美紀編第二話:ワンモアチャンス
こたつに入り、俺とリルマ、白井、イザベルで二時間ドラマを見ていた。ジャンルはサスペンスだ。
本当、見るたびにすごいなと思わされるよ。二時間という尺の中で、人を殺し、アリバイを準備して、捜査させ、逮捕すると言う構成。
こたつに足を突っ込んで、リルマはあくびをかましていた。
「ねー、けーすけ」
「なんだ?」
「あんた、美穂のこと好きでしょ」
「……え、誰?」
「間違えた。美紀。美穂は茶髪の友達だった」
ああ、いつだったか蛍ちゃん、リルマとそいつで俺の事を笑っていたっけ。というか、いまさらそいつの名前がでてくるのな。ちゃんと顔がもう出てこないよ。
「で、どうなの?」
平静を装いつつ、その下ではどきどきしている。もちろん、俺の話だ。
美紀はつんつんしていることも非常に多いが、なんだかんだで可愛い。俺も何が好きなのかはよくわかっていないのかもしれないが、あいつの事を考えると心配になったり、声を聴けると安心するんだよ。リルマたちに持っている感情とは違う、もっと近づきたいって気持ちだ。
「そうだな、好きだよ」
今は白くない白井が驚いていた。
「驚愕の新事実です。啓輔さんはAVが好きなのかと思っていました」
「AVって?」
イザベルが眠そうに首をかしげている。爆弾を投げられた気分になった。
「アドベンチャーの略称だよ。俺、冒険が好きなんだ」
「ああ、そうなの」
「またまたー、下手な言い訳は身を滅ぼしますよ」
白井は危険だな。相変わらず、爆弾を遠慮なく放り込んできやがる。オーディオヴィジュアルのほうが一般的だったかもしれんね。
これが男共の会話だったら好きだよ、悪いかと語り合っていただろう。無論、白井と二人きりならば、開き直っていた。
「えーと、何の話をしていたんだっけ」
「冒険の話。啓輔はわくわくするんでしょ?」
今度、影食いリルマとして秘境に赴いてもらおうかな。
「そう言う話はしてたけども」
「じゃあ、ドラマの話ですよ」
「……そうだったかな」
リルマの奴、全然だめだ。美紀の話をしていただろ。
「犯人はあの人ですね」
白井がみかんを食べながら出てきた登場人物に当たりを付ける。不思議な話だが、こいつはどこからみかんを出しているのだろう。部屋にはないし、持ってきた様子もなかったのに。
「白井、残念。あの人は探偵役だから」
「わかりませんよ、装っているかもしれないので」
リルマの言葉に白井は譲らない。荒れる海のシーンが出てきたところで白井が海は怖いですねぇと言っていた。
お前に怖い物なんてあるわけないだろ。
「でもこれ、シリーズものだぜ? シリーズもので主人公が犯人ってどうよ」
「……斬新、かも」
イザベルは半分寝ている状態だ。おこたに入ると駄目になるらしい。最初であった頃のナイフのような切れ味はどこへ行ったんだ。
「最後にどんでん返しで犯人になります」
「そこまでしてあの探偵が怪しいと思うの?」
「理由ですか? あの俳優が嫌いだからです」
え、そんな子供じみた理由かよ。
これ以上白井に話を聞いても意見を変えることはないだろう。
「で、リルマはどいつが犯人だと思うんだ?」
「あいつ」
いかにも悪そうな、犯行現場をうろついていたという自称漁師の男だ。
自称って、いつの段階で消えるんだろうな。他人からこの人は漁師ですよと認められた時点かね。
「常識的に考えたらあの人が犯人ですね。アリバイもないし、凶器も家から出ていますから」
「しかしなぁ、ドラマ的に考えたらありえないんだよな」
そんなに怪しい奴が犯人だったことはほとんどない。
「現実的に考えると犯人ですけどね」
「まぁ、そうだが」
最初っから悪い人ですよ、が最後まで悪いってなかなかないと思うんだ。
「よく考えてみれば、私も啓輔さんとは敵対していましたからねー」
もう、完全に緩み切った表情でテーブルに顎をのせてくつろいでいた。そうだな。お前がそんな顔をするなんてあの時、想像もつかなかったよ。
「そうだったな」
「今では新しい海になったんです」
「確かに海は変わった気がする」
