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影食いリルマ  作者: 雨月
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第七十七話:影食いリルマ

 すみれが右手に棍棒のようなものを作り出していた時、リルマもまた、影の刀を右手に握っていた。

「……すごいわね、あんたの元彼女。あんなの具現化させるなんてさ」

 心なしかリルマの顔は青い。一瞬で戦力差を理解したのだろう。まず、逞しさが違う。すみれの周りには影が渦巻き、時折何かの叫び声が聞こえている。

「手帳、手帳、手帳っ。力が欲しいっ」

 野太い男の声が混じっており、知らない人が見たら幽霊にでも取りつかれたと思ってしまいそうだ。目はせわしなく動き、両目共に違った動きをして口からは湯気が出ている。

 力を欲していながらもすぐに動いてこない。いくら形作っていても、それはまだ振るえる状況にはなさそうだ。直感だが、相手が動くにはまだ時間が必要なのだろう。

 そうだとしても、リルマ一人で勝ち目はあるまい。

「なぁ、リルマ」

 俺はいつもの調子でリルマに話しかけた。

「何?」

「あのすみれに、一人で勝てるか?」

「……どうだろ。無理っぽいかな」

「そうか」

 そうだろうな。

 あれが本来の手帳の力なのだろうか。俺も手帳の力を解放したらあんな風になれるのかね。

 そもそも、どうやるのかもわからないし、今となっては必要のないものだ。俺はすみれみたいに力を求めていないし、そもそも手帳を使って何かがしたいわけでもない。何より手帳の力を必要とするほど一人じゃない。

 俺はリルマと出会って流されるように日々を過ごしてきたが、今はこの手帳の事件を終わらせたいと思っている。

「ただ、美紀と白井、あとイザベルかどれくらいかは知らないけれど……まぁ、美紀と白井がいてくれたら確実に勝てる」

「なんだ、手帳の力は言うほど凄くないんだな」

「ううん、あんたの元彼女、力を使えきれてなさそうだから。あたしが時間を稼ぐ。だから、あの二人を呼んで」

「……リルマが一人で相手をするのか?」

「勝つのは無理でもね、時間稼ぎは出来ると思う。まかせて、頑張ってみせるから」

 リルマの顔は青白い。勝てないと判断したんだろう、その顔は泣きそうであった。

「……あのさ、もしもがあったら嫌だから、伝えておくね」

 それでも、無理して笑っていた。

「あたし、けーすけと出会えてよかった。これまで嫌われるんじゃないかと思って、怖くて言わなかったけどさ、結構影を軽く取り込んだ人間にはけーすけに乱暴したようにしてたんだ。ただ日々を繰り返していたことに辛くなっちゃってね。影食いを鬱憤晴らしに使ってた」

「……そうか」

 職権乱用って奴だ。どっかの職員だったら厳罰に処されていただろう。

「うん、あ、えっと、けーすけみたいに激しくはしてない。こづいたりした程度。でも、許されることじゃないよね」

「黙っててごめん」

「いいさ、これが終わったらお前に罰を与えてやるよ」

 リルマは更に泣きそうになった。

「……けーすけと出会わなかったらあたしもあんな感じになっていたのかも、あとさ……」

「まだ悪い事をしていたのか。真面目な顔をして意外と不真面目だな」

 そろそろリルマと話し続けるのは難しくなってきたな。相手はそろそろ動き出しそうだ。

「……ううん、もう何もない。これまでありがとう」

 言い終えたとほほ笑んで、リルマは一歩を踏み出そうとした。

 俺はリルマの腕を掴んだ。か細い、少女と何の変わりもないものだ。それでいて馬鹿力が出せるんだから尊敬に値する。

「お前はまだ一人で行くつもりなのか?」

「え」

「それに白井や、美紀を連れてこなかったのは俺だろ。責めるのなら、今のうちだぞ」

「……しないよ、そんなの。早くしないと、せっかくの隙が消えちゃう」

 俺の手を払って、リルマは笑った。

「じゃあね、ばいばい」

「……そんなに生き急ぐ必要はない」

 俺が右手を挙げるとスタンバイしていた白井がすみれに対して影の鎖を這わせ、さらに美紀が動きの止まった手帳の化け物の腹部に強烈な一撃を食らわせた。

「うっ」

 中途半端に出来上がっていた棍棒を振り回すが、白井の影捌きによって空中で四方八方に方向転換すると言うアクロバティックな避け方をし、そのまま上空からすみれを再度襲う。途中、すごい勢いで影が一体突っ込んでいったがぶつかって消えた。

