光編第五話:特等席をお約束
最初から知っていたことだが、光は落ち着きがない。
今も俺の目の前で上半身を揺らしていた。
「あー、毎日幸せすぎて反吐がでそう」
「は?」
「間違えた」
間違えすぎだろ。鼻をつまんでやりたくなった。
「あー、毎日不幸せで反吐がでそう」
「そっちか。しかし、不幸せってどこら辺が?」
「昨日もさ、啓輔に謝罪を要求されたし」
そりゃそうだ。
二人でおそろいのマグカップを買って、その日の晩に割れば怒ると思うよ。一生大切にするね、いっきし、いっけね、くしゃみしちゃって手をはなしちゃった、ぱりんとかなんのコントだよ。
しかも、こいつ自分じゃなくて俺のコップを割りやがった。
「ブリッジで御免なさいとか難しいって。しかも、やってる最中にシャツをめくるしさっ」
「あれは悪かったと思ってるよ。おっぱいが気になったんだ」
なんかさ、胸が強調されるからシャツが微妙にめくれておへそが出てた。引っ掛けてあげてやった。
「私みたいに馬鹿になってきてない? ひかりんエキス、注入しちゃったかも」
聞き捨てならない言葉を聞いた。
「……え? その、感染するのか、お前の体液とかに触れると……」
「えっと、なんでそんなにショック受けてるの?」
「ちょっと、どっかの病院で血を抜いてくる。血だけで足りるかな。うわ、もしかして脳内もすでに浸食が……」
瀉血するしかないかも。包丁、どこかに切れ味のいい包丁はないかな。脳みそまで行っていたらどうしよう。バックアップとってないよ。
「ちょ、大丈夫だよ。冗談だってば」
「なんだ、冗談かよ。たちの悪い冗談はやめてくれ。お前、本気で包丁を取りに行くところだったよ」
ひかりんエキスがもしも世界に蔓延したら、世界は容易く落ちるだろう。あれ、なんか風邪引いちゃったかもと思いながら日本人はそのまま学園やら仕事場に向かってあっという間にパンデミックさ。
「うう、そっちの方がひどいって」
俺の態度が気に食わなかったのか、ふて腐れた表情を見せた。
「ともかく、不幸せ。青い鳥を探しに行こう?」
「幸せはあなたの近くに……」
「ねぇ、青い鳥って、おいしいのかな」
至高の青い鳥の空揚げに、究極の青い鳥の手羽先か。
食った瞬間にこの世から幸せが無くなりそうだな。
「で、お前は俺に何をしてほしいんだ」
「あいが欲しい」
「Eye? 目玉はちょっと……」
彼氏の目玉が欲しいって病んでるよ。
「怖いよっ。私は普通にデートがしたいだけっ」
「そうか、やっぱりこういうのはちゃんと言葉で言わないと駄目だな」
「うん、そうだね」
阿吽の呼吸になるにはまだまだ遠そうだ。
デートと言っても特に考えていなかったので喫茶店で作戦会議をすることにした。
「ここもおしゃれだよね」
「いつもの二つ」
「はいー」
「って、常連になってるし」
すぐにコーヒーが運ばれてくる。
「彼女さんとデートですか」
ウェイトレスさんとも話せる仲になってしまった。
「うん、これからどこに行こうか話して決めようかと」
「へぇ、いいですね。愛されてますよ、彼女さん」
「そ、そうかなぁ、昨日もふざけて抱き着いたら……」
「ストップ、それ以上は喋らなくていい」
「大丈夫だって、外だから表現はマイルドにするってば。ひざまくらの事は耳掃除、肩に顎をのせたりするのは新種の儀式って具合に」
「おお、今日の光は冴えてる!」
「でしょ? キスは天使の気まぐれって表現にする」
「うーん、天使って表現はどうだろうな」
「もしかしてやらかしちゃった感じ?」
「足りてないな。女神にしようぜ!」
「うわ、このカップル面倒くさそう……」
そういって俺らの席からウェイトレスさんは逃げて行った。
「よし、表現はともかく、どこに行こうか」
「じゃあ、まずは本屋さん」
「本屋? 騒いだりしたら駄目だぞ?」
「啓輔さぁ、私の事をバカにしすぎだって。本屋で騒ぐようなことないでしょ」
そうだな、盛大なネタ振りをしてから光がどんな事になるのかこれから楽しみだな。
喫茶店から移動し、本屋にやってきた。まぁ、客入りはそこそこってところかな。
「それで、本屋で何をするんだ? おい、そっちはアダルト方面だぞ」
「エロ本コーナーにいる男の近くに、男女ペアで行くと、逃げていくよね、あの人たち」
ああ、俺も逃げたことあったなぁ。うざくて仕方ないよ。
お客にとっても、お店にとっても、マイナスだよ。
