[聖神]不快な報告
聖神は、その日も、朝の遅い時間に起きた。ふと、ここ数百年ない不快さを感じる。
聖神は近衛天使を呼びつける。近衛天使は報告をする為、部屋の外に控えていた。
「御神。申し上げます。聖柱の1つが陥落し、魔に侵されました」
「馬鹿な?!まだ聖戦は始まっていません、魔王はまだ出現していないはずです」
「左様でございます。しかし事実です。現在、情報を集めておりますが・・・混迷しております」
「・・・それで、奪い返されたのはどの柱ですか?」
聖神は考える。領土を奪い取りながら侵攻し、現在魔界に隣接する聖柱は2つ。内1つは、最近魔族に取られた村にちょっかいをかけていたからそちらか・・・聖柱が11もあると、全体としてはぼんやりしてしまい、何処にあるかを正確に見るのは労力を使う。
「それが・・・聖王国ユグドラシルの聖柱にございます」
「馬鹿な!」
聖王国ユグドラシル。内陸に位置し、初期7王国の1つ。神樹ユグドラシルの守る国。軍備も屈指。それが陥落するなど、あってはならない事だ。
「近年、周辺国への圧力を強めておりました。更に今回、隣国の小国を攻めるために大部隊を動員していたようです。その隙を突かれ、王城は全滅したようです」
「王城が全滅だと?!」
「はい。屈指の精鋭が守っていたのですが・・・皆、眠るように息を引き取っていました。城外の者は、城内の異変に全く気付かなかったようです。神樹ユグドラシルも、殺されたようです」
「どうやればユグドラシルを殺す事が出来るのだ?!馬鹿な・・・馬鹿な・・・」
「恐れながら・・・何分、目撃者が皆無なので、状況は一切分かりません。現在、進軍していた兵は引き上げ、城の防備を固めているようです。聖柱の奪還は時間の問題だそうです。王位は、現在の最高王位継承者が仮即位し、今後聖柱奪還後、国葬の後、正式に即位するようです・・・それと」
「まだあるのか?!」
「はい。城にギュスターヴが・・・」
「ギュスターヴ?何だそれは?」
「ユグドラシルの元王で御座います」
「生き残っていたのか?」
「それが・・・闇の呪法により、その魂を変質させ、殺戮を繰り返す化け物と化しているようです」
「魂が変質する闇の呪法・・・?何故そんな物を行使できるのだ。あれの使用条件を満たすのは不可能なはず・・・」
「ここからは、部下の推測になるのですが・・・今回の悲劇を引き起こしたのは、元王の可能性が御座います」
「・・・どう言うことだ?」
「はい、ユグドラシルの元王は、享楽にふけっていたようです。神を恐れぬ望みを抱き、魔族の甘言に乗った可能性が」
「・・・不老不死を持ちかけられたか」
吐き捨てるように聖神が言う。死ぬのを恐れた権力者が、魔族に騙され、闇の呪法を受け入れる・・・過去に例があった。今回の件、大局的にはそこまで痛手ではない。実験と、少しの戦力削減、と言った所だろう。今回での勝利は確定しているが・・・慢心はすべきではない。少し土を付けられた感じだ。
「布告を出せ。今一度、魔族を滅ぼす神令、徹底せよ。その闇の化け物、倒すのに難儀するようなら、神敵として認定し、派兵するか、周囲の力も使って排除せよ」
「分かりました」
近衛天使が去って行く。
聖戦までまだ日がある。始まったらすぐに圧殺できるはずであったが、こんな絡め手で来るとは・・・これは魔神の差し金であろうか。それとも魔族の蠢動であろうか。ともかくも、勇者と聖女を揃えれば、一瞬にして魔界は制圧できる。今回の戦力は過剰なのだ。魔神さえ倒せば、後は一切の煩わしさはない。あと少し、あと少しだ。