第五十八話:年末作戦会議
十二月二十八日、美紀から呼び出しを食らう。ちなみに約束の時刻は朝六時である。
かなりの早起きさんじゃないだろうか。あったかぬくぬくのお布団に包まれていたいんだけど、そうは美紀ちゃんが許してくれないだろう。
俺たちよりも早起きさんは駅前の喫茶店だ。朝五時開店ってどんだけ早いんだよぅ。早起きの美紀ちゃんからはたたき起こされたうえ、持てるだけのお金をもってこいと脅し文句もいただいた。
モーニングセットを二人前頼み、俺達は作戦会議を開くことにする。
「うう、ねみぃ……」
「これから作戦名を伝えるから」
大学ノート一冊が取り出される。何やら使い込まれているところを見ると、美紀の活動報告日誌のようだ。
作戦名か。やっぱり、暗号っぽいんだろうか。
「夢川裕二、奪還作戦よ」
力強くそう言われた。
「ゆめかわゆーじだっかんさくせん……」
「そう、どう?」
そのまんまだった。俺はこのしょぼい作戦名を聞くためだけに起きてやってきたのか。これは突っ込んでくれという意思表示なのだろうかという頓珍漢な言葉が浮かぶものの、美紀がボケるはずもない。俺の感想を待っている自信満々の顔を見るとなおさらだ。
ここは、流す方向でいこう。
「シンプルで、わかりやすいな」
「でしょ!」
俺の言葉に満足したようで、鼻息が少し荒くなった。
「他にも寝ずに考えたものがあるけど」
なるほど、寝ずに考えた結果がわけわからないことになったからシンプルにしたんだな。しかも、少しばかりテンション引きずっているらしい。あるよな、深夜のテンションで真面目にやらないといけないことがめちゃくちゃになることって。この子、徹夜で大丈夫なのかよ。
近所の元先輩が就職して言ってたっけな。就活の時は履歴書を人受けのいいものを寝ずに書いたそうで、今じゃ、何のために働くのかわからないって。これに答えを簡単に出せる人は羨ましいってさ。
俺も、二人しかいないのに作戦名を考えちゃう理由がわからないよ。
まぁ、今は美紀の考えた他の作戦名も聞いていたほうがいいかもしれない。コミュニケーションの種になるからな。
「……それで、その名前は何だ?」
「シャドー・ハウンド討伐作戦。イチニーニーナナ作戦……」
美紀がふざけるような性格には到底見えなかった。事実、口調は真剣そのもの。
あれだよな、やっぱりシンプルなのが一番だよな。深くは突っ込まないようにしよう。うん、あの先輩にあったら今度俺も馬鹿なことに時間をかけるのも悪くないですよって言ってやろう。凝り性もいいじゃないか。
「どう? どれもいいネーミングでしょ?」
「……うん、そうだな。さっきの奴と確かに悩むな」
朝から美紀パンチを耐えられるほど俺のメンタルは丈夫ではない。うまい切り返しも思いつかなかった。
羽化した蝉が柔らかいのと同じだ。そういえば蝉って、てんぷらにして食えるって聞いたんだけど、うまいんだろうか。うげぇって思うけど、人によっちゃエビを食べているのをみてうげぇってなる人もいるからな。
「作戦名はともかく、内容はどんな感じだ?」
まさか、雰囲気作りのために名前を作りましたはありえないだろう。
「もちろん。作戦は簡単……というよりも、方法は今のところ一つしか思いつかない」
人差し指をはじいてみせる。
「……一つ?」
「そう。核となる裕二先輩を弾き飛ばす。そうしないと、あの獣はどれだけ四肢を切り落とそうと倒せそうにないからね。火力が足りていれば別だけれど、今の状況だと影を瞬時に補充されてこっちが襲われて終わり」
「ふむ……」
弾き飛ばすって、裕二の奴は安全だって前提でいいよな。
「それにね、相手は三人だけどこちらは二人」
俺、戦力にカウントされてる。よし、今回はがんばらねば。リルマの時は完全棒立ち、場合によってはおびき寄せるためのえさとして誰かさんに使われたりしたからな。ここらでいっちょ、背中で語れる男を目指しましょうかね。
「だけどまぁ、実質、やれるのは私一人」
「……うん、そうだな」
俺が最初から戦力に加えられることはないのであろう。でも、大丈夫。美紀は俺に持てるだけのお金を持って来いって言ったじゃないか。やれることをやろう。
ここの支払いは俺に任せて、美紀は先に行くんだ。
「数も一つは問題だった。真正面から立ち向かうにはこっちの力が足りてない」
この前は自信満々に一人勝ちだって言っていたけれど、やっぱり無理だったのかな。
「あれか、それならリルマを……」
「それは駄目。これは私の関わった仕事だから、他の影食いを入れるつもりはない」
はっきりと拒絶の意思を伝えられ、俺は黙り込んだ。変わらずプライドが高いようだ。
いつの間にか裕二を奪還する作戦に縛りが付いている。
