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影食いリルマ  作者: 雨月
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美紀編最終話:明日を歩くための今日

 気づけば明日が返事をする最終日。すでに白井から美紀以外のみんなが参加すると聞いていた。

「啓輔、目玉焼きは何をかけるの?」

「醤油かな」

「普通ね」

 美紀とは一緒に生活している。なし崩しだが、美紀の方が借りている物件を解約したそうで、荷物を持ってこっちに来たのだ。帰れと言っても、俺の部屋が美紀の帰る場所になっている。

 啓輔さん、押しがけ女房ですねと白井に言われた。それを言うなら、押しかけな。俺のバイクはこの前バッテリーを変えたばかりだよ。

「じゃあ、美紀は何かける?」

「ソース」

 ありえねぇよ。

 大体、こういうのは親がかけているものをまねるのだ。あくまで、俺の経験上だがな。

 美紀は、どうなんだろうか。それを気軽に聞ける未来とやらを、俺は自分でつかまなくてはいけない。

「変な顔をしているけど、どうかした?」

「いや、なんでもない……って、人の真剣な表情を変な顔と言わないように」

「へぇ、朝から真剣な表情でなんでもないってどういうことなの?」

「追及の手が激しいな」

「あんたがもしも、わき見をしたら見る先が誰なのかを教えてあげるから」

 そういってキスされた。

 こいつ、やるようになったな。いったい、だれの影響だ。

 朝食を終えて、美紀は学園へと行く支度を始める。

「着替えるから覗くな」

「はーい、美紀ちゃんのお着換え中は覗きませーん」

 俺の部屋へ美紀は入っていき、俺はエプロンをつけて真面目に皿洗い、をすると思ったら大間違いである。

「やるな、はやれの最大表現。そして俺は、美紀の彼氏っ。何の躊躇がいるか、いや、いらないはずだ」

 ゆっくりと扉を押して、部屋の中を確認するといつぞやの写真集を見ていた。

「そんなに、似てるかな」

 俺らの言動が気になったのだろう。

 写真集を見ながら、簡単なポーズを真似していた。上半身はブラだけで、下は学園指定のスカート。これは、いい組み合わせだねぇ。

 数秒のみだ。それ以上は、気づかれる。本来なら数秒でもばれるんだが、他に注意が向けられていれば、成功する度合いもぐっとあがる。

 俺はそっと扉を閉めて皿洗いに戻った。

 ある程度時間がたつと、美紀が部屋から出てくる。俺はてっぺんからつま先まで美紀を見た。

「何? そんなに見てさ」

「可愛いなって思っただけだ」

 こういうのを前面に押し出してやった方がいいんだろう。嫉妬深そうなのは自分に自信が無いってことかもしれないしな。

「べっ……」

 何か否定的な言葉を言おうとして美紀は口をつぐんだ。

「あんたの彼女なんだから、当たり前よ」

 少し、成長してきているんだな。胸のサイズは変わってないけど。

「ありがとう」

「啓輔にお礼を言われる必要、ないし」

 俺はそのまま、美紀に近づいて両肩に手を置いた。

 美紀も、何かに気づいたようで目を閉じてくれた。

 軽く唇にキスして離れると、顔を真っ赤にした美紀に叩かれる。優しいもので、いつかみたいな脳を揺さぶられるような一撃ではない。

「これから、学園なのよ?」

「知ってる」

 ちなみに俺は今日、一時限だけだ。

 さすが大学生だ。時間はあるぜ。金? 金はないよ。

「あの、さ。もう一回だけ」

「……そうだな。一回だけじゃ、寂しいもんな」

 この後、キスをやりすぎて美紀は遅刻ギリギリで学園へと向かう事になる。さぼっちゃおうかなと言っていたので、きちんと行くように言っておいた。多少、誘惑されたが我慢した。

 本当は俺もその案に乗りたかったのだが、学園にはリルマもいるし、俺の方もやることがある。

 講義が終わり、俺も今日やるべきことをやることにした。とある人と会う約束をしているのだ。行ってきますと言った美紀の顔を思い出し、俺は足を進める。

 場所は駅前の喫茶店だ。

「お久しぶりですね」

 頼んだコーヒーを運んでくるとき、顔なじみとなったウェイトレスさんはそう言ってくれた。

「そうですね。実は彼女が出来て忙しかったんですよ」

「へぇ。それはいいですね。今度、彼女さんと一緒に来てくださいよ」

「あ、今日の……」

 夕方ぐらいにもまた来ようかと思ってます。そう言おうとした矢先に俺を見つけた待ち人が、俺の前に座る。ウェイトレスさんはその相手を見て、身を固くした後、去っていった。

