第四十三話:一目ぼれ?
十二月も半ばになると寒さが本格的にやばい、なんてことはなく、日中は思ったよりも寒くなく、目的、目標もない俺でもふらっと外に出てしまいそうだった。
宗也と裕二を誘って遊ぼうかねぇと思っていた俺だが、今回は珍しく宗也に呼び出された。
「来てくれてありがとう」
「はいはい、なんざましょ」
薄暗い部屋のモニターにはアヒルちゃんがいた。他にも、大量のアヒルちゃんがモニター内部でひしめき合い、戦っている。
これ、どこかで見たような気がするな。どこだったかな。ああ、ゲーム屋のワゴンだ。
「実は僕、恋をしたんだ」
「ほー」
そういうのって宗也だとしょっちゅうあるよなぁ。俺の嫁って言っていたキャラも結構変わるし。と言うか、複数いるし。
一番思い入れのあるキャラはさしずめ、第一夫人と呼べばいいんだろうか。割と真面目な話、宗也の部屋には男子キャラ禁制の大奥棚があるんだよなぁ。知り合ってから一度たりとも男キャラが飾られているのを見たことがない。
「……モニターの中にいる人間じゃないよな?」
「もちろんだよ。ちゃんと現実にいる女の子に恋をしたんだ」
そうか、そりゃよかった。冗談で言ったつもりだが、もしかしてと思ってしまった。
まぁ、学園にいた頃は宗也の周りに女友達がわんさかいたからな。宗也を好きになる奴はどいつもこいつも、不思議な苗字に名前だった。
えっと、どんな奴が居たっけな。
俺はしばし、脳内の思い出の引出を引っ張ってみることにした。
火鼠 民子。馬鹿な子。理屈はよくわからないと言うが、走ることが大好きな女の子。足も速く、宗也を見つけると全力でダイブしてくる。スタイルも悪くなく、美脚が自慢らしい。よく宗也に勉強を教えてもらっていることで想いを寄せた。結構な頻度でアタックしていたがなんだかんだで宗也にかわされている。宗也が一流の大学に行くだろうと踏んでいたため、苦手な勉強も努力でカバーし、見事合格を果たす。しかし、そこに宗也の姿はなかった。
水魚 夢見。学園にいたころ、生徒会の役員だった。一般生徒からの評判は冷静で美人。これまでずっと冷静で美人という仮面をつけて生きてきたために疲れており、偶然自分の趣味を知られたことで宗也とわかりあう。ぬいぐるみが好きで、想いを綴った手紙をぬいぐるみの持つバトンの中に入れて渡している。なお、このぬいぐるみは宗也に厳重に管理され、小型金庫の中に保管されている。大学でも宗也と会えると思って一流大学へいったが、宗也は羽津大学に通っている為に出会う事はなかった。
土谷 深月。小学生のころから宗也と知り合いの少女。当時は太っており、それが理由でよくいじめられていた。宗也とは夫婦と呼ばれており、そんないじめっこ達から宗也に守ってもらっている。転校を機にダイエットし、地元に戻ってきてからは別人のような美人となっている。宗也と同じ大学に行くつもりだったが、宗也が羽津学園へ行ったために一流大学へ行っている。そのため、感謝と想いを告げることに失敗している。
風雅 翼。貧乏な家の出の女の子で、宗也の事は最初金づるにしか考えていなかった。しかし、騙されているうえで協力してくれていた宗也に対して自分を恥じ、心を入れ替えた。お金のことになると目を変えるのだが、普段は割といい子である。他と同じく奨学生として一流大学に行ったが、他の女の子と同じく残念な結果になった。
金光 あかり。お金持ちの少女。髪型は縦ロールで常に執事とメイドを連れている。
元は宗也の許嫁だったらしいが、顔合わせの時に一悶着がある。何度目かの顔合わせの差違、許嫁の話を受ける事へ方向転換しようとしたが、事前に執事とメイドに邪魔するよう言っていたために九頭竜家との仲は最悪になった。他家の者も参加しているほどの大きなものだったため、乱闘となり、その際に宗也に助けられたことでひとめぼれした。それ以後は振りむかせようと躍起になっている。口癖はですわ。貧乏者を幸せに導くことがお金持ちのあるべき姿だと独自の考えを持っているとのこと。なお、いまは海外に行っているらしい。
