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[クララ]飛ぶ事、能わず

聖戦が開始した。聖戦開始と同時に聖女が集結、攻めてくると予想していた。だが、聖界に動きはない。肩透かしではあるが、恐らく何か企みがあるのだろう。エルクはそう考える。


エルクは、パラスから提出された報告書を見る。ファーイーストとセリア砦、飛空船パラスから提出される報告書は、『妨害なし』か、『特筆すべき妨害はなし』のいずれかだ。聖戦開始と共に妨害が激しくなると思っていたのだが・・・だが、これは嵐の前の静けさだとは確信している。パラスにも、十分気をつけるよう指示を出した。


--


中央教会。神の神託を主に受ける場所で、聖界全域に対し統一命令を出す権限を持つ。最高権力機関である。


今期の中央教会のトップ、最高司祭は、過去類を見ない程聡明だ。智の聖女にすら匹敵すると言われている。慎重で有り、大胆。常に千手先を読むと言われる。


神から聖戦開始と同時に神託があると予期していたが、未だ無い。何かを待っているようだ。ここは、仕掛けるのは待つべきである。


かと言って、何もしないのも、敵を勢い付かせる。敵は既に聖界に2つも拠点を有し、内、魔界に近い方の砦には、魔界の軍勢を集めている。恐らく、ソロモンかレヴィアタンに侵攻すると思われる。そちらには、他の国から援助は送っている。


そして・・・空を飛ぶ謎の船だ。実に忌々しい。あれにより、聖界に築いた拠点間の連携をとっているようだ。安全な場所を見極め、かなりの戦力を投入して、撃ち落とす事を試みたが、残念ながら失敗している。周囲に謎の障壁が張られているとの報告されている。


敵の勢いを挫く、その一歩は、あの空飛ぶ船、そう考えている。そして、最高司祭は終に最終にして確実な手段に出た。


聖女は、最高司祭の最終攻撃指示が出るまでは、各国にて自身の修練、軍備増強、防衛、そういった事をして過ごす。その聖女を、動かした。


風の聖女。それが派遣された聖女の名。船は落ちる。それはただの確定事項であった。


魔族の船の航路、内、高度を下げる砦の近くや、元レイアー国の近くは危険である。船と、各拠点からの挟撃に遭いかねない。むしろ、超高度にいる中間地点こそ、安全に下から攻撃できる。場所の判別が出来ないよう、森を選ぶ。砦と元レイアー国の間の森。そこが迎撃のポイントとしてよく選ばれていた。


風の聖女、クララは、不満を覚えていた。最高司祭は勿論尊敬している。他の兵で達成出来ないのも聞いた。それでも不満なのは・・・容易すぎるのだ。空を飛ぶ存在にとって、風の聖女は鬼門である。それは定めと言うべきだ。だから・・・自分が出向くのはかなり気が乗らない。しかも、初手から全力を出せと言われている。全力を出す必要性は、髪の毛の先程もない。しかも、だ。運ばれた大量の高純度魔力結晶。最高司祭は尊敬している。最高の力を叩きつけ、急速離脱。これが基本なのも分かる。だが・・・見くびられているにも程がある。


遠視の魔法を行使。飛空船が砦を飛び立ったのを目視した。正直この距離でも狙えるのだが、最高高度で安定飛行になるのを待つ。そして、予定の位置に到着した。それは、飛空船の最後が来たのと同義。クララは、見納めのような気持ちでそれを見た。


「射貫け」


クララは、言霊(ことば)を行使する。言霊(ことば)、世界の規則を書き換え、改変し、奇跡を起こす概念。魔法はルールを規則に沿って改変するが、それとは事なる次元の概念だ。


きゅごおおおおおおおおおおお


空気が唸る。木々が折れ、地面が抉れる。近くで見ていた兵士達が、余りの霊圧に怯み・・・そして風圧に飛ばされる。魔力結晶が散らばる。そう、それはまさに奇跡。


それは音速すらあざ笑う速度で飛空船に接近し・・・ぽふ。消える。


地上を静寂が支配する。


「え・・・届かなかった・・・?」


兵士が漏らした言葉を耳にし、


「黙れ殺すぞ」


クララが唸る。


「すっすみません」


涙を流しながら土下座する兵士。


何が起きた?!クララは自問する。無論届かなかった訳では無い。あの一撃が防がれたのだ。・・・信じられないが・・・本気を出すしか無い。


「告げる・・・世界よ・・・我は・・・射貫く・・・」


言霊(ことば)を紡ぐ。一言、一言、世界が改変され、大気が・・・真空さえも・・・悲鳴を上げる。


「唸れ、唸れ、唸れ、唸れ、唸れ」


最早目隠しはその役目を果たさない。クララの周りの木々は完全に塵と化し、クララは宙に凛と立つ。兵士はもう近づく事もできず、距離をとって見守る。


「我が名クララにより命ず、彼の存在を射貫け」


ごおおおおおおおおおぅ


時空が、唸る。世界が、歪む。あらゆる物を巻き込みつつ、それは伸び・・・


ぽふ。船の傍で消える。船は小揺るぎもしない。


再び静寂が支配する。


信じられない話だ。空を飛ぶ存在で、風に抗える訳がない・・・


だが・・・ようやく、最高司祭の言った意味が分かった。何故あれが準備されたか分かった。


「魔力結晶を使う。逃げろ」


告げる。兵士達が急いで距離を取る。既にかなりとっていたが、比ではない。


風の聖女の真価、空を飛ぶ存在に対する絶対強者・・・それは、概念。空を飛ぶ存在に対する絶対強者という概念。風の聖女、それはそういう存在だ。


因果律の強制。飛ぶ物は落とす。ただそれだけの、こと。


「告げる。我は風の聖女。我が前に飛ぶ事、能わず」


魔力結晶が分解され、クララに吸い込まれる。世界が、悲鳴を上げる。世界を構成するルールが、書き換えられていく。


「我は」


緑の光がクララを包む。そして、それはやがて集まり、一本の矢、となる。


「射貫く」


矢はどんどん輝きを増す。


「汝」


ギイイイイイイイイイイイ


世界の悲鳴が聞こえる。


「飛ぶ物、即ち、墜つ」


飛ぶ物を落とす因果が、世界の悲鳴を巻き込みつつ、船に迫り・・・


ぽふ。船の傍で消える。船は小揺るぎもしない。


再び静寂が支配する。


--


エルクは、パラスから提出された報告書を見る。『特筆すべき妨害はなし』と記されている。


「これは嵐の前の静けさだ、警戒を緩めないように」


「はーい!」


エルクは、人間の動きが鈍い事に、より不安を強めるのであった。

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