第六十五話:今年最後の瞬間
次の年が来るのはまだ先の出来事らしい。
「みんな遅いな」
「……そうね」
待ち合わせ場所にいるのは俺とリルマだけ。当然俺はいい子の蛍ちゃんが何か仕掛けているんじゃないかと勘繰っていた。なんということはない、おそらくこれが彼女の策だ。当事者の問題に他人が介入しても場合によってはこじらせてしまう。よって、二人の問題は二人で解決してくれと言う事なのだろう。簡単なことでいて、それは意外に難しく感じられた。
一分経つのが非常に、長く感じられる。漫画を読んでいる時と、親から怒られている時の時間の流れは違うのと一緒だ。
ゴールがわかっている以上、あとはタイミングだけ。さて、どうやって謝ろうかと考えていると、リルマが俺の前にやってきた。
「けーすけ」
「な、なんだ?」
そして身構えてしまう。腰を落とした大層な拳だろうか、はたまた切れの良い顎辺りを狙った蹴り上げだろうか。本気で来られたら避けられる自信がないし、俺の首が誇張無しで飛んでいく。先に動くべきだったと後悔しても遅い。
「今日さ、ごめん。啓輔が真面目に裕二先輩を助けようとしていたのはわかっていたけど、なんだか私だけ仲間外れにされているみたいで、嫌になった。だから、怒っちゃった」
そして、リルマと言う女の子も、素直でいいやつだった。
「……ごめんね?」
「それは、俺の台詞だ」
俺も頭を下げた。本来は俺から下げたほうがよかっただろう。変に考えてダメになる。十分あり得たことだし、結果オーライと言えど次に似たような出来事は起こしたくない。
「ごめんな。さっさと謝るべきだったよ。作戦上、少数人数の方がよかったらしいんだ。それにな、いつもリルマに頼りっぱなしだし、たまには休んでもらいたかったってのもほんのちょっとだけある。本当、ごめんなさい」
「気にしすぎだってば。でもさ、やばい相手だったんでしょ?」
もう俺たちの間にわだかまりなんてものはない。二人とも真面目な顔をしていた。
「そうだな。まだジョナサン・ブラックとは終わりじゃない気がするんだ。あくまで裕二を助けただけ。またあいつらと何かあったらその時は手伝ってほしい」
「もちろんよ、任せて」
右手をリルマに差し出すと、強く握ってくれた。とても冷たく、そしてきれいな手だった。
「やだぁ、リルマちゃんの手ってすべすべして……いだっ、いだだだっ」
「もう、ちょっと軽く力入れただけで大げさに痛がり過ぎ。これは仲直りのしるし、ね?」
俺の冗談にイラついたのかと思えば、ご機嫌が良かった。
待って、演技じゃなくて本気で痛いって。
「……あんたたち、つまらないわね」
いったいどこから現れたのか、美紀が出てきた。コートに、白いセーター、茶色のスカート姿だ。生脚ではなく、ストッキング。うん、いいね。
「遅いじゃない。遅刻よ」
すでに美紀も来ることは決まっていたためか、リルマも普通だった。てっきり、この場で喧嘩でも始めるんじゃないかと不安だっただけに、ほっと胸を撫で下ろす。
とりあえず出て来てくれてよかった。あのままだったら俺の手がもげてたかもね。
「……リルマ、こっちは感謝してほしいぐらいだから」
「え? なんで?」
「……さぁね」
美紀のほうは蛍ちゃんから話が言っているのだろう。やはり、彼女の差し金らしい。
美紀がいると言う事は、もしかして他にも人がいるんじゃないだろうか。
「いやぁ、こんなに気を使うのは生まれて初めてだ。何言っていたのかはわからなかったが、黙って覗くのはスプリングで背徳感が半端ない。ぞくぞくするぜぇ」
「スリリングな」
頭にはっぱをくっつけた裕二が少し離れた場所からやってきた。どこかに隠れていたのだろうか。もちろん、ほかのメンバーもいる。
「変なところで仲たがいってあるからね。赤みそか白みそかとか。あと、どっちがSで、どっちがMか」
いったい何の話をしているのかわからないのが青木だったりする。
「仲直りできたのならよかったです」
「ありがとね、蛍ちゃん」
「当然のことをしたまでですよ。それに、私たちは場所を作っただけで実際に仲直りしたのはお二人ですから」
なんだろう、このメンツの中で君が一番大人に思えるよ。
「あれ、そういえば宗也は?」
俺は心の広い蛍ちゃんに尋ねてみた。
「お兄ちゃんはネットゲームの年越しイベントがあるらしく、そっちに参加しています」
全員の間に沈黙が訪れる。
「うーん、このやり取り。なぜか騎士かんが襲ってくる」
「青木、イントネーションが違う気がする。それ既視感な」
「そうそう、啓輔の言うとおりだ。騎士かんって言葉だけで騎士が襲われているから。女の子がそう言う事を言っちゃいけない」
宗也は今年も宗也だった。そして、裕二も最後まで裕二だった。
「私も兄さんを誘ったんだけどね。どうしても譲れないって。あの人にとって大切な事なんだろうね」