 完全に誤解されたようだ。

「ちゃんと自己紹介するのは初めてね。美空友理奈です」

「忙しい時にありがとうございます。俺は美紀の彼氏の、右記啓輔です」

 俺がここに呼んだ相手は美空美紀の母親、美空友理奈さんだ。

「美紀も一緒かと思ったのだけれど、おひとりなのね」

「はい、俺が勝手にしていることなので、美紀には話していません」

 本来なら、俺の隣に美紀がいる必要があるかもしれない。でも、今日平日だからな。学生の本分は勉強。あと、九頭竜家に協力してくれそうな奴が一名いるんで、お願いしたわけだ。

「本当、身勝手だわ」

 迷惑そうな顔もせず、俺に対してジャブを放ってくる。

 出会ったころの美紀もこんな感じだっただろうか。どこか棘があるのは自分を守るためなんだろう。

「それで、私に話したいことがあるとこの前、言ってきたわよね」

「ええ。想像している通り、美紀の事です。そして、率直に言うのなら、美紀との仲をよくしてほしいんです。これで色よい返事がもらえるのなら、俺は是が非でも美紀をあなたと会わせます。その際、美紀に嫌われても構いません」

 うまくいっても、美紀は怒るだろう。なぜ、自分に話さなかったのかと。

 すみれの件を持ち出すのは別問題だろうが、いくら手帳の一件があったとしても、俺とすみれの相性はたぶん悪くなかった。それを維持できなかったのは俺の責任だ。それを認めるのが嫌で、すみれと別れてから冷たく接したのかもしれない。

 同じ轍を踏む気はないが、これまで一人だった美紀にはどう転んでも幸せになってもらいたい。

 俺がもし、何らかの理由で居なくなったとしても母親がいればあの子は今より幸せになれる。もちろん、これも俺の勝手な考えで独断専行を褒められることをしているわけじゃない。

「どうですか?」

 俺の問いかけに、友理奈さんは笑っていた。

「あなた、私と似てるのね」

「え」

「そんな考えでは、美紀を幸せにできないわよ。今のままのあなたじゃ、無理ね」

 頭から否定されたことに腹が立つより先に、困惑した。

「どういうことですか」

「ここで、怒って帰ってくれれば楽なんだけどね」

「まぁ、それより気になる言葉を聞いたので」

 この人もこの人で、身勝手なのだろう。

「私と美紀の事、どの程度知っているのかしら?」

「どのくらいなのかはわかりませんが、九頭竜さんという方が美紀の父親、という程度です」

「なるほどね」

 把握したと言って店員を呼ぶ。紅茶を頼んでいた。

「この紅茶は誰持ちかしら?」

「支払ですか? 当然、俺ですよ」

「そう、よかった」

 まさか、紅茶一杯を渋るような人でもあるまい。単純に俺の気分を害したいのだろうか。

 そこで友理奈さんは昔を懐かしむように目を閉じた。

「登場人物はAとB、そしてC。AとBは元から仲が良くてね。そんな中、BはCをAとの話し合いに連れてきた」

 この段階で友理奈さんがどれなのかわからない。どれにも当てはまる。

「その時、Aは驚いた。Cは、別会社ではあったが、仕事上でのパートナーだったから」

 この言葉で、Aが友理奈さんだと決定した。そうなると、Bは宗也のお母さん、Cが宗也のお父さんになる。AとBが夫妻なら、そういう表現をするだろう。

「その後は三人でよく話をしたりもした。BとCの息子の話にもなった。そんなある日、CとAはお酒の飲み過ぎで、関係を持ってしまう。どちらから誘ったのかは覚えていない」

