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影食いリルマ  作者: 雨月
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第七十話:お冷より冷たい男

 周囲からの視線が痛いのは久しぶりだ。

 俺にくっついて震えているのは廿楽すみれ。俺の元彼女である。

「何、その女」

 美紀は不機嫌な表情で俺を見た。わざわざ玄関までやってきており、白井はすげぇ嬉しそうな顔で野次馬になっていた。美紀と同じく怒りそうなリルマはすこし驚いているだけだった。

 なんだろうなぁ、後ろめたい気持ちが湧いてくるんだよ。そんなの、無視していいのにな。

「えーっと……違うんだ、美紀。元彼女。今はただの知り合いだよ」

「本当に?」

 まるで浮気を見つけた彼女みたいになってるぞ、美紀。

 俺は信頼してくれない相手を納得させるため、助けを求める。

「な、リルマ。そうだよな?」

 リルマはすみれの顔を二度ほど見ているはずだ。一度目は俺がフラれた時で二度目は大学の学食で。

 大丈夫だ、俺。リルマならちゃんと証言してくれるさ。

「え、ああ、うん。啓輔を捨てた元彼女。啓輔の方も未練無し」

「捨てたって言い方はひどいよぉ」

 か弱い声を出しながらそうつぶやいたすみれに俺はため息が出る。

 実際捨てたじゃねぇか。駅前でポイしたじゃないの、まるで、不要になったティッシュみたいにさ。

「……ま、いいや。見ていてうざいからさっさと離れて」

「あ、ちょっとぉ」

「話があるのなら聞いてやるわ。リルマもほら、戻って」

「う、うん」

 美紀はそういいながらも無理やり引きはがし、俺の腕を引いてリビングへと戻る。俺の左側には美紀がさっさと座り、右にはリルマが座った。

「うまい! 効果的なポジショニングによって敵への攻撃を行いつつ、再度あるだろう相手の攻めを潰している」

「でも、それだとリルマが隣に座るのはいいんだ?」

 白井の解説にイザベルが疑問を述べる。

「それも美紀さんの布石ですね。リルマさんは相棒で、私はパートナーだからっていう理由で押しとおるためです。その上で、啓輔独占条約に触れないよう、リルマさんという余計な敵を現状増やさないと言う配慮です」

「こいつ、あの短時間でそこまで……出来る……強敵だ」

 イザベルは感心しているようだ。どこで感心してるんだ。

「ちなみに、リルマさんを排除しようとすると啓輔さんが反応する恐れがあります。変に刺激するよりは、降って湧いた相手をどうにかしようとしているのでしょう。割と誰でも考え憑きますがあの一瞬で先手先手を責めるやり方。只者ではありません」