「いやぁ、固いですねぇ。渾身の一撃だったんですが」

 白井が大きなため息をついて見せる。

「一撃でダメなら続けるだけだ」

「そうですね、りょーかいです」

 そのまま殴打。いいのかなって思いつつ必要なことだと割り切った。

「啓輔さーん、本当に全力出してもらってますけど、いいんですよねぇ? 元彼女なんでしょー?」

「ああ、構わん。放っておくほうが危ない」

「わかりましたー」

「行くわよ、白井」

「がってん、美紀さん」

 白井、美紀ペアは一方的にすみれを殴打し続け、数分後に対象は沈黙。小型の恐竜に群がられて倒される恐竜の姿をイメージしつつ、ヒーローの変身途中に全火力を叩き込む悪役の気分だった。

「け、けーすけ、あんた、あたししか呼んでないって言わなかった?」

 口をパクパクとさせ、目を瞬かせている。

「……あの場所にはな」

 まだ、この戦いは終わっていない。詳細は全部終わってからやった方がいい。

「リルマ、影食いで手帳は取り出せるらしいからすみれから取っておいてくれ。放置すると結構早くに復活すると思う」

 手帳の力は未知数だ。暴走する可能性だって十分に考えられる。そんな危ないものを易々とすみれに渡すつもりなんて俺は最初からなかった。

「リルマの独白、ぐっときたぞ。そういうのって大切だよな」

「……あ、あんたねぇ」

 リルマは顔を真っ赤にしていたが、俺は気づかないようにしてやった。

「最後の仕上げだ。リルマ、頼むよ」

「……わかった、やってやるわよ」

 リルマは俺のお願い通り、動かなくなったすみれに近づいて影食いを行う。

 身を引き裂くような叫び声が聞こえてきた後、リルマの右手に黒色の手帳が握られた。抜き取られたすみれは動いていなかった。

「ああ、傍から見たらひどい叫び声だ」

「これが噂のやつ? 何の変哲もない手帳ね。それに、手帳を意識しないと引き抜けないみたいだし」

「一種の防衛策だろうか」

 だから俺にリルマや美紀が影食いしても手帳は取り出されなかったのだろうか。

「何も感じないんだけど。何かすごい物なら何かが起こってもいいんじゃないの?」

「そもそも、人の身体から取り出されたんだからそれだけでも驚きだろ」

「それもそうね」

「リルマさん、見せてもらっていいですか?」

「はい」

 とても凄いと噂の手帳を乱雑に放り投げる。俺の方でも手帳の力をじかに見たのは初めてだからジョナサンが執着するほど危険な物とは思えなかった。

「どうもです」

 リルマと白井は手帳を開いたり、いろいろとやっている。俺の時とは違って、消えたりしなかった。

 手帳に関心を持っている二人とは違い、美紀の方はすみれを見張っている。俺もそちらへと近づくことにした。

「あっけなかったな、見事だったよ」

「そうね」

 美紀はつまらなさそうにぐったりとして動かないすみれを見ていた。

「手帳を持っていると強いって啓輔に聞いたけれど、こんなに動きがのろいんじゃ駄目ね」

「まぁ、不意打ちだからな」

 それに、使い慣れていなかったのも理由に上がるはずだ。もし、すみれが慣れていたり、こちらの手の内を知った状態でもう一度となったらこうも簡単に落とせないだろう。

「不意打ちは凄いな」

「当然でしょ。格上相手にするには常套手段。私たちの事を褒めちぎる人間なんていないんだから綺麗も汚いもないから」

「実践こなしていたり、影食いの間で有名になるほど活躍していたらそりゃやり口っていうのを理解していただろうがね。目先の相手だけを意識してりゃ意味ないさ。所詮、力を持っていても使い方を知らなきゃな」

 俺はもう一度、すみれを見下ろした。

「それに、こいつは前から自惚れているところがあったからな。所詮、独りじゃこの程度しか出来やしないさ。いくら強大な力を持っていても、手ごまの一つとして考えなきゃ上手く立ち回れやしない」