 ここら辺からドロドロしてきた。

 何か口出せるわけでもなく、黙って相手を見る。周囲の客が入れ替わったが、気になるのは目の前の女性だけだ。

「そのときに出来た子供が、美紀ですか」

「ええ、そうよ」

 一度うなずいて、自嘲気味に笑っていた。

「どうする? ここで話をやめておく? 子供が聞くような話じゃないかもよ」

「続きを聞かせてください」

 迷う必要はなかった。

「そう」

 そして、話が再開される。

「妊娠した時に思ったことは、単純に、しまった、だったわね」

 表現が生々しい。

「その時、おろすという判断はなかったんですか?」

 俺の言葉に、友理奈さんは驚いていた。

「あなた良く、自分の彼女の事でそんな選択肢を出せるわね?」

「実際に、もしもはありませんから」

 いまさら否定的な意見が出たとしても、美紀が消えるわけがない。

「現に、俺の彼女としていますからね。ただ、当時の友理奈さんの選択としてはあったんじゃないかと思っただけですよ」

「……もっと単純に生きられたら、あなたと私は美紀の事で苦労しなかったでしょうね」

 苦労という言葉を使ったが、その割にはどこか楽しそうだ。美紀から聞いていた印象とは全然違うと言っていい。

「当時は考えなかった。なんとしてでも、この子の幸せを願ってた。まぁ、しまったと思ったり、現実的な壁としてお金の問題があったけどね」

「……後者の解決は、父親の方がしたとか?」

「そうね。勘が鋭いのか、それとも知っていて驚いているふりをしているのか……」

「勘が鋭いんです」

 お金はあったんだろうな。

「その頃には仕事のパートナーとしての関係は終わっていたし、Bとも連絡を取っていなかった。美紀には不思議な力があって、その時にCから影食いっていう妙な話を聞いたわ」

 友理奈さん自身は影食いの事をあまり知らないらしい。

「そっちの影食いって素質をBとの子供たちは受け継いでなかったらしくてね。美紀に白羽の矢が立った。このまま、美紀と一緒に暮らしていたら父親の事や今後の事で衝突するんじゃないかって思い始めた時期でもあった」

 ああ、美紀が言っていたのはこのことだろう。

 そしてここからが、多分に大切な事だ。

「ここで足かせになるのが私」

「え? どうしてですか」

 何も問題はなさそうだ。

「どうしてって言われても内容は九頭竜側との兼ね合いもあるから、教えられないけどね」

 そうか、それならしょうがないな。

 変に深入りいりして怒らせるのはまずいからな。

「とても早いけれど、美紀には自立してもらう必要があった。手早かう美紀が自立するには私の方から関心がないことを伝える必要があったの……何か聞きたそうにしているわね?」

「普通は、嫌われることだと思いますが」

 いや、普通に考えたらそこで嫌われる必要性はあったのかってことだが。

 友理奈さんという人物が取った行動は、良かれと思った事だから九頭竜家側との条件で選択肢に入らなかったのだろう。複雑な事があったみたいだよとあいつも言っていたからな。

「嫌うっていうのは何か理由がある。ただ、何となく嫌いって理由だけじゃ納得しないでしょ?」

「はい、裏があるかと思います」

「探られると困っちゃうのよ」

「それは九頭竜川との兼ね合いで?」

「そう。自分が所属することになる場所に対してそう言う感情を持って接するのはよくないの」

 彼女は一つ、ため息をついた。

「だから、無関心を装った。本末転倒な話だけれど、装うだけの理由は十分にあったからね」

 そのことは以前、考えたことがあったかな。

 たまたま出来たなんて言われたら子供は確実にぐれるか、悲観する。しかし、それを受け止めるだけの理由があったら話は違う。

 美紀の場合は、それが九頭竜家の影食いとして生きることだったのだろう。家族を捨てて、もう一人の家族がいる家で生きようと。

「Bは勘の鋭い人間だけど、美紀の事は知らないでしょうね」

「女の勘は鋭いって聞きますが」

「それならとっくに連絡してきてる」

 友理奈さんがそういうのなら、正しいんだろう。

 今は、美紀の事だ。他の事を突っ込んでいたら迷子になってしまう。

「美紀は結局、あの子の父親に任せることになった。近況はちゃんと報告してもらってる。美紀はお金に困っていないし、私もちゃんとやっているあの子を見ることが出来て幸せ。ただそれだけでいいの」