イザベルは知ったような口をきいているが、こいつとは出会ってあまり経ってない。変わる以前の白井を見せたらどんな表情をするのか気になるよ。
「思えば、俺もリルマとは最初、ばちばちしてたよ」
「へぇ、それはそれは」
にやぁと笑い、リルマへと白井は視線を移した。
「あ、ちょっと。けーすけそういうこと言うの禁止だって。白井がすごく興味持ったじゃない」
「うひょー、生娘の生足はすべすべして最高だじぇー」
リルマの過去よりも、脚の方に興味を持ったらしい。
「こ、こら、白井っ、こたつの中で足をつかむなっ」
「怖いなぁ、怖いなぁと思ってこたつに足をいれたら、いきなり引きずり込まれたんですぅっ」
「いい加減、やめなさいっての、このっ」
こたつのなかで争いが始まり、巻き込まれたイザベルが目を白黒させてこたつから離脱。そこはなんというか、身のこなしが軽すぎて台所の上に着地していた。
「イザベル、大丈夫か?」
「え、なに、地面が揺れた? この世の終わり?」
驚きすぎだろ。
その時、チャイムが鳴ったので俺は出ることにした。こたつでまだ争いが続いている。早く平和になってくれることを祈ろう。
「はいはい?」
「啓輔、無事かしら?」
意外なことに、やってきたのは美紀だった。明日の朝に来るとばかり思っていたから少し驚いた。
「そんなに俺に会いたかったのか」
「バカなことを言っていると……」
「その顔にキスの嵐を起こすわよ! ですね?」
俺の後ろから白井が顔を覗き込ませていた。これまたおもちゃを見つけたと言わんばかりの顔だ。リルマには飽きたらしい。
こいつに怖い物なんて、やっぱりないだろ。
「やほほ、美紀さん」
「白井、あんたねぇ」
こめかみがぴくぴく動いていた。お怒りのようだ。ただ、ここで大暴れはやめてほしい。そんな事になったら大家さんから追い出されて路頭に迷ってしまう。
「やだなぁ、美紀さん。私と話していていいんですか? その様子からすると、お急ぎなんでしょう?」
そうだったと美紀がつぶやき、白井の方はまぁ、ざっとこんなものですよとごまかしっぷりをアピールしていた。
「啓輔」
「あ、俺? なんだ」
「何も言わないで、私と一緒にいなさい」
俺たちは固まった。
真っ先に解凍されたのは白井の奴だった。
「まさかのプロポーズが来ましたねー。これまでつんつんしていたあの子が、急にドロドロに……あいたっ」
「こーら、そう言う事を言っちゃ駄目でしょ」
リルマがそういって白井を怒っていた。
まったくその通りだよ。おばか、茶化すと美紀が暴走するだろ。それと、ドロドロって表現はやめろ。物理的にも精神的にもえぐいだろ。デレデレじゃなくていいからデロンデロンに変えてくれ。
「もー、ちょっとした冗談じゃないですか」
「静粛に、静粛に。白井、海くん。空気を読んで発言するように」
「はーい、裁判長」
「こいつ、何笑ってやがる。悪い子には罰を与えようぞ」
軽くおでこを小突いてやると、笑っていた。
「啓輔さんにこうやって怒られて、小突かれるの、嫌いじゃないかも、です」
「え、そ、そうか?」
「はい」
む、ちょっと心がときめいたかもしれない。
「よかったらあっちの暗がりでもっとお仕置きしてくれませんか」
「あ、ああ……」
「ちょっと、啓輔? どっからどう見ても罠でしょ。」
いけねぇ、白井に嵌められるところだった。
「こほん、さっきの回答だが、わかった、一緒にいよう」
何か、美紀側にも事情があるんだろう。切羽詰まった表情はあまり見ない表情だ。
「うひょー、冷静に返答とかたまげますねぇ」
白井の奇声にリルマとイザベルもやってきた。
「あれ、美紀がいる」
「明日の朝、来るんじゃなかったの?」
どこかのんびりとした口調のイザベルはこたつで平穏を取り戻したのだろう。炬燵防衛軍の最高指揮官リルマ・アーベルも白井という悪魔を追い出せてほっとしていただろうに。
「そんな事より、啓輔さんと美紀さんは今日から一緒に暮らすそうです」
おめでたいですねぇとつぶやいていた。最後に、頭の中がとつぶやいたところでほっぺを引っ張ってやった。
