光編第一話:くだらない話
俺の部屋のテーブルの上で、一つの世界が存在している。更に詳しく言うのなら広げられた色とりどりのマスが描かれたボードの世界の中だ。
この物語の主人公は大変だ。マスを進むごとにイベントを体験する必要があり、いきなり嫁やら息子たちが生まれるのだから、自分の意志なんて関係が無い。また、これほど簡単に借金を背負い込んだり、また億万長者にもなれないだろう。
ボードの中の主人公に想いを馳せていると、うるさい声が耳に飛び込んできた。
「よっしゃー、きたきたきたっ、これからは私の番だっ」
いったい、何がそこまで嬉しいのやら。
ああ、出番が回ってきたのが嬉しいのか、ボードゲームの。
「青木ぃ、早くしろよ」
ボードゲームの参加者である裕二がスマホをいじりながら催促していた。
「まぁ、いいんじゃないかな」
宗也の方はのんびりとスマホでゲームをしていた。そして深いため息を一つ。
「なんだ、どうした」
「あー、ゲームの世界に入って勇者になりたい」
宗也の一言に裕二は首を振った。残念ながらそういう都合の良い世界は存在しない。
「ないわ。ありきたりすぎて、つまらなさすぎる」
「入るのなら、町を壊す奴がいいな。震えろー、泣き叫べーってやりたい」
青木の言葉に他の二人はうなずいた。
「そりゃいい。青木がゲームの中に入ったら円盤叩き割ってやろうっと」
「僕も手伝うよ。粉々にしてあげる。DL版だったら本体ごとぶっ壊したい」
「あれっ、露骨に嫌われてるっ。なにかしたっけ?」
そりゃな。
青木と一緒にボードゲーム系をやると相手を邪魔するようなマスに止まることが判明した。
裕二はこれまで振られた女の数を暴露され、宗也は性癖、俺は晩飯にするなら魚か肉かどちらが良いかと選ばされた。他にも、想像を絶するようなことまでされた。というか、ボードゲームが鬼畜仕様な気がするんだ。
その度に青木は二人を煽るようなことを繰り返し、結果として嫌われたのだ。
まぁ、この程度ならまだいいんだけどな。そういった経緯でだいぶ鬱憤が溜まっていた裕二が一位になって青木に自慢した時もあった。
「邪魔ばっかりした挙句に俺に負けるってどんな気持ちだぁ?」
「え、ゲームなのにその程度で喜ぶの? 現実見ようよ、もう子供じゃないんだから」
その後、誰一人として楽しんでいない。
現実というナイフで、仮想現実に入り浸る者たちを引き戻すのだ。
そんなこともあり、順番が回ってきたらだらだらとルーレットを回転させている。
惰性で遊ぶ、無駄な時間。大学生はモラトリアムを愉しむ為の時間だろう。そしてここで浪費したものだけが社会に出て苦労をするのさ。
「啓輔、俺帰るわ」
「僕も」
「え、もう?」
「そうか。お疲れ」
今日の集まりはあっさりと終了。誰が悪いかと言えば、まぁ、日が悪かったんだろう。裕二は単純に白けただけ、宗也はどうだろうな。
悪い奴じゃないんだが、青木はこういう発言があるからなぁ。空気が読めないどころか、場合によっちゃ悪くする。
俺もこたつに足を突っ込んで寝転がった。二人でやるボードゲーム程つまらないものはない。ちなみに一人でやる時は設定を考えてやるのでそれはそれで楽しいものがある。
「え、寝るの?」
寝転がった俺の方に寄ってきて頬をつんつんしてくる。
「んー、ちょっとな。変なことしないなら冷蔵庫の中にあるもの飲んだりしていいから」
「せっかく二人きりになれたのに、いきなり寝るとか頭、おかしくない?」
「おかしいのは青木の頭の方だろ」
俺はまどろみながらそのまま夢の世界に引きずり込まれていった。
「ん……」
次に目が覚めたとき、目の前に青木が眠っていた。
そのことに対して、一瞬だけどきっとした。そりゃあ、黙っていれば可愛いし、胸も大きいからな。
喋らせると駄目だ。
眠っている青木が寝返りを打ち、仰向けになった。
立派な胸が上下している。
「……うーん、むにゃむにゃ、好きなだけ揉んでいいよ」
