第五十一話:近くに見えて、遥かに遠く
「今の時代、スマホを電源オフにする人って少ないよねぇ」
「そうかな」
「そうだよっ」
青木に指差しされた。その顔は非常に険しい。まるで、好きな相手にあしらわれる女の子の表情をしていたりする。
ほほぅ、そう考えると青木は俺との友情をそんなに大切にしてくれているのか。うれしいね、まったく。
「にやにやして、気持ち悪い」
「え、にやにやしてた?」
「してたっ。電源、消してたでしょ?」
「まぁ、そうさな。消してたよ。それが何か?」
消してないと問題があった。眠れないから、仕方ないだろ。それに、青木が電話をかけてきていたのであれば消しててよかったじゃないか。
「あ、開き直った」
「消してなかったらサンタさんが優しいことを証明できなかったんだよ! 俺の心の恋人を名乗る人物に打ち勝ちたかったんだよ」
「意味が分からないんだけど。それにさ、電話、結構かけたんだけど?」
ジト目である。まぁ、そんな顔も可愛いことは認めてやろう。
着信にはさっき気づいたよ。ほら、俺ってスマホを頻繁に確認しないから。
「すまん」
「別に、いいけどさ。どうせ私は無視される存在ですよーだ」
拗ねてジュースをストローですする青木に俺は心の中でため息をついた。
「……わかった、俺が悪かったよ」
折れよう、もう面倒くさい。
「どのくらい悪いと思ってる?」
「一割」
俺は眠かったのだ。そして良い子はもう寝る時間だった。俺は悪くない。サンタさんも悪くない。
「割に合わない。保険会社呼んで。絶対に十、零に持ち込む」
とんだ当たり屋である。そんなのどんな名うての人物でもそれは無理だね。
「彼女のときは……くしゅん」
えらくかわいいくしゃみが響いた。
「なんだよ、風邪かよ」
「違うし。ずずっ……彼女がいたときは放置じゃ、なかったでしょ?」
俺は目の前にいると言うのに、青木はどこか違うところを見ていた。いつもは相手の目を見て話すのにな、そんなに恥ずかしい質問かね。
「ああ、そりゃ……」
どうだったっけ。
「……覚えてねぇや」
そう言うと、呆れた顔をされた。
「覚えてないって……それ、つきあっていたら絶対に電話を取るでしょ」
「そりゃな。すみ……あいつとはそういうことがなかった気がするから、答えようがないんだよ」
「彼女の着信に出ない彼氏って、ダメじゃん」
まぁ、俺もそう思う。思えば俺とすみれの間にあったのは愛情だったのだろうか。最近、どんどん一緒にいたころの思い出が白けてくるようになっていた。離れてしまえば人間、忘れちまう。中学生を最後に合わなくなった友人が今どんな状況なのか知らないしなぁ。
そのとき、着信があった。
「お、リルマから……」
早く出ないと。そう思ってテーブル上のスマホに手を伸ばす。
「させないっ」
青木は俺の両腕を掴む。なかなかいい動きを見せてくれた。
「おい、何するんだよ」
軽く睨もうとすると、なぜか必死そうな顔をしている青木と目があった。
「……啓輔、今日は夕方からボーリング行くよ」
「はぁ? なんでそんなに鬼気迫っているんだ」
「約束してくれたら手を放す」
不要なところで人質を取られている。もっとも、本気で振り払えばそれは出来るんだが、こいつにも理由があるんだろう。
「冗談を言っている場合じゃ」
「あたしは、いつだって啓輔に対して本気だよ?」
相手の目は本気だった。
青木の奴、普段から俺に対してのおふざけは本気だったのか。存在そのものがふざけている……いいや、俺の事を馬鹿にしているってことか。
「……はぁ、ったく、わかったよ。約束する」
結局俺は、友人の妙な気迫に押されてしまった。そんなカミングアウトされたら俺もすぐさま対応できない。
「よし」
ガッツポーズをとる青木を無視して着信に出る。
「ちょっとぉ、出るのが遅くない?」
ほら見ろ、ご機嫌が斜めだ。ビー玉置いたら勢いついてそのまま転げていくぞ、これ。ビフォーとアフターで匠を呼ばないとな。なんということでしょうな展開で機嫌のいいリルマにしてもらうしかない。
「……お電話、ありがとうございます。羽津市の未来を影から守り支える、右記啓輔でございます」
「そういうので、ごまかさないで」
冗談が通じそうにない声音だった。
「……悪い、取るのに手間取っちゃって」
何故だか俺が謝る羽目になった。
何一つ悪くないのに、謝っちまうのはなんでだろうな。
「あ、もしかして……寝てた?」
リルマ、お前俺の睡眠時間がそんなに気になるのか。寝てたらよ、さっきみたいにふざけた返しは出来ないだろ。昨日は未来を変えられるかと思ったのに、変えられなかったよ。
「寝てないから大丈夫だよ。それで、どうしたんだ?」
視界の端で、青木はなぜか天高く右手を挙げ、空を見上げて固まっていた。勝ち誇った雰囲気だけど、それ別の時、悔いがありませんって時のポーズじゃね。