 強大な力も結局は手段の、手ごまの一つでしかない。高級な食材を料理下手に渡しても出てくる料理はお察し程度と言える。

「案外、手帳が二冊揃ってもこいつなら問題なかったのかもな……ん? どうしたよ」

 そんな俺を美紀が少し怖そうに見つめていた。

「あんた、元彼女相手にえげつないことを言うわね。容赦もなかったし」

「……俺の前に立ちはだかるのなら、誰であろうと許さんさ」

 美紀の言葉に首をすくめておいた。

「怖いわね」

「マジでびびらないでくださる? ちょっとした冗談に決まっているだろ」

 どう見ても今の俺は悪役に見えるだろうな。

「短時間で終わらせないと、お互いに要らない被害が出るから容赦するなって言ったんだ」

「先に説明してくれればいいのに」

「悪いね、美紀の事は信頼してるからな」

「ああ、そう」

 俺の目を見た後、美紀は首を振った。

「……けいくん」

「お、気づいたか」

 うっすらと目を開けたすみれが横たわったまま、俺へと視線を向ける。

「俺からお前に言いたいことなんて、もうほとんどないんだがね。すみれと一緒に居られた時間は、たとえ嘘でも俺にとって楽しいものだった。ありがとうとだけ言わせてもらうよ」

 一緒に遊んで、勉強して、過ごしてきたんだ。騙されていたとはいえ、俺にとっていろいろな事をすみれから学んだ。

 何より、女には気を付けたほうがいい。ばあちゃんの言うとおりだったな。

「なぁ、すみれ。俺はお前が手帳にどれほど執着しているのかは知らない。けどさ、そうやって執着している時点で、いつか身を滅ぼすよ」

「……そうかな?」

「そうだ。さっきも言ったが、お前自身が気づいていないだけで自惚れているんだよ。自覚しているのならいいんだけど、それがわかっていないのなら、止めてくれる誰かを見つけたほうがいい。一人で動ける程、お前は器用じゃないと思う」

 俺が言い切るとすみれは長いため息をついた。説教を垂れる俺も充分に自惚れている。

「つまんない。どうして、付き合っているうちにそういう事を教えてくれないのかなぁ」

「俺たちの付き合いは偽りだったんだろ。俺もどこかで違和感を感じていて、本気でお前と付き合っていたわけじゃないってことだ」

「騙されてたくせに。目じり下げて、ばっかみたいにさ」

「うるせぇよ」

「……あと二、三発殴っておけばよかった。こいつのこと、何にもわかってない」

 隣でぼそっと美紀がつぶやいた。俺は何も聞いていないことにする。

「ま、少しの間、もう一度何がしたかったのかよく考えてみるといい」

「まだ、諦めたくはないかな。」

 俺の目を見てそう言う。

「俺としては諦めてほしいけどね」

「……今はおとなしくしておくけどね」

 また、彼女は目を閉じる。疲れたんだろうな。

「なぁ、美紀」

「何?」

「真正面からすみれの一撃を食らったらどうなってた?」

「……さぁね、考えたくもない」

 ぶるっと体を震わせた後、俺をジト目でにらむ。

「あんたの作戦、やる側に信頼と覚悟がいるわね」

「やってくれてどーも」

 俺は首をすくめた。力を出すまで時間がかかるのなら誰かが守ってくれないと意味がない。まさか、あれほどの隙を見せるとは思わなかっただけに運がよかったとしかいいようがないね。