時間制限なしの揉み放題プランが唐突にやってきた。
「が、これは罠だな」
こういうものに安易に手を出した者たちがどうなっていったか。距離感を間違えたのではなく、単純に公僕さんにお世話になりに行くようなものだ。
俺は立ち上がって洗面所で顔を洗う事にした。
顔を洗っている最中、玄関のドアがきしむ音がした。単純に青木が外へ出て行ったのだろうと思い、リビングへと戻ると相変わらず眠っている。
何かの悪戯か、それとも俺の聞き間違えか、隣の部屋の人かもしれない。しかし、隣は空室だったはずだ。
わざわざ青木を起こしてやる必要もないので、テレビをつけた。
それなりに音がしているはずなのに、青木は目を覚まさず寝息を立てている。時折、顔をにやけさせているので幸せな夢を見ているのだろう。いいことだ。
今晩は何を作ろうかと考えていると、畳みの部屋から音が聞こえてきた。基本的にそこで寝起きしている。
「……ネズミかな」
それにしては大きかった気がする。
俺は畳の部屋へと入り、首をかしげた。
湿っている。そんな気がするのだ。窓から夕焼けが入ってきているのに、どこかこの部屋は暗い。
ふと、俺の視線は押入れへと向けられる。左側のふすまに、何か茶色い布のようなものが挟まっているように思えた。
俺は無意識に押入れへと近づき、茶色い布へと手を伸ばす。
隣の部屋のニュースの声が一際大きく聞こえているような気がした。
「二年前に起った殺人事件ですが、いまだばらばらにされた女性の体の一部は見つかっておらず……」
どこかで、鴉が鳴いている。こたつで寝ていたからか、喉がカラカラだ。水が飲みたい。でも、布を取りたかった。取らないといけない。妙な使命感が心を惑わし、突き動かす。
もう少しで、布に手が伸びる。何かが起きる。いったい、何が。よくないことだ。やめておいた方がいい。
ああ、我慢することが出来ない。
「ふああぁぁっ」
ニュースの声が大きくなったからか、青木が目を覚ましたようだ。
俺は青木に対してため息をついた。
「驚かせやがって」
「え、何が?」
「なんでもねぇよ」
俺の言葉に青木は少し考えていたようだが、にやっとした。
「ははぁ、さては私にえっちな事をしようとしてたなぁ?」
「ねぇよ」
「いやぁ、このシチュエーションじゃするしかないでしょ。表示されている選択肢、触る以外に他ないって。いいんだよ、こっちは誘ってたんだから」
誘っていたのか。
全然、気づかなかったよ。罠だと思ってた。
なんだろう、俺は何かに触れようとしてそれが出来なかったけれど、心底ほっとしている。
さっきまで目の前にあった何かは無くなっているし、俺の気のせいだったようだ。しかし、俺は何をしようと思っていたのだろうか。
「ねー、晩御飯も食べて行っていい?」
「ん、まぁ、そのぐらいなら」
「やった」
無邪気に喜ぶ青木を見て、俺は一度、ゆっくりと息を吸って吐いてみた。
「青木、何が食べたい?」
一応、リクエストにこたえてやろう。こっちで勝手に作ってこれは食べられませんと言われても癪だしな。
「てるあきチキンが食べたい」
「照り焼きな」
誰だよ、てるあきって。
「私さ」
「うん」
「牛と豚、鶏の中でやっぱり鶏肉が一番おいしいって思うんだ」
「ほー」
俺は牛かな。豚と鶏肉は当たるとすごいからな。一度、鳥が悪かったみたいでカンピロバクターにあたって、トイレと対話してたことがあったよ。豚は当たったことないけど、ヤバそうだな。
「啓輔はどの部位が好き?」
「そうだなぁ、ももかな」
「……ここは、胸でしょう?」
そういって立派な胸をはってきた。
「啓輔が胸って言った後に、もう、どこ見てるのよってつなげられたのにっ」
「……それなら、ももでも行けるだろ。なに、ふとももちらちら見てるのって」
「え、見てたの?」
そういって、慌てて両手で太ももを隠していた。微妙に前かがみになったので胸が強調される。