「この作戦を一瞬で判断した美紀ってやっぱりすごい影食いなんだ……」

「全くです」

「ジョナサンが戦ってくれてよかった」

 イザベルは両手で自分の身体を抱きしめて、戦慄していた。怯えるところがずれてるだろ。

「……お前ら、楽しそうだな」

「あの、さ、啓くん」

「なんだ」

「女の子の知り合い増えたね?」

 すみれは感慨深げにリルマたちの顔を見ている。

「……おかげさまでな」

 俺は首をすくめて見せた。リルマはまぁ、そうかもとつぶやいて不思議そうな表情をしている。

 すみれにフラれなければリルマと出会わず、その後に続く白井、美紀はありえなかった。イザベルは……どうだろうな。

「で、何だよ。何の用事があってここに来たんだ?」

「冷たいなぁ」

 傷ついた感じのすみれに俺は首をすくめる。

「当たり前だろ。あいにく俺は人間ができてないから、いきなり捨てて行った女にやさしくできない」

「女の子には優しくしないと駄目だよ」

「悪いな、俺は小さい男だからそれは無理だ」

「珍しく言いますねぇ。男らしい」

 見直しましたよと白井に目で訴えられる。

「いや、捨てたほうが悪いじゃん」

 二人だけならまだしも、みんながいるこの状況で下手を打つとどうなるか想像するのは恐ろしい。そして、美紀がなぜだか援護射撃をしてくれていた。

「ああ、そうなんだ。冷たいんだね」

「そうだ」

「付き合ってた頃は優しかったのにな、色々とさ」

 美紀がピクリと反応したが、余計面倒くさそうなことになりそうだ。相手のペースに載せられないよう、話を進めることにする。

「で、どうしたんだ。普段、ここには来ないだろ?」

 これまで音沙汰なかったと言うか、連絡を取り合っていない相手がいきなり現れたら当然警戒する。

 やはり、お金目的だろうか。元彼女という立場を利用して俺を強請るつもりかも。

「あ、そうだった。実はね、町はずれにある最近取り壊された病院で襲われそうになったのっ!」

「どんな奴に?」

 これは俺ではなく、リルマが聞いた。その他も、さっきまでのどこか緩んだ雰囲気は消えている。

「こう、黒っぽい獣みたいなやつ。犬っぽかったよ」

「……決まりですね」

 白井がそういって立ち上がった。リルマの友達に続き、俺の知り合いが見ているとなると、早く手を打っておいた方がいい。

「善は急げです。確認しに行きましょう」

「わかった」

 美紀もうなずいて立ち上がる。イザベルもだ。

「リルマさんも」

「え、あぁ、うん。ほら、けーすけ」

 少しぼーっとした調子でリルマもうなずいて、俺の肩をたたいた。

「了解」

「あ、じゃあ、私も」

 すみれも立ち上がろうとしたが、厄介だ。知らない相手を連れて行くのはよくない。説明が面倒だし、俺以上のお荷物になる。

「すみれはここに残っとけよ」

「一人で? ちょっとそれは……不安だよ。正直、怖い、かな」

 じゃあ、俺のところじゃなくて現在の彼氏のところへ逃げればよかったじゃないかと少し呆れた。

 うちは緊急時のセーフティーハウスじゃないぞ。

「けーすけ、あんたは残ってて」

 リルマは再度俺の肩をたたいた。

「は? 俺も行くよ」

「いいから。あたしたちなら大丈夫、確認してすぐに戻ってくるから。安心してね」

 ほほ笑んだリルマは外へと向かう。

「……戻ってきたらさっ、そいつの話を聞くから」

 美紀は怖いというよりまるで浮気した彼氏を〆る彼女の表情を俺に見せて出て行った。

「修羅場ですねぇ。オ・ノーレから殺傷沙汰はよしてくださいよ」

 そういって白井も出ていく。啓輔さんは二分割されないでくださいねと物騒な事を言っていた。いや、この前包丁を持ってにらみを利かせたお前に

「私にはあんたの背景は今ひとつわからないけれど、その子が来てくれてよかった」

 兄であるジョナサンを探しに、イザベルも出ていく。

 意外と人数がいたんだな。一気に静かになる。

「二人きりだね」

 俺の部屋には俺とすみれだけが残ったのだった。

「客観的に言うのならそうだな」

「あれから結構時間が経ったよね」

 あれから、ああ、別れてからか。

「あの時、けいくんには悪いことをしたなって思ってるよ」

 目を伏せ、俺を見てこない。その態度がなんだか怪しかった。

「そうかい」

「私と別れて、悲しくなかった?」

 ふざけたことを聞かれている気がする。まるで見下されているではないか。なんだ、これは。

「全然だ。そんな暇はなかった。それはリルマのおかげだし、ほかの連中もそうだな。友達にも支えられたから」

 おかしな話だが、すみれとの関わりは、すべてが嘘だったんじゃないか。そう思ってしまった。根拠なんてないのに、今のすみれを見ているとそんな不安を覚えてしまう。なんでそう思ってしまうんだ。

「できれば、顔も見たくない」

 気づけば、そんな冷たい言葉が出ていた。

「もう、つれないなぁ」

 はっきりと拒絶の意志を伝えたのに、こいつはめげていない。

「悪いな、俺には話したいことが無いんだよ」

 元彼女といったいどういう会話を楽しめというのか。小洒落たカフェテラスならまだしも、こんな狭い一室では。まぁ、もとより話したい相手でもないんだが。

「さてと、もういいかな」

「何が?」

「ううん。なんでもない。それよりさ、どうして私が啓君から離れて行ったかわかる?」

「……さてね。いくら考えても俺の中で答えは出ても、本当の答えなんてわからないよ。ただ、人の感情なんてより強い感情の前では塗りつぶされるってのはお前と別れて知ったかな」

 あの恐怖を感じる事、これからさきにあるだろうか。それをすみれと別れて知った。リルマとの、ひいては他の人たちとの出会いでもある。

「それは違うよ」

「違うのか?」

 どういうことだろうか。

 俺の話し方が抽象的すぎた、もしくは受け取る側が間違えたかだ。

「俺より好きな男ができた。だから、いなくなった。俺は一般的な事を言ったつもりだが……」

「だから、違うよ……啓君ってさ、影食いの事、それに黒い手帳の事を知ってるよね」

 ほほ笑むすみれから、多量の影がにじみ出た。それは瞬く間に俺の部屋を覆っていく。


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