないでください。私は万人を愛する慈愛の聖女じゃありません。だからちょっと──あなたたちにはムカついてます」


 紺碧の瞳で男を見下ろす少女が、手斧をゆっくりと頭上へ振りかぶる。

 そして少女は、男の頭部目掛けて、それを振り下ろした。


 ──ゴッ!


 鈍い音を立てて、手斧のが男の頭にめり込み、男は気を失って倒れた。

 セフィーリアは片刃の手斧の刃を返し、峰打ちにしていた。


「……ま、そうは言っても、殺しはしませんけど」


 そう言ってセフィーリアは、手にした手斧をぽいと捨てた。


 そうしてごろつきたちを制圧したセフィーリアは、近くで倒れている酒場のマスターのほうへと向き直ると、ぺこりと頭を下げる。


「すみません、ちょっと私情が乗ってしまい、お見苦しいところをお見せしました。その……アレなところは、見なかったことにしておいてもらえると嬉しいです」


 そう言って、えへらっと締まりのない笑顔を向けるセフィーリアに、


「あ、ああ……」


 ぽかーんとしたマスターは、そう答えることしかできなかった。


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