第五十六話:ひとめぼれをしました?
十二月二十七日、朝から面倒な電話を受けた。
「もしもし?」
「けいすけぇっ、俺は、俺はやったよほおおおおっ」
切断ボタンを押して、放置した。迷惑極まりない奴に対しては雑な対応でいいと思う。どうせ、すぐに掛かってくるだろうし。
数秒後、冷静になった裕二から電話があった。
「……何だかよく分からないけれど、いきなり電話が切れたぞ」
そりゃそうだ。俺が切ったからな。素直にうるさいと言って心を入れ替える相手でもないし、適当にごまかせばなんとかなるだろう。
「ああ、俺、シャウト防止機能のアプリを入れたからな。鼓膜を破る音量が聞こえてきたら自動的に切断するんだ」
「へぇ、すげぇ。今はそんなものがあるんだな。科学の進歩は凄い」
嘘だけどさ。
「それで、どうした。今度は叫ばずに落ち着いて話してくれよ」
どうせどうでもいいことだろう。女子だったら枝毛を探したり、ネイルの具合を確認しながら聞くのがちょうどいいレベルだ。ああ、ファッション雑誌を眺めながらでもいい。あ、これ可愛い。ちょうど、新しいチュニックが欲しかったのよねってレベルで聞いていい。
話半分で良いだろう。そう思い、俺は爪切りを探す。
中指の爪がちょっと伸びたな。彼女がいた頃は爪にも良く気をつけていたんだよな。たまに爪のチェックをされていたし、今となってはいい思い出だ。深い意味はないが。
リルマのおかげかはわからないが、失恋に対してうだうだ言うこともなかった。今度人知れず恩返しをしておこう。しかし、なんで俺はリルマの事が怖かったんだろうか。影食いだからってわけじゃなくて、何かされていたのかも。ばあちゃんあたりか、親戚の爺さんかな。あの時のお守りが、もしかしたらそうなのかもと思った。
「この前、啓輔に相談してから俺はあきらめなかった」
相談されたっけ。よく覚えてないや。
「俺に、彼女が出来たんだ」
つい、爪切りを落としてしまった。
「……本当か?」
「うん」
「妄想とか?」
「違う」
「美人局じゃなくて?」
「ああ、大丈夫だろう。外国人だし」
根拠はわからんが信じていいか。
「そうか、そいつはめでたいな。おめでとう!」
とうとう裕二に彼女か。こいつはめでたい。これでやつのナンパ人生に幕が下ろされる。つき合わされていたこっちもこれから平和な日々を送れるのだ。
「と、言うわけで幸せのおすそ分けをしたい。俺、今とても幸せ。俺の幸せな気持ちを言葉でお前にプレゼント。今度、ダブルデートに行こうぜ? あ、そういえばお前ふられてたな。ぷぷ、わっりぃ」
おすそ分けでもなんでもねぇよ。調子に乗りやがって。けつの穴に一升瓶を突っ込んでやろうか、こいつ。
「今度会ったらねっとりと嫌がらせしてやる」
はちみつ投げつけてやるよ。瓶ごとな。
「おいおい、そんなに怒るなよ。冗談だよ、冗談。なぁ、ところで青木とは上手くいっているのか?」
「青木?」
首をかしげるしかなかった。なぜ、青木の名前が出てくるのだろう。
「さぁ? あいつクリスマスに風邪引いてそれから会ってない。連絡もないし、知らないぞ」
連絡ないってことは結構長引いているんじゃないかね。
「……そ、そうか」
こりゃ地雷踏んじまったという口調が見て取れたので、突っ込まないでおこう。自ら死地へと赴くなんて俺にはできない。
「で? 外国人ってどうやって出会ったんだ? 外国にでも行ったのか?」
「二日前に一目ぼれしたから付き合ってくれといわれたんだ」
一気に胡散臭くなった。
有頂天の友人を突き落すのは酷な話だが、出会ってあなたにときめきマシタ。なんてどう考えてもおかしい。
「……裕二、やめとけ。一目ぼれなんて怪しすぎる」
「宗也の例もあるだろ?」
それを出されると唸るしかない。宗也の時は身元がはっきりしていたからな。知らない相手からのひとめぼれなら嘘か詐欺か、罰ゲームだろう。
