[エルク]決闘
ミーミルの謁見室。エルクはノエルを連れ、ミーミルの王、フェオドールと対面していた。次期魔王内定者。種族は妖魔。思ったより力を感じないのは、それだけ魔力の制御力が優れているという事だろう。エルクは感心する。
勿論、ここは両親が殺された地。危険なのは確かだ。だが、エルクは、殺すなら決闘の最中と見ている。その為、この場はそこまで危険ではないと踏んでいる。
ノエルしか連れていないのは、他の眷属は全員、用事があると言って別行動をしている為だ。
フェオドールの傍には、虚ろな目をした少女が控えている。止められないのだろう。口からはよだれが垂れ、時節うめき声を上げている。
フェオドールは少女の顎を持ち上げつつ、言う。
「良く来たな。エルク。欠陥品の卿は、スクールにも入れなかったが・・・おめでとう、眷属を得て魔力を扱えるようになったそうだな。余りにも微々たる量なので、余には微塵も感じられんがな」
フェオドールはエルクの魔力が感じられない、という。エルクは考える。一応魔力制御で外から見える魔力は断っている物の、それを見抜けないとは思えない。隠した魔力を全て見た上で尚言っているのだろう。微弱な魔力だと。これでもかなり増えたのだが・・・エルクは戦慄する。
「こいつを見て見ろ。これは余が捕まえてきた女でな・・・聖女だ。こいつの精は美味いぞ?至上の幸福を得る」
「俺には、こいつら嫁がいるさ。俺は自分の嫁の血が好きだ。聖女か何か知らないが、俺には不要だな」
「それは聖女の魔力を味わったことがないから言える事だ。まあいい。その恩恵は、決闘の場で十分に味合わせてやろう」
「楽しみにしておくよ」
一応、フェオドールとエルクは一国の王同士、立場は対等だ。が、エルクの敬意のない態度にフェオドールはかなりいらついているようだ。まあ、国力の差が圧倒的にあるのだから仕方が無い。
翌日、決闘が開始する。場所はコロシアム。観客は多い。刺客の場所を、分かるだけ確認しておく。10人。意外と少ない。盾を密かに展開しようとしたが、ノエルがくいくいと服をひっぱる。自分が盾で防ぐから刺客は気にするな、の意味だとエルクは解する。
「さあさあお集まり頂き有り難う。ここに対するは、魔界のただ二人の王。余が魔王を継承するのを、大多数の者も、ご先祖も、御神も当然と認める事。だが、余は極少数の意見を無視はせぬ。矮小なる国とは言え、国王には違いが無い。我はその小王にも機会を与えたい」
フェオドールが観衆に呼びかける。盛り上がる観衆。力の差は圧倒的、これは出来レースだ。
「勝負の決着は、どちらかが降参するまで。勿論、気絶等すれば、それで決着とする」
再び歓声が上がる。賭けも行われているようだが、フェオドールの倍率は1.0に近い。成り立っていない。
「それでは、御神に誓って正々堂々と戦おう」
フェオドールが宣言する。
「御神に、正々堂々と戦う事を誓う」
エルクも応じる。
試合開始の合図、火炎球が複数同時に弾ける。
フェオドールが魔力を練り始める。
シュッ
刺客から隠密の矢や魔法が飛ぶ。ノエルが微動だにしないまま、極小の盾を展開、これを弾く。
フェオドールが怪訝な顔をするが、魔法の構成が完了。エルクは思う。この魔法は牽制だろうか。牽制にしてもやや弱い魔法が少し出現。地面を溶かしながら飛ぶ。やはり微動だにしないまま編んだカウンターマジックがフェオドールの魔法を消失させた。いくら刺客に狙わせているとは言え、ここまで手を抜いた攻撃ではバレバレだろうに。
「な・・・何故だ・・・何故魔法が消えた?!」
フェオドールが声を上げる。エルクは戦慄する・・・馬鹿な・・・あそこまで堂々と編んだカウンターマジックが見えない訳がない。となると、あれは演技。演技と分かっているのに見破れない真に迫った演技だ。・・・そこで完全な演技を見せるより、ちゃんと魔法の方に手を抜かないで欲しいのだが・・・
「ち、力を寄越せえええ」
聖女から魔力を絞り上げたのだろう。聖女が血の涙を流し、悲鳴を上げる。
「貫け、漆黒の闇よ、僭称せし愚か者を喰い破れ・・・」
短縮詠唱。しかも詠唱するのは禁呪に属する魔法だ。が、さすがに上級魔族に対して撃つ魔法としてはちょっと頼りない。当たると痛いので、どちらにしろ消させて貰う。横にいるノエルが、最後の刺客を睡眠魔法で眠らせ終わった。微動だにせず防御と睡眠付与をやってのけたのでなかなかの腕前だ。なでなでしてやりたいが、試合の後がいいだろう・・・あ、期待されてる。ちょっとだけ。
「死んで後悔しろおおおおお」
闇の獣が召喚されるが、用意しておいたカウンターマジックに当たり消えていく。
「何故だああああああ」
「一体何が起きているんだ?!」
「何故魔法が消えているんだ」
フェオドールの声に混じり、周りからもそんな声が聞こえる。まさか誰もエルクのカウンターマジックの構成が見えていないのだろうか・・・もしそうだとしたら、周りのレベルが低すぎる。これは来たるべき聖戦において、大変なリスクだ。
「ノエル、どう思う?」
頭を撫でながらノエルに問うと、
「普通にご主人様が魔法を使ったのに気付いていないのでは?」
ノエルが目を細めながら答える。エルクの胸に頭を擦り付けて甘える。
「ふむ・・・」
ノエルはフェオドールの足元に風の塊を構成、足元をすくってやる。あっさりこけるフェオドール。ノエルは、本気で見えてないのだと確信した。
「ご主人様、あの聖女、可愛そうです。楽にしてあげても?」
ノエルがエルクにおねだりするように言う。
「ああ、構わないよ」
エルクが許可を出すと、ノエルが、
「安らぎを」
言霊を発する。聖女はその場に倒れ、動かなくなる。
「な・・・一体何が?!」
混乱するフェオドール。
エルクはフェオドールに歩み寄ると、剣を喉元に突きつけ、
「刺客も全て処分済だ。降参するか?」
「なっ・・・貴様いつの間に?!というか刺客に気付いて?!処分済っていつの間に?!」
いや、いつの間にって言われても・・・フェオドールが呻いている間に普通に歩いて移動しましたよ、エルクは心の中で突っ込む。
「・・・降参する・・・余は・・・魔王の権利を放棄する」
その宣言は、効力を持つ。御神にも届いただろう。これでエルクは第一魔王候補者となった。正直面倒ではあるが、あの程度の魔法も見えないような輩に魔王をさせる訳にはいかない。
約束は履行された。魔王の権利はエルクの物に。図書館のメモリークリスタルは全てファーイーストに移され、城が保有していた物も同様にファーイーストへと移された。用事を終えたらしい、セリア、パラス、アレクシアも合流し、帰途に着いた。
ただ、魔界全体としては朗報ばかりとは言えない。中枢部の弱体化が著しい事は、戦慄すべき事案だ。もう一つ。決闘の時間に、警備や国民の目がコロシアムに集まるのを利用して、霊廟に侵入者が出たらしい。侵入者は、霊廟に捕らえられていた眷属達を全て殺害、魂を解放したようだ。これは魔界全体としては致命的な弱体化だ・・・だが、あの霊廟のシステムは、正直に言えばエルクも気に入らなかった。非人道的ではないか。その為、少しすっとしたのであった。