第五十話:あなたの睡眠を邪魔する電話
さぁて、あとは寝るだけって時間帯に電話があった。
「もしもし、こんな時間にどうした?」
「聞いてくれよ、啓輔!」
電話の相手は裕二だ。どうやら、電話の向こうで泣いているらしい。
こいつが泣くなんて滅多にない。基本、泣いているのは裕二のお母さんかお父さんに怒られた時だけだ。
パパとママに怒られただけで泣いちまうなんてガキかよと初めて聞いた時は思ったが、あの二人は本当に怒らせるとすくみあがっちまう相手だ。何せ本気で怒ると天気が荒れて、怒声で窓ガラスが割れる。
見るまでは俺も冗談だと思っていた。あれを目にすると、世の中は不思議にあふれていると考えさせられる。タイミングが良すぎる。風神様と雷神様かよ。
「それで、どうしたんだよ」
「今日さ、ナンパして結構いい感じの女の子ひっかけたんだよね」
「うん、いいじゃないか」
「それからおしゃれな喫茶店に行ったんだ」
別にどこも問題ない。いつもに比べたら素晴らしい展開ではないか。とんとん拍子に事が運んだのは、クリスマスが近いからかもしれないな。
「そこでさ、ふとした流れで好きな芸能人の名前を言うようになったのね」
話題としちゃおかしくないが、しくじりそうなところだな。男性に媚を売りまくっている人を選んだりすると、女性側が引いたりするんだよなぁ。
え、あんたあんなのが好みなのって。清純派の名前を出したら絶対遊んでるって青木が言ってくるんだよ。
「そのときに言っちまった女の名前が……」
「……わかった、芸能人の名前と別の女の子の前、間違えたんだろ。ナンパした別の女の子で、実はそいつが目の前にいた女の友達だったんだな?」
そうなってくると世の中は狭いと感じる。しかし、変なところでうっかりの裕二なら比較的あり得ると思う。
「違う。俺が言った名前、実はAV女優だったんだ。そのときはえー、だれぇ? みたいな感じだったけれど、また今度ねーって別れた後にそのことを思い出したんだ! 絶対に後で検索されてるよ、どうしようっ」
検索、検索ぅってな具合か。
単純にそれは裕二が悪い。俺に話したところでどうしようもないぞ。助けを求めるならタイムスリップできるような奴に言って過去を変えるしかないね。ま、現実にタイムマシンなんてないから諦めるしかない。
そう言ってやりたかったが、相手は泣いている。しかしねぇ、泣くほどのことじゃないだろ。
「もう、死にたい……」
よほどお熱になった相手なんだろうか。
「気にし過ぎだ。ダメならまた次で頑張ればいい。これまでたくさん失敗してきたけど、続けてきたじゃないか。中には成功例もある。それはお前がこれまで諦めずに努力してきたからだろう? 違うか?」
「しかし……」
「しかしもたかしもあるか。その失敗を忘れるな。次に生かせ、必ずだ。お前がたとえ腐っていても、チャンスは訪れる。それまで腐っていていいが、目は曇らせるな。絶対に機会を逃すなよ? こけたら痛みが引いてから立ち上がればいい。無理して立ち上がる必要はない」
「……言われてみれば、そうだな。もっと酷い失敗もあった」
「おう、二人でナンパに成功して人妻の家にほいほいついて行ったこともあっただろ」
あの時はまだ、俺たちも若かったんだ。
「そうだ、啓輔の言う通り。ダメならまた次に行けばいいか」
あっさりと泣き止みやがった。言っておいてなんだけどさ、一期一会を大切にしてほしい。
「聞いてくれてありがとな。今日はぐっすり眠れそうだ」
「ああ、おやすみ」
ふぅ、やれやれ。
人の記憶は有限だからな。ぽろっと失くさないように気を付けないといけない。俺もリルマや蛍ちゃんの前でそんなミスをやったりしないよう気を付けないと。最近の女優が同じに見える程目が悪くなったと答えよう。
さて、寝るか。
そんな時、また着信が。無視しようかと思ったが、なんだかそれは悪い気がしたので出ることにした。
「……もしもし?」
