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第一話

 カランカランと鳴子の音がする。

 酒場の入り口の扉に設えられた、来店者を報じるための仕掛けだ。


 そこは小さな村の酒場。

 扉をくぐって入ってきたのは、一人の小柄な旅人だった。


 旅人は褐色のフード付きマントで身を包んでおり、顔は目深にかぶったフードに隠されていてよく見えない。

 しかし垣間見える可憐な口元を見れば、旅人がうら若き少女であろうことは容易に窺い知れた。


 旅人は軽く店内を見回し、それから酒場のマスターがグラスを磨いているすぐ前のカウンターの席へと向かうと、そこに着席した。


「いらっしゃい、可愛い旅人さん。何にする?」


 髭面のマスターが問うと、旅人は少しだけ顔を上げて答える。


「はちみつ酒を。それと何か食事をお願いします」


 旅人がそのように言うと──マスターは呆気にとられた様子になり、磨いていたグラスを取り落としそうになった。


 慌ててお手玉をし、どうにかグラスの一命を取り留め安堵の息をつくマスター。

 その様子を見て、旅人が不思議そうに小首を傾げる。


「……? 私は何かおかしなことを言いましたか?」


「あ、いや……お嬢ちゃん──旅人さんがあまりにも綺麗だったもんで、驚いちまった」


 そう言われると、旅人は頭からぽひゅっと湯気を噴く。


「は、はうっ!? ……もう、マスターさんお上手なんですから」


「お世辞ってこともないんだが……。それよりはちみつ酒と食事だったな。シチューなら温めるだけですぐに出せるが、それでいいかい?」


「はい、是非。旅の間はろくなものを食べていないので、もうお腹がペコペコで」


「ははは、分かった。ちょっと待ってな」


 酒場のマスターは笑いながら、厨房のほうへと入っていった。


 再び一人になって手持無沙汰になった旅人は、もう一度店内をぐるりと見回す。

 まだ酒を飲むには早い時間だからかもしれないが、全体に客が少なく、寂れた様子に見えた。


 旅人がしばらく待っていると、マスターが料理と酒を乗せたお盆を持って戻ってきた。


 はちみつ酒の入ったコップと、湯気の立つシチューが盛り付けられた皿、それにパンが一個乗った皿が旅人の前のカウンターに置かれる。


 旅人はそれを、懐の小袋から取り出した一枚の銀貨と引き換えに受け取った。

 そして食事の挨拶をすると、すぐにシチューに取り掛かった。


 熱そうなシチューを木製のスプーンですくい、ふぅふぅと冷ましてから、ぱくりと口に放り込む。

 それからもぐもぐと味わい、幸せそうにぶるりと震えた。


 旅人はまた少し顔を上げ、マスターに向かって言う。


「おいしいです。体も温まります」


「ははは、そりゃ嬉しいね」


 旅人はそれから、はふはふもぐもぐと食事にがっつき始める。

 マスターはその様子を微笑ましげに見ながら、ふと旅人に問う。


「お嬢ちゃんは一人で旅を? 道中は危険もあるだろうに、どうしてまた」


 パンと食事を交互に口にしていた少女は、パンをごくりと飲みこむと、マスターの質問に答える。


「私は遍歴の聖騎士です。道中の危険ぐらいで音を上げていたら、聖騎士は務まりません」


 そう返答してから、また食事に取り掛かる旅人。

 だがそれを聞いたマスターは、いぶかしげに眉根を寄せる。


「聖騎士って……あの、聖王国最強の騎士たちが国中を旅して回って悪党や魔物を退治するっていう、あの聖騎士かい」


「はい、その聖騎士で合っていると思います。旅をして回るのは、自らの修行の意味もありますが」


「……で、嬢ちゃんがその聖騎士だって? さすがにそれは信じられないな。そういう嘘はやめたほうがいいよ、旅人さん」


 そう言ってマスターは、旅人のフードを被った頭にポンポンと手を乗せた。

 その扱いを受けた旅人は、一転して不機嫌になる。


「ぶぅ……どうしてどこへ行っても信じてもらえないんでしょう……」


 旅人は、自らの胸元に提げたペンダントを握りしめる。

 一方のマスターは、その旅人の出で立ちに注目していた。


「だいたいお嬢ちゃん、見たところ鎧どころか、剣も盾も持っていない丸腰じゃないか。旅の道中、モンスターに襲われたらどうするんだ」


「それは……ゴブリンやオーク程度なら、素手でも」


「はあ……お嬢ちゃん、冒険物語の読みすぎだよ。悪いことは言わない、怪我しないうちに家に帰ったほうがいい。それに──」