「そう、ですか」

 人の価値観にケチをつけるつもりはない。単純な感想を言わせてもらえば、さみしいだろうな。

「私は美紀に嫌われても、無関心であってもそれでいいの。あの子が幸せに生きているのならね。だから、仲直りだとかそんなことをするつもり、今のところない」

 そういって、また紅茶に口を付ける。

「しかし……」

「駄目ね、これ以上踏み込んでくるのであればお互いに望まぬ結果になるわよ」

 これは困った。説得するのは難しそうだ。

 どのみち、今日だけで解決できるとはおもっていなかったが、これは将来的に結構尾を引く問題になりそうだ。

 友理奈さんは紅茶を飲み干すと、俺に言った。

「仲直りっていうのも、理由がいるの。それにね、今回のように一人で突っ走ったりしないで、きちんとあの子とも話し合いなさい」

「わかりました」

「次、私に会いに来るときは三人で会いに来てほしいわね。紅茶、ごちそう様」

 それだけ言い残して、友理奈さんは去っていった。

 一人で残された俺は同じく冷えていたコーヒーに手を付ける。いい話が聞けたのだが、結局は惨敗と言える。

「それで、どうするつもりですか?」

「うおっ」

 隣の客は、よく湧く白井だった。

「すみません、聞くつもりはなかったのですが結果的に聞いてしまいました」

「……ま、聞いちまったのはしょうがないな」

 聞かれてまずいかと言われたらまぁ、確かにそうだが、白井にならいいだろう。

「今は無理だけれど、俺が美紀の事を大切にしていれば、解決するってことだろうかね、さっきのは」

「なるほど、三人ですか。孫パワーってやつですか」

 俺と、美紀と、その子供で会いに来いってことだ。

 他にその場で話すこともないので、俺と白井は喫茶店を出た。

「あ」

「え」

「ん?」

 そこに、ちょうど美紀が通りかかる。

「あれ、美紀、学園はどうした」

 学園にいる時間帯なら美紀と出くわすこともないと踏んでいたのに、こうも運が悪いとは思わなかった。

「なんだか啓輔の様子がおかしかったから、帰ることにした」

 こいつ、鋭いな。

 愛されていますね、啓輔さんと白井から目で言われたりする。

「あ、美紀さん、懲罰隊についてどうしますか?」

「ま、入ってやるわ」

 そうか、それはよかった。

 これで万事、物事がうまくいくのなら、誰も悩んじゃいないだろう。今の状況は何となくどころか、かなりまずい。

「それで、なんで、啓輔と白井が一緒に居るの?」

「えっと……」

 お母さんの事、話してもいいんでしょうかと目が言ってくる。俺は当然、首を振った。

 気づけば、アイコンタクトまでとれるようになってたんだな。

「ねぇ、なんで一緒に居るの?」

「いい、セミナーがあるので啓輔さんとお話を……えっと、はい」

「本当にそうなの?」

「えーっと……」

 俺らの態度に美紀の機嫌は悪くなる。

「言いよどんだ。白井だったら、奪おうって考えましたぐらいいいそうなのに」

 しかし、この考えは完全に裏目、美紀の顔が般若になる。美紀の奴、白井の事を理解しているようだ。

「啓輔、あんた……」

「ち、違います。私は本当に偶然なんです。ただ、啓輔さんが他の女性と」

「お、おい、白井っ。余計な事は喋るんじゃないよ」

「……誰よ、それ」

 声音がヤヴァい。

 下手すると、相手を刺しそうな雰囲気が出てきた。

 俺は天を仰ぐ。

 ああ、気づかなかったが今日はいい天気だ。これから楽しいことが始まりそうだな。アスファルトだって固いし、叩きつけられたら内出血間違いなしだよ。

「ふーん、違うっていうのなら、これから私と、啓輔と、白井で確認しに行こうじゃない」

「え、これから会いに行く感じ?」

「当たり前でしょ」

 俺が血みどろになるかと思ったよ」

「言っておくけど、違うっていうのなら啓輔の事、刺すからね。そいつのところへ、案内しなさい」

 目が嘘を言っていない。

 白井がどうしますかと目で聞いてきた。

 ちょうどいい機会だ。それに、相手の要求通りの人数だからな。

「いいよ、行こう」

「えーと、私もですか」

「あたりまえよ。さっき、三人で行くって決めたでしょ」

「……私は、お二人の子供ではないんですが……あの、泣きそうです」

「俺もお前のような子供が出来たら泣くぞ」

 どのみち、友理奈さんの言葉、三人で来いは果たされなかった。

 そして俺は、少し先の未来で白井のような双子の娘に、嫁と、お義母さんと三人で苦労させられるのだ。

 この時の俺はまだそれを知る由もない。


今回で美紀編最終回です。変にくらい終わり方にならなくてよかったよかった。リルマ編、海編と違って割と当初の予定通り九頭竜家と美紀の関係の話になりました。本来なら話の中できっちり美紀の母親と和解させたほうがよかったんでしょうけどね、一人では解決できる問題でもないってことである意味先送りだったりします。さて、次回からは予定が未定です。本来はイザベル編を予定していたのですが練り直しなので不定期になるかと思います。感想、評価、メッセージなど何かございましたらよろしくお願いいたします。

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