「啓輔君、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだ!」
何だ、今度は宗也かよ。
「どうした?」
お前も何か間違いを犯したのか。
「今日、ネトゲ(ネットゲームの事)をやっていたら初心者が僕に近づいてきたんだ」
「うん……あれ? 普段はフレンドになったプレイヤーと遊んでいるって言ってなかったか?」
有象無象とやると連携がとれなかったりするから、日ごろ気心の知れた相手とやる。見下しているようで、その実、無用な争いを避けるためだ。宗也はいつもそう言っていた。
「そうなんだけどね。今日はたまたま他のフレ(フレンドの事)が都合つかない時間帯にやっていたから野良(猫や犬の前につく言葉)でやっていたんだよ」
「宗也」
「どうしたの?」
「いちいち、その、かっこ、説明文、かっこ閉じるとか発音しなくていいから」
あと、野良の説明のところ世間一般的にはあっているけれど、違う気がするから。
「そうしたらさ、そうしたらねっ、初心者と組むことになっちゃってっ……はぁ、はぁ……」
「宗也、落ち着けよ」
俺もネットゲームしているんだが、ここまで興奮したりはしない。宗也も片足突っ込んでいるが、まだあの世界の中で生活していないと思う。
「何か罵倒されたのか?」
「ううん、初心者だからって僕の後ろをついてきてね、それから一時間ぐらい敵を狩っていたんだけれど……普通だったんだ。立ち回りも初心者だし、知識もないし……これなにって聞いてくるから分かるように色々と説明してあげたんだ。もちろん、基本的な事は教えたけれど応用は向こうから聞かれた時だけにしてた。そうしたらありがとうって、すごく喜んでいたよ」
そりゃいいことである。自分から調べないのはちょっとあれだが、時間に余裕があるときぐらい他人にちょっとした知識を与えられる心の余裕は欲しい。
熱が入っちまうと口汚くなっちゃう人がいるんだよな。そう言うの聞くとすげぇ醒めるから一緒にやるの嫌なんだよ。
「それで、このネトゲはこんな感じだよって教えてあげたんだ」
「ああ、お前は良くやったよ。それで疲れたってわけかい? 聞く限りじゃ問題はなさそうだ」
何の問題もない。初心者はきっと嬉しかったことだろう。そのうち、わからないことは自分で調べる癖もつけばその後も上手くやっていける。現実をおろそかにし始めたら駄目だが、ある程度犠牲にしないと上にはいけないからおすすめは出来ないが。
「問題はここからなんだ!」
温厚な宗也がここまで声を張り上げるのは珍しいな。
いったい、何があったのか。ネトゲに触れ、面倒なことに巻き込まれたことのある俺からすれば被害の内容が気になった。まぁ、おかしな話だ。現実逃避するためにゲームしている人もいるのに、下手すると現実世界より対人関係やペース、ノルマ、情報収集に練習と気を使っている。場合によっちゃ、昼間にログインするのを隠したりする人だっているぐらいだ。
「それからどうなった?」
「さすが宗也さんですねって。僕、ID表示で全然違う名前なのに……特定されてたんだ」
宗也が言うには他にもやっているネットゲームの名前を挙げて、これもやっていたし、あれもやっていたから知識があるんですねとも言われたそうだ。
「……どうせフレンドさんとは実名で接していたんじゃないのか? サブキャラでからかわれたと思うぞ」
「言ってないんだ。……何より、今日のお昼はオムライスを食べていましたねって言われたんだよ」
それはまぁ、冷静に考えたら怖いな。
けどさ、別に気にすることじゃないよ。本当に何かを仕掛けようってやつなら、いちいちそういう事をやってこない。気づいた時には墓の下ってやつだ。
しかし、不安がっている以上、気休めでもいいから落ち着かせないとな。
「あれじゃね、それって蛍ちゃんじゃね?」
「え、蛍が?」
「そうそう、今日は学園休みだろ?」
「そう、だけど」
「ゲームとかあの子も一応するだろ?」
