第八話:たぬき
大学の夏休みが二ヶ月あることにひゃっほいしつつ、オンラインゲームに没頭していた。夏休みも、もう後半だ。
今やっているネットゲームは数パーセントの素材を大量に要求され、しかもそれを落とす敵モンスターも遭遇率が低い。昨日なんて午前中に一回討伐、午後からはフレンドの協力もあって三回倒せた。
働きアリよろしく必要な素材を集めていると着信があった。
「あいよ、どうした裕二」
画面では雑魚キャラが俺の行く手を遮っている。少ない手数で相手を倒し、フィールド画面へ。もはや作業だ。
「これから青木たちと一緒に遊びに行かないか」
「あぁ? 青木だぁ?」
青木よりネトゲだ。
「わり、今は忙しいんだ」
画面に出てきたのは狙っていたモンスター。相手の攻撃を避け、反撃する。こんな奴に勝てるのだろうかと最初は思っていたが、素材欲しさの俺の敵ではなかった。今では動画を見ながらで簡単撃破が出来るようになった。
これも、フレンドから教えてもらった戦法のおかげであるが。
「今日は可愛い女の子が来るぜ?」
裕二がこういうときは本当にそうだ。ここ一番で嘘は付かない。それが、夢川裕二といふ漢。
彼女がいなくなった今、そういう事をしても怒る相手はいない。存分に楽しもうかと思う、久しぶりに。
たまにはいいじゃないか、息抜きも。
「……そうか、じゃあ拝むために行くかな」
「よし、参加だな?」
「ああ」
ゲームが忙しかったものの、それはそれ。また帰ってきてやればいいやと財布とスマホを斜め掛けのバックに放り込んで立ち上がった。
自転車に跨り、ペダルをこいで駅前へ。実家から出発だったのでいつもより時間はかかった。ただまぁ、無事に待ち合わせ場所に到着したからよしとしよう。
相変わらず駅前の人は多かったが、裕二たちは目立っていたのですぐに分かった。
「え」
そして俺は絶句するしかなかった。
「どうだ、可愛い子たちだろ。宗也の妹とその友達だ」
そこにいたのは蛍ちゃんと、金髪のリルマ、茶髪ではないまた別の地味っぽくて普通にかわいい部類に入る子だった。
「確かに、可愛い子揃いだねぇ」
青木も喜ぶほどのメンツだ。たしかに、かわいい。
「だろ。啓輔の奴も驚いて言葉も出てないぜ」
青木の言葉に裕二は頷き、俺は固まっていた。心の井戸からわきあがってくる恐怖に何とか蓋をして、滲みそうになる汗もガッツでカバー。表情にはおくびにも出さないように気を付けた。心の中で発狂を始めた臆病さんは理性さんが蹴っ飛ばして静かにさせた。
汗腺が根性でどうにかなるのかどうかはおいておくとして、俺の体調はすこぶる悪くなった。体調がすぐれないんで帰りますと言ってもおかしくないほどの悪さだ。
「わ、わりぃ、裕二……俺、用事が」
「今日は楽しみましょうね、啓輔さん」
断ろうとした俺の腕を掴み、自身の腕に絡めてきたのは金髪のリルマだった。あの時のような寒気や恐怖は鳴りをひそめているものの、恐怖は徐々に俺の心へ迫ってきている。
それに何故、俺の名前を知っているんだ。まさか、既に俺の個人情報的なものは全て手中におさめているのか……などという考え以前に、蛍ちゃんから聞いたのだろうと、比較的まともな答えが頭をよぎった。
足が軽く震えていることに気づき、軽く叩く。
落ち着け、俺。
以前みたいに身を翻して逃げるほどの恐怖は感じない。それは、周りに知り合いがいるからかもしれないし、単純に幾多の出会い。ではなく、目撃を経て慣れたのかもしれない。怖さランク的に毎年髪が伸びる日本人形程度だ。
「あれ、二人とも知り合い?」
青木の言葉に俺は首を縦に動かそうとして、リルマが邪魔に入った。
「はいっ、私、啓輔さんが羽津学園にいた頃から憧れていたんです。でも、恥ずかしくて……この前また会ったとき、運命を感じました」
笑顔で嘘をつくとはな。運命を感じた相手を嘲笑するわけないだろ。ほら見ろ、蛍ちゃんは苦笑しているぞ。
「へぇ、そうなんだ? 次が見つかってよかったな」
冗談だと理解したうえで笑う裕二の顔面にパンチをしたかったが、腕を絡められているので不可能だ。
あらやだ、この子ってば意外と胸が大きい。
「んで、宗也はどうした。あいつは来てないのか? 連絡したんだが」
俺をからかった後、辺りを見渡して裕二が首をかしげていた。おずおずと蛍ちゃんが手を挙げる。
「あの、お兄ちゃんはネットゲームが忙しいので行けないとのことです」
その場に微妙な空気と沈黙が漂った。
友達を取るよりネットゲームか。俺も危うく宗也側になるところだったからなぁ。
