第四話:次元の壁は高い
夜、九時以降の外出を俺はばあちゃんから駄目だと言われている。理由は不幸になるから、らしい。
もちろん、そのばあちゃんは既に居ない。じゃあ、約束を破ってもいいじゃないかと思うだろう。俺だって思うさ。実際、譲れない用事があれば躊躇なく破っている。
「いいかい、あたしとの約束を破ったら……死んだ後も化けて出てやるからね」
当時、これほど怖い脅しは無かった。化け物みたいな表情で、そんな事を言われたら誰だって恐怖を覚えるだろう。可愛い孫にはもっと他にも言うべきことがあるだろうに。
まぁ、俺自身夜に出歩くと不幸を招くのは実証済みだったりする。夜の不幸度数が半端ないのだ。
幼少の頃からそうだったのかは知らない。記憶があり、どう言った事が起こったのかを覚えているのは中学のころからか。
夜遅く外を出歩いていたら白色の乗用車に撥ねられそうになり、別の日には看板が落下してきた。学園に居た頃は九時以降、外を出歩くと何か得体のしれない人間に絡まれていたし、一度は強盗殺人の犯人っぽい奴にぶつかり、警察に良く職質されたもんだ。さらに、駅のホーム、赤信号の横断歩道、熱湯風呂。誰かに押されることもあった。そして、振り返ればその誰かは存在しない不思議現象も多々あった。
利口な俺は失敗を踏まえてばあちゃんの教えを(守れるときは)守っている。大学生なら九時に出歩くなんてたまにあるんだけどな。不幸が他人にまで及ぶから辞めておいた。もちろん、用事がある時は交通安全のお守りを握りしめて外を出歩いている。
そういう理由で、九時以降は友達から借りたゲームをするか、勉強をして寝る事にしている。他人には持病がうんぬんと伝えてあった。どんな持病だと突っ込まれたので適当なことを言って躱している。
知り合いは何となく察しているだろう。九時以降に俺を見ると不幸が訪れるというジンクスも出来ている。当然、九時以降に俺が遊びのメンバーに入っているともう帰った方がいいと促される。
外出さえ控えれば問題ないようで、何かしらの部屋の中なら平和だ。友達の家に泊まったりするのならセーフらしい。
そんなこんなで今日もいつものように漫画本を眺めていると、スマホが震えていた。一度マナーモードにしてからずっと、そのままの設定だ。いちいち講義中に設定、解除するのが面倒だと思った結果がこれである。
「はいよ」
「こんばんは、啓輔くん」
相手の声で誰かすぐにわかった。
「おう、こんばんは。どうした?」
電話を掛けてきたのは九頭竜宗也。ぽっちゃり系だが、かなり切れのある動きをする人物。羽津学園に居たころからの友達で、初めてその動きを見たときは驚いたもんだ。何より、自己紹介が無難なものではなかった。
「僕はお前らとは違う! オタクだからって馬鹿にするな」
そう宣言し、同じクラスの不良たちを初っ端に牽制。しかし、不良たちには今一つ伝わっていなかった。当時の事を聞くと、張り合いのある奴だと思った程度とのこと。
伝わっていないのなら行動で示してやると学園一年生時の運動テストではぶっちぎりで学園一位を獲得。こうして、不良たち他生徒の度肝を抜く。
続く球技大会のソフトボールでも抜群の運動性能を見せ付けた。自ら四番でピッチャーを志願。野球部のクラスメートと軽く揉めたが、相手をすべて三振で打ち取り、打順が回ってくれば必ずホームランを約束する彼の有言実行ぶりに固定となった。
ほかにもラグビー、マラソン、水泳他いろいろと各部のエースをたたきのめしたせいで野球部を初め、数多ある運動部から誘われるのも無理はない。だが、彼はその誘いをすべて断った。
「僕はオタクだ。放課後の僕の時間は、趣味に使いたい」
彼が言ったオタク発言。これにより彼は運動オタクという言葉として取られた。アニメや漫画好きの人物なのだが、運動成績抜群でごみ拾いや行事のボランティアに活動しているとどうも人は必要以上に評価されすぎるらしい。
なお、成績も抜群である。毎度すべての教科が満点ではないものの必ず学年一桁台の上位をキープ。一桁台の連中はこの毎回一人勝ちではない展開にさらに心を燃やすデッドヒート。俺は自分のために勉強しているんじゃなくて、あいつに勝つために勉強しているんだと言う生徒が何名か出てきた。叩きのめされたエースたちもそれまでどこか天狗になっていたところがあるからか、さらに努力して能力を伸ばしていると各部の顧問が話していたんだっけな。