「ふぇふぇふぇ」
さっき見せたどこか純情そうな顔はもう見せてない。やはり、罠だったか。
「はぁ、何それ」
「リルマ、こういうのは同棲って言うんだよ?」
「知ってるし、そのぐらい」
「じゃあ、同棲する男女がどう言った事をするのか知ってる?」
「し、知ってるけども……」
「家事の分担だよ」
さすがベルちゃんね。どっかの白いお馬鹿と違って、健全な思考回路をしているわ。ママ、とっても嬉しい。
「ま、何か事情があるようですし、私たちは帰りますよ。はい、みなさん撤収の準備を開始してください」
その声掛けに、リルマが白井を抑える。
「ちょ、ちょっと待ってよ。何か事情があるのなら手伝うよ?」
以前は対立していた時もあったけれど、そんなことは関係ない。リルマにとって、美空美紀という人物はもう友達以上の何かなのだろう。
ん、友達以上の何かって、友達ってことだな、うん。
「別に、協力しなくていい」
「またそうやって意地張って……」
「違う、あんたたちを巻き込みたくないだけ。それに、何かあった時はちゃんと連絡する」
普段は絶対に言わないようなことを言って、場が静かになった。
それだけ、美紀は追い詰められている状況なのだろうか。
「なるほどね」
「これはこれは……」
リルマの表情が少し変わり、白井も非常時に見せる色をのぞかせる。短い間の付き合いなのに、こんな風にやり取りで来ているんだから相性はいいんだろうな。
沈黙の後、イザベルが手を挙げた。
「……どうぞ?」
「犯人はあなただ、美空美紀」
「は?」
「気にしないでください。この子、多少、寝ぼけているので」
困ったさんですねとイザベルの手を引いてこたつに戻っていった。こたつ星人は外に出ると駄目だな。
「あんたがそういうのなら、今回は言うとおりにしてあげる」
リルマもそう言ってこたつに戻っていった。
そして残されたのは俺と美紀。
「啓輔」
「なんだ?」
「理由は、二人の時に話す。あがっていい?」
「どうぞ。一緒に暮らすのなら、今日からお前の家でもあるだろ」
さて、これから何が始まるんだろうか。大して心配はしていないが、うまくまとめられれるといいな。
毎回、特に俺は何もしていないことが多い、ただの傍観者だ。それでも、誰かの役に立てるのならそれに越したことはない。
「……ただいま」
「お帰り」
ぶっきらぼうにそう言って、俺は美紀の後ろからついて行った。
美紀のために晩御飯を用意してやると、白井とイザベルが物欲しそうに見ていた。
「よぉー、ねーちゃんいいもん食ってんじゃねぇですか」
「何よ、白井」
「彼氏の愛情入りですかぁ? うへへ」
「ぶっ……違うしっ」
美紀が吹いた。味噌汁が対面にいたリルマにかかる。
これには対岸の火事と決め込んでいたリルマも参戦せざるを得ない。
「ご飯を食べる時は静かにしなさいよっ!」
「ごめん、リルマ」
「いいの、今のは白井が悪い。ご飯を食べている人の邪魔をしないのっ」
相変わらずの優等生っぷりである。あとは、勉学の方も頑張ってくれれば自他ともにそれを認めることが出来るだろう。
「いいんですか、リルマさん」
「え、何が?」
晩御飯は食べたでしょとリルマは言う。
「取られちゃいましたけど」
「……別に、問題ないし」
「そうですかぁ」
にやにやと白井は笑って、今度はイザベルに視線を向ける。
「いいんですか、イザベルさん」
「何が?」
お腹が空いたとイザベルはいう。
「どこの世界も、人気のないヒロインの扱いは雑になるものなんですよ。それに、最後に出てきたヒロインって不遇だと思いませんか。ゲームの序盤に顔見せながらも登場しつつ、中盤ぐらいになってようやく攻略対象ヒロインとして出てきた……私、あの時既に彼女がいたんですよ。序盤のイベントにももっと絡んでくれたらなぁと思いましたよ、ええ」
なんだ、こいつ。いきなりゲームの話をし始めたけど、何の事だか全然わからない。
「何を言っているのかわからないけれど、大丈夫。もし、人気投票やったら白井は絶対に最後だから」