「やってみようかなって」
「光、性質が悪すぎる」
「えへへ、ごめんね」
今晩、おしおきしてやるかな。
「あ、それとさ、この毎号パーツがついてくる奴って難しいよね」
「何が?」
「最初の奴だけ買って、放置しちゃう」
創刊号だけ買って放置もありがちだな。もう少しで終わりってところで友達は続きが出なくなったと言っていたっけ。
「それなら購読にしとけばいいだろ。そうすりゃ、毎月と届くぜ?」
「え、買っていいの?」
「駄目です」
「ほらぁ。ママはいつだって期待させて落とすぅ」
「誰がママか」
「じゃあ、買っていい?」
「駄目。そんなの買って何になるの? ゴミになるだけでしょ」
「ママじゃん」
その後、お静かにお願いしますと店員さんから怒られました。
怒られたため、本屋を後にするしかない。お店にとっていい迷惑だったことだろう。しかも何も買ってないし。
次に俺たちはスーパーへと向かう。
「お菓子はいくらまでなら許可出せる?」
「二百円まで。個数は一つまでだ」
「いつも通りで?」
「いつも通りだ」
俺は食品コーナーへ、あいつはお菓子コーナーへ。小さなお友達に交じって、大きなお友達が食玩を漁る様はどうなんだろうな。子供たちの反面教師になっていなければいいんだが。
「ママー、またあのお姉さんがいたよー」
「そうなの?」
「うん、箱を振ったり、重さをはかる奴で何かしてたー」
露骨にブラインドボックス系を狙ってるのか。しかも、またって言われているから顔見知りになっている可能性も十分にあり得る。
「啓輔、これ買ってー」
そして戻ってきた。その手には世界のキノコという食玩が握られている。
「あ、食べ物じゃないからって却下は無しだよ? ちゃんと、ラムネがついてるもん」
こういうのって中途半端なラムネが一個か二個ついてるよなぁ。なんでだろう。
「ちなみに、シークレットはたけのこ」
「たけのこ? キノコじゃなくね」
「はえるからだって。見た目的にも、本来の意味的にも」
俺はきのこより筍派だ。
「ということはお前も筍派か」
「ううん、キノコ派」
「そうか、俺たちは相いれないな。別れよう」
「え、いいのぉ? いまさら、私に依存しちゃってるんじゃない?」
そういってにやにやしている。ほー、ずいぶんと余裕じゃないか。
「いや、普通にいいけど?」
「ふ、ふーん? でもさ、ひと肌がすぐに恋しくなるんじゃない?」
「あ、もしもしリルマ?」
「にょわーっ」
俺からスマホを取り上げ、荒い息をあげる。
「リルマちゃんにだけは負けたくないっ」
「なんだよ、何かあったのか」
「この前の女子会で……いいや、なんでもないっス」
本当、何があったんだろうな。というか、その年齢で女子ってどうなのよ。
「じゃあ、美紀」
「その娘も駄目」
「白井海」
「ぎりっぎりアウト」
「イザベル・ブラック」
「ぽっと出には絶対にあげない」
「誰ならいいんだ?」
「私だけっ。青木光だけ」
俺の腕に抱き着いて、胸に額を押し付けてくる。
「……ねぇ、仲直りのちゅー、しよ?」
「え、ここで?」
「うん。素早くやれば、ぱぱってやれば誰も見てないって」
すっごいさっきから注目浴びまくってるし、奥様方がガン見状態だぞ。あの子たちここでやろうってつもりじゃないだろうねって言ってるよ。
「でもさ、衆人環視の中でってどうよ」
「いっつもやってるじゃん」
「やってるのはお前だ。俺はされるがわ」
「似たようなもんじゃん」
さすがにここはなぁ。
「せめて、トイレで……」
「あのぉ、お客様。さすがに、年齢の低い方もトイレは使用されますので、行為に及ばれますと、お店側としてはちょっと……」
「しませんっ」
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
足元に坊主がいた。その隣には女の子がいる。
「ゆーちゃん、ちゅー」
「たーくんありがとー」
「ね?」
え、さ、最近の子供は進んでるな。もうその年でキスを体験済みなのか。
「いや、ねってなんだよ」
簡単だからやってみなよってノリはやめろよ。
結局俺は衆人環視の中でやった。俺の名前が知れ渡るとは、思いもしなかった。その日は、スーパーにとって恋人感謝デーとなったりもする。
アパートに帰ると、光が俺のバイクを見ていた。
「どうかしたか?」
「ん、何でもない……わけじゃない」
「なんだ?」
