[エルク]束の間の平和
帰国してから二月が過ぎた。聖戦まで後八月を切っている。ミーミルの方でも聖戦の準備を進めているのだろう。侵攻は起きていない。
エルクは非常に上機嫌で朝食を食べていた。
「今日も凄く美味しい。セリア、本当に美味しいぞ」
「ご主人様に褒めて頂いて嬉しいです」
セリアもご機嫌だ。他のメンバー、眷属とリア、ジャンヌも同席している。みんな好評だ。特にパラスの食べる勢いは凄い。
「何度食べても、このお米、とやらは飽きないな。この味噌汁、とか言うのも本当に美味しい。この納豆、というのも非常に絶品だ。人間の文化と言うのは本当に素晴らしい」
「美味しいよねお米!やっぱりお米だよ!あ、でも今度たこ焼き食べたい!」
「ふむ・・・お米は何とか創れたし、小麦も栽培を始めたが・・・タコは・・・ふむ・・・似たような魔物がいるな・・・後はソースは・・・」
パラスが同意し、最後に何か聞き慣れない単語を出す。それを聞いたアレクシアが何か考え込む。恐らく地方の郷土料理か何かなのだろう。
「ノエルも有り難うな。お前が水源を創ってくれたお陰で、無尽蔵に水が使えるようになった。飲料水どころか、農作業にもかなり貢献し、農作物の収量が圧倒的に増えた。風呂、とかいう物にも入れるようになったしな」
エルクがノエルを撫でてやると、ノエルが嬉しそうに言う。
「有り難うございます。ノエルは幸せです」
蕩けるような顔をするノエル。本当に可愛いとエルクは思う。ノエルは、少し時間が経ってから闇の力に目覚めたようだ。目覚めた力は水。何をするにも貴重な存在だが、その力で水源を創り出せる素晴らしい能力だ。
エルクはご飯を食べ終わり、散歩にでかける。ノエルは大体、一日をエルクにくっついて過ごす。元王族だけあり、情報を記録したり、政務の手伝いをしたりする。人の見ていない場所では、ぴとっとエルクにくっつく。
ふと、重装歩兵隊の訓練の場に出くわす。重装歩兵隊ががっしりと陣を造り、構える。そこにパラスが盾を展開して突っ込む。
ガシーン
吹き飛ばされる重装歩兵達。
「甘い!重心をしっかり意識して!もう一度行くよ!構え!」
パラスが叫ぶ。鍛えているようだ。すぐに陣を創る重装歩兵達。
「おいお前達、前見たときより相当力強く守れるようになっているな。その調子で頑張ってくれ」
声をかけると、
「お言葉、大変嬉しく思います。全ては、パラス様のお陰です」
そう返し、再びパラスに向けて構えを創る。本当にかなりしっかりしてるなあ、とエルクは感じた。
しばらく行くと・・・あれ、セリアの声?
「情けない、それでも騎士か!もっと全体を視野に入れろ!」
声のした方に行くと、呼び出した剣に器用に腰掛け、にこにこ見ているセリアと、斬り合いをする騎士達。
「ん、セリア?珍しい場所に居るな。今声がしたような」
エルクが言うと、セリアが答える。
「剣技を見るのって好きなんです。ですので、時々見学させて貰っているんです」
セリアがにっこり笑う。騎士も答える。
「はい、姐・・・セリア様が見ておられると、張り切って何時も以上に剣に取り組めますので、みんなにも良い効果が出ているのです」
「そうなのか。確かにセリアに見られていると頑張ろうと思ってしまうよな」
うんうん、と頷くエルク。
しばらく行くと、アレクシアと研究員が、何かやっている。何か白い粉をまいている。
「やあアレクシア、何をやってるんだ?」
「これはこれはエルク様。今は肥料、という物を試していました。出来ればなしで済ませたかったのですが、どうしても痩せた土地では・・・」
「ふむ・・・何か良くない物なのか?」
「そうではないのですが・・・こう、せっかくなのにこう、負けた感じがすると言いますか」
歯切れ悪く言うアレクシア。
「まあ、お前の好きにするといい」
「はい。これに頼らない方法をやっぱり考えてみます」
にこっと笑うアレクシア。
エルクは散歩を終え、執務室に戻る。目の前に、紙、で出来た書類、が置いてある。これもアレクシアの研究の成果だ。木をすり潰して薄くする。そこに黒い液体をつけることで、魔力を使わなくても、誰でも文字を書けるのだ。本当に素晴らしい。そこに、魔力でサインをする。これで、許可無く物事が進められなくなるし、後から見返すこともできる。もっとも、眷属の4人には、エルクと同等の権限を与えてある。
ノエルが素早く書類を処理していく。時々、すっとこちらに紙を回してくるので、それだけ確認し、サインをするかどうか決める。棄却する物もある。
聖戦まで後八月。今は束の間の平和を享受している。