第四十五話:無意識的な不調と友人たちのデート
集合時間にはまだ一時間余裕がある。午前十時、それでも駅前のベンチにはスポーツの選手よろしく自分の番を待つ者たちの闘志で熱気に包まれていた。
待ち人、いまだ来ず。そんな人たちは皆、落ち着き払って待機。脳内でデートコースの予習をする時間なんだろう。途中、何故かにやにやしはじめたやつもいる。頭の中で都合のいい展開を作り出せたらしい。
「二人とも、今日はありがとう」
そんな集団の一角を担う俺達三人も、出番待ちである。もっとも、俺たちはゲスト扱いだろうから脳内シミュレーションする必要はない。
「気にするな。お前さんから相談され、こういう事があったと啓輔から聞かされたときは驚いたが……今日は手伝ってやる」
裕二の奴はニヒルに笑ってみせた。
「そうだな。俺も出来るだけ協力するよ」
俺も裕二を真似て笑って見せる。
「お前さん、腹でも痛いのか。顔が変だぞ」
「失礼だな。これが俺のニヒル顔だ。そしてこれが、アヒル顔だ」
「まぁ、頑張ろうな」
俺にではなく宗也に握り拳を向けていたりする。
「おい、無視をするな。渾身の一発芸、何か言ってくれよ。宗也、どうだった?」
「うん、二人ともお願いするよ」
「顔につまらないと書いてある……」
皆で水族館に行くのは問題ないだろう。しかし、水族館ねぇ。子供のころは好きだったんだけどなぁ。最近は魚を見て何が面白いのか、理解できずにいる。
水槽を買って、お部屋にまるでアートのようなものを作る人までいるらしいからな。世間は広いぜ。
「啓輔、ちょっといいか」
「おう? 計画でも練るのか」
「いいや……しかし、お前さんはこれでいいのか?」
裕二の疑問顔に俺は首を傾げる。これでいいのかって、どういう事だ。参加するよりも何か大切な事があるという事か?
「俺? 今日は暇だったし」
「そうじゃなくて、リルマちゃんの事だよ。お前ら……その、なんだ。仲いいだろ」
「ああ。だから今回の架け橋役になっているんだが」
友人に頼られる俺、かっこいい。年下の女の子から頼られる俺、ブラボー。
「あのなぁ」
俺の言葉に呆れているらしい。何か問題発言でもしただろうか。
「……ま、お前さんがいいのならいいや。今日は出来るだけリルマちゃんと話すなよ。啓輔と話さなければ、宗也は話しかけやすいだろうからな」
「そうだな……って、普段から別に多く話したりはしてないって。思えばリルマの家も知らないし、学園の教室も知らないし。下駄箱はどこを使っているのかもわかっちゃいないんだぜ? 更衣室の右から何番目を使っているだとかも知らないぞ?」
「それはどんなに仲良くなろうと教えてもらえる情報じゃないだろ」
「冷静に考えてみればそうだな」
「冷静にって……何慌てているんだよ」
「慌てちゃいないさ。俺はいつだって冷静。そう言うのを知りたいのなら変態さんになるしかないって事だろ?」
「その通りだが、いばらの道だろ」
リルマの事はさておき、水族館は滅多に行かないからなぁ。面白いかどうか知る良い機会だ。
そんなこんなで約束の時間になり、女性陣がやってきた。青木に、蛍ちゃんに、リルマだ。
「きょ、きょうはっ、よろしくお願いします」
「ここここ、こちらこそっ、よろしくお願いしますっ」
宗也とリルマが向き合って下げあい、そして頭をぶつけた。
笑っちゃ駄目だと思いつつ、口が歪むのを我慢できない。俺が初めてリルマに会ったとき、あいつは笑っていたが責められないな。
何あれ、小学生かよという突っ込みを必死にこらえて見ていると、裕二に蹴られた。
「おい、いきなり何をするんだ」
「ばっか、何笑っているんだよ。もう戦いは始まっているんだぞ。そんなゆるい気持ちでいると、面倒なことが起きるぞ」
何気に本気だな、裕二の奴。他人の戦いに介入しているんだがそれはいいんだろうか。
「悪かったよ」
「悪いと思っているのならきりきり働け。さっさと青木の隣か蛍ちゃんの隣に行くんだ。今日のお前さんのポジションはそこらへんだけ」
「……わかったよ」
しょうがないので青木の隣にやってきた。畜生、鬼監督め。
「怒られてやんの」
「うるせぇ。けど水族館に青木もついて行くんだな。何をするために行くんだ?」