「いいや、見てなかったよ」
そして、胸につい目が行っても相手はノーガード。天然だわ、こいつ。
「くっ、乗ってきていると見せながら実は乗っていませんでしたとは卑怯なり」
「なんと言うか、コンプレックスかもしれないし身体的特徴をあげつらうのはどうかと思うんだ」
「私は気にしてないよ? 好きなだけ見ていいから」
「お、そうか」
「お金は取るけどね」
「んじゃ、別にいいや」
付き合ってやっているだけ、マシだと思えよ。
「さて、これから買い物に行ってくるからおとなしく待っとけよ」
俺は財布とスマホをポケットに突っ込むと外へ出る。
「あ、待ってよ」
「なんだ? 野菜が食べたくなったか?」
「私もついて行く」
「お前さんと一緒に買い物?」
面倒くさそうだ。
「あ、家に居てもいいの? 下着を頭にかぶって半裸で絶叫していてもいいならお留守番しているけど?」
「それ、本気で言っているのか?」
「マジです。本気と書いて、マジと読む」
目を覗き込んだら本気だった。こいつは放っておいたら有言実行するに違いない。
「……まぁ、好きにしろよ」
「やたっ、さてとぉ、タンスを漁るか」
「ちげぇよ、ついてこい」
「いひゃいいひゃい、ほっへをひっはらないれ」
変態を連れて俺は外へと出かけるのであった。
アパートを出て数分経つと、青木が目を輝かせていた。
「なんだか嬉しそうだな」
「まぁね。こうやって一緒に歩くのって滅多にないじゃん」
「そうか?」
「そうだよ」
おとなしくしているのなら俺も変に警戒するつもりはないので自然体でいられる。
「あのさ、ごっこ遊びしようよ」
「ごっこ遊びだぁ?」
変態ごっこか。
俺はパンいちまん。パンツ一枚だけで街を疾走するヒーローさ。今日も悲鳴が聞こえたので、人を助けに行こうとしたらさらに悲鳴が増えちまったぜ。これ、ヒーローの悲しいさが
「ね、しよ?」
「……さすがに、この年齢じゃなぁ……それに、寒いし」
「やるのに年齢は関係ないよー。やってくれないと、ここであなたにとって著しく不利益を被ることをおこないます」
なんでそこで堅苦しく言うんだ。
「お前、子供かよ」
「あら、今どきの子供にこんなにおっぱいの大きな子供がいらして?」
「侮るなよ。この前、中学生と思しき女の子で……おい、なんで引いてるんだ」
「さすがに、リアルでそう言うのはどうかなって。子供に対してそう言う目で見るのは気持ちが悪い」
その視線はやめて。俺がまるで悪い人みたいだから。
「事案が発生するかも」
「本当、変に騒ぐのはやめろっての。おかげで、小学生にあいさつしただけで居合わせた警察官から鋭い眼を向けられたんだからよ」
絶対誰かが面白おかしく連絡してるんだろうな。真面目に対応しちゃうから、世の中が大変なことに勝手に向かって行っている気がしてならない。
「じゃあ、私は啓輔の彼女ね。ごっこ遊びスタート」
「……なんだ、その程度か」
もっと変な事を要求されるかと思った。
血に狂って、地底人と化した人間の役とかな。
「あ、えっと、妻役でもよかった?」
「別に、それでもいいけどさ」
どうせ、ごっこだし。
「あなた、子供が出来たみたい。やっぱりふんどしでやると効果があるって本当ね」
「奥さん禁止な」
すぐに調子に乗りやがる。
「ちぇー。子ども扱いするから大人っぽくしたのに」
「そういうところが子供っぽい」
「じゃあ、彼女ね」
「好きにしろよ」
「えっと、啓輔ぇ、やっぱり出来ちゃってたみたい」
頭痛がした。
「念のために聞いてやろう。何がだ」
「借金」
「別れよう」
「え、ちょっとひどくない? 借金があるだけで見捨てるの?」
「ひどくない。彼氏に黙って借金こさえる奴と一緒に居られるかよ」
愛があれば何とかなるなんて、あり得ないな。借金はお金があってこそ、乗り越えることが出来る。
「ねぇ、じゃあ、どうやったらあたしのままで啓輔は好きになってくれるの?」
