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影食いリルマ  作者: 雨月
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第六十九話:燻る火種

 ジョナサンがらみの出来事が終わった次の日、家でゆっくりしていた。美紀にはジョナサンを救えなかったことは別に気にしなくていいと言われたが、やはり割り切るにはまだ少しだけ時間がかかる。

 割り切るとは言っても罪の意識を感じず、それがまた気持ちが悪い。あれから、誰からも連絡はない。みんなも、それぞれ思うところがあるのかもしれないな。

 ぼうっとしたまま、テレビを見続けているとチャイムがなった。

「はいはい?」

 おおかた、リルマだろうと思ってどてら姿のまま、こたつを抜け出す。地球温暖化だなんだと騒がれているが、やはり冬は寒い。

 冷え切った玄関のドアノブに躊躇しながら扉を開けるとそこにはイザベル・ブラックが立っていた。

「こんにちは」

「あ、ああ、こんにちは」

 長かった髪の毛をバッサリと切って、ショートカットにしていた。何かに憑かれていた目つきは穏やかなものへと変わっている。

 その傍らに、あの兄の姿はない。柔和な笑みを浮かべながら場合によっては躊躇せず、変貌を遂げた彼を倒したのは俺たちだ。

「いったい、どうしたんだ?」

 兄は消え、手帳の行方はつかめていないはずだ。俺の中にある手帳がそうなのかはわからないが、ビンゴだったらどうしよう。

「国へ帰るのか?」

 荷物を持っていたため、帰国するためにあいさつに来たのだろうかと思った。

 もしかして、心のどこかで事の発端となった志津子ばあちゃんの孫である俺を始末しに来たんじゃないかと思ってしまった。

 ジョナサンの事もあるからな。そうなったら俺は、無抵抗のままやられてしまう気がする。

「ううん、黒の手帳に関することで話がしたくて」

「……そうか」

 俺はイザベルを中へと入れて、ため息をついた。刃物を突きつけられたり、友人を獣に変えたりといろいろとされた。

「話をするのはいいんだが、まず、先日までにあった出来事について話したいんだ。いいかな?」

「どうぞ」

「お前は、利用するためだけに俺の友達を獣に変えた。そうだよな」

「その通りね。それについては悪いと思ってる」

 本当に思っているんだろう。申し訳ないその表情に俺の心は少し沈む。

「そして俺たちはお前の兄貴を倒した……お互い、言いたいことはあるだろう」

 俺は危うく友達を失いそうになり、イザベルは実際に兄を失った。もちろん、あの獣を相手にしたのだから逆にこちら側の被害もあり得た。あの黒い獣がイザベルを襲った後、一般人に被害を出した形跡は意外な事に無いらしい。ニュースでは全く取り上げられていなかったし、新聞を買いに行って確認してみたがそちらにも特に載っていなかったのだ。どこかに潜伏していたか、どっかの影食いがその存在を見つけて戦ったのかもしれない。

 被害がさらに拡大していて俺の知り合いが傷つけられた時、俺はイザベルのように冷静でいられるだろうか。

「だが、その前に聞きたい。人を巻き込むほどの何かが黒い手帳にあるっていうのか? よくないとジョナサンが言っていたけれど、本当なのか?」

 話に聞くと、俺の婆ちゃんがブラック家から盗み出し、持って帰ってきたものらしい。いったい、何が目的でそれを盗み出したのかはわからないが、影食い、もしくはカゲノイにとって必要、かどうかはわからないが重要なものなのだろう。