「いいますねぇ、ベルさん。リルマさん、この子に説教してやってください」
「駄目よ、イザベル。本当の事を言っちゃ」
「はぁい」
白井の動きが止まった。ショックを受けたらしい。
「……み、美紀さん。私の事を、助けてくれませんか? 私たちは少ない時間ながら、共に戦った時期もあります」
「自業自得でしょ」
俺もそう思う。
「これまでの人生、私は絶望に浸っていました。信じていた仲間にも最後には裏切ら……あぁ、暖かい光を感じる。なんだろう、これは……光じゃない。これは、啓輔さん?」
最終的に俺に回ってきた。甘い顔をすればこの姉ちゃんはつけあがるだろう。
「安らかにいくと良い。この世界はお前にいつだって優しいよ」
「こんな世界、無くなってしまえばいいのに。私は滅びぬっ、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も蘇って……」
「白井、ココア飲むか?」
「飲みますっ」
世界に再び、平和が訪れるのであった。ココアは偉大だと思った。
今から帰ると寒いから嫌だとごねたイザベルを残すわけにもいかず、白井もリルマも泊まっていくことになる。
「啓輔さん」
「なんだね、白井海くん」
「私は別に、イザベルさん一人を残して帰るのも構いません」
「そうかい」
「ですが、それはベルさんの身の危険を考えると看過できません」
「ほぉ? つまりそれは俺の事が信用できないと?」
まるで俺がイザベルを襲うみたいじゃないかね。
「まぁ、あたしもちょっと許可できない」
リルマも交じってきた。真面目ちゃんだな。俺が女の子を襲う性格ならとっくに襲ってるわい。
「啓輔、そういう事はイザベルにやっちゃ駄目よ」
「リルマさんならいいそうです」
「……だ、ダメに、決まってるじゃない……ね、ねぇ?」
顔を真っ赤にして、もじもじさせている。なんだろう、ちらちらこっち見てまるで誘っているみたいな感じだ。
「あれれぇ、その間はなんですかぁ? もしかしてぇ、強く誘われちゃったら断れないんじゃ?」
「くっ、白井うざいっ」
「おっとぉ、手が出るところを見ると怪しいですねぇ」
白井がリルマにターゲットを切り替えたところで就寝時間になった。
「好きな人の言い合いっこしーましょ」
「黙って寝なさいっ」
俺は自分の部屋で眠ることになり、美紀も俺の部屋についてきた。
「美紀、待った」
「何?」
「美紀もリビングで寝ろよ」
こっちの部屋に来られると困る。隣に女の子がいる状態で手を出さないって、誰が決められるんだ。
「大丈夫、襲われないように起きているから」
じゃあ、なおの事、リビングで寝ろよ。
「まぁ、俺はお前を襲ったりしないぞ」
一応、誤解されても嫌だから言っておいた。
こういうのは言葉にするのが大切なんだよな。
俺の言葉を少し考えたらしく、美紀は赤面した。
「ばっか、あんたじゃないっ」
「おっと、早まったようだ」
言葉にしなければよかった。
「襲う、襲わないの話は腋に置こう」
そういって俺は腋に挟むジェスチャーをして見せた。
「脇ね」
「ほら、見てごらん。あんなに殺伐としていた雰囲気がまるでメルヘンチックに……」
「なるか、ばか」
「それで、どうして二人で暮らすなんて言い出したんだ?」
美紀の前に座布団を置いてやる。それに座ってもらい、俺は話すことにした。
何も考えず、一緒に住むだなんて言いだすわけがない。何かしらの理由があってこそ、結果は伴うものだから。
「厄介な奴に目をつけられて」
「なるほどね。それは俺も対象に入ってるってことか」
「……うん」
美紀は、うなずいた後、顔を伏せた。
「いきなりどうしたんだ」
「こういう時は、謝らないと駄目なんでしょ。巻き込んでしまって、ごめんなさい」
あのプライドの高い美紀が俺に頭を下げるなんてよっぽどのことだな。
「そんなに気負うなよ」
やらかしてしまった時の対応は人それぞれだ。
ふざけたり、妙なことを言ったり、そして、真摯に対応してくれたり。
俺の周り何てそんな感じだ。白井、やらかしたときはふざけるんじゃなくてちゃんと謝りなさい。