「お馬鹿でもいいんだけどよ。外でお馬鹿な事をやめるところからだな」
「へぇ、じゃあお馬鹿をやめて告白したら私になびく感じ?」
そういうところな。
「一度に言ってもわからないだろうから、まずは実際にやってみたらどうかね、青木君」
「む、そうかも」
全部俺の要求をクリアしたら、それって告白してくるつもりだよな。
俺もいい加減、青木から逃げ回るのをやめた方がいいのかも。一体、俺の何が気に入ってこうなったのか知らないからこっちとしては怖いものがある。
スーパーで買い物を開始すると、食玩を持ってきた。
「おい」
「え、なんで? お菓子は一つまででしょ」
「お前の家のルールを適用するな」
「あ、そっか。今は奥さんだったね」
奥さんは駄目だって言ったろ。
「奥さんじゃないだろ?」
「奥さんじゃない? あ、そっか。内縁の妻か」
「それも似たようなものでは?」
「違うと思うよ」
そこらへんはたぶん、実際になってみないとわからないんだと思う。
レジのおばちゃんから若いっていいわねぇと言われたのでそれに青木が反応。無駄に話し始めたので俺はレジ袋に商品を詰めることにした。
「あれ? けーすけじゃん」
「お、リルマ」
俺の元相棒である影食いリルマが制服姿でスーパーにやってきていた。
「何してるの?」
「晩飯の買い物。そっちは友達と一緒か」
「うん、これからみんなでパーティーするの」
「鍋パーティーか?」
鍋はいいぞぉ、楽だし、謎の食べ物を入れても鍋なら大丈夫でしょと言うテンションで処理できる。
「いやいや、ちゃんとしたものだってば。けーすけも来る?」
とても魅力的な提案だった。
約束なんて破っちまえよと、脳内の天使と悪魔がささやいてくる。
「……わりぃ、先約があるんだよ」
「そっか、残念」
「というか、俺が来たら空気が一変するだろ」
え、何あの人。誘われて本当に来る人ってなかなかいないよねぇって言われそう。本気にしちゃったんだとか聞こえてきたら泣く。
「みんなも会いたがっていたから大丈夫だけどね」
ああ、年末言っていた連中かな。
「あのー、啓輔さんや」
「なんだ、青木」
リルマと話していたら脇から青木が寄ってきた。
「今は、弱きをくじき、強きを守る青木光、青木光が、彼女でしょう?」
選挙運動みたいな感じだけど、文章がおかしい。
「え、そうなの?」
「ふふん、ごっこだけどね」
そういって、どうだまいったかと年下の女の子に自慢していた。
「なんだ、ごっこか。でも、青木先輩がそれでいいのなら、いいんじゃないですか? じゃあね、けーすけ」
リルマは納得して俺に手を挙げて行ってしまった。
「どぉよ、悪い虫を追っ払ってやったぜぇ」
ああ、俺はこのお馬鹿を相手にしなければ今頃、年下の女の子たちに囲まれていたのではないだろうか。
「どったの、啓輔? すごく、辛そう」
「なんでもない」
「あ、そうなの? 構ってほしくて具合の悪そうな顔をするのやめたほうがいいよ」
こいつ、一遍〆てやりてぇよ。
「んじゃ、帰ろう」
俺は未練がましくリルマのいた場所を見つめた。
彼女がまた、湧いて出てくるわけでもなかった。年下の女子と仲良くなる機会が断たれたのは間違いないな。
「……そうだな」
家に帰ってくると、先に青木が入っていく。
「おかえりなさい、あなた」
「なんだそれは。何のつもりだ?」
「いいから、わかってるでしょ? 返事は?」
「……ただいま」
ああ、やりつくされたくだりがやりたいのね。うずうずしている青木に俺は玄関で立ち止まった。
「ご飯はAグループ、お風呂はBグループ。では、わたしはどちらのグループでしょうか」
「A」
「ほぉ、即答ですね。理由は?」
「ご飯は食べもの、お風呂は違う。わたしも食べられる」
「違います」
「じゃあ、B」
「ぶー。適当に言った事なので答えはありません。つまり、どちらのグループにも入りません。ぷぷ、すべての問題に答えがあると思うな……あいたっ」
