1. 始まり
「『穢れ』とは何か分かるか?シュン」
そう話しかけるのはシュンの父親であるナオト。
まだ子供であるシュンに問いかけるが、シュンにはよく分かっていない。
ただ一つ、子供であるシュンにも分かることがある。いや、シュンだけではない。『穢多族』として生まれ、育つ者には当たり前のこと。
「『穢れ』は殲滅すべき対象」
シュンは穢多族であるなら誰もが理解していることを口に出す。
「そうだ。穢れは我らが敵。そしてその為に必要なのが、シュンの胸にある紋様だ」
服の上からシュンの左胸に刻まれているモノに触れる。シュンは服の襟を引っ張り、自分の胸に刻まれている紋様を確認した。
そこにはまだまだ小さいが、確かに紋様と呼ぶに相応しいモノが刻まれている。
「それが穢多族である証であり、穢れを祓う唯一の方法だ。紋様が最初にある場所はそれぞれだが、穢多族であるなら必ずしも持っている」
そう言うナオトにも、右肘まで黒い紋様が刻まれていた。
「お父さんはどうして僕のより大きいの?」
シュンは疑問を投げかける。
シュンの紋様は自分の拳ほどだが、ナオトの紋様は右上半身を覆っているのだ。昔は服を着ていれば隠れていた紋様も、日が経つごとに大きくなっていった。
「それは『穢れ』をこの紋様に吸収しているから。祓った穢れは穢れの粒子となって外に出る。そしてまるで惹き付けられるようにここに来る」
自分の紋様を触りながらナオトは説明した。
「...?」
シュンは首を傾げる。言っていることに頭が追いついていない。
「ハハッ。難しいか。まあ穢れが紋様に集まるって理解してくれればいいよ」
笑いながらシュンの頭を撫でる。
「俺たち穢多族はそうやって穢れを祓ってきた。いつか全部いなくなるって信じてな」
その目はまるで諦めているような、投げ出しているような目だった。
自分の言っていることを自分で否定しているような、嫌な感じだった。
だからシュンはそんな空気を感じながらも声を出す。
「大丈夫だよ!僕が絶対殲滅するから!」
ナオトは一瞬目を見開いて驚き、微笑んだ。
「そうかそうか。じゃあ一緒に頑張ろうな、シュン」
「うん!」
ナオトの言葉にシュンは元気よく返事をした。
~10年後~
齢15になったシュンは父親のナオトとユーゲルの首都・コラルに来ていた。
普段、山奥に住んでいる穢多族は定期的に街まで下りて買い物をしていく。
食料は狩りで手に入れられるが、調味料や日用品などは手に入れられない。
そのため、買い物をしなければならないのだ。
「親父、あとは何を買えばいいの?」
「....調味料だけだな」
買った物を思い起こし、頼まれたものと照らし合わせて答えた。
2人は両腕に大量の荷物を抱えている。一集落分の荷物であるため妥当であると言えるだろう。
「シュン、あと少しだ。気付かれないようにな」
「分かってる。親父の方がバレやすいんだから気を付けてくれよ」
ナオトの紋様は10年前より広がっている。右腕は前と同じように肘で止まっているが、反対に左に伸びてきていた。肘まではまだ来ていないが、それも時間の問題だ。
そのため2人は長いローブを着て、前をしっかり閉じている。見られる心配もないだろう。
幸いにもこの街には旅人が多くいるため、この格好でも訝しげな目で見られることもない。
2人で街の大通りを歩いていると、2人は急に止まった。それと同時に遠くから大きな音が響いた。
「親父...!」
シュンは慌ててナオトを見る。ナオトは眉間に皺を寄せて
「行くぞ!」
と一言叫び、荷物を道の端っこに置き、音のした方向へと走り出す。
それに付いていくようにシュンも荷物を置き、音のした方向へと走り出した。
(この感覚.....『穢れ』だ...!)
シュンは自分の紋様が疼いているのを感じた。
その方向に近付くにつれ、人の流れがナオトとシュンを押し戻す。
それに負けじと歩みを進めるとより一層疼きが強くなる。
「お母さん!お母さん!」
人の波を抜けて広場に出ると、そこには佇む1人の青年と、倒れている母親を呼び続ける女の子しかいなかった。
母親は頭から血を流していて、女の子も泣きながら呼び続けている。
そこに近づく青年。顔に生気はなく、歩き方もたどたどしい。そして背中からは黒い粒子が絶えず出続けている。
それこそが『穢れ』。
青年こそが『穢れ』に呑まれた者の末路。
『穢れ』に呑まれた者のことを人間はこう呼ぶという。
『穢落ち』と。