「美紀は一人じゃない。俺だっているし」
「戦力にならないじゃないの」
バッサリ切り捨てられた。
「……何より、リルマたちもいる」
「これまで一人で生きてきたから、こんな風に困ったとき、誰かと一緒なんてほとんど、なかった」
途中から泣いているようだ。バッサリ切り捨てられている俺も瞬間的に泣きたかったが我慢した。
そんな普段は見せない表情に気づけば美紀を抱きしめていた。
反射的にそうしていた。後付けで理由をつけるのなら泣いているのをやめさせたかったからだ。
そのまま少し経ち、落ち着いたところで話しかける。
「大丈夫か?」
「うん」
この子が泣くなんてよほどのことなんだろう。
「話を聞いて。昔の、話……もしかしたら、最期になるかもしれないから」
「最期なんて言うなよ」
「わからない、もん」
詰まらせながらそう言って、遠慮がちに俺の方へと体を預けてきた。
「だったら、そのお前が言う最期まで俺が付き合ってやる。戦力にはならないが、にぎやかし程度にはなると思う。だから今は、落ち着いて話してくれよ」
俺はもう少し強く抱きしめてやった。
当たり前のことだが、美紀が小さいことに気づいた。
俺とリルマの前に立ちはだかり、ブラック兄妹の時は俺を従えていた。その背中は大きく、頼れるものだった。
「……私のお母さんは、九頭竜宗也の父親と、仕事上のパートナーだった」
思っていたよりも、昔の話だ。
聞かなくてもわかる、美紀の人生が始まる話なのだろう。
「でも、ある日、お母さんは私をお腹に宿した」
という事は、美紀の父親は宗也の父親でもある。
なるほど、だから宗也の妹、なのか。
腹違いの妹とはいえ、二人の仲は悪そうにない。たまに、宗也から美紀の話を聞いたりすることも最近はあったりする。ただ、蛍ちゃんはそのことを知らないのだろう。そんな気がする。
「お母さんはさ、何も言わずにお父さんから離れた。私ができたことを、知られたくなかったんだって」
どこか自嘲気味に笑い、さらに泣き始めた。
誰にも言えず、つらかったのだろうか。彼女の本当の気持ちなんて、俺なんかには理解できない。今出来ることは、話を聞いて抱きしめてやるだけ。
他人が別の誰かを真に理解することは出来ないが、それでも何かをしてやることは出来る。
数分、嗚咽した後に話が再開する。
「私が小学一年生の時、九頭竜家の人がやってきた。お父さんは私の事を知っていて、影食いとしてスカウトしたいって言ってきた」
話の流れからすると、宗也も影食いの可能性が出てきた。となると、蛍ちゃんもそうなるんじゃないのか。
「お母さんに、そのことを話したら、別に行っていいって。私の事を疎ましく思ったこともないけれど、大切だって思ったこともない。ただ生まれたから、一緒に居ただけ、そう言われた」
「それは……」
自身を生んだ母親から、そんなことを言われたらどうなるんだろう。
俺には全く想像がつかない。
お前の事が嫌いだと言われても、何かの拍子で会って、その理由を知るだろう。しかし、無関心だとその理由もないかもしれない。
「それから私は、九頭竜家の影食いになって、影食いの調査をするために全国へと向かった」
なるほど、だからあちらこちらに移動していると噂になっているのか。誰かに喧嘩を吹っかけているのも調査の一環だろうか。
もしくは、鬱憤を晴らしていたのかもしれない。
「何度も何度も、危険な目に遭ってきたけど、今日まで上手くやって来られた」
また泣き出した美紀の背中を撫でて、俺は続きを待つことにした。
数秒後、話が再開される。
「兄さんは、よく私のことをサポートしてくれている」
宗也がたまにひきこもるのも実は部屋から指示出しをしているのかもしれないな。
さすがに妄想が行き過ぎるか。
「私って、何なんだろうね。なんで、居るんだろう」
道に迷って立ち止まり、泣いている子供を見かけたことがある。そんな子供を、多分、友達でもない別の子供が慰めていた。