闇﨑 雛罌粟。どこか暗い印象の少女。どうせ人間はいつか死ぬのだと悲しみに暮れている。宗也が彼女の問題を解決したことで、それなりに普通にはなったが宗也に対して歪んだ愛情を持ってしまった。ストーカーなどは行っていない(二人は結ばれる運命だから偶然で大丈夫だと言う信念らしい)。自分の体液を料理に入れ込んだりするヤンデレであるが、食品衛生的にどうなのかと悩むことが多く、実際に渡したことはない。学園を卒業度、どこにいるかは不明。余談だが、彼女がよく見ていた桜が今年は異様に美しく咲いたとのこと。
竹下 祥子。ごくごく普通の少女。特筆すべき点は無し。
これ全部、裕二が調べてきたんだよな。改めて見るといや、ねぇよ。絶対にありえねぇよってメンバーだった。たぶん、住んでいる次元が違うんだろうさ。
しっかし、あの連中もなかなか報われないよなぁ。宗也の奴も罪作りな男だ。今回、ひとめぼれとなると上記のメンバーは違うってことになる。
「で、誰にひとめぼれしたんだ? 俺の知ってるやつか?」
別に一目ぼれってわけじゃないが、この前、大学でかわいい女の子を見つけた。背が少し低くて、男なら絶対に振り替えるだろう相手だ。見た興奮を裕二に伝えたらなんだか歯切れが悪く、お前さんの夢を壊したくない的なことを言われたりする。
「一目ぼれした相手はリルマちゃん」
「へぇ、リルマに?」
それはお目が高い。かなりいい目をしていらっしゃる。
「そう、この前のバーベキューで一目ぼれしたんだ」
そうか、そういえば宗也の奴はこれまで一度もリルマと会っていなかったのか。ああ、待った。瑠璃ちゃんとしては一度会っていたっけ。蛍ちゃんの友達だし、一度ぐらいは家で会っていると思っていたんだが、宗也の事を考えると部屋から出てくるわけがないな。
しかし、一目ぼれかぁ。運命を感じる一言だ。あなたに一目ぼれしましたってイケメンや美少女に言われたら落ちる……とはさすがに言えないな。たぶん、この人誰だっけと考えて思い出せなかったら怖いこともあるし。
「いいなぁ、そういうのは羨ましいなぁ……それで、俺にどうしろと?」
「架け橋になってもらいたいんだ」
橋、だと。お前の体重を支えるほど俺は足腰鍛えていないぞ。実際にマンガみたいに橋なんて作ったら、お前乗った瞬間一緒に谷底へまっさかさまだよ。
「僕の気持ちを伝えて欲しい」
「俺が? そういうのは自分で言うべきものだろ」
架け橋的存在なら間接的な役割を望まれるはずだ。リルマの下駄箱に手紙を入れて呼び出しでもいい。俺が本気を出せばジャージだろうがショーツだろうがなんだって手に入れてやろう。
残念ながら、宗也や俺は大学生だから学園に意味なく入ると取り押さえられ、下手すると豚箱行きだ。もしそうなったら行きつくところまで行ってやろうと思う。目立ったもん勝ちだ。そんで、体育館にブルーシート引かれて目いっぱいの靴の中敷きコレクションを見せつける。しかも、右足限定でな。
「あのー、聞いてる?」
「話半分には」
「ちょっと、ちゃんと聞いてよ」
「すまね」
普段見せない顔で睨まれたので神妙な顔をする。あれは何か使命を帯びた男の目をしていた。
「宗也が直接言った方がいいだろ」
「……面と向かっては恥ずかしくて」
肩を落としてそんなことを言った。
やれやれ、でかい図体しているくせに、しょんぼりするなよ。何だか俺がいじめているみたいじゃないか。
「小心者だから」
さっきはすさまじい顔で睨んできたくせに。こいつはただの豚じゃないと俺は思っている。
「わかった、いいよ。伝えるだけ、伝えるさ」
困ったときはお互い様だ。俺が失恋した時、方法はどうであれ、俺の事を慰めてくれた。だったら、次は俺が何とかしてあげたい。架け橋ぐらいでいいのなら喜んでやるよ。
もちろん、友達相手に恥ずかしくて言えないけどな。
ふと、宗也の顔を見るとまるで何かの視察官のような表情を見せた。
「……そんな怖い顔をしてどうかしたのかよ?」
「ううん、何でもない。どうなるのかなってドキドキしてね」
その表情も一瞬で消えた。恋する少年の瞳に早変わりだ。
「啓輔君、本当にありがとう」
「まぁ、まかせとけ。けどさ、俺より、蛍ちゃんに言えばいいじゃないのか? あの子、リルマと仲がいいだろ」
「う、うん。そうなんだけど……兄貴として妹に頼むのはどうかなって」
プライドでもあるのだろうか。まぁ、そんなことはどうでもいいか。そんなプライド、犬にでも食わせたら楽になれると思うがね。
