1ー3
人間に、感謝をされたことがなかった。
子供の時は、人間と仲良くなれると思っていた。
人間を助け続ければ、感謝をされると思っていた。
でも、誰も感謝をしてくれなかった。
『穢落ち』が現れ、その場に行くと、誰かが必ず倒れている。
頭から、身体から、血を流しながら。
逃げ遅れた者や怪我をした者もいて、『穢落ち』はその人たちを着実に殺していく。
上がる悲鳴。
地を汚す鮮血。
響き渡る命乞い。
『穢多族』であるシュンとナオトはその間に割って入る。
二人がかりで戦えば、穢落ちなど敵ではなかった。
時間もかからず、すぐに捌けた。
だが、問題はその先。
穢れを倒し、『穢れ』の粒子がナオトに集まっている中、辺りを見渡すとシュンとナオトのことをまるで化け物を見るかのような目で見つめてくる、人間。
シュンが気にせずに
「大丈夫ですか?」
と愛想よくしても
「近付くな穢多族!どっか行け!」
と距離をとられる。
『穢多族』それだけの理由で避けられ、畏れられる。
それでもシュンは諦めなかった。
絶対仲良くなれると信じて、話しかけ続けた。
話を聞いてくれる人間が現れると信じて、話しかけ続けた。
でも、、、そんな人間は現れなかった。
助けて「大丈夫ですか?」と訊いても、帰ってくる言葉は
「近付くな穢多族!」
『穢多族』であることがそんなにダメなのだろうか、と悩んだ時もあった。
そして悩んだ結果、一つの結論に辿り着いた。
『人間』と『穢多族』は相容れない、と。
こちらが歩み寄ろうとしても、人間は離れる。
友好的に接しようとしても、初めから距離を取られる。
だったら、最初から近付かなければいい。
近付いて傷付くのであれば、近付いて苦しくなるのであれば、歩み寄るのを止めよう。
その日を境にシュンは人間との対話を諦めた。
元々『穢れ』を祓うことに特化してきたのだから、人間との対話など必要なかったのだ。
そう考えると、気持ちが楽になった。
だって人間を助けるということをしなくていいのだから。
いくら人間が死のうと、ただ『穢れ』を殲滅すればいいのだから。
自分を突き放した人間がいくら死のうが自分には関係ない。
『穢多族』の大人、全員の持つ価値観に辿り着いた。
しかし、その価値観が先ほど崩れた。
「ありがと!」
シュンは自分が救った少女にお礼を言われたのだ。
一礼すると、右側の結われてちょこんと出ている髪の毛が垂れ下がる。黒髪に少しホコリが被って灰色になってしまっている。
ちょっとしてから頭を上げると、大きくて真っ直ぐな目ででシュンを見つめる。
その瞳は綺麗な蒼色。その澄んだ瞳は一切の穢れを知らなさそうだった。
小ぶりな唇が可愛さをいっそう引き立てている。
「ありがと!おにいちゃん!」
再びお礼を言うシノ。
自分も怖かっただろうに、今すぐに泣き出してもおかしくないだろうに、誰かに感謝を言える。
シュンには、シノが自分が切り捨ててきた人間と同じには思えなかった。
すぐ怯えられ、突き放される。
それに慣れていたシュンには不意打ちだった。
だからなのか、シュンは笑みが零れてしまった。
「フッ。こっちこそ、ありがとな」
感謝の言葉が自然と出てきて、シノの頭に付いているホコリを払ってあげる。
「よしよし。そうだ、シノはいい子だからこれをあげる」
自分のローブの内ポケットから、買い物の時にオマケとしてもらったリボンのヘアゴムをあげた。
使う予定もなかったし、ちょうど良かった。
「ふわあ、いいの?いいの?」
目を輝かせながらヘアゴムを手に取った。それを上に掲げて嬉しそうにしてくれている。
これだけ喜んでくれたのなら、渡した方もとても嬉しい。
「じゃあな、シノ。そろそろ衛兵が来ると思うから、お母さんはその人たちに」
「もう行っちゃ...」
シノが言い終わる前に駆け出し、ナオトの方へと急いだ。
「遅いぞ、シュン」
「親父こそ、何で助けてくんなかったんだよ」
「お前こそ挟み撃ちに協力しなかっただろ。おあいこだ」
「クッ...」
そう言われてしまうと言葉を返せない。
「....ん?なあ親父」
「なんだ、シュン。見つかるとマズいから荷物を回収しながら裏を通って帰るぞ」