その気持ち、わからんでもない。そして今回の場合、それは適用させるべきだった。
たかだかかわいい女という言葉に釣られてくるべきじゃなかった。男ってのはいつだって女の子に騙されるんだ。
「んじゃま、自己紹介しながらテーマパークに行くかね」
リルマを腕に引っ付けたまま、俺は裕二に話しかけた。
「なるほど、これから遊園地に行くのか……」
メルヘンチックだ。
「今日は遊園地系統の集いだ。ちなみに、第三回、旧名羽津遊園地で遊ぶ会だ」
捻りも何も無い会だな。そして適当に言った割にはリアルな回数だ。
「一回と二回は誰が参加者だよ」
「俺と青木。二回とも」
それ、単なるデートじゃないのか。バッティングセンターより遊園地の方が豪華だ。
「何だよそれ、二人きりで羨ましいな」
脇をつつくと睨まれた。事と場合によっては相手に恐怖感を持たせるだけの怖い表情だ。
「羨ましいって……お前さん、青木が来るって言った時は乗らなかったろ? そんなに青木と一緒に遊びたいのなら誘ってやれよ」
いきなりキレ気味である。わけがわからない。
「は? ちげぇよ、俺は青木じゃなくてお前と二人きりで遊べることの方が大切だって言ったんだよ」
そういうと毒気を抜かれたのか呆れた顔をされる。
「……無駄にわいたこの怒り、どうしてくれようか。はぁ、お前さんねぇ、言う相手を間違えてるんだよ」
どういう意味か分からなかったので首を傾げておいた。しかも、どう説明したらいいか困っているようだ。
「よくわからんが、悪かったよ」
「謝罪はいいから、自己紹介しろって。俺らはとっくに済ませているんだから」
自己紹介といいつつ、俺だけしか名乗っていないやつはいないらしい。金髪のリルマは俺の名前を知ってたけどな。
「右記啓輔です。今日は楽しみましょう……よくわからないんで、各自、自己紹介をお願いします」
俺がそういうとそれもそうだと自己紹介が始まることとなる。
「まず一言」
「なんだ」
「捻りがないな」
「うるせぇよ」
お前だってさっき安直な会の名前を口にしたくせに。
「あとさぁ、つまんない。もっと積極的に脱いで行ってもらわないと落ち目の君じゃ、人気は出ないと思うんだよねぇ。なんなら、全部脱ぐ?」
青木もうっさい。
「さっさと続けて自己紹介してくれ」
「こほん、では改めて夢川裕二です。以上」
俺より短いんじゃないのか。捻りがないのはお前だろう。
「青木光です。みんなぁ、光姉さんって呼んでねー」
まるで教育番組に出てくるようなお姉さん口調に両手を広げた姿は見た目に騙されなくもない。
ただ、ノリがいいのでこういった場には必ず必要な盛り上げ役だ。
「九頭竜蛍です。九頭竜宗也の妹です」
ここまでは知っている人物だ。そして全員の自己紹介があっさりとしていた。
次に、三番目の女子生徒。どこか蛍ちゃんのことをじっと見ていた人物だったりするので、特別仲がいいのかもしれない。
「美紀です。美空美紀」
なんというか、普通のかわいい女の子だった。ちゃらくもなく、かといって清楚かといわれたらそうでもない。地味でもなく、派手でもないけどどっちかというと地味より。テストで全教科ジャスト平均点を取ってきそうなそんな感じの普通でいて実は異常な女の子。恐らく明日には忘れているかもしれない。見た感じ、普通の女の子だ。
薄い印象ながら美人。しかし、どこか嘘くさい。そして、リルマに覚えた感情を相手に抱いた。この子も、少しだけ怖いのだ。
知りえるうえでのこの二人の共通点と言えば、性別ぐらいか。しかし、どうにも納得のいくものではない。
そんな風に違和感を覚えてずっと見ていると、腕を思いっきりつねられた。
「いてっ」
「おぅおぅ、早速やきもち焼かれているじゃないか」
「そうですよ。私がいるの、忘れていませんか」
一見するとやきもちを焼いているように見える。だが、演技だ。心の奥底じゃ、恐らく別のことを考えている。
俺と目があったとき唇を歪め、笑った……というよりは引くつかせた。悪ぶろうとして失敗したような感じだった。
こいつ、何が狙いで俺に近づいてきたんだ?
「……余所見をして悪かった。それじゃ、自己紹介してくれ」
ここで空気を悪くするのもよくない。適当に自己紹介を促す。ここは相手の様子見といこうか。
「リルマ・アーベルです。よろしくお願いします」
やはり、この金髪がリルマ・アーベル。どこぞの金髪も言ったが、この出会いは運命だったのかもしれない。
「啓輔先輩、よろしくお願いしますね」
「……ああ」
ただ、行き着く先がどんな結末か、俺には想像もつかなかった。