2ー2
学校の入学式が終わり、各々が自宅へと向かう午後3時。
私・シノは1人帰路につく。
父親は家にいない。2歳の頃に私を庇って『穢落ち』に殺されてしまった。
その日以来、私は母親に女手一つで育ててもらった。
だから、今日のように学校が早く終わったならば出来るだけ早く帰り、仕事に行っている母に代わり家事をするのが日課になっている。
鼻唄まじりに大通りを歩き、家へと近付いてく。
この通りはいつも人が多く、今日も例外なく人で溢れている。
喧騒なこの雰囲気が私は嫌いではない。
色々な出店から漂ってくる美味しそうな匂いが、お腹を刺激する。
(今日の晩ご飯は何にしようかな)
そんなことを考えながら歩いていると、ローブを着ている1人の男の人とすれ違った。
「....?!」
驚いて私は振り返った。
昔、私を救ってくれた人に似ていたから。
短髪で逆立っている髪の毛。高い身長。
見た目から得られる情報は少ないけど、何故か分かった。それは感覚に近かったのかもしれない。
その感覚に言葉を付けるのなら、『雰囲気』だと思う。
私は、走り出した。
いつもこの道を通る時、少しだけ意識していた。
『もしあの人に会えたら、もう1度お礼を言おう』と。
『どこかにいないかな』と。
7年間一度も会えなかったけど、これはまたとない機会だと思った。
だから私は勇気を振り絞って声をかけた。
~現在~
2人の間に沈黙が流れる。
シノは初めて男の人に「好き」と言ってしまった恥ずかしさで。
シュンは人間に「好き」と言われた困惑で。
そんな2人の沈黙を破ったのは、この喫茶店のマスターだった。
「はい、カフェオレ」
テーブルの上にカップを2つ置き、マスターは言葉を続けた。
「シュン君、だっけ?話を聞いていたけど、君は『穢多族』が特別だと思っているのかい?」
シュンは再び驚いた。
しかしこの人も話を聞いていたと考えれば、シュンが穢多族と分かったのも当然か。
「当たり前じゃないですか。だって『穢れ』を祓えるのは俺たちだけですよ?だから人間は『穢多族』を避ける」
「それは違うな。確かに『穢多族』と聞いて避ける人もいる。だが、全員が全員そうという訳では無い。今では『穢多族』なんて呼ばれているが、昔は職業みたいなものだったんだ」
「靴を作る人、料理を作る人、物を売る人、喫茶店を営む人。誰かがやらなくてはいけないことさ。『穢れ』を祓うのだって、誰かがやらなくては世界が滅びるだろう。『穢人』と呼ばれてもなお、その責任を一手に担い私たちを助けてくれる。だから私は『穢多族』のことがとっても大好きじゃよ。だから、『人間だから』という理由で距離を置くのは止めないかい?」
くしゃりと笑うその顔に、シュンは年の功を感じた。
色々経験し、その考えになったのだろうと。
長く生きていれば、きっと穢多族を嫌いになったこともあっただろう。
それでも『穢多族が好き』と言ってくれるこの人をシュンは信じることにした。
確かにシュンは『人間だから』という理由でシノと距離を取ろうとした。
シノは自分のことを『穢多族』ではなく『シュン』として見てくれていたのに、自分はシノのことを『シノ』ではなく『人間』として見ていた。
そう自覚すると、途端に自分の言動が恥ずかしく感じる。
「えっと...その...ごめん..シノ」
目の前にいる女の子に謝り、頭を下げる。
「気遣いが足りなかった」
少し沈黙が流れ、シノは口を開いた。
「それでは一つだけお願いがあるんですけど、それを聞いてくれたら水に流します」
「そうか。何でも言ってくれ」
その言葉を聞いて、水を得た魚が如く元気さを取り戻して笑顔でこう言った。
「これから毎日、私の登下校に付き合ってください!」
「.....は?」
シュンは間の抜けた言葉しか返せなかった。
読んでくださりありがとうございました。
次は木曜日くらいに更新します。
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