「兄貴は思い出になっちゃったけど、啓輔はまだいるよね」
「……ああ、ここにいるよ」
「そっか、じゃあいいや。子供が出来たらさ、バイク乗るのやめてほしいな」
「……わかった、約束する」
「えっと、いいんだ?」
「何がだ? バイクに乗るのをやめる方か?」
「ううん、子供の方」
「気が早いとは思うがね」
この約束が果たされるとき、俺のバイクはリルマに渡った。リルマの奴は改造しまくって、もはやあいつ以外に乗りこなせない代物となったのはまた別の話だ。
それから少し、時が経った。
と言っても、俺らは二年になっただけだ。俺はまだバイクに乗っている。
「けどさ、意外だよね」
「何のことだ」
「裕二君」
「ああ、そうだな」
大学をやめ、祖父の探偵事務所に入るとのことだった。
実際に会って話したわけではなく、一方的にメールが送信されてきただけだ。忙しくなるから連絡できなくなるとだけ、最後の一文にあった。
「リルマちゃんも転校したそうだし、美紀ちゃんも同じだって」
俺との相棒関係も解消され、変に勘ぐられることもなくなった。
なんでも、影食い側で結構忙しいことが起こりそうとのことだ。美紀の補助として動くとのこと。白井も美紀を助けに行き、イザベルも特別参加すると言っていた。
「まぁ、宗也君は相変わらずだし」
そうだろうか。あいつも結構変わったよ。
これまではそれなりに外へ出ていたけれど、ほとんど引きこもり状態。連絡をすれば返事はあるが、ものすごく忙しいと言っていた。
「今は光ちゃんの事だけを考えていたほうがいいよ」
それが何を意味しているのかはよくわからなかったが、可能な限り近くに居よう。
「お前、他人の心配している場合じゃないぞ。今から単位を全部取っていかないと、卒業できないからな」
「ですよねー。でもさ、勉強するのもご褒美ないとやってられないな」
卒業っていうのは誰かのためにするんじゃないぞ。自分のためにするんだろ。
「……わかった、結婚してやる」
「え? ごめん、あの、いますっごい言葉が飛び出てこなかった?」
目をぱちくりさせている彼女に俺はもう一度言ってやった。
「お前が無事に卒業できたら結婚してやるよ」
「え、正気? まだ私たち……大学生だよ?」
「俺は正気だ」
親戚の兄ちゃんに聞いたんだが、男はともかくとして、女性は社会に出て年を経るごとに金銭面でいろいろとハードルを設けるらしい。勢いでやっときゃがんばれるんじゃねぇのとも言っていた。
「……してやるって、ねぇ。ずいぶんと上から目線じゃないの?」
「不満そうだな。ま、確かに公平じゃない。そっちも条件出せよ」
「んーじゃあ、これから卒業するまでの単位数で勝負しよう? 私が勝ったら、地面に這いつくばって結婚してくださいって言ってもらう」
あれ、それって人間の尊厳的にどうなの。
「返事は?」
「……いいだろう」
俺はこの約束をしたことを後悔する。
まるでどこぞのヒロインよろしく実は誘拐されていた裕二を助けに行った為だ。いなくなっていた他の連中と協力して助けるなんて思ってもみなかった。
卒論なんて適当で、教授からお目こぼしをもらったようなものだった。その点、光はしっかりとしたものを書いたとかなんとか。
「いやぁ、引き分けとはね」
「……寿命を削ってでも、お前に負けたくはなかったんだ」
「え、そこまで?」
「当たり前だ。お前より馬鹿になったら誰がお前の事を守ってやるんだ」
「ふふん? 言うねぇ。それじゃ、これから見せてもらおうかな」
「ああ、望むところだ」
これは勝手に俺が誓いを立てたようなものだから。
お前がいつでも馬鹿をやれるように、俺はお前を見続けているってな。
ポケットの中で握りしめた指輪を手渡す際、なんて言葉をかければいいのか俺は考えを巡らせるのだった。
ようやっと光編がおわりましたわ……。ホラーを混ぜた展開にもっていきたかったプラス、裕二、啓輔の関連している過去の話もなんとなーく絡んでいたり、咬ませ犬としか思えない本編でのうっぷんを個別で貼らせたのならそれでいいのでしょう。手直ししていてもっとおバカな展開にもっていきたかったのですがこれ以上は人死にが出ます。最初のあらすじでは結婚した二人の生活になっていて日々が崩壊していき、世界におバカウィルスが蔓延した夢落ちになるはずだったのですがこれでよかったのでしょう。
次回投稿は未定でございます。