「危険だと思うぜ。そいつ、どんな相手かもわからないだろ? お前じゃなくて、お金目当てじゃないのか」
「大丈夫だって、もともとはそのお兄さんと知り合って、それから紹介されたんだもん」
「お兄さん?」
「ああ、道がわからないって言われたから場所を教えてよ。待ち合わせ場所の喫茶店に妹さんがやってきて、素晴らしい彼に案内してもらったと紹介してくれたんだ」
「何だか臭うぞ」
「大丈夫だって。何かあったときはすぐに別れるから。じゃあな」
それはそれで酷い気もするが、変なことに関わらないのが一番だ。相手が許してくれそうにないし、第一逃げられないんじゃないのか。
電話を切って俺はため息をついた。
「と、言うか……最近出会った兄妹で、ここらをうろついている外国人って絶対あいつらだと思う」
こんなことってありえるのか。何だか俺の周りをちょろちょろされているようで腹立たしい。相手は刃物を所持し、容易く一般人を取り押さえる危険人物だ。
だが、その顔を確認するまで絶対はない。もしかしたら、俺の知らないところで別の話が動いている可能性だってある。裕二に何かいいことが起こるのはおかしなことではない。
本当に、可能性としては、ひとめぼれだってあり得る。それは宗也の件でも立証された。
「あー、もうっ」
うだうだ考えていても仕方がない。俺は裕二にメールをすることにした。顔がわかれば相手を判別できる。知らない顔ならそれ以上けちをつけるつもりはない。
「……お前のとっておきの彼女の顔を見てみたい。画像、送ってくれ……っと」
これで返事がくればいい。一発で判断できるし、変な顔が送られて来たら全力で謝って祝福してやろう。
その時は、デートの話でも振ってやろうか。
しかし、それからまた連絡がつかなくなった。自慢したがりのあいつのことだから、すぐにでも送ってくるはずだ。
画像のデータが無ければ、おそらく撮ってでも自慢してくる。
その日は連絡がなかった。もしやと思えば、二十八日の夜、案の定宗也から失踪の電話があった。
「ねぇ、啓輔君、そっちに裕二君って来てないかな?」
「……またか?」
「うん、またいなくなっちゃったみたい」
全く、あいつはトラブルの下に生まれてきたらしい。今年も残り数日。まさかこのタイミングで厄介ごとに巻き込まれるとは思っていなかった。
いや、もしかしたら俺の責任かもしれないがね。すげぇ後悔が旅団を組んで襲ってきてるんだ。余計なひと言であったのは間違いない。
「俺、あいつのことを探してくるよ」
「この前もふらっと戻ってきたから大丈夫じゃないかな?」
のんびりとした口調の宗也だが、事情を知らなければそんなものだろう。俺たちが探さないでいたら、前回はどうなっていたことか。
「……まぁ、一応事件事故両方の面から捜査を開始する必要がある」
「固いねぇ」
こりゃリルマに連絡するしかない。あの外国人二名がかかわっているかもしれないのだ。得体がしれず、さらにいうのなら影食いの関係者だ。知恵を借りるなり、なんなりできる。
「じゃあ、行ってくる」
おふざけは無しだ。夜になると寒いから、出来るだけ早く見つけてやらないとまずい。そもそも、どういう状況かもわからないから、まずはそこをまとめるところからスタートするべきかな。
「なんだか深刻そうだね」
宗也の声もいつもと違う。俺の緊張が移ったようだ。
「ああ、きっとあいつは大事件に巻き込まれてるよ」
「あ、待って。強力な助っ人に連絡するから……駅前に行ってくれないかな?」
もしかして、蛍ちゃんだろうか。
この前のことがあって、少し会うのが気まずいのだが、ちょうど関係修復にはいい機会かもしれない。もちろん、修復は裕二を見つけてからだろうが。
蛍ちゃんと話し終わってから、リルマに連絡を取ろう。