さて、頼まれごとはさっさと片付けたほうがいい。早速次の日放課後にリルマと会う約束をとりつけ、喫茶店へと誘った。
さすがにこの時期にお冷はどうだろうかと思いつつ、一口含むことにした。もしかしたら、冷たそうに見えてお冷さんの心は案外温かいかもしれない。
「ごくっ」
うん、冷たい。
俺が告白をするわけでもないのに、口の中が乾いて仕方がない。切り出しづらいと思っていたら、リルマの方から声をかけてきた。
「それで、用事って何?」
リルマの奴には詳しく言っていない。お茶でも一緒にどうだと誘っただけだ。誘い方がナンパみたいだと笑われたが、乗ってくれた。
さて、どんな反応するかな。
ただねぇ、このまま言ってもうまくいきそうにないんだよ。自分で顔も見せない相手とは付き合えない、って言って終わりそうだな。
「どうしたの? 黙り込んじゃってさ」
「……本題に入る前に、場を和ませるジョークを挟もうかと思うんだ。ワンクッション入れてもいいか? 忙しいんならやめる」
「忙しくないから構わないけど?」
機嫌が悪かったら恐らく水をぶっ掛けられただろう。さっさと本題を話すか、尻尾を巻いて帰れと言われていたかもしれない。
いいや、きっと素直でいい子のリルマちゃんはそんなことをしないよな。
「えーっとだな、いや、なんでもない。ジョークはやめておく」
「何それ。意味わかんない」
軽く不機嫌になった。今のは完全に俺が悪い。
「あー、こほん。リルマ・アーベルさんや。お前さんにだな、懸想しておる男子がおるよ」
「けそう?」
そう言ってお冷を躊躇することなく飲んでいる。冷たくないのか。
「まぁ、一言で言うと恋をしている奴がいる」
きっかり三秒固まって、お冷を吹いた。俺は避ける術を知らなかったので必殺技、リルマミストを真正面から浴びる羽目になった。お前は、レスラーかよっ。
「ご、ごめ……げほげほっ」
「いや、いいんだけどさ」
水を拭いてテーブルもついでに綺麗にしておいた。ウェイトレスさんが慌ててやって来たので、大丈夫です、ご褒美ですとおどけて見せたら引かれてしまった。
「それっ、だ、誰? もしかして、啓輔……?」
「俺じゃない」
「じゃあ、誰……うそ、私のことを好きになった男の子がいるなんて!」
自分の顔を両手で挟んで、リルマは首を振り始める。うは、なにこの面白い生命体。
「啓輔の知り合いよね? 裕二先輩?」
「裕二じゃないな。宗也だ」
「え?」
「宗也だ」
「……本当にそれ誰?」
一瞬にして冷めきった表情になった。
宗也よ、素で知らない顔をされてしまったぞ。お前、もうちょっと外に出て皆様に顔を覚えてもらえよ。
「蛍ちゃんの兄貴だ。蛍ちゃんの家に遊びに行った時に会ったことあるんじゃないのか?」
「う、うーん、ごめん、その人の部屋の扉は見たことあるかもしれないけれど……会ったことが無いからわからない」
会ってるよ、リルマ。
「この前のバーベキューにいたぽっちゃりめがねだ。あと、お前が瑠璃ちゃんの時にも会ったぞ」
「……ああ」
ぽんと、たわなな胸の前で手を叩く。立派なもんだね、俺も女の子に生まれ変わったらそのぐらい欲しいもんだよ。
「……ごめん、バーベキューの時はお肉を美紀から守ることで頭が一杯だった。あいつったらひどいんだよ? 私が取ろうとしたらすぐさま横からとっちゃうし、野菜とか放り投げて皿に入れてくるし」
俺の知らないところでまた別の戦いがあっていたようだ。
「肉の話はいいんだが、宗也のことは覚えているか?」
「よく覚えてない。瑠璃って名乗った時も特に覚えてないかな。少し前の事だもん」
まぁ、瑠璃ちゃんの時はしょうがないな。もう別人レベルだし、彼女を見たらこの世の大半の男がびびっと心に電波を受けて恋しちゃうから。
「なんだか、気持ち悪い顔してるけど?」
「気にしないでくれ……ま、リルマと会った時に一目ぼれしたらしい」
「瑠璃の時に?」
「いいや、バーベキューの時だよ」
リルマが知らないとしても、ひとめぼれは成立するので問題ない。うぅん、でもバーベキューの時にときめいた顔なんてしてなかった気がするんだよね。気のせいかな。
「そそそそ、そうなの。それは、あれね。あれよ、うん、あれだわ」
あれが多いな。あれって何だよ。緊張しているのはわかるが、落ち着け。しかしまぁ、反応が面白いな。色恋沙汰には疎いのか?