「まぁ、うん」
「そんで、兄妹仲も悪くないよな」
「そうだね」
この前、リルマとデートしていた時は普段の表情で蛍ちゃんが兄を切り捨てていたけどな。
「たまには兄貴の事をからかってみたくなったんだよ。きっとさ、びびった宗也の顔を想像して笑っていたに違いないね」
「……まぁ、そうなのかも」
「あの子に今度、聞いてみろよ」
実在し、いつでも聞ける相手がいることを知らせるだけでこういうのは安定するもんだ。
いくら、ありえないと思っていても、人間の心は安心したいがためにそれにすがり付こうとする。
「そ、そうなのかなぁ」
「そうだよ。可能性があるってちょっとでも思ってるだろ?」
「……うん、ほんの少しだけどね」
「他の可能性もあるかもしれないが、思いつけない以上、今は一番それが怪しい」
「まぁ、そうかも」
「だったら、今度時間が空いた時にでも聞いてみろよ。でも今日はもう遅いからな。もう寝たほうがいいぜ」
「う、うん。そうだね。でも、どうして蛍が……ま、いいや。ありがとう、今日は大人しく寝るよ」
昼夜逆転の生活を送っているからな。ちゃんと大学に来るだろうか。たぶん、宗也が朝目を覚ます前に蛍ちゃんは学園に行っていることだろう。
そして、また今度でいいやと思い始める。実害がなかったり、連続して似たような事が起きない以上、聞かないだろうな、多分。
「……もう本当にいい時間だな。寝ないと」
二度あることは三度ある。また着信があった。
「もしもし?」
「あなたの心の恋人、白井海です」
「間に合ってます」
「本当ですか? そろそろ寂しい時期なんじゃないですかね?」
「その見透かした喋り方はやめろい」
「私が満たしてあげましょうか」
「そう言って入り込んでくるんだろ。ノーサンキュー」
ふられちゃいましたかと言ってきた。この姉ちゃんはなんだか苦手だ。俺、年上相手だと大体苦手なんだけどさ。敬語を使ってないのも意識しないようにしているだけだし。
「そんで、どうしたよ?」
「実はこの前、クリスマス一色の町でサタンさんに会ったんですよ。あ、サンタさんじゃありません、サタンさんです」
「……へぇー」
どうでもいい話だった。
「関連してですけど、空を飛べなくなったトナカイってどうなるんですかね」
「普通に放牧されて余生を過ごすんじゃないのか」
そして後輩が飛んでいくところを見守るんだろうな。あぁ、今年も頑張れ、後輩よって。
「私は焼いて食べるんだと思います。でも、年食ってるから固くてまずいんでしょうねぇ」
「え?」
「あ、すみません、明日も早いのでもう寝ますね」
そう言って電話が切れた。俺は、これまでトナカイさんの事を考えたことはなかったが、そうだったら嫌だなと思ってしまった。
くそ、白井の奴め。俺の気持ちを落として切るなんてひどいことを、恐ろしいことを平気で言いやがる。
もし、サンタさんがトナカイさんを食べているのであれば嫌いになりそうだ。いくらサンタさんと言えど、やっていいことと悪い事がある。
そう思っていた矢先、電話がまた鳴った。スマホさん、今日はよく仕事をしているじゃないか。
「はいはい?」
「あ、けーすけ? この前蛍と一緒に行ったペットショップにすっごい不細工な犬がいてさ、本当、笑っちゃった。あ、そろそろ寝なきゃ。じゃあね」
リルマからの着信は一方的に話した後、切れた。
なんだったんだろうか。気になったので折り返そうかと思ったが、急に虫の知らせがやってくる。
もしかして、寝てた? のやり取りが確実にある。
「深く考えても答えは出ない……寝よ」
一度部屋の電気を消して、枕に頭を付ける。俺は未来を変えられたことに心が満たされるのだった。
「……消しとこ」
俺はスマホの電源をOFFにして今度こそ眠りにつくのであった。お前は今日もよく働いてくれたよ。
その日、俺はいい夢を見た。やはり、彼らは放牧されて余生をゆるりと過ごしていた。サンタさんが相棒を食べたりするわけがない。