泣いていたら、道だけじゃなくて自分の事もわからなくなっちゃうよと、五歳児程度の子供が言っていたのだ。お前、その年齢でいったい何があったんだと問いかけたくなったが、辞めておいた。
その少年のように強い人間はそうそういない。普段、強がっている人間が弱いところを見せたらそれは支えてあげないといけない。
「……理由が欲しいのか」
「理由?」
「そうだ、ここに居ていい理由」
結局のところ、この世界に居ていい理由とは、自分が生きる意味だ。
人間が生きる理由はないんだろうが、個人として生きる理由は必要だ。生活するため、誰かのため、些細な事でも理由はないとやっていけない。
「思ったよりも、美紀は臆病だな」
大抵の人間は楽しい時に、人は自分が生きる意味なんて考えない。
「そしてとても、寂しがり屋だ。自ら進んで独りになった人間は、素直に人に甘えるのが苦手になるんだろうな」
「……そうかも」
鼻をすすり、美紀は言う。
「でも、勘違いしないで欲しいんだけど、別にお母さんを恨んじゃいないし、お父さんに甘えたいなんて思ったこともない」
臆病なくせに強がりか。
親に対して素直になれないんじゃ、しょうがないな。心に引っかかりがあるのなら、それを取るのが常道だと思ってる。
しかし、こればっかりは難しそうだ。
理由と、解決策を見つけるのは難しいだろう。少し、時間をもらおうと思う。
「付き合うよ」
「え」
「美紀がいていい理由と、わだかまりを失くす。何年、何十年かけてもいい。言ったろ? 俺はお前の最期まで付き合ってやる」
「……あんた、自分が言っている意味、分かってる?」
わかっているつもりさ。そういう気持ちを持っていないと、相手を抱きしめたりできない。俺はそこまで相手に優しくはないんだよ。
「伝わってないのならはっきりと言ってやろうか?」
俺の言葉を聞くと目を見開いて、俺を見ている。涙の筋が、光っていた。
美紀はもう何もしゃべらない。待っているんだろう、言葉の続きを。
「……いや、辞めておこう。今、美紀に言ったところで、同情でそんな事言われてもってつっぱねられそうだからな」
つい、意地悪な心が俺にささやきかけてしまった。
「い、言わないしっ。今の私は素直だから、そんな事言わないっ」
俺の胸に額を擦りつけていやいやしている。
必死だな、可愛いぞ。
「だからさ、明日デートしよう」
「え?」
「終わった時に美紀に好きだと告白する。返事はもちろん、お前次第だよ。勝負に乗ってくれるか?」
「そっ……の、望むところよ」
何を言おうとしたのかわからないが、多少、美紀の声に力が戻ってきている。
「ま、こうでも言っておかないとそこでしっかりと見守ってくれている警備隊におもちゃにされそうだ」
背後にいる見守り隊へと視線を向ける。
こいつらは最初から話を聞いていた。まぁ、単純に美紀の事が心配だったんだと思う。
うん、絶対にそうだ。ただの好奇心で覗いていたわけじゃないんだと、信じたい。
「リルマさん、これから激しいですよぉ」
真面目なリルマを落としたのはおそらく、白井だろう。こいつの口車に乗せられて、リルマも片棒を担いでしまったのだ。
真面目ちゃんはいろいろと染まりやすい。白にもそして黒にもだ。
「は、激しいって何が?」
「またまたぁ、わかっているくせに」
「知らないしっ」
「直接的な表現をすると……」
「ごくり……」
喉を鳴らしたリルマの頬を、白井が突いている。
「リルマさんってば真剣に聞き入り過ぎ。す、け、べ」
俺の腕の中で、美紀は固まって動かなくなった。
今日はもう、美紀を抱きしめて寝ようと思う。明日、寝不足でてんぱって何か心にもないことを言うのも嫌だからな。
残念なことにそんな甘い展開にはならなかった。美紀が暴走して、大変なことになったのだ。そして、美紀はそのまま体力ゲージがゼロになり、眠ってしまった。疲れていたんだろう。
「まさか、室内戦闘の心得を試す時が来るとは」
「こういう時、刀とかの長い物だと場所を取りますね」
「……うん、イザベルが居なかったら危なかったかも」
本当、止めることが出来て良かったよ。なぜか俺だけ、美紀の腹パンで気絶してたし。




