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影食いリルマ  作者: 雨月
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第五十三話:祖母の話

 二十五日の午後二時、俺はプラットホームに立っていた。今年は例年に比べて暖冬らしく、コートを着なくても震えるほどは寒くない。

 いや、風が吹いたら寒いけどね。ちょっと強がって見ただけだよ。

 この前、全裸になった人が捕まったんだけど尊敬するね。乾布摩擦中にハイになっちまったって言葉で痺れたよ。でも、真似しようとは思わないな。

 こういう寒い日のコンビニは大人気だろうな。おでんに肉まんか。俺はおでんよりも肉まんが食いたい。

「俺さ、よくプラットホームにいると痴情のもつれをみるんだよね」

「知ってる」

 隣に居る裕二はため息をついていた。

 これは嘘でもなんでもなく、事実だ。裕二と一緒に立つと、ピンきりでそう言ったことが起こる。俺が九時以降にお外に出ると不幸が降りかかる(最近はなりを潜めているが)のと一緒かもしれない。

 今日も例外ではなかった。

「ねぇ、時雨君。昨日、私と別れた後、連絡取れなかったけど何してたの?」

 一人の男に詰め寄る美少女。長髪で、普通にかわいい顔立ちだ。ああいう女の子に一度でいいから言い寄られたい。

「何って……ねぇ、ナニしてたんだろ。良く覚えてないや、はは」

 そして詰め寄られている方はどこか天然そうな男だ。こういう男の方が危ないんだよな。その天然は養殖物を偽造している可能性がある。裏じゃ女を騙してほくそ笑んでいるに違いない。

「何それ……それに、くんくん……またあの女の匂いがするっ」

 男に近づいて匂いを嗅ぐと言う行為。瞬く間にその行為が彼女をぎらつく獣へと変貌させるのだった。浮気か。

「違うよ、この臭いは……あみちゃんじゃないから」

 男はそれをごまかすために両手を振っているが墓穴を掘っているようにしか見えないんだ。

「あみちゃん? 誰よ、そいつっ」

 そして男は胸倉をつかまれた。

「い、犬……そう、犬の名前だよ」

 尚も追求から逃げようとする男。無茶があるだろうに。

「どこの雌犬っ?」

 その後も騒ぎは収まらない。男が更にぼろを出して彼女はヒートアップ。めんどうくさいなぁ。他所でやればいいのに。

「悪いな、またあんなものを見せてよ」

 見飽きているだろう光景に、裕二はうんざりしている。

「気にするな。裕二のせいじゃない」

 あの二人の問題だ。

 誰も注意するものがおらず、電車がやってきた。面白そうに見ているもの、迷惑そうなもの、われ関せずと言った人たちと、色々いる。

 電車からやってきた人の中に少しひょろりとした外国人の男性がいた。その隣にはこれまた金髪の外国人の女性がいた。

「失礼」

 そして、その男性は喧嘩に発展しつつあった二人に話しかけ、数分後、お互いに謝らせたのだった。これには駅にいたほかの乗客たちも驚きを隠せない。

 よくもまぁ、雌犬発言からここまで戻せたものだ。感心する。

「すげぇな」

「ああ、スマートに解決したな」

「いつもだったら女が刃物を出していたところだ」

「だな。刺されてたぜ」

 男二人で野次馬しつつ、この場を鎮めた男性に拍手を送った。その拍手は周りに伝播し、金髪碧眼の男性は笑っている。一緒に居る女のほうもどこか誇らしげだ。俺らの距離からでは少し遠いために顔をよく観察は出来なかった。

「啓輔、電車来たぞ」

「お、マジだ」

 電車に乗り込んで、俺はプラットホームをなんとなく見た。

「ん?」

「どうした?」

「いや……ただ、さっきの外国人と目があった気がしてさ」

「女のほう?」

「いや、男の方だ」

 ふとした時に誰かと目が合う。

 リルマのときもそうだったな。あの時は恐怖を覚えたっけ。

「おい、啓輔。お前さんの鞄についてるお守り、破れてるぞ」

「あ、マジだ」

 安いお守りだったからな。どこかにひっかっけて破れちまったのかな。

 それからアパートに着いたのは六時ごろだった。

「ん?」

「はじめまして」

 寒空の下、アパートの入り口付近で外国人の男女が一組立っていた。駅で見かけた気がする。

「はぁ、どうも」

「ジョナサン・ブラックです」

 名乗られた以上、名乗り返すのが人の道。

「……右記啓輔です」

 女性のほうは名乗らず、ジョナサンと名乗った男性は俺に握手を求めてきた。なんだっけな、ジョナサンって何かあった気がする。受難、女難、って、ああ、あの占いが当たったってことか。はは、偶然だろうがな。