「朴念仁をばらばらにして、サメのえさにして楽しむ場所に」
「おいおい、水族館にサメはいないぞ?」
「じゃあ、細切れにしているかに食わせる」
こえぇよ。というか、朴念仁って誰の事だ。
「それよりさ、今日はリルマちゃんの隣じゃなくていいの?」
「ああ、本来あいつと宗也が二人でいくはずだったんだからな」
「裕二君からも聞いたけど、あの宗也君がリルマちゃんをねぇ……」
なにやら思うところがあるようで目を細めて宗也の後姿を見ていた。
「何、どうしたよ」
「ほら、宗谷君って美人の知り合い結構いるじゃない?」
幻想を追いかけて一流大学に行っちゃた子が複数いる事を青木は裕二から聞いて知っている。どういう星の下に生まれたら女の子に追いかけてもらえるんだろうか。俺も男だから女の子に好き好きオーラ出してもらって追いかけられたい時もあるさ。
「無駄にいるなぁ」
「それに放っておいても、もてるでしょ」
悲しいが、事実だ。宗也はもてる。裕二やその他の男共が血の涙を流すほどだ。男は見た目が重要ではないのかと、宗也よりイケメンの人が言っていたっけ。
まぁ、一番は金だ(そして宗也は金持ちの家の息子だ)と言うのは知っているがそれ抜きで考えてほしい。
「それで一目ぼれで相手を選ぶなんてねぇ。ちょっと軽いなと。もっとこう、がちがちに……えっと、こういうのって何って言うんだっけ。ガチホモ?」
「それ、全然違う。あれだろ、宗也は手堅くいくかと思ってたか?」
「そう、それ。手堅くいくかと思ってたよ」
一つもあってないだろ。
「堅苦しい考えだな」
普段何も考えていないイメージが強いだけに、堅実なところもあるようだ。
「だって、そうでしょ? 積み重ねてきた時間の中で相手のことを知って、信頼を重ねる。それがないのに相手を好きになりましたって……ありえないよね」
宗也の事を全否定する青木。最近何かいらつくことがあったのかもしれない。しかし、能天気そうな青木が色恋に関してはしっかりしてそうなのが意外だった。
「案外、そういうところはしっかりしてるんだな」
「……この考えって啓輔にとって嫌な考え方かな」
「いや、いいと思うよ」
そう言うとにやぁっと笑った。意地の悪そうな顔だ。
「でもさ、でもさぁ、あたしがそう言う事をさせてあげるって言われたら……ついて行っちゃうでしょ?」
身体をくねらせて頬を染めていた。かわいく見えないこともないが、おそらくそれは気のせいだ。特に理由はないが、絡新婦を思い出した。俺みたいな弱者はこういう奴に弱みを握られるとまずい。
「そう言う事ってなぁに? 僕ちん、わかんない」
「またまた、とぼけちゃって。で、行くでしょ?」
「俺は行くよ」
裕二が脇から口を挟んできた。
「裕二君には聞いてないよ。邪魔しないで」
「まぁ、落ち着け。加勢しに来たんだ」
「え、マジで?」
口を三角形にして青木が驚いていた。
思えば、この二人って意外と仲がいいよな。そういえば、遊園地に二人で行っちゃうぐらい仲がいいんだったな。もしかしたら青木の奴は裕二の奴が好きなのかもしれない。はっ、さっきの朴念仁とは裕二の事なのかもしれない。
「啓輔もほいほいついて行っちゃうだろ?」
「俺は行かない」
「馬鹿な男だな。据え膳くわぬは男の恥だろ」
まぁ、確かに目の前に出された料理は食べないと失礼だ。
「ははぁ、裕二は知らないのか。青木、病気持ちだぜ?」
「え、マジで?」
今度は裕二が口を三角形にして驚いていた。
「まじまじ、本人が言ってた」
「あれは馬鹿を相手にするときの冗談だってば」
「啓輔よ」
「なんだね」
「俺らって馬鹿に入ると思うか」
人差し指をくるくるさせて、挑戦的な瞳を俺へと向ける。
「俺は入らないけれど、お前はお馬鹿だと思う」
「奇遇だな。こっちも俺は入らないけれど、お前さんはお馬鹿だと思っていたんだ」
同じなようで違うんだな、はは。
似た者同士の俺たちは拳を作って笑いあい、けん制しあうのだった。
「ちょっと、あたしを無視しないでいちゃつかないでよ」
「いちゃついてないよ? な、裕二」
「おうとも」
俺らは肩を組み合って笑いあう。
「男同士でべたべた仲良くしあうのって気持ち悪い」
「おっと、何の話だったかな?」
「そうそう、青木が病気って話」
