第四十六話:裕二のアフターサービス
「女の子は恋をすると可愛くなるらしい」
珍しく大学の学食で裕二に会ったので二人で食事をとっていると、唐突にそんなことをつぶやいた。
「は?」
「なんだ、知らないのか」
「聞いた事はあるけど……それがどうかしたのか」
「女が恋をすると可愛くなる。では、男の子はどうなるのか?」
「真面目に返すと格好よくなるんじゃね」
女の子とデートなら服装も気合入れるし、髪型だって気を付ける。他者に見られるのを意識するから、変な行動もしなくなる。
「ふざけて返すと?」
「可愛くなるに決まってるだろ」
可愛くなった女の子に対して男の方も負けていられないと奮起し、肩だしファッションやおしゃれな下着の着用を心がけることだろう。
「想像したけど無理があるな」
「だな。逆に失恋したら女の子はどうなってしまうのか」
「あぁ、恋をした時の事はたまに聞くけどそれは聞いたことないな」
「だろ」
「想像がつかない」
おそらく個人によってそっちは違うんだろう。次頑張ろうとか諦めきれないとか、あいつを殺して私も死ぬわとかさ。
「男はどうだろうな」
「男が失恋か。こっちも想像がつかないな。そういや俺もその対象だったか」
男が失恋したらストーカー、抜け殻、過去を引きずりながら生きるんじゃないのか。
「そうだな。もう昔の事のように思える」
しみじみと裕二が言う。
「ところでよ」
「ん?」
「駅前のファミレスに新しいウェイトレスが入ったんだがこれがまたいいんだわ」
失恋の話はもういいのか別の事を話し始める。裕二なりに気を使ったのかもしれない。
「何がいいんだ?」
「ふとももからヒップにかけてのライン。これは一種の恋かもしれない」
「なんだ、ひとめぼれか」
今度は裕二がひとめぼれをしたらしい。
「おいおい、誤解してもらいたくないから言うけどな」
「おう」
「俺はあくまで、尻からふともものラインに一目ぼれしたのであってその子に恋をしたわけじゃない」
「……男は恋をすると変態になるんだろうな」
やたらと格好いい顔を見せてくれるが、それは無駄遣いと言える。
「な、見に行かないか?」
「そうなると思った。宗也も誘うんだろ?」
「当然だろ」
それからすぐに宗也へ連絡をして三人になった。
「……失恋した割には普通の顔をしているな」
「失礼なことを言うね、裕二君」
呆れたように宗也は首をすくめて見せた。
「夜通し涙を流すのが普通じゃないのか」
「啓輔君の時もそんなのなかったでしょ」
「む、確かに」
俺の時は恐怖に支配されていたからまた違うと思うんだ。
ファミレスについてコーヒーを頼むと裕二が目配せをしてくる。
「まさかお尻を拝むためにコーヒーを頼む日がやってくるとは思わなかったよ」
宗也の一言に納得するしかない。面白いかと思ってきたものの、今一つだな。
「お尻じゃない。ふとももから尻のラインだ」
メニューを取り終えて去っていく後姿。ホットパンツを見てまぁ、確かに悪くないなと三人で頷く。
「なるほどね、相変わらず裕二君は目の付け所が違うね」
「もっと褒めて」
「この変態、馬鹿、どこ見てるのよっ」
「男に罵倒されても嬉しくない……」
普通の人は女性に罵られても嬉しくなるわけじゃないぞ。
当初の目的は達成され、俺たちはコーヒーを口にする。
「味はいつもの味だね」
「……そうか、俺はいつも行く喫茶店の方が好きだな」
「喫茶店?」
「あぁ、あそこか」
宗也が首を傾げる。裕二とは行った事あるが、宗也とは行った事が無い。
「よく考えればあそこにも可愛い店員がいるもんな。なるほど、啓輔はあれを楽しみに行ってたのか」
にやにや笑っているが、それは違うと言いたい。まぁ、ふとした時に目で追うときはあるけどさ。
それからいつものように街に繰り出して女の子を裕二は探し、俺たちはじっと見ているだけだったが収穫はなかった。
「じゃあね、二人とも」
「ああ、またな」
そして去り際、宗也の背中を見ながら裕二は首を傾げている。
「宗也の奴、いつも通りだったな」
「それがどうかしたのか?」
「いや、なんでも。俺の周りは割と尾を引かないタイプが多いのかなって思っただけだ」
そういって裕二も帰っていった。残った俺はその言葉の意味を数秒考えたのだが答えは出なかった。




