[エルク]輸送の課題
「どうしたものか・・・」
報告書に目を通しながら、エルクが唸る。隣で書類を仕分けしていたノエルが手を止め、問いかける。
「ご主人様、どうしました?」
「うむ。ファーイーストは飛躍的に豊かになっていっているのだが、セリアの村やレイアーがな。ちょくちょく物資は運んだり、ノエルに水源を作って貰ったりして、発展はしているのだが。やはり人員の移動も物資の移動もかなり不便だ」
「そうです・・・よね。逆にレイアーで獲れた物をファーイーストに輸送したい場合にも、問題が生じています。ファーイーストへの移住希望者も居ますし」
エルクとノエルが頷き合う。
「他の眷属も呼んで、解決策を話合ってみますか?」
「確かに、こう言う時はみんなで相談すると何かいい案が浮かぶかもしれないな」
ノエルの提案にエルクが頷く。
円卓の間に、幹部を集めた。尚、この円卓の間は、アレクシアの提案で作った。なかなか格好良い。
「今回みんなに集まって貰ったのは、ここファーイーストと、他の支配地との地理的隔離の問題点に関してだ。人員や物資を、大量に輸送したいが、周囲は巨大な山に囲まれ、その外は海。陸路は、魔都ミーミルで塞がれている。ミーミルを馬車で通る事も考えられるが、魔王候補を辞退したとは言え、正直何をするか分からない。出来ればミーミルの横断は避けたい」
エルクが、藁にもすがる思いで行った問いかけ。しかし、アレクシアはそれにあっさり解決策を出す。
「それでしたら、今研究塔で進めている研究が解決出来ます。材料が足りないので、小規模に作って実験してから素材集めをしようとしていたのですが・・・材料集めを手伝って頂けますか?」
「材料集めは、俺は手伝おう。他に可能な者がいれば手伝って欲しい。具体的な内容と、必要な素材に関して教えて貰えるか?」
「はい。まず、解決策ですが・・・空を飛んで輸送します」
「空を?!」
エルクが驚きの声を上げる。
「はい。浮遊の魔法はありますが、流石にあれだけで輸送するのは非常に労力がいります。ので、物理的に飛行の補助を行います。上部に大きな布の袋を用意し、その中に温めた空気を入れます。温めた空気は、外の空気より軽くなる為、全体が浮き上がります。逆に、温めるのを止めると、重さの差がなくなり、全体が下がります。この現象を利用します」
「・・・確かに、原理的には可能そうだが・・・魔法での補助も出来るから・・・うむ・・・いけそうだな・・・」
「これを非常に大きな規模で作れば、一度に大量の人や物を運ぶ事ができます。陸路でも水路でもない、空路ですね」
「飛龍を用いた空路の理論はあったが、そのような理論は初めて聞いた。よく思いついたな。素晴らしい」
エルクが絶賛し、アレクシアを抱きしめる。
「無論です、我が主よ。ご主人様の為なら私は無限の知恵を産み出します」
力強い内容とは裏腹に、何故か少し目を泳がせるアレクシア。今更照れているのだろうか、とエルクは思う。
その後アレクシアに材料を聞き、幹部の手が空いている者、そして兵士達で材料集めが始まった。
「探査」
エルクが魔法を構成、言葉をトリガーとして放つ。周囲の特定の条件を満たす者を探す魔法だ。見つけた。
「穴よ」
エルクが魔法を構成、放つ。地面が抉られていき、そこに辿り着き・・・吹き出る油。本来は危険な物であるが、これから燃える成分を分離、燃料に使うらしい。魔法具を作って魔力結晶を糧に動かした方が早そうなのだが・・・まあ、総コスト的に見れば確かにこちらの方が低コストかな。
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同時刻、セリアとノエル。
「踊れ」
セリアの言霊に従い、輝く剣が無数に出現する。剣が踊り、木を伐採する。
「彼方へ」
ノエルが魔法を構成、伐採された木が飛び、広場へと飛ぶ。広場にはパラスが待機し、受け止める手筈だ。
「ごめんなさいね。癒やしよ」
ノエルが続いて魔法を構成、発動。切られた木の表面から、若い芽が伸びる。少し成長させて止める。
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同時刻。広間。
パラスは次々と飛んでくる資材を盾で受け止め、衝撃をゼロにする。そっと地面に置く。それを繰り返す。
「魔法苦手だからこんなことくらいしかできないよう・・・いいなあ、魔法」
パラスがぼやく。
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アレクシアは悩んでいる。布をどうするか。糸を紡ぐ魔物はいるのだが、量産も大変だし、編むのも面倒だし・・・魔法で編むか・・・?実際、成分や構造は分かっているので、魔法で創り出す事はできるのだが、せっかくなので手作り感が欲しい。かといって全て機械でやるのも非効率だ・・・
ミーミルから奪った知識、自分が得た知識を総動員し、何とかそれっぽい形にする。
数メートルの大きさの魔楼蜘蛛、その蜘蛛の糸を量産させ、非人型のゴーレムで巻き取る。魔法機械で魔力を織り交ぜつつ編み、丈夫な布とする。幅1mと短い帯状にし、端を魔法で縫合する魔法式を開発。
大分それっぽくなった、と自画自賛するアレクシア。それを見たパラスとセリアが、ナイロンとかビニールで良かったんじゃとか突っ込みを入れる。
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「出来ました!」
午後のティータイム、紅茶にケーキを楽しんでいると、アレクシアが飛び込んでくる。
「おお、出来たか。良くやった!」
「どんな物か楽しみですね」
エルクが喜び、リアがわくわくしながら言う。ジャンヌが待ちきれない、とばかりにアレクシアに寄っていき、抱きつく。
「最低限飛行補助だけ出来ればいいですしね。でもこれで便利になります」
セリアが立ち上がる。
「全体覆う盾を張るので、外からの攻撃は気にしないで!」
パラスも立ち上がる。
「作りかけ見ましたけど凄く大きいのですね・・・凄く、楽しみです」
ノエルも、給仕していたポットをテーブルに置く。
全員で広場に移動する。民衆も見物に広場に集まっていて、兵士が整理にあたっている。
「改めて見ると、大きいな」
「はい、かなりの物資を運べます。人だけなら200人乗れます。浮上と浮遊に、丈夫の布に溜めた温めた空気で補助が出来ます。主な運用は都度魔法で行う事になります。飛行と移動、ですね。現状、武装等はなく、防御も弱い。途中に敵からの攻撃も考えられますので、パラスによる盾は必須となります」
「ふむ・・・操縦者は上級兵士でも可能だが、防衛面ではパラスクラスの防御能力が必要か。複数製造して運用、等は難しいな」
「この世界が平和になればいいのですが・・・」
「このような移動手段が一般化すれば、我が国の地形的有利も無効化されてしまうな・・・それは避けたい。現在は、近づいてくる飛龍や怪鳥は、事前連絡がない限り撃ち落とすようにしている。敵かどうか区別がつかないから撃ち落とすしか無い。一般的な運用は難しそうだ。平和であればこの移動手段は相当有用だろうな」
エルクが悩み、口にする。エルクはみんなを見渡すと、
「さし当たっては、この一機を運用しよう。物資の輸送、兵士の輸送、そして俺達もこの船を体験しよう」
嬉しそうにそう述べた。