「だから、馬鹿を相手にするときだけ!」
「と、言ってますけど? そこらへん、啓輔君、何か弁明を」
「そうだったかな。覚えてないな」
俺は適当に首をすくめて見せた。途端に、青木の怒った顔が至近距離に迫ってくる。
「啓祐の馬鹿、あほ、クソ、言っていい冗談といけない冗談があるのわからないの?」
「わ、悪かったよ。けど、ひとめぼれはなぁ……どうだろう」
俺は腕を組んで考えてみる。立場が悪くなった以上、話をそらさなければ。おとなしく謝っちまえばいいんだろうけどさ。
「いいじゃないか、一目ぼれ」
裕二は人差し指をくるくる回し、真面目くさった顔で答えた。
「理由を聞こうか」
「びびっと男のセンサーに来たんだろ、ん?」
「おいこら、変なところを指さしアピールするな。青木の前であまり下ネタをすると切断されるぞ」
「これは失礼。だがね、長い人生だ、ひとめぼれも何回かある」
事も無げに言って見せた。さすが、ナンパばっかりしている奴は言うことが違う。
「……一目ぼれがあったとしても一生に一度だろ」
「私も、一目ぼれは一度だと思います」
蛍ちゃんも交じってきた。そりゃ気になるよなぁ。もしかしたら兄貴の彼女になるかもって相手が友達だ。
「それで、啓輔は? 悩んでいるみたいだけどはっきり答えてよ」
「あん? 俺か? 俺はなぁ……ないと思う」
「お前さんも宗也を否定しているじゃないか」
「そういうつもりはないが、何せ、自分にひとめぼれって経験が無いからな」
割とそういう人はいるんじゃないかな。ひとめぼれはありかなしか、経験したことがあるかでアンケートを取ったら結構面白い結果が出ると思うよ、うん。
「ああ、確かに啓輔には彼女がいたからぴんと来ないよな。もしひとめぼれが起きていたら浮気になるか」
「それとこれとはまた違う気がするけれど?」
青木に言われたが、ぶっちゃけひとめぼれなんざきっかけでしかないのかもな。
俺達四人は先行する二人についていく。
水族館へと場所を変えて、俺は素直に驚いていた。
「すげぇな。子どもの頃に連れてこられた水族館はなんと言うか……おさわりする場所しかなかった」
蟹とかヒトデとかな。あと、サザエも居た気がする。あわびとナマコも触り放題だった。名前が書いてあって水槽があっても、肝心の中身がいないっていうものもあった。寂れた水族館しかいかなかったからかねぇ。
「啓輔、お前さん……もっと言い方ってものがあるだろう?」
いつもなら乗っかってくるのにたしなめられた。今日は女子がいるからか下ネタを控えているらしい。裕二のくせに生意気である。
青木に嫌われる分は問題ないが、蛍ちゃんはまずいな。ここは紳士的に真面目に返そう。
「……ソフトタッチ?」
「真面目に頼むぜ、おい」
「これでも真面目なんだ」
「それならいいけどよ……いや、無自覚っていうのが一番たち悪い」
様々な海洋生物を眺めているうちに、歩いていたら迷子になった。水槽内のつくりや、色とりどりの魚に見とれていた結果だ。
本当、周囲に知り合いが誰もいなかった。薄暗いからと言って、知り合いを間違えることはないし、ちょっと戻ってみたけれど俺が先行していたわけではないようだ。
「……この年齢で迷子とか、マジかよ」
そんな時、いきなり視界が防がれる。
「あはっ、だーれだ」
まるで鈴の音のなるような可愛い声だった。
はて、こんな声の子、知り合いにいただろうか。しばらく頭の中で、出会った人たちの声と顔を思い出していく。
答えは簡単にたどり着く。こんな声で知り合いの人はいなかった。
「……わかった、裕二だ」
手の感触、男である。
「ご名答。啓輔、言ったそばから迷子にならないでくれ」
「……わりぃ」
今日はなんだか謝ってばかりだな。
けどさ、水族館なんて来ないからテンションあがっちゃうんだよ。すげぇなぁ、最近の水族館は。
「で、どうして迷子になったんだ」
「理由を追及するのか」
「当たり前だ。原因を追究し、ミスは無くしていかなければならない」
意外と水族館が楽しくて辺りを見ていなかったとは言えなかった。俺には素直さが足りない。
「……ちょっと道に迷っただけだ」
「どうせ、水族館を心の底から楽しんでいたんだろ?」
「うぐっ……」