うるさい相手にチョップを入れて素通りする。
少し手狭なキッチンに立ち、俺は準備に取り掛かる。その脇に青木が立った。
「なんだね、君は」
「助手です」
「助手はいらないなぁ」
「じゃあ、巨乳で、可愛くて……そして巨乳の助手です」
お前、セールスポイントはそこしかないのか。ノリがいいとか尾を引かないとか、もっと内面的にも売れる場所がある筈なんだがね。
「さぁ、腕まくり完了。お手伝いするので、指示を」
「そうか、まぁ、有能な助手にしか頼めない仕事がある」
「なんでしょうか?」
「とりあえず、お皿を並べておいてくれ」
「了解です」
お客という事もあって、青木にはゆっくりしてもらいたかった。
無事に料理が出来ると向かい合って食事をする。トラブルメーカーには適当に仕事を振ってやった感をださせてやらねばならないから大変だ。
料理を運び終わった後、何故か青木はてーぶの上を見ていた。
「今度はどうした?」
「ねぇ、外国の映画とかでさ、テーブルの上にキャンドルとか、フラワー飾ってるじゃん」
「ああ」
フラワーとは言わないかもな。花瓶に一輪挿しは見かけるかもしれない。
「やっていい?」
「いいけど、お花とかないぞ」
「キャンドルは買ってきた」
そういって仏壇用の蝋燭を取り出してきた。
「おい、それ用途が違う」
「大丈夫。火をつければたちまちムードを演出してくれるから」
本当だろうか。
俺は青木の言葉を信じて火をつけさせる。
買って来てある台座の方もお仏壇用だった。
「電気消してー」
「わかったよ……」
電気を消せば、ろうそくだけの明かりになる。薄暗く、日は俺たちをしたから照らすために青木の顔がぼやけて浮かび上がるようだった。
「……これは、本当にあったお話です」
「ま、ムードがあるけどさ」
俺の想像していたムードとは程遠いがな。
「それは……」
「それは?」
ここで誰かのお腹がなった。
「あ、ごめん。先に、晩御飯食べていい?」
ムードぶち壊しにも程があるよ。心霊関係の何かを見ていたら隣の部屋でお笑い芸人のネタが聞こえて来た時ぐらい最悪だよ。
「いいよ」
「いただきます」
暗がりの中、二人してご飯を食べ始める。俺以外の人間が食べるという事で気を使って作っておいた。
「おいしい、おいしいけれどなんだか想像していた雰囲気じゃない」
「そりゃな。お通夜みたいだ」
「電気をつけよう」
電気がつくと、今度はテーブルの上に置いてある蝋燭の存在が気になった。
「これさ」
「ああ」
「邪魔だね」
うん、知ってる。
「邪魔なら最初からするんじゃないよ。無駄遣いするな」
「あとで怖い話するときに使うもん。あと、啓輔にフラれた場合に、頭に巻いて釘打つために使うもん。股間にばっかり、釘を刺して、使い物にならなくしてやるんだから」
怖いっての。いったい何を、ナニを使い物にならなくするつもりだ。
「それに、啓輔が喜ぶかもって思ったのに、そういう言い方はないんじゃないの?」
「うん、まず落ち着いて考えてみようか。俺がいつ仏壇用の蝋燭を買ってもらってうれしいと思うか?」
「んーと、浮気して私に刺されて死んじゃった時? 成仏してね」
他に思いつくのは、墓の掃除をしろぉとばあさんが枕に立った時ぐらいかな。
「おい、勝手に殺すな」
「あ、じゃあ夜のプレイに?」
「お馬鹿、ああいうのは熱くない専用の奴を使うんだよ」
「……え?」
「ともかく」
俺は話を進めることにした。
「俺の事を考えてくれたのは嬉しいけれど、今度からは一声かけてくれよ。そうしたら、一緒に選べるだろ」
仏壇用の蝋燭を一緒に選びたくはないけどさ。
「本当? これ駄目要らないってつっぱねない?」
「ああ、ちゃんと考えてやる」
そっかとつぶやいて、青木は何に使うのか知らないが、鞭を取り出すのだった。
「それをしまえ」
「……はい」
今さら何を取り出されてもびっくりはしないけどな。