ちょっと煽ってやってもいいが、俺のせいでこじれたら大変だし、宗也に申し訳ない。
「水、もらうね」
「あ? ああ」
そういって俺のお冷に口を付ける。関節、いいや、間接キスだが、まったくときめかなかった。字面的に関節キスの方がときめくかもしれない。関節にキスか。変態プレイの一種じゃないのか。
今気づいたが、初めての間接キスってわけじゃないのか。よくジュースを分けて飲んでいた時もなぁ。男は大して気にしないが、リルマも気にしていなかったっけ。ちょっと寂しいものがあるかな。男として認識されていない、つまり、女として認識されている恐れがある。
「どうしたの?」
「……中学生の頃は、いいや、なんでもない」
もうあのドキドキは戻ってこないんだな。
「そう?」
「それより、落ち着いたか? ちょっと深呼吸してみるといい」
「うん、すーはーすーはー」
深呼吸をして落ち着いたのか、顔色も戻った。
「で、私はどうすればいいの?」
「それを俺に聞くのか」
「う、うん。初めてでさ。えっと、啓輔って元彼女がいたじゃん。力になってくれると嬉しい」
相手に攻め入るため、架け橋になるっていっていたけどさ、まさか相手からもどうしたらいいと相談されるとは思わなかった。
これで将来的に結婚にでもなったら俺、仲人として司会者になるかもしれない。
「……えーとだな、そうだなぁ。今回の場合は単純にいいとか、ダメとか返事すれば良いと思う」
「返事?」
「そう。生理的に存在を認められないとか、ぞっこんですとか……向こうは返事を待っているから」
宗也の奴、待っている間に心臓が破裂するかもしれない。
しかし、妙な話でもある。宗也は普通に裕二や、俺よりも美女の知り合いを多く持つ。宗也は無駄にもてるのにそれらにオーケーしないのが不思議だ。
それこそ、宗也が行くだろうと考えていた大学に行った連中が不憫だよ。大学に入ってスマホの番号も変えちまってたし、何が彼をそうまでさせたのかさっぱりだ。
「え、えっとさ、ごまかさない?」
「ごまかす? 一体、何の話だ」
「啓輔と私が二年前からつきあっていることにして、今回は駄目だよーって」
何だよ、駄目だよーって。
「あのな、リルマ」
「な、何?」
少し強めに注意してやろうかと思った。あまりに宗也に対して誠意を感じなかったからだ。いや、宗也も直接言ってない時点でどうなんだって話だけどな。あいつもなんだかちょっと怪しいし。どこがと言われたら答えきれないけれどさ。
「こ、怖い顔して何よ?」
ただ、リルマの目を見て折檻する考えが変わった。影や美空美紀と相対した時のような凛々しい表情が信じられないほど、ビビった顔をしている。
年相応の女の子か。下手すると、それより初心かもしれない。いまどき、珍しいな。ここまで初心だとさ。
俺の失恋を笑っていたリルマはもういないのか。
「……蛍ちゃんに嘘だって一発でばれるだろ?」
気づけば降って湧いていた怒りは急激に鎮火し、嘘が通じないことを普通に伝えていた。
「うっ……ほ、蛍にはこっちから頼むから」
「だとしてもだ。俺とお前が付き合っていたなんて……そんな嘘、周りにすぐばれるだろ」
俺、二年前から付き合っていたら二股してるじゃん。別れた後にしても、すぐにばれるだろ。
「あ、そっか。啓輔には彼女がいたんだった」
誰しもすぐに思い当たる結論はテンパっているリルマには難しかったらしい。さっき自分で言った事すら忘れるのだから、余裕がないのだろう。
「こういうとき、どうすればいいの? 相手のことが分からないのに、お付き合いしてくださいって言われるなんて……いきなり断るのもなんだか悪いし」
テーブルにおでこを引っ付けて悩んでいる。はて、俺はリルマに宗也が付き合ってほしいと伝えただろうか。ただ気持ちを伝えただけで、それっきりのはずだが、まぁ、いいか。
このまま放置するのも無責任なので、助言するとしよう。
「そういう時はあれだ。お友達、いいや、知り合いから始めましょうはどうだ? 相手を知って、答えを出すのがいいと思う」
「う、うん。そうね。まずは相手のことを知らないと。断るにも失礼だから」
とりあえず宗也から見て第一段階は突破できたらしい。俺はその旨を伝えるため、直接宗也に会いに行くことにした。今のところ、断るつもりのようだな。
とりあえず、架け橋ぐらいにはなれただろう。