「なんなら手をつなぐか。もう迷わないぜ?」
右手を差し出されて、俺は悩んだ。
「……だ、大丈夫。それはたぶん、しなくても大丈夫だ。さすがに、そこまで世話してもらう立場じゃない」
「さっさと断れ、今日のお前さん、大丈夫かよ。調子でも悪いんじゃないのか?」
「そんなことはないと思う」
それからイルカのショーを見て、昼飯となった。その頃には既に水族館を出ていたのだが、少しばかり名残惜しいものがある。
「あと一周はしたかった」
「あれ? 啓輔って二人のことを応援してたんじゃないの?」
何普通に水族館を楽しんじゃっているのって呆れた顔を向けられている。
「……そうだったな。しっかり水族館を楽しんでしまった」
いやぁ、普段食べているお魚が見ていてあんなに楽しい物なんて思わなかったよ。きれいだったし、ダイバーさんが餌をまくとたくさん寄ってきてびっくりした。水の中で花弁が散ったようで、それでいて何もない時は群れで動き回るとかきれいだ。
「あの水槽に入っての餌やりって一般客は出来ないよなぁ」
「演技かと思った。あんた、意外と子供っぽいところあるよね」
「……迷子になった以上、否定できないな」
「ま、いいんじゃない?」
青木に肩を叩かれ、俺はため息をつく。くぅ、協力すらしてなかったぜ。俺一人で水族館を楽しみましたって日記帳につけるしかない。
「お昼は何食べる?」
裕二がそういって周りを見る。場所も何気に裕二が決めているからな。単なる演技だ。
「何でもいいけど」
「僕も」
リルマも宗也も特に意見が無いらしい。俺としては魚を食べたくなったが、この空気の中で魚と言ったら吊るされそうだ。クマノミってカラフルでうまそうだよな。
さすがにあれをうまそうだなって言うのはまずいな。もっと別の奴にしよう。
「青木、お前が可愛いって言っていたあの魚の名前、何だっけ?」
「あ、それってチョウチョウウオ? 可愛かったよね」
「そうそれ。あれ、うまそうだな」
「……はぁ、デリカシーないんだから」
思いっきり青木に呆れられた。
「うーん、っていうか、今日の啓輔はどこかおかしい気が」
「それ、裕二にも言われたけれど俺は普通だよ」
「自覚なし、か」
青木はしばらく悩んでいたが唇をゆがめた。
「年下には負けないもんね」
「は?」
俺と青木がそんなやり取りをしている間、アドバイザー夢川裕二が宗也に進言し、イタリアンのお店になった。
二人席と四人の席に若干離れ、俺達四人はその様子を窺っていた。
「仲、良さそうだなぁ」
なにやら満足げの裕二。こういう裏方でセッティングする仕事が向いているのかもしれない。俺は足を引っ張ってばっかりだから向いてなさそうである。そろそろ将来の方向性を考えておいた方がいいかも。
「そうだな」
「あんなに生身の人間と話すお兄ちゃん、久しぶりに見ました。普段はモニターに話しかけていますから」
その様子を想像してため息が出た。青木、裕二も俺と同じ気持ちだろう。
妙な沈黙が俺たちのテーブルに広がる。ところで蛍ちゃん、生身って表現他にどうにかならなかったのかな。
「ほ、蛍ちゃん、お兄さんの事なんだからもうちょっと持ち上げたほうがいいと思う。今日この日、この一瞬だけでいいから」
「そうですか?」
見かねた青木の言葉に蛍ちゃんは首をかしげた。
青木をフォロー側に回すなんてなかなかやるな、蛍ちゃん。
「じゃあ、漫画本を見ながら、作画はいいんだけれど、ストーリーが駄目なんだよなって普段は言っていますよ」
蛍ちゃんは兄の声真似をして見せているらしい。なるほど、特徴をとらえている。でもね、蛍ちゃん。それもどうかと思うよ。
「お、声真似か。似ているね」
裕二は感心したように笑っていた。
「そういう批評も人によっては……いや、いいや」
漫画でそこまで気にする人、いるんだろうか。
食事を終えた後は適当に繁華街の店を冷やかした。俺は青木と蛍ちゃんと存分に楽しみ、裕二はしっかりと二人を見据えて補佐に回っていた。
そしてあるお店に入ったとき、俺の隣に蛍ちゃんがやってきた。
「啓輔さんもリルマちゃんと普段はデートするんですか?」
「……はい?」
頭の中がいったん停止し、言葉の意味を理解し始める。
俺が、リルマとデートだと?