「あのさぁ、今日の夕方、時間ある?」
どこかそわそわとした感じの声の調子。リルマにしては珍しい。
「……あー、今日の夕方ね」
ちらりと青木を見る。先約は私であると打たれたスマホの画面を見せられた。
「すまん、野暮用がある」
先に約束した方を優先するのが当然だ。そうなると、リルマとはまた別の日かな。
「……そっか」
青木は両手を握りこぶしにしてあげていた。クイズ問題で国の名前を当てたおっさんみたいな表情になっていた。
「じゃあその後でいいからちょっと付き合って。今日じゃないとどうしてもいけないことがあるのっ。それでも……ダメ、かな?」
「わ、わかった。大丈夫だ」
まくし立てるようにしたくせに、徐々に弱くなっていく。そう告げられて、俺は頷くしかなかった。
俺の周りの女の子は勢いが凄いな。もうちょっと俺も見習った方がいいのかもしれない。気になる女の子がいたら僕と合体してくださいと……あー、これは捕まるか。
「え、本当?」
「お、おう」
「うん、遅くなってもいいから、絶対に連絡してよ。じゃあね」
電話を終えると青木が笑っていた。
「いやぁ、私にも女の勘があるとはっ」
「は?」
「びびびっときたね。あ、ちなみに宗也の妹さんは押しが弱いから無視して大丈夫。まだまだケツの青い子どもには負けませんよと……くしゅん」
「はぁ……?」
良く分からないことをいう奴だ。元からだが。
「さぁさぁ、これ以上狙われないように護送しないと。さ、行くよ」
「お、おい、腕を引っ張るな」
それから二人でカップルの波をかき分けてボーリング場にやってきた。
「クリスマスだから人が多いっ」
「そうか、今日は……クリスマスだったな」
こぎみよい音を立てまくるレーンを見る。カップルや家族連れ、誰もかれもが楽しそうだった。
「んんっ?」
とあるレーンでサンタさんとトナカイさんがボーリングをやっていた。
あ、サンタさん、トナカイさんにスコアで負けてるっ。
「いやぁ、さすがサンタさんだ。ふんぞりかえっているだけだからボーリングもへたくそだよ」
「抜かせ、畜生め。四足歩行が二足歩行に勝てないことを教えてやる」
「そうっすかね。俺の四脚にサンタさんの中二、負けてるじゃないっすか。見かけだけのアセンは無意味っすよ」
軽薄そうにへらへら笑うトナカイさん。嫌な図だ。
「毎回手加減してやってんだよ。忘れてると思うが、わし、操縦するのが本職だからな」
「負けたら去年みたいに四つんばいでソリ引いてもらいますから」
「ふん、今年はお前が一人で行ってプレゼントをガキどもに配って来い。わしはバーボンを家であおっているからな」
この寸劇を見ている子ども、涙目。これ、寸劇だよね、じゃないと俺まで涙が出そう。
「さ、何か賭けようか?」
俺がサンタさんとトナカイさんの小芝居を見ている間に準備してきたらしい。
「賭けるって……」
「勝負事に賭けはつき物。そうでしょ?」
にやっと笑う。俺はさっそく持ち合わせの心配をした。
「高いものはちょっと……」
尻の毛まで持っていかれるかも。
「じゃあ、負けたら……言う事聞いてもらう」
「ああ、わかった」
「身体で……払ってよね?」
なるほど、労働か。年末の大掃除あたりに駆り出されそうだ。
「いいだろう。何でもいう事を聞いてやるよ。ちなみに、俺が勝ったらどうなるんだ?」
「今日が生まれてきて最高のクリスマスにしてあげる……彼女がいなくても、安心しなよ。なんっていうか、今日は決戦仕様だからね」
もじもじしながら宣言され、ああ、俺は彼女がいないんだなぁと再度認識させられた。
サンタさんが彼女でもプレゼントしてくれないかな。今年一年、良い子にしていたかと言われたら微妙だ。
「うぃー、ざまぁみろっつ。所詮はトナカイっ。今年のクリスマスはお前ひとりで行って来い」
「ちっ、あーあ、ガキどもがうるせぇから負けちまった」
あ、今年はトナカイがプレゼントを持ってきてくれるらしい。
あんなくそトナカイ、現役退いたら焼肉にされちまえばいいんだ。
「啓輔、どこ見てるの? 勝負はもう始まってるよ!」
「お前の番だろ。と言うか、こっち見ずにレーンをちゃんと見ろよ」
ほら、ちゃんと見ずに投げるからさっそく勢いよくガーター一直線じゃねぇか。
「青木、後悔するなよ」
「へぇ、自信があるんだ? どのぐらい出来るの?」
「俺のスコアは大体六十ぐらいだ」
「低っ」
「だが、今日は奇跡を起こすぜ」
「そっちがね、くちゅん」
こうして、カップルが楽しんでいる中、俺たちは真剣勝負を始めた。
ちなみに、結果を先に伝えるなら、ドローだった。なにせ、熱が出たようでいきなり青木が倒れたのだ。ちなみに、あのまま続けていたら俺が負けていた。
開始十分、俺はタクシーで病院へと向かい、青木を彼女の自宅へと送っていく羽目になった。
これは俺の負けだろうか。しっかりと労働させられちまった。