 握手をするとすごい握力が俺を待っていた。

「ふぐぐぐ……」

「よろしく」

 細い割には相当な力持ちらしい。手を離せなくなった。

 一分ぐらい固い握手を交わしたのだが、彼は鋭い視線を俺の目にあわせてきた。俺も対抗するように相手を睨み付ける。

 こいつ、穏やかな話し合いに来たわけじゃなさそうだな。あの占いがマジで当たったのか。

「……俺に何か用事ですか?」

「ええ、そうです」

 少しだけ頬を緩めて男は笑う。

「坂井志津子さんをご存知ですか?」

 坂井志津子、久しぶりにその名前を聞いた。俺のくそば……愛しの祖母じゃないか。

「はい、俺の祖母ですけど」

 その情報だけでは満足ではないようで、まだ手を緩めてはくれなかった。振りほどくなんて無理だ。赤子はどう頑張っても力士には勝てない。

「彼女はいま、どちらに?」

 流暢な日本語に俺は感心しながら首を振る。

 こいつ、おそらく影食いの関係者だな。そして俺のところへやってきた。ばあちゃん目的とは、一体どこの誰がここを教えたんだ。

 最近会った連中はさすがに俺のばあちゃんの名前まで知らないだろうな。すると、俺の知らないやつがこいつに教えたのだろうか。

「祖母は亡くなりました」

「……亡くなった?」

「はい。今はお墓の下ですよ」

「それはまた……情報を手に入れたものの遅かったという事ですか」

 少し悩んだ末に、ジョナサン・ブラックはようやく手を放してくれた。

 こいつ、舐めやがって。俺が影食いだったら今頃ワンパンだよ、ワンパン。奴の尻に足置いてそんな乱暴な事をしちゃ駄目だって説教している所だよ。

「俺の祖母がどうかしたんですか?」

 冗談はともかくとして、あの偏屈な祖母がこんな外国人とおよそ関係があるとは思えない。そもそも、人付き合いなんて生前なかったし、晩年は人間不信の気があった。

 影食いを恐れていたのだろうと思ったが、今はカゲノイを保護対象にしていると聞いたしなぁ。別の問題、というよりは坂井志津子個人としての問題を抱えていたのかもしれない。性格悪いし。

「ええ、まぁ……あなたは志津子さんからカゲノイの事について何か聞きましたか?」

「いいえ?」

 ジョナサン・ブラックは目を細める。

 冬の夜は早い。すでに辺りは暗く、寒さも厳しいものになってきた。

「ほぉ……カゲノイのことを否定しないとは、存在自体は知っているんですね? あなたはカゲノイとして活動しているのですか?」

 探りを入れてくるあたり、こいつも何か厄介ごとを持ってきたのだろう。リルマが近くに居ないことが残念だな。

 しかし、これまで面倒事は歩いて回収していたが、今回は向こうから名指しで歩いてくるとはね。

「いえ。俺はカゲノイじゃありません」

「でも、カゲノイを知っていると?」

「はい。先日、ちょっとした事件みたいなものに巻き込まれたので……そのとき知りました……え?」

 さっきまで動かなかった女性のほうが俺の背後に素早く回り込み、羽交い絞め。そのまま床にたたき伏せられる。

 何があったのか一瞬理解できなかった。

「ちょ、ちょっと?」

 床に熱烈なキスをしたおかげで、鼻から血が出る始末。痛みよりも先に困惑してしまった。口の中に砂利が入り込んで気持ちが悪い。

「おい、あんた、いきなり何するんだ、失礼だろ。こんなことをして許されると思っているのか。しまいにゃ警察を呼ぶぞ?」

 自分で言っていて気づいたが、これが創作ものなら見事に死ぬことになるだろう。始末されるモブの台詞そのものだった。

「騒ぐと、痛い目にあうよ」

 声がマジだ。この女、只者じゃない。妙な違和感を覚え、相手が本当に人間なのかという妙な考えに行き当たる。

「騒ぐな、いいね?」

「わかったよ」

 背中に押し当てられた刃物が如実に変に騒いだらどうなるかを教えてくれた。

 まさか、自分がこんな目に遭うとは。すでに痛い目に遭っているのは突っ込まないでおこう。

「宜しければそのときのお話、聞かせてもらえませんか?」

 あくまで男の方は丁寧な態度を崩したりはしない。しかし、やはり威圧的ではあった。

 この状況の打開策は考えられない。無駄に騒げば、おそらく後ろの女は俺を刺すだろう。それが嫌なら拒否権はないようで、ここはおとなしく従うしかないな。

 用事が済んだらどうなるか、使い捨てカイロという言葉が日本に普及して久しい。カイロが人にぬくもりを与えて役立たずになったらどうなるのか、下手すると犬でも理解するだろう。

「……わかりました、話します」

 物言わぬタンパク質になりたくない俺は、相手に従う運命を受け入れることにしたのだった。


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