第六話:人が備える感情
いくら大学生の勉強が専門的で、そのほか、諸々の事が忙しかろうと、世間的にも休日の昼間に町をぶらぶら出来ないわけでもない。そもそもまだ夏休みだ。
駅前から少し離れた場所までバイクを走らせ、ゲーセンに直行。蛍ちゃんとの出会いでリルマとかいう金髪に出会うかと思えばそんなことはなかった。この世の中は平和だ。
「今日こそあのマッチョアニマルシリーズ、パンダのぬいぐるみをゲットするぜ」
パンダって可愛いよな。ああ、あとシマウマも可愛いし、獏も悪くない。
アームがぬいぐるみの重さに対応しているのは以前試しにやったときに確認済みだ。そのときは時間が無くて取れなかった。しかし、今回は時間的に余裕がある。引っかけたり、押したりも無理に使用しなくていい。
コインを入れて配置やら色々と再度確認。残念ながら普通に持ち上げて取れる範囲にパンダは居なかった。
「アームで動かせばいけるかな」
ポージングを決めたパンダに狙いを定めて腕にアームを引っ掛ける。戻る力で引っ張ってもう少しで取れるというときに、着信があった。
「……むっ、誰だよ。こんなときに」
ディスプレイを見ると宗也からだった。気づいた以上、無視するわけにもいかない。
「また宗也か……最近電話が多いな」
宗谷は部屋に引きこもっていることが多い。たまには外に出て運動しようぜって言っても家の中でルームランナーやらエアロバイク使っているからなぁ。
電話以外だと、ネットゲーム中でのチャットだなぁ。俺がいつ入っても、あいつのキャラはログイン状態だから驚くよ。
「宗也か? 何だよ」
ついでに、札を崩す事にした。ガキの頃は小銭もちが格好良く思えたもんだが今じゃ、札束持っていたほうが格好良く思える。
いや、輝くカードのほうがランクは上だな。
「あれ、何だかご機嫌斜め?」
「いいところに水をさされた」
もうちょっとで俺のコレクションに加わっていた。動物園のアニマルと違ってあいつは動かないからな。大丈夫だろう……と思ったけど、動物園のアニマルたちも夏場は暑くて大して動かないか。
「ごめんね」
「いいさ。それで、どうした?」
「この前、妹に会ってくれたよね?」
数日前、確かに会った。
「あ、そうそう。宗也、お前来なかっただろ。俺、てっきりお前が来るもんだとばかり思っていたぞ」
しかも来なかった理由がネットゲームのイベントってなぁ。宗也らしいといえばらしいが。
そのうち、彼女ができた時もネットゲーム基準になるんじゃないのか。就職しても有給でやり遂げて、親戚の法事が重なった時は不参加かもしれない。
そういえば、この前は僕の限界を知りたいからゲームの中に入りたいって言ってたっけな。
自分の限界が知りたいなんて、まるでアスリートだ。ゲームに入って何をするつもりだろうか。
「僕が行くとは言ってないよ」
「そうだけどさ。普通、妹さん一人でこっちに寄越すとか問題じゃないか?」
「子供じゃないんだから」
「子供じゃないからだよ」
俺に妹が居たら絶対に可愛がるだろう。起床から就寝まで、身近に接して大事に相手をする。もちろん、悪い虫がついたら即効で駆除するね。
まぁ、実際に妹がいる人に話を聞くと可愛くないという。一人っ子の俺から見たらきょうだい自体が羨ましい話だ。
「大丈夫、君の事は良く知っているから。同じ釜の飯を食って、お風呂に一緒に入ったこともあるからね、ぐふふ」
「その笑い方に身の危険を……貞操の危機を感じる」
風呂に入ったときは裕二もいたな。あいつは女湯のほうを切なそうに見ていたっけ。
「さすがにそこまではないから安心して。だけどさ、君の事は信じているんだ」
「はぁ、ったく、その信頼はどこから来るんだか……それで、何が言いたいんだ」
「アドレスと電話番号を教えて欲しいそうなんだ。友達になりたいんだって」