「そうじゃなくて。背中を刺されたのに、痛みがなくなってる」
穢落ちの攻撃で背中に傷というか穴が空いていたはず。
なのに今は何ともなく、ローブに穴があるだけで皮膚には何にもなかった。
「....それは帰りながら話す。今はここからすぐに退散だ」
遠くから衛兵の纏う鎧の音が聞こえる。走っているのか、ガチャガチャと大きな音を立てている。
「分かった。早く行こう」
~帰路~
「街を抜けたな」
ナオトがそう言ったのは、森の中だった。
元々山奥に集落がある穢多族にとって、森の中はもはやホーム。あらゆる道を知っていると言ってもいいほどに知り尽くしている。
2人の両腕には多量の荷物が抱えられ、穢落ちとの戦闘前と同じ格好だった。
「それじゃあ親父、聞かせてくれ。なぜ、痛みがなくなったのかを」
話を切り出したのはシュンの方から。
どのみち集落まで1時間はかかる。話す時間ならタップリあるのだ。
「ああ、別に隠すようなことでもない。それは俺達が『穢多族』だからだ」
「『穢多族』だから?」
「そうだ。俺達は『穢れ』を『多く』持つと言われている。シュン、お前が受けた攻撃は穢れの粒子が形になったものではないか?」
「見てたの?」
的確なナオトの言葉に、シュンは少し動揺した。
「いいや見てない。だが分かる。元々、身体能力が高く、戦闘能力にも秀でている我々は確かに耐久力はある。しかし剣で斬られれば死ぬし、銃で撃たれても死ぬ。斬る回数、撃つ回数は増えるだろうけどな」
「でも俺が受けたのはどっちでもないから、すぐに治ったってこと?」
シュンは自分なりに考えてみた。シュンが受けたのは大きな針みたいに鋭かったやつだ。だから殺しきれなかった。
「違う。大事なのは『何で』やられたのではなく、『誰に』やられたかだ。そして最初の話に続く。俺達は『穢多族』だ」
初めから答えを教える気がないのか、ヒントしか出さない。
自分で答えを出すことが大事なのだろうと、シュンは飲み込む。
「つまり『穢れ』に攻撃されたってのが最初の条件?」
「そうだ。では、怪我をした時どうして治るんだ?」
「身体がそれを治そうと、そこに集める。新たな組織を」
眉間にシワを寄せながら考える。
答えに近づいているのが分かった。
「だが、もちろん時間はかかる。なぜだと思う?」
「すぐには作れないから。新しいのを」
「でも、お前はすぐに治った。なぜ?」
「新しいのをすぐに作れた。『穢れ』の攻撃を受けて穴が空いて、でもその時には足りなかった」
「じゃあいつから痛みが消えた?」
そして繋がった。ナオトの言っていたことがやっと分かった。
「そうか。穢落ちを倒し、吸収し、穢れが増えた。それが新しい組織となって身体を治したんだ」
「そう。それが『穢多族』だ。『穢れ』を吸って回復をする。なぜなら『穢れ』とは、身体の一部のようなものだからだ。もちろん『穢れ』を倒さなければ吸収もなく、傷付いたまま。人間が剣を使い、傷付けてくれば回復もできない。撃たれても回復ができない。吸収する『穢れ』がないから」
「だから『穢れ』に強い『穢多族』なのか」
今まではナオトが『穢れ』を全て吸収してきたから分からなかったが、『穢れ』を祓うとこのような副産物がある。
「だが、回復が追いつかないような怪我をすれば、死ぬ」
淡々と言うその言葉には重みがあった。
昔から、そのような場面をたくさん見てきたというのが伝わってくる。
「『死にたくないなら当たらなければいい。生きたければ当たらなければいい』だっけ?」
シュンは昔からナオトに聞かされていた言葉を引用した。ことある事にナオトはシュンにこの言葉を言ってきた。
「ハハッ。分かってるじゃねえか!さすが俺の息子だ!そうだ、俺の武勇伝聞くか?」
「いや、もう聞き飽き...」
「あれは俺が15の時....」
シュンの言葉を途中で切り、ナオトは語り出した。
ここから数十分、集落につくまでナオトは己の武勇伝を語り続けた。
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『穢人』よろしくお願いします~