第七十四話:彼なりの気遣い
イザベルたちとともに病院の休憩室のような場所で今後について話をすることになった。ジョナサンとか、すみれの事だ。
「何か飲み物を買ってくるから何が飲みたい?」
「けーすけ、あたし紅茶ね」
「リルマは紅茶な」
「じゃあ、私はメロンソーダがいいですね」
「白井はメロンソーダっと」
「私はお茶でいい」
「美紀はお茶か。イザベルは?」
「えぇと、じゃあチャイで」
「ねぇよ」
確認してないけど、ねぇよ。絶対ねぇよ。
「じゃあ、あの甘いコーヒー」
お気に召したのか。しかし、そこら辺の自販機で売っているかどうかはわからない。ハリーハリーと騒がれて、結局俺が自動販売機に向かう羽目になった。
ずらりと並ぶ青色のボトルに俺は唖然とし、黙って戻ることにした。
仲睦まじそうに話す四人を見て、俺は頭を掻く。白井が気づいたものの、俺が何も持っていないのを見るとかすかに眉をひそめていた。
「メロンソーダが自販機においてなかったんだが」
そもそも、スポーツドリンク一種類しか売ってなかった。紅茶すら売ってなかった。
「何やってるんですか、さっさとお店で買ってきてください」
「……え? マジで?」
「お願い、けーすけ」
「え、これ本当に行く流れなの?」
「早くいかないとメロンソーダが売り切れます」
ねぇよ。あんな飲んだらあほになりそうな緑色の液体が売り切れるわけないだろ。
しぶしぶ病院近くのスーパーへと走って移動し、常温の飲料関係コーナーへとやってくる。ふつう、ないなら自販機の中から選ぶだろうに。
まぁ、スポーツドリンクしかないけどさ。一択だけどさ。
「お茶にもいろいろあるよなぁ」
美紀に適当に選んだお茶を持っていったら蹴られるかもしれないな。はぁ、おせっかいを焼くんじゃなかった。
紅茶にメロンソーダ、甘いコーヒーは意外にも早く見つかった。最近の俺の不運から言うと何かしらの邪魔が入ったりするからな。
しかし、どのみち時間を取られることになる。苦慮させられたのはやはりお茶だった。
お茶にも種類がある。そして、メーカーでも様々な品名があった。
あたしぃ、このメーカーのお茶飲めなぃーなんて言われたらいやだしなぁ。
「……困ったときは店員さんだ」
本人に電話をかけるのが手っ取り早い。そしてそれに間違いは起きない。しかしそれは、つまらないことだ。安易に答えを求めるのは悪い癖だな。
お店が割いているスペース、飲料品コーナーへとやってくる客の視線、実際に手に取る商品、価格帯、ネットでの口コミなどなど、考えれば考えるほど深みにはまる。だが、そんな悩む時間もたまにはいい。
迷えば迷うほど、脳は活性化し、いいものを得ようとする欲が生まれる。よりよい物を望み続けるのも一つの人生だ。
「あの、すみません。ちょっと来てもらっていいですか」
「はい、なんでしょうか」
近くを歩いていたベテランっぽい店員さんに声をかけて飲料品コーナーへと連れてくる。
「お茶を買おうと思っているのですが、どれがいいですかね」
漠然とした質問と言える。そんなもん、自分で考えろよ、こっちは忙しいんだよとバイトや普通の店員は思うだろう。ただ、目の前の人物はそんなものを一切考えないような人に思えたのだ。
「お茶、ですか」
「はい。たぶん、緑茶だとは思うんですけど……」
「お茶にもいろいろとありますからね。緑茶といえど、種類が豊富です」
「どれがいいかなって思いまして」
「これなんてどうでしょうか。ポピュラーで悪くはないと思いますが」
よく見る奴だった。日本に住んでいてこのお茶の名前を知らないやつはいない。つい、間延びした感じで呼びたくなるお茶だ。
そしてこれだけの情報で脳みそは勝手にその姿を脳内に映し出す。
「じゃあ、これにしますね。この悪くはないが、良くもない尖った性能を見せない安定したお茶ですね」
「……ちょっと待ってください」
無難な商品をかごに入れレジへと向かう俺の手をつかむ。店員さんは俺を引き留めた。
「こっちの方が好きという方もいらっしゃいます」
手渡されたお茶はそれなりに有名なものだった。水っぽい印象を受けるが目を閉じてゆっくりと口の中に含ませると、主張が少ないながらものど越しの良い味わいを見せる。その引き際は濃い食事のお供として作られたのだろうと想像させてくれる。また、鼻から抜けていく際、心を落ち着かせてもくれる。
「今回は食事と一緒ではないんですよ」
「つまり、お茶だけで楽しみたいのですね」
「はい」
「じゃあ香りがいい物かしら……お客様、どうぞこちらへ」
案内されたのはパック系が並んだ場所だった。
「種類が豊富ですね」
「ええ、飲料関係には力を入れておりますので」
自慢げに顔をほころばせ、商品棚を見やる。まるで優れた子供たちを持つ母親のような表情を見せてくれた。
この店、選ばれた末に置かれた商品が自慢なのだろうか。言われてみれば、よく掃除が行き届いているし、店内も明るい雰囲気に包まれている。
「差支えない範囲で教えていただきたいのですが、そのお茶はどういった状況で飲まれるのでしょうか」
「そう、ですね。数人で話しながら飲みます」
「会議か何かでしょうか」
「いえ、友達……づきあいですね」
「なるほど。あまり厳格ではないと。割と会話に花が咲きそうですね」
「場所は病院です」
「病院、ですか」
そこで店員さんの眉がゆがむ。
「厳格ではなく、重めになりそうですね」
「場合によっては」
ジョナサンの事もあるし、すみれの話もある。
「それではあまり苦いのはいけない。一息つける、そんなお茶を……一瞬でもいい、落ち着ける時間を提供したい」
店員さんは左手を顎に当て、人差し指をさまよわせた。
「これがベストですね」
渡された商品は俺もああ、なるほどと言えるものだった。
「ありがとうございます」
「ご満足していただけたようで何よりです」
「これであの子も喜びます」
「え、あの子?」
「はい。このお茶を飲むのは女の子なんですよ。いやぁ、楽しみだな、喜んでくれるかなぁ」
レジへと向かおうとすると、再度手をつかまれた。
「どう、されましたか」
「お待ちください。わたくしは大変な勘違いをしておりました。お客様が直接口に運ぶものだとばかり……別の方なんですね」
再度、女性は商品棚を見たりして一つの物を取り出した。
「これ、ですか」
「自信を持って納得していただける一品……いいえ、逸品です」
恭しく頭を下げ、俺がレジへと向かうのを見送ってくれた。
俺は振り替えず歩いたが、俺とすれ違う別の店員さんがマネージャーと呼んでいたのを聞いた。
また今度、ここに来たら寄ろう。俺はそう心に決めた。




