[聖神]勝利の為に
「くそ・・・あの女ぁああ!」
聖神は、他者には見せない口汚い声で、虚空を睨み呪詛を吐く。
傍らには倒れた従者。
様子を見に飛び込んできたので・・・その首をねじ切ったのだ。
パチン
聖神が指を鳴らすと、飛び散っていた血の跡、そしてそれを流した者・・・は、光の泡となって消失する。
「何故分からん・・・魔神を殺すのは・・・我々の悲願であったはず・・・旗色が悪くなったら今更手を引くとは・・・」
言いつつ、分かってはいる。
奴等は、見捨てるつもりなのだ。
聖神を犠牲にして。
あの時と同じように。
「聖女を・・・量産・・・そして・・・」
もうこの世界のリソースを守る、といった話は度外視だ。
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「聖女を・・・ですか・・・?」
呼びつけた最高司祭は、困惑の声を漏らした。
「伏して願い奉ります。どうかお考え直し下さい。そんな事をしては、この世界を保てません」
世界のリソースは決まっている。
100年単位で力を溜めるからこそ、聖女といった奇跡を顕現させる事が出来る。
これを無制限にやってしまうと、一瞬にして世界のリソースは枯渇してしまう。
「分かってはいますが、このままでは魔の奴等には勝てません。何か代案があるのですか?」
最高司祭は言葉に詰まる。
そもそも、聖者を交えた軍勢を送っても、魔界陣営の聖女と勇者抜きの小国を攻めて、大敗したのだ。
恐らく、聖女を送っても厳しいし、ましてや向こうに聖女が配置されていたら絶望的だろう。
そもそも向こうの聖女達は、一人でこちらの聖女を全滅させたのだ。
魔の奴等の秘密を暴き、その技術を取り入れれば、対抗出来るかも知れないが・・・
密偵を送ってはいるのだが、魔界の生活を知った者は高確率で魔界に帰依してしまう。
組織情報等もかなりばれてしまっており、中には潜入当日にかつての先輩に声をかけられる奴まで出る。
無論、魔王エルクを始め、周辺の力は圧倒的だ。
だが、最大の敵は・・・奴等の国が理想的過ぎる事だ。
案がない訳ではない・・・だが・・・それを聖神は受け入れないだろう。
それは最高司祭はよく分かっている。
即ち、善政。
良き政治を行えば、奴等は攻めてくる理由を無くすし・・・そもそも事実攻めてこない可能性もあると踏んでいた。
こちらが非道な手段をとる程、奴等の進撃の勢いは上がっている。
「聖女を任じる件は決定事項です・・・それと・・・攻勢に出る準備をしなさい。前線の国1つに戦力を集め、一気に押し返します。戦いには勢いが大事です」
「誠に恐れ入ります・・・しかし、伏して願い奉ります。これまでの戦い、こちらが侵攻により戦力を失ったところを、攻め込まれております。ここは防備を固め、侵攻に備えるべきと愚考します。奴等は、護りの時に特にその真価を発揮するようです」
実際には、遊撃、幹部連中が軍事施設の破壊等もしてきたのだが・・・それは伏せておく。
「・・・何も護りの厚いところを攻めずともよいでしょう。奥地を攻めなさい。空や海を行けば良いでしょう」
「恐れながら・・・空には竜や空魔が飛び、飛行は危険です。更に、狙い落とされる可能性が高いので、非現実的な手段となります。海に関しては、凶悪な海魔、荒れる海流・・・そして上陸できる土地の少なさ。やはり侵攻に使うには非現実的な手段となります」
「なら、疫病です。奴等は人口が密集していると聞ききます。効果的でしょう」
「・・・恐れながら、難しいと愚考致します。都市が清潔過ぎて、疫病の流行は極端に起こりにくいようです・・・そして、疫病に強い聖女が2人もおります。それ以外の魔導研究者も多いようで、我らの国に比べて、疫病で死ぬ者はかなり少ないと聞いております」
「・・・」
聖神は、この最高司祭の首をねじ切ってやりたい衝動に駆られる。
だが、この男が有能なのは認めざるを得ない。
「何か案はないのですか?」
「・・・恐れながら、申し上げます。善政、民が喜び、この世界にも負荷を与えない・・・そんな世界となれば、恐らく奴等はその正当性を失い、こちらを攻めるのは難しくなるでしょう」
「民が喜ぶ・・・?木偶共がどうあろうと、知ったことではないし、そんな存在に迎合等あり得ません。それは分かっているのでしょう?世界への負荷等、勝利のまでは些細な事でしょう」
聖神は呆れたように言う。
その後も話し合いは続き・・・今後は聖女を追加投入する、という事だけ決まり、次の方策に関しては次回への持ち越しとなった。