「……それに、何ですか?」


 旅人の愛らしい声には、少しのトゲがあった。

 自分の主張を信じてもらえないことが不満なようであった。


 一方マスターはというと、何かを諦めたように首を横に振る。


「いや、何でもない。──ただ、本物の聖騎士様が現れたなら、あいつらも退治してくれるのかなって、そう思っただけさ」


「あいつら……? その話、気になります。詳しく聞かせてくださ──」


 そう、少女がマスターに問い詰めようとしたときだった。

 カランカランという鳴子の音とともに、酒場の扉が乱暴に開かれた。


 旅人とマスターがそちらを見ると、三人のごろつき風の男たちが我が物顔で酒場に入ってきたのが目に入った。


「おー、酒だ酒! 酒持ってこい! 食い物もありったけだ!」


「相変わらずしみったれた酒場だぜ。さっさと潰しちまおうぜこんな店」


「ギャハハハッ! そうしたらタダ酒飲みにこれなくなるだろうが!」


 騒ぎながら入ってきた男たちは、一つのテーブルを選びその席にどっかりと腰を下ろす。

 その姿を目にしたマスターが、先ほどまでとは一変して不快さをあらわにする。


「くそっ、またあいつらか……!」


 悔しそうに拳を握りしめるマスター。

 その姿を見て、旅人が問う。


「マスター、あのならず者たちは?」


「村の近くに住みついた山賊たちの一員だ。あいつらこの村の人間を、自分たちの奴隷か何かと勘違いしていやがる。──いや、お嬢ちゃんには関係ないな。食事も終わったろう。厨房に裏口があるから、巻き込まれないうちにここを出ていったほうがいい。やつら何をしでかすか分からん」


 マスターはそう言って、カウンターの中から表へ出て、男たちのいるテーブルのほうへと向かっていく。

 そして男たちの前に立つと、彼らに告げた。


「あんたたちには、この間飲み食いしたときの代金をまだ払ってもらっていない。酒や料理を出すより、そっちが先だ」


「……あぁ?」


 ごろつき風の男たちが、一転して不愉快そうな顔になり、席から立ち上がる。

 そして三人の男たちは、マスターのすぐ前まで威嚇するように歩み寄ると、そのうちの一人がマスターの胸倉をつかみ上げた。


「よく聞こえなかったなぁ? もう一度言ってみろ」


「ぐっ……前回飲み食いした分の代金を払えと言ったんだ」


「チッ……! いいから酒と飯持ってこいっつってんだよ!」


「断る。お前たちに飲ませる酒も食わせる料理もない。さっさと出ていけ」


「そうかよ!」


 男はその拳で、マスターを殴りつけた。

 殴り飛ばされたマスターは隣のテーブルにぶつかり、椅子とテーブルをひっくり返しながら倒れ、苦痛に呻く。


「ぐぅっ……!」


「どうやら痛い目見ねぇと分かんねぇみてぇだな、あぁ?」


 三人の男たちが、マスターの元へ歩み寄ろうとした、そのとき。


「──そこまでです、下郎ども」


 うずくまったマスターの前に歩み出て、ごろつきたちの前に立ちふさがったのは、フード付きマントの小柄な姿だった。

 突然の介入者に戸惑うごろつきたち。


「……あぁ? 旅人? ……いや、ガキか?」


「くっ、お嬢ちゃん……裏口から逃げろって、言っただろうが……!」


 苦悶しながらも旅人を守らんと立ち上がろうとするマスターだが、旅人はそれを手で制止する。


「それは聞き入れられません。聖騎士たる者、悪党のせいで困っている人を、見て見ぬ振りはできませんから」


「まだそんなことを言って……いいから、逃げろ……!」


「お断りします。ですが──ありがとう、マスター。あなたは立派な人です」


 旅人はそう言って、マスターに向かってフードの下の笑顔を見せる。


 それから彼女は、自らフードを脱ぎ去った。


 旅人が髪を振ると、金糸のようなブロンドの髪がふわりと舞う。

 十代半ばにしてはあどけなさの残る顔立ちを、セミショートの金髪が美しく彩っていた。


 つぶらな瞳は、紺碧の海のような鮮やかな青。

 その瞳が真っすぐな意思をもって険を帯び、ごろつきたちを睨みつける。


 そして旅人の少女は、その鈴のように綺麗な声に厳しい音色を乗せ、言い放つ。


「善良な村人を脅かす悪党ども──この聖騎士セフィーリアが成敗します」


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