「うーん、しないよ」
影食いで一緒に出掛けていたことはデートにカウントされないだろう。
「そうなんですか? 二人とも仲がいいし、学園でも啓輔さんの話をたまにするから」
「え、マジで?」
「あいつはジュースを飲むときはあれをよく飲むとか、元気がないときは慰めてくれるんだとか」
リルマよ、そういうのを俺の知らない誰かに言うのやめろよ。なんだか恥ずかしいだろ。
「あの、元気を出してくださいね」
「え?」
「お兄ちゃんにリルマちゃんは合わないと思います」
「おいおい、さすがにそれは……」
「それに、なんだか今日のお兄ちゃんは無理をしているというか、らしくないんです」
妹がそういうのならそうなんだろうか。
リルマと一緒にいる宗也を見る。傍から見ると、少なくとも俺の目を通してみる二人は楽しそうに見える。
「リルマちゃんも、いつもより無理しているっていうか……」
俺には蛍ちゃんがどうしてこんなことを言うのかよく分からなかった。
それからもいろいろなお店にみんなと一緒に冷やかしたりした。こういうのもやってみると案外悪くない。皆がいるからだろうな。
そして最後にムードある公園の噴水近くまでやってきた。暗くなると演出があるらしい。近づいてみると噴水近くからレーザーが出てきた。寒さなんて吹き飛んじまった。
「すげぇな、裕二。綺麗な演出だよっ。近くにこんなところがあるなんて全然知らなかったよ!」
「だろう?」
そういって苦笑していた。
「え、なんで困った顔で笑っているんだ?」
「啓輔がはしゃぎすぎなんだよ。子供かっての」
「そういうことか、すまん」
青木に言われて俺は直立不動になった。またやっちまったらしい。
「いいよ、気にするな。けど、まさかここまでタイムスケジュールどおりに事が進むとは思わなかったが……」
宗也が時間通りにきっちり進めているからかと独り言をつぶやいていた。
「確かに時間配分はよかったね」
青木も素直に誉めていた。公園の噴水は色とりどりのライトに照らされて数秒ごとに色が変わる。
幻想的で、素晴らしいものだ。一人でも十分楽しめるが、二人ならもっと楽しめることだろう。
みんなでこうやって遊びに出るのもたまにはいいものだ……って、俺は遊びに来たんじゃなかったな。
「凄いですね、裕二先輩っ。やっぱり、色んな女性とデートに行くとこんなに上手くなるんですね。経験がものを言うん……です、よね?」
蛍ちゃんのその言葉に裕二は膝を屈していた。
「ゆ、裕二先輩?」
「そうさ、俺はどうせこのデートコースを一人で何回もまわっていたもんさ。おとなしい子、無邪気っ子、ぐいぐい、つんつん系色々と想像しながらな」
ここまで裕二を追い込むとはな。さすがだ、蛍ちゃん。
しかし、今日一番の功労者がこのままだと可哀そうである。
「人には踏み込んじゃいけない領域がある。蛍ちゃん、今、君は反省をしなくてはいけないんだ。わかるね?」
「は、はい、裕二先輩。す、すみません」
「いいんだ、子供が一人すごく喜んではしゃいでくれたから連れてきただけでもよかったよ」
「本当、すみませんでした」
迷わず俺も頭を下げた。
俺らがそんなやりとりをしているうちに、ムードに後押しされたのか宗也がベンチから立ち上がった。それにつられてか、リルマも立ち上がって相手を見る。
「これは……確実に告白の流れ」
ダメージを受けていた裕二が立ち上がり、勝負師みたいな表情で二人を見ている。
「出会ってそんなに経たないのにな」
「ひとめぼれですからお兄ちゃんは勢いが大事なんだと思っているかもしれません」
ある程度離れた場所で見守っている俺達の中で、青木はさらに一歩近づいていた。つい、近づきそうになってしまったのか。なんだかんだで興味があるんだな。
「さてと」
そして次に俺たちの顔を順番に見始める。
「どっちに賭ける? 告白成功か、失敗か。一口千円。私は失敗する方」
かけ金が、高い。ジュース代ならともかく、千円とか無駄じゃないか。
「俺は、俺の信じたデートコースを……最後まで信じてみせる。もちろん、成就だ」
「よしよし、啓輔はどうする?」
「……参加しない」
何て奴だ。賭けの対象にしたかったのかよ。友達の恋の成就を賭けにするってどういう了見だ。