前世はドイツで特殊な物を作っていた人だとそれぞれ別の占い師に四回言われているらしい。オカルト方面からも興味を持たれて死んだら是非脳みそは保管させてくれという奴まで出てきた。前世の話なんてばかばかしいが、宗也の場合はあるかもしれない。
生徒会長の名前は知らないが、九頭竜宗也という生徒の事は知っていると言う生徒が多かった。
これで宗也は彼が望んでいた学園生活を送ることが出来るようになった……わけでもなかった。
「皆、本当の僕を分かってくれないんだ」
当初けん制していた不良たちにお前がそんなアニメやゲーム好きのオタク野郎なわけ無いだろうと言われる始末。さらには女子から結構告白されるという不思議現象に発展した。男は見た目じゃないのかよっと吐き捨てる男子も中には存在した。
特に、美少女に好かれる傾向にある。なんと言うか、そういう人たちは心も美少女らしく、彼の本来の趣味を尊重してくれていた。
彼はスクールカーストの最上位に存在していることになったのだ。ちなみに俺と裕二は何を考えているのかわからないやばい連中として認識されていたりする。特に何もしていなかったんだけどな。
俺らのことはさておき、宗也は残念ながら、美少女との交友やそういった上位者であったためか、同じアニメ、ゲームオタク仲間からは村八分を食らっていたけどな。
彼らはあまりオタクだということを騒いでほしくないと言っていた。俺らの学園ではあまりオタクのランクが高くなかったからだ。
「彼は僕らの事を仲間だと思っているが、僕はそう思えない。どうしても嫉妬してしまう。そしてそう思う卑屈な自分が嫌で、彼の隣で素直に笑っていられないんだ」
「彼は何でも知っている、俺の得意分野より上なんだ。勉強ができないからってゲームで頑張っても結局、彼に負けている。ゲームだと上位互換のユニットが居れば、下位互換は必要ない。見捨てられるゲームのキャラの気持ちをリアルで味わうなんてな。俺には現実逃避さえ許されないのか」
「我に残されているのは浮世を離れた疑似世界だけ。しかし、あの方は違う。浮世で素晴らしい能力を持っているのに疑似世界でも頂点を目指そうとする。それは欲望に忠実すぎるというもの。あの方は、端的に言えばやりすぎたのだ」
まぁ、ある意味彼らが可愛そうである。どの世界へ逃げても順位がついてしまうのだろう。
夢川裕二いわく、この世界は狂っているとのこと。あんなに真面目な表情で世界を燃やそう発言をした裕二を俺は知らない。嫉妬の炎は宗也と二度の殴り合いに発展し、二回とも裕二が負けた。レバーに何度も重たい拳をもらっていたのを覚えている。
一回目はワンパンでKOされ、二回目はぎりぎり三十秒保てたかな。
「学園最強とか言われてっけどさ、結局それって人間の範疇なんだよなぁ。だから、確率は低くても勝てないってわけじゃあない」
裕二はそう啖呵を切って一回目負けたのだ。殴り合いに自信があったのだろうか。
「俺はこの日のために惰性の日々を捨てた。体を鍛え、勉強に励んできた。今の俺に、勝てない奴なんていないこと、証明してやるぜ」
二回目はこんな感じの台詞を吐いて殴りかかり、負けた。本当、見ていて面白いほど裕二のパンチは宗也に当たらなかった。
彼が本来所属していた輪からははじかれ、その他のところでは成果を期待される。そして俺らのところへ来たのだ。拳で語り合ったことも大きかったんだと思う。
九頭竜宗也と俺たちの絆はそんな風に出来上がったんだろうか。
「で、どうしたよ」
「あ、うん。実は青木さんにフラレたことを喋っちゃったんだ。ごめんね」
「いいよ。もう。気にしてないから、お前も気にするな」
フラれたメールは真っ先に宗也にしておいた。こいつは真面目な奴だから話を聞いてくれるだろうと思ったのだ。裕二にも話そうと思っていたが、連絡が取れなかったので言わなかった。
フラれたことを話す時、恐怖のことについても話そうかと思ったが、それはやめておいた。結局、俺がフラれたというメールを送っただけに至る。わざわざ友達にフラれましたと言う宣言メールを送ったので不思議なメールになってしまった。
まぁ、返答があり、慰め方がゲーム(美少女との恋愛を楽しむやつだった)を渡してくるという珍事だったが。
彼らのようにいろいろなゲームが好きな奴が慰めてくれるときは、いつもこんな感じなのだろうか。手段はどうであれ、慰めてくれているのでいい奴なのは間違いない。
「ありがとう。それで、貸したゲーム、どうだった?」