美紀がぽつりと俺に漏らした。
ま、まぁ、人それぞれ理由がある。寒いから行きたくないっていうよりはましだと思うよ、うん。
「何を基準にしているかで価値観なんてすぐに変わるもんだ」
「かちかん? 啓輔、悪いんだがどんな漢字を書くのか俺に教えてくれないか? 新しいジャンルを切り開けそうで……」
「はいはい、無視無視」
「蟲? お前さん、レベル高すぎて若干引くわ」
「はぁ……それで、集まったのはいいが、今日は鐘でもつきに行くのか」
裕二の煩悩退治にはいいかもしれない。その時は直接お前の頭、いいや、尻に丸太を打ち込んで鳴かせてやるよ。
「んにゃ、今日は普通に年越しイベントに参加する」
裕二がそう言って歩き出し、俺らもそれに続く。会場付近にはたくさんの出店が出ていた。
「年越しまですでに一時間切っているぞっと」
「過ぎてなければいいんだよ」
青木の言葉に裕二がためいきをついた。まぁ、確かにそうだがね。
「なぁ、リルマ」
「何」
「この前、リルマの友達と集まって年越しって話があったろ? あれはどうなったんだ?」
ちょっと期待していたんだが。変な誤解をされるといやなので自己弁護しておこう。別に年下の女の子に啓輔せんぷわーいって言われたいんじゃない。裕二程じゃないけれど、俺も女の子と遊びたい時がある。
しかし、啓輔せんぷわーいか。ふむ、ついつい目じりが下がってしまうな、うへへ。
「……ちょっと、けーすけ。鼻の下が伸びてる」
「はっ、黙秘権を発動するっ。俺は無実だよ、リルマ」
「……まぁ、いいけど」
呆れた顔をされる。俺は墓穴を掘らないように黙っておいた。こういう時は黙秘に限る。
「あれは蛍が何か話したみたいでさ、流れたよ?」
そうか、それはちょっと、いや、かなり残念だな。
「ものすごく残念そうな顔をしてない?」
別に女の子が目的だったわけじゃないけどさ。ほんのちょっと、いや、三割、五割かな。ううん、八割って言っておこう。
「リルマがそっちに参加できなくて残念だったろうなぁって思っただけだ」
二割の内訳はリルマが参加できなかったこと一割、あとはリルマが普段俺の事をなんと話しているかだ。
「そう? ま、来年けーすけをみんなに紹介するから」
「そうか、そいつはよかった」
なるほど、まだワンチャンスあるのか。けど、来年ってお前さん、受験生になってないかね。そんな余裕、あるのかよ。
リルマと仲直りは上手くできた。次に、気になっていた美紀へ話しかける。
「よぉ、美紀。楽しめてるか?」
「……それなりにね」
「お、いいね。いきなり裕二みたいなテンションになったらどうしようかと思ったよ」
そうなったら俺は止める権限を持たない。
「さすがにあんな調子にはならない」
指差す先には屋台で買った宇宙人の耳を付け、俺って変身願望があるんだよねと言っていた。お前、つい先日まで犬になってたよ。
「これまでは、外からこの雰囲気を見ていただけだからね。ちょっと戸惑うことが多いけど……」
そう言っていると少し前を歩いていた仲間たちが走って戻ってきた。変な宇宙人も交じっている。
「美紀ちゃん、イカ焼きくうかい?」
「イカ焼きってソースがべたつくし、店によっては固いじゃん。私のたこ焼きの方がおいしいよ。大体どこで買っても安定の味」
その表現、屋台の人から怒られそうだ。
「……あんたの友達って、放ってくれないのね」
イカ焼きに決まってるだろ、いいやたこ焼きやねんと言い争っている二人を見て美紀はため息をついていた。それにリルマがリンゴ飴で参戦し、蛍ちゃんは焼きそばに決まっていますと言っている。
リルマ、多分リンゴ飴じゃ敵わないよ。食べづらいし、べたつくし、俺、子供の頃に乳歯を持っていかれた痛い記憶があるよ。
「あんたは、何が好きなの?」
俺の方を見上げてきた美紀が何となくかわいく見えた。
「そうだなぁ、屋台だったらクレープかな」
ちょっと男としてのチョイスでどうかなと思うけれど割と甘いものが好きだからしょうがない。
「私も、クレープ好きよ」
「じゃあ、俺らも立候補してくるか。票が二つだから他より一歩有利だ」
「え?」
美紀の手を取って、周囲のお客を巻き込み始めた連中へと近づいていく。
初めの方は小規模だった騒ぎも瞬く間に大騒ぎに変わった。急きょステージでアンケートを取るほどに膨れ上がり、一位は焼きそばとなった。
そんなどこかぐだぐだとした感じで今年も残り時間が減っていく。
「さぁ、今年もあと残り数秒ですっ」
来年への想いを馳せて、会場のみんなが数字を数える。
カウントダウンを終えて、打ち上げられた花火を見ながらリルマと目があった。
「今年もよろしくね」
花火の音が大きすぎて聞こえるはずもないが、そんな言葉が耳に届いた気がした。