 それから手帳を見せてもらうため、白井たちに近づく。

「見事な短時間での作戦遂行でしたね、啓輔さん」

「協力感謝だ、白井。お前に任せてよかったよ」

 二人でハイタッチを交わし、俺はその痛さに手を震わせた。飄々としていたが、こういう時は嬉しい感情を素直に出すらしい。

 白井と打って変わって、近くに居たリルマは難しそうな顔をしている。

「あのさ、けーすけ」

「うん?」

「納得いかないんだけど。あたし、こんな作戦聞いてない」

「騙すのならまず味方からだ。リルマが変に傷つくよりスマートなやり方だったろ?」

 最初から大人数で行っておけばすみれが警戒するのは目に見えていたからな。いや、場合によっちゃ手帳の力を過信してやりあってくれたかもしれない。

「そうなんだけどさ……」

 それでも納得いっていない様子のリルマに、白井がにやにやしながら何かを耳打ちしていた。

「……と言う事を事前に啓輔さんから言われていたわけです」

「ふ、ふーん?」

 なんだろうか、リルマは俺を戸惑うような表情で見ている。また白井が妙なことを言ったのだろう。

「この、色男さんめ。手帳チョップっ!」

「やめろ、白井。手帳で叩くな。貴重品っぽいんだからさ」

「何言っているんですか、もう一発もらっておいてください」

 ひと段落ついたからか、無駄にテンションが高い。

 軽く頭をはたかれる。二度目の軽い衝撃に耐えようとしたら、次は白井の手だった。

「いてぇ……おい、こら。手帳チョップじゃなかったのか。あれ、手帳はどうしたよ?」

 俺は白井の手から外れたであろう手帳を探して辺りを見渡す。しかし、見つけられなかった。月明かりに照らされているから、足元は十分探せるんだが、ない。

 最終的に白井の顔へと視線が行きつくと、目を逸らされる。

「えっと……手帳が消えちゃいましたね」

「え? 嘘。白井、そんな冗談やめてよね」

 困惑した表情の俺とリルマ、白井。そして、様子がおかしいことに気づいたのか、美紀がこちらへやってきた。

 苦労して手に入れた素材を間違えて捨てた気分だ。

 俺たちが騒いでいるのに気が付いて、美紀も走ってやってきた。

「どうかした?」

「その、手帳が消えちゃいまして」

「消えたって……どういうことよ」

「……手帳、けい君の中に入ったっぽい」

 声のした方を見やると、すみれが立ち上がっている。

「えっと、それはやばいことなのか?」

 辺りはしんと静まり返る。

「……ううん、力を使おうとしなければ何も問題ないはず」

「そっか、よかったぁ」

 影の力に耐えられず、俺が俺ではなくなる展開を想像しちまった。まるで野太い男の声になったすみれのようにな。

 もしくは力を求めて大暴れ、なんてことも一瞬よぎった。

「よ、よかったぁ。啓輔さんがおかしくなったら私の責任だって言われるかと思いました。いやぁ、責任が全部こっちにこなくてよかったです」

「すげぇ小物っぷりだな、こいつめっ」

「やめれくらさいよぉ」

 俺は白井の両頬を引っ張って怒ったふりをする。ま、問題ないなら大丈夫だろう。

「一字一句、そのとおりね。本当、そうなったら白井を消すところだった」

 美紀がぼそっとつぶやいて白井と俺の顔を青白くさせ、リルマは俺の方をじっとみている。

「けーすけ、本当に大丈夫なの?」

「まぁ、さっきとなんら変わらない」

 考えようによっては一つの方法かもな。影食いとしての力が欲しい時はリルマたちに頼ればいいわけだし。

「ジョナサンは燃やせって言っていたけどさ、別に問題なさそうなんだが。ま、問題が起こったら影食いして取り出してもらえばいいし」

「相変わらず能天気ね」

「深く考えたってしょうがないからなぁ……って、何笑ってるんだよ」

「いや、その通りかもって思っただけ」

「本当かよ」

 リルマの目を覗こうとしたが、逃げられた。

「でもさ、何かあったら絶対に教えてよ? あんたはあたしの相棒なんだから」

 一連の手帳の騒動が幕を引いた為か、リルマの笑顔には余裕が感じられる。

 年が明けてから慌ただしかったが、これで平穏に暮らせそうだ。もっとも、今隣にいるメンツと一緒に居る限り、そうそう長くは続きそうにない。

 俺は今いるメンバーの顔を順番に見て行って、後ろに佇む静かな闇と、かすかに見える影を見て一つため息をつくのだった。


さて、今回で影食いリルマ本編最終回です。長いようでやはり短い連載でした。とりあえず一端の区切りをつけさせていただきます。影食いリルマ登場人物欠員が出ることなく、ふざけつつ、どこかゆるゆるっとしたしまりのない感じが割と好きだったりします。最後の方に裕二や宗也と言った日常的友人たちが出なかったのは残念ですが、まぁ、話の流れ状で出て来られると困りますので致し方ない気もします。彼らには本編終了後、がんばってもらうつもりです。今後の予定としてはリルマ編などと言った個人パートに移行していきます。ラブコメ要素も本編より強くなるかと思います。一部、キャラ崩壊を起こすような気がしなくもないですが、起伏もない異能ものの物語として終わらせたいのならここで切ってもらって構いません。では、本編最終回ではありますが、次回予告。影食いリルマに近づく新たな敵! そして、絶望的な状況に! 啓輔とリルマとの間に進展はあるのか? はたして、リルマはその敵を倒すことが出来るのか!? 次回、影食いリルマ、リルマ編第一話:謎の美女!

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