「初めてやってみたけれど、意外と面白かった。見た目に対して敬遠していたけれど、今後はいろいろなものに挑戦してみたい」
ちなみに、ゲームのほうは適当に選択肢を選んでいった結果としてはこのまま友達でいましょうみたいな終わり方だった。
話的には面白かったので時間を潰すことができた。
「そっか、よかった」
「今度返すわ」
「いいよ。それ、啓輔君にあげるよ」
「え、でも結構高いんだろ?」
物の価値は人によって変わる。猫に小判がいい例だ。
おそらく、このゲームは俺が持っているよりも好きな奴が持っていたほうがいい。
「僕はプレイ用、観賞用、保存用と布教用を持っているんだ。だから、気にしなくていいよ」
後で聞いたらプレイ用(初回限定版)、観賞用(豪華限定版)、保存用(完全受注生産版)、布教用(通常版)とのこと。最近のゲームはおまけのほうが豪華ってこと、意外と多いからなぁ。
「そうか、じゃあ、もらっておくよ。ありがとう」
何故、ゲームを四つも買っているのだろう。これが普通なのだろうか……そのときの俺はそう思っていた。
彼に対しての疑問は幾らでもあるので、それらにいちいち首をかしげても無駄だ。人間だっていまだに体の全部を把握しているわけじゃないんだから。
「で、ゲームの感想を聞くために電話してきたのか」
それなら珍しい。雑談するために電話するなんて俺たちの間じゃほとんどない。たまにおかしな電話がかかってくることはあるものの、その時は一方的にまくし立てて切られることが多い。
「ううん、違うよ」
「じゃあ、今度遊びに行く計画か?」
裕二も連れて男三人でぱーっと遊ぶのも悪くない。ボーリング対決でもいいし、バッティングセンターでもいい。ゲーセンでもいざこざが起きるぐらいだ。途中裕二がナンパしようと言い出し盛大に撃沈するまでが俺たちの遊びだった。
合コンするほどの金はないからナンパが主流だと言ってたっけな。
「遊びとも違うね」
「じゃあ、何だよ。今日は結構焦らすじゃないか」
俺、ミステリーも始まって数ページで犯人わかっちゃえばいいと思うんだ。周りに同意を求めたこともあったけれど、それのどこが面白いんだと突っ込まれた。
「僕の妹が君に会いたいって言うんだ」
その言葉に、俺は首をかしげた。これまでてっきり一人だと思っていたので違和感があった。
「宗也の妹? いたっけ?」
あまり家族のことなんてお互い話さないからな。過干渉はしない性質で、やばい時は声をかけろで俺たちはつながっている。今じっくり考えてみるともろい絆なのかもしれない。
家に行っても数分程度で外へ繰り出すか、遊びに行っても平日の昼間だしなぁ。それでも、出会えなかったのはなかなかに珍しいことだ。
「うん、いたよ。啓輔君には紹介していなかっただけ。それに、最近まで一人暮らししていたからね」
そうか、そりゃ意外だった。
裕二が言うにはあいつは妹燃えだとか何とか。燃えってなんだろうかと今時言わないか。よくある萌えじゃないらしいんだよな。妹系の女の子が好きって訳じゃなくて、妹の事になると周りが見えなくなる。要するに兄馬鹿って意味かもしれない。
「で、何で妹さんは俺に会いたいんだ?」
「ありゃりゃ、啓祐君ってば理由聞いちゃうんだ?」
「俺は裕二みたいに女の子に対して楽観的な考え方を持ち合わせていないんだ」
「ま、それが普通だよね。たいてい、人間って裏があるから」
お前の場合はちょっと疑り深いんだけどさ。
「んで、理由は?」
「さぁ、それは教えてくれなかった」
もしかしてその妹さん、俺の事が……なんて、そう考えるのは簡単だが、ありえそうにない。それなら既に、俺はその少女に会っているだろうから。
「啓輔君は僕に妹がいることを知らないようだけれど、あの子は僕の友達に君がいることを知っていたよ。なにせ、僕と同じ学園だったから、必然的に啓輔君も同じだろう? だから、疑わなくても大丈夫。ちょっとした用事があるんだよ」
なるほど、後輩なのか。
ふむ、そういうこともあるかな。しかし、今更、俺に用事ってなんだろう。あと、俺も結構疑り深いな。すみれの一件が尾を引いているのかもな。
「……もしかしたら、将来的に啓輔君のことを義弟と呼ばないといけないのかもしれない」
「ねぇよ。それは考えすぎだろう」
宗也が義兄か。友達が義兄になったら何だかちょっと嫌である。何より、ハイスペックだ。確実に義母、義父になる相手から事あるごとに比べられそうである。もっとも、結婚したとしてもそっちの家で暮らすことはないだろうが。