その点を指摘したかったが、これ以上騒げば、俺は店員ですらない美紀から追い出されることだろう。俺としては、裕二が無事に戻ってくるのなら誰が助けてくれてもいい。
「じゃ、じゃあ、カゲノイの……白井、海はどうだ?」
なんだかんだで名前と電話番号だけを書かれた名刺をもらい、白井海の連絡先は登録してあった。
助けが必要になったら、もしくは本当の自分を知りたくなったら連絡して欲しいとのことだ。結構まめな性格のようで、一週間に一度はメールや電話での連絡が来たりする。意外なことに、中身はうさん臭いものではない。
秋も深まってきましたね。今日はちょっと早いですけど、お鍋を食べてます。
寒くなってきました。でも、今年中は雪が降らないかもしれません。
送られてくる内容はこんな感じだ。最初そう言った類の物が来た時、もうちょっとふざけたメールかと思っていただけにただの和むメールだった。
あいつなら、信頼するに値する。大して相手の事を知っているわけでもないのにそう思ってしまうのは何故だろう。
「白井を呼ぼうか?」
「はぁ、白井ぃ? 誰だそれ」
「……なんでもないっす」
女の子の、というよりは、人外の超威圧的な感じがするのでこれ以上言わないほうが身のためである。すまん、白井。
そう言えば、白井がお前に襲われたって言ってたぞ。襲った相手、覚えてないのかよ。
人数が少ない方が、美紀としてはいいのだろうか。隠密中の作戦に大人数で参加もおかしな話だから、そう考えればいいのかな。
「で、具体的な方法はどうするつもりなんだ?」
俺の問いかけに、美紀は人差し指でテーブルを弾く。
「相手が感知できない遠距離から一瞬で撃ち抜く」
「なるほど。それなら戦力関係ないな。影食いすげぇ」
やはり、少人数で行う事に理由があった。というか、リルマの時もそれをやっておけば勝てたんじゃないのかね。
まぁ、何か用事があったのだろう。
「影食いは不意打ちが基本だから。それと、すごいのはそれが可能な私だから」
不意打ち、その戦い方は影食いの共通認識でいいのかな。
運ばれてきたモーニングセットに手を付け、俺は別の話をすることにした。
「あのさ」
「何?」
「えーと、好きな食い物は?」
頑張って考えてみたけれど、特別、他にする話がなかったのよ。
当たり障りのない会話、一位が天気の話、二位が好きな食べ物、三位が最後にラジオ体操した日はどのぐらい前かの話だ。
「好きな食べ物? かりかりのベーコンと、しゃきしゃきしたレタスが付いた目玉焼き」
うっさいという言葉が返ってくると思いきや、意外と普通の言葉だった。会話のキャッチボールが成立するとは思わなかった。
これには俺もちょっと頬が緩んでしまった。無口なクラスメートだと思っていたら、話してみると案外面白かった人に会った気分だ。勇気を出してよかった。
「ここのモーニングセット、どうだ?」
「悪くない。気に入ったわ」
瞬く間にバターロールとベーコン、ソーセージに目玉焼きを食べ終え、コーヒーをぐいっと飲み干す。付け合せのレタスも気づいたら行方をくらませていた。
「コーヒーも悪くないわね」
いい飲みっぷりだ。惚れ惚れするね。ただ、コーヒーだけはもうちょっと味わって飲んでほしかった。
「へぇ、ブラックのまま飲めるんだな」
「面倒だし」
「んじゃ、嫌いな食べ物は?」
そして調子づいた俺はまた話を続けたりする。引き際を見誤ったのだ。
俺の言葉に軽く眉を寄せていた。
「あんた、いつまで食ってるの? いらないのなら食べるの手伝ってあげる」
「ああっ」
俺のカリカリベーコンが皿の上から消えた。そして、無情にも、命乞いする前においしくいただかれてしまったのだった。
一度食べられてしまったベーコンは二度と戻ってこない。これには温厚な俺も怒りが湧く。
「何、勝手に人の大事なもん食ってんだ、おおん? 美味かったか? 美味かっただろうなぁ、俺が大切に残していたもんだぞ、こらっ」
相手が怖いからと言って抗議しないという事はない。犬がえさを食べているときに口元でちょっかいを出してみたらわかると思う。
「……お前、どこに向かって話しかけてるの?」
「お前の胃袋だ……いったぁっ」
少し頭を下げていた俺は頭上ががら空きになった為か、チョップを食らった。
「本気で叩くなよ、痛いだろ」
「こっちが本気出して叩いたらあんたの頭、真っ二つだっての」
そうでしたね。
よかった、本気でやられなくて。
脳内でチーズみたいに切断される俺を想像して中からチーズがとろりと吹き出すんだろうなぁと思ってしまった。チーズトーストが食べたくなった。
「無駄口叩いているほうが悪い。考えを改めなさい。ご飯はぱぱっと食べるのが正義よ」
おのれ、美空美紀め。よぉく、覚えておくといい。食い物の恨みは恐ろしいぞ。