「ふんふん、それもまたよし蛍ちゃんは?」
「すみません、私も失敗すると思いますけど、賭け事はちょっと……」
それが利口だろうな。何気にばっさり自分の兄貴を切り捨てた挙句、賭けもしないって言うから凄いよ。
青木よ。お前はもうちょっと相手の気持ちを考えてやれ。兄貴を賭けの対象にするのは蛍ちゃんは全然これっぽっちも問題ないみたいだけど、世間一般的に言ったら嫌だろ。
今日一日中、一人でデートコースを楽しんでいた俺が言う事ではないけどさ。そういや、昼飯もうまかったな。
「さて、結果は……」
目を輝かせて裕二は二人を見つめる。リルマは申し訳なさそうに頭を下げた。宗也はリルマに両手を振って何かを言っていた。
「あの様子を見たらさ、分かるだろ」
「そんな、馬鹿な……」
損をしたのは裕二だけ。友達のために一日がんばったのに、哀れな結果である。こういうのに金を絡めちゃいけない。
「にっしっし、やったね」
青木、お前ひどすぎ。友達二人が肩を落としているというのに(一人は自業自得だが)、まず金を得た喜びか。
「裕二、すごく楽しかったよ。また来たいぐらいだ」
「そうですよ、裕二先輩。素晴らしかったです」
「……二人とも、ありがとよ。はぁー」
裕二を慰め励まし、男子側はそのままファミレスへと向かった。女子もどこかに行ったのだろう。
「お疲れ。宗也、楽しかったか?」
変に気遣う必要もないだろう。フラれたというのにどこか清々しい顔をしている。
「楽しかったよ。振られちゃったけどさ。久しぶりにデートもできたんだ」
ファミレスに向かう途中は無言だったけれど、裕二みたいに肩を落としていなかった。こいつは、強いんだな。まるで元から駄目だとわかってやったみたいに、何事もないっていうのがすげぇよ。勝負には負けたけど目的は達成した、みたいな顔をしているし。
「初日に告白は時期尚早じゃないのか?」
相手に好きだって気持ちは伝えてある。それならお互いのことをもっと知ってからでも遅くなかったと思う。
宗也程の人間なら、すぐにでもわかりそうだが。
「ううん、いいんだ。僕は今の結果に満足しているから」
「……そうか?」
何かの演技かと思えば、ちゃんと満足している。
「それに、僕も君と一緒にいると楽しいから」
「お、そうか? そう言われると嬉しいねぇ」
本人が満足しているのなら俺が何かを強く言う必要はない。そして、今日一日を心の底から楽しんだ俺に言う資格はない。
多少は、何と言われて断られたのか気になるけどな。
「……ま、宗也がそれでいいならいいんだけどよ」
そこで違和感を覚えた。僕もってどういう意味だ。
しかし、俺の思考は慰めるべきもう一人の友人の視線で遮られる。
「そうもいかねぇよぉ……俺の究極のデートプランがあっさりと崩されるとは」
元気の無い裕二に俺はため息しかつけない。まさか、傷心者が二人も出るとは。まぁ、宗也の方はあまり傷ついてないから放っておいても良さそうだけど。
こっちのフォローは面倒だ。さわやか宗也と違ってフォローがないと尾を引くタイプだからな。
「よっしゃ、好きなだけ頼め。ここは俺が奢る」
金で解決するのならこれほど簡単なことはない。もちろん、この程度じゃ癒しようがないかもしれない。この程度で十分すぎるだろう。
「啓輔君、いいの?」
「ああ」
宗也には協力できていなかったし、裕二には迷惑かけちまったからな。
「マジで? よっしゃ元気出たわ」
今時飯奢るくらいで元気になる奴は居ないと思うんだ。
「ひゃっはー、たくさん頼んで超お上品に食べきってやるぜ」
「僕もたまにはたくさん注文しようかな」
騒がしい友人二人を見ながら、俺はもう一人の友人の顔を思い出す。
「え、あたしぃ? 脳内にまで登場させるなんて……しょうがないなぁ」
「青木、お前じゃねぇ」
脳内で騒ぐ青木を無視して、その先にいるもう一人を見る。
「……今度、リルマに聞いてみるかな」
振った理由を聞かせてもらうのも別に悪くは無いだろう。もちろん、教えないと言われたらそれまでだ。下世話な事だと思っていても、何となく気になってしまった以上はしょうがない。