どこか弾んでいる声に俺は首をかしげた。
「何だか嬉しそうだな?」
「あの子も友達が少ないほうだから」
しみじみと語る宗也の声は、妹の事を心配するいいお兄ちゃんだった。
「でもさ、そこまで入れ込む妹に男友達が出来るって、おにいちゃんとしては複雑じゃないのか」
「んー、別に」
そんなもんだろうか。俺には妹がいないからよくわからない。
「目に入れても痛くないほど可愛がっているわけでもないし。男友達が出来たら三人でゲームできるでしょ」
おい、妹燃えは結局なんだったんだ。
「まぁ、確かにプラスに取る方が有意義だな」
それから少しの間他愛も無い話で盛り上がり、俺は一度外へ出ていた。店内はうるさかったし、通路の邪魔になりそうだったからだ。
そして十分程度経ってパンダに再アタックをかけようとしたら、俺の狙っていたポージングのパンダが居なかった。
「……元に戻されたって言うよりは誰かに持っていかれたか」
もしかしたらまだ店内にいるかもしれない。
別にいちゃもんをつけるわけじゃあないぜ。どんな人が取っていったのか興味があったのだ。可愛い女の子なら許そう、体躯のいいマッチョの兄さんだったらあなたもお好きなんですねと声をかけようかと思う。
「あ、いた……」
パンダを小脇に抱えた少女が見えた。しかし、それは引いちゃいけないジョーカー、金髪のリルマという少女だった。
まったく、ここまで来ると運命を感じる。悪い方向のな。
これまで、何度かその後姿を拝んだことはあった。俺は以前よりパニックにならずに静かに移動し、外へ出ようとする。そのくせ、心臓は何かに鷲づかみにされたような気分だ。
逃げる途中、なんとなく振り返ると、その人物と眼が合った。
「あ」
相手が何かを言おうとする前に俺はバイクに跨る。エンジンを唸らせ、普段は絶対しないような急加速で風になった。
バイク屋の兄ちゃんからは乗りやすくて、いいバイクっすよと言われたが、ここまで乗り手の意志にすんなりついてきてくれるとは思いもしなかったね。
最寄のインターから高速に乗って数時間移動も考えたが、思い直して途中のパーキングエリアで缶コーヒーを飲む。
「ふいー……」
おかげで落ち着けた。周囲を見渡すがあの女の子がバイクで追いかけては来ていないようだ。
「……何なんだろうなぁ」
それから俺は下道へと降りた。余計な出費だった。
適当なコンビニで一息ついて首を傾げる。いい天気だ。
天気で気分をごまかし、考える。俺はあの子に対して異常に怯えている。それはどう考えてもおかしい。たかが、女の子だ。可愛いし、スタイルもいい。怯える要素なんて一つもないだろうに。
初めて出会ったあの日、人が小さい頃から知っている本質の恐怖。それをあの子に久々に叩き込まれた気がしたのだ。
そして今、恐怖を抱きつつも少しだけ相手に興味を持った。
綺麗なバラにはなんとやら、ではなく、妙な色のきのこはどんな味がするのか。ちょっとは気になるもんだ。
「……好奇心は猫を殺すって言うもんなぁ」
興味を持つのは自由だが、余計な詮索は身を滅ぼすかもしれない。
「ま、バイクに乗っているのはばれたな」
このあたりでこの色のバイクに乗っているのは俺ぐらいだ。
「意外とバイクが原因で住んでいる場所、特定されたりして……」
ないよな。うん、ないない、そんな運命的な出会いなんて絶対に無いよね。
もし、夏休みが終わっても安心できなかったら実家から大学に通うとしよう。うん、それがいい。
俺はバイクに跨ると、実家に一度戻ることにした。実家と言っても、一人暮らしのアパートから徒歩で片道二十分の場所にある。
相手がバイクで俺を探すわけでもない。我ながらバカな話だが、今は無性に母親の作った料理が食べたくなった。
徐々に迫りつつあるんじゃないか。なぜだかそんな気がしてならなかった。