 目の前のイザベルが素直に教えてくれなければ、他の誰かに聞いてみよう。リルマは、勉強不足っぽいな。ダメだったら美紀か白井だな。

 白井は割と詳しそうだったので彼女を頼ってみるのがいいだろう。

「黒い手帳について知っていることを教えてくれ。話の内容によって協力する」

「……じゃあ、まずはあんたの知り合いを集めてほしい。影食いの二人に、変な服のカゲノイ。白井だったかな? まとめて話したいから」

 性格に対しては言及しないでおくが、白井の服装は個性的だ。一度見たなら気になって仕方がないだろう。

「あの三人の協力が得られるかどうかはわからないけれど、もし駄目でも俺は手伝うよ」

「……どうして?」

 俺の心を見透かすような視線を投げかけられた。

「そうしたいから」

 安っぽい同情としてみられてでもよかった。結果的に好転するのなら、それに越したことはない。

「特に協力してもらわなくてもいい」

 あっさりとそう言われた。

「もし、何かあっても一般人なら戦力外だし」

 無力さを再度痛感させられ、俺はため息をつく。

「わかった、まずみんなに連絡を取ってみる」

 誰から連絡を取るべきかと思っていると、リルマから着信があった。

「もしもし、リルマか。ちょうどよかった。電話しようと思っていたんだ」

「あのさ、けーすけ」

 電話の向こうのリルマは少し暗かった。

「どうした」

「うん、あの、ね。友達がジョナサンのようなものを目撃したって言ってた」

「え?」

 それはどちらの状態のジョナサンだろうか。人か、それとも獣か。

 順当に考えるのなら、獣だ。リルマはおそらく、人の姿をしたジョナサンを知らない。

 人の姿で現れたのなら俺もほっとしたさ。しかし、獣となるとひやっとする。人の気配を感知したら必ず襲うと言うわけでもないはずだ。何せ、俺は一度、獣のジョナサンとニアミスしている。

「見間違えかもしれないけど、まず、そっちに今から行くね。美紀と、白井にも連絡を取って、それから対応しようと思う。不用意に外を出歩かないでよ」

「……わかった」

 これはどういうことだろうか。

「どうしたの」

「いや……」

 俺の脇で首をかしげるイザベルにどう言えばいいのか悩み、結局全員が揃うのを待つのであった。

 それから数十分後、俺の部屋に集まったメンツはだれもが苦い顔をしていた。

「終わったんじゃなかったのね」

「あの状態から復活、興味深いですね。他者の介入でもあったのでしょうか」

 白井は顎を撫でて、自分の鼓動を確かめるかのように胸に手を当てている。落ち着こうとしているのかもしれない。案外、楽に戦っていたように見えたが内心じゃひやひやしていたのかも。

「ジョナサンが生きてる……か」

 もっとも複雑そうな表情をしているのはイザベルで、動揺しているらしい。心機一転を心掛けたように見えて、早々に家族の事を忘れられるはずもない。

「リルマ、その友達はどこでジョナサンを見たんだ?」

「ん、っと、場所的には廃病院がある近くだって。病院跡地にたたずむ犬の幽霊かなっていってたけどね」

 その時、チャイムが鳴った。

 互いに目配せして、ジョナサンだったらどうするかと迎撃の姿勢をのぞかせた。一瞬、部屋の中が滅茶苦茶になるんだろうなと考えてしまった。

 しかし、チャイムはうるさいくらいに連打され始めた。

 ぴんぽんぴんぽんぴぴぴぴぴんぽんといった具合だ。

 あのふざけたチャイムの鳴らし方、多分、裕二だろう。空気の読めない奴め。今取り込み中だと真面目顔で追い払ってやる。

「ジョナサンかな」

 難しい顔をしてイザベルがそうつぶやいた。

「お前の兄貴はあんな風に連打するのか?」

 そんな彼を想像出来やしない。

「いや、ノックしてこんにちはジョナサン・ブラックですと爽やかに言ってる」

 イザベルの言葉に俺らは各自、脳内でその礼儀正しい姿を想像しあり得ると結論付けた。

「犬の状態でもそんな器用な事が出来るんだ」

「……リルマ、ジョナサンは人の形を本来しているから」

「そ、そっか。ごめん。本当に、ジョナサンかな」

 ごまかすようにリルマは扉の方を見た。

「違うっぽい。ちょっと、見てくるよ」

「なんであろうと、気をつけなさい」

「わかった」

 美紀の言葉にうなずいて、玄関の扉を開ける。他のみんなはリビングで待機だ。

「啓くん、助けてっ」

「え」

 俺の胸に飛び込んできたのは、元彼女の廿楽すみれだった。


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