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影食いリルマ  作者: 雨月
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第四十二話:眠たいあなたへ

 大学の講義が終わった後、時間が余ったので買い出しに行った。生活用品をいくつか買って、アパートへと向かっている途中の曲がり角で誰かとぶつかったりする。

「いてっ」

「あたっ」

 ぶつかった相手はどうやら女の子のようで、これをやってしまうと運命の相手なんじゃないかと都合よく解釈してしまったりする。男の浪漫辞典を誰かが執筆する際はぜひとも入れてほしい案件だ。

「すみません……おや、リルマじゃないの」

「あ、啓輔?」

 ぶつかった相手はリルマだった。残念、運命の相手との出会いじゃなかったらしい。

「ふらついているじゃないか、どうしたんだ」

 身体能力がべらぼうに高い影食いにぶつかるというのは珍しい話だが、リルマが疲れているのならそうだろう。

「……ちょっと、ここら辺、徹夜が続いていてね」

「影食いが忙しいのか」

 白井のせいじゃなかった影の活性化の話。それは今も変わらずそうなのだろうか。美空との戦いや白井との出会いで一区切りだと思っていても実際はそうじゃない。それが俺らの日常ならこれからも続いていくわけだ。

「ううん、テストがあってね」

「……あ、そうなの」

 変な心の言葉は取り消しだ。何のことはない、学生の人なら経験があるかもしれないといった理由だった。

 そういえば、リルマの学力に関してはこれまで聞いたことがない。聞いたことがないものの、影食いの知識について今一つなところや歴史が苦手だと以前言っていたので芳しくないのかもしれないねぇ。

「あのさ、これから時間ある? 徹夜の時の、眠たくなくなる方法を教えてほしいの」

「ああ、構わないよ」

 この後の予定は特にない。もとから予定がぎっしり詰まっていることなんて大学生だとあまりないか。なお、友達に聞いたら割とあると言われた。

「俺? 俺は女の子のお尻を追いかけるのに忙しい」

「僕? 僕は別世界の女の子を落とすのに時間が足りないね」

「あたし? 最近は予定ないけど、空いた時間は友達から紹介されたライトノベルにはまってるかなぁ。気になるアイツは鈍感野郎だよ」

「私ですか? そうですねぇ、予定は未定ですし。最近は暇なときに年下の男の子をどうやってからかうかなって考えたりしますよ」

 誰が誰かは想像にお任せする。

「じゃあさ、あの公園に行こう?」

「あの公園?」

「ほら、ジュースの飲み方をレクチャーしてくれた」

「あそこね」

 懐かしいなぁ、もうあれから結構経つのか。あの時の俺はまだ何も知らなかったな。

「さ、行くぞ」

「うん」

 体を引きずるようなリルマの手を引いて、俺は公園へと向かった。

 風が吹くたびに体を軽く震わせるほど夕方は寒い。学園指定のコートに身を包んだリルマが少しうらやましい。

 コートを貸してくれ、着たいんだと言ったら貸してくれるだろうか。いや、そうなるとリルマが寒いだろうなぁ。

 冷静に考えたら女の子のコートを着たいって……サイズが違うからちんちくりんになっちまうな、うん。

「……で、どうしたら寝なくて済むかな?」

「ちょーっと待ってなさいよ。脳みそ回して考えてみるんで」

「うん」

 さて、眠たいけれど寝ないように頑張りたい。そんなときはどうするか。

 一つはリラックスか。熱したタオルを目のあたりにおいて、体を伸ばすことで疲れが取れる気がする。深淵より睡魔が襲ってくるものの、それなりに熱いタオルが現実に引き留めてくれたりするのでお勧めだ。なお、俺の結果としては今のところ睡魔に負けっぱなしだったりする。じゃあ、これダメじゃん。

「ダメか」

 それなら王道、カフェイン攻撃。脳みそへカフェインを送り込むことによって超、覚醒。コーヒーを想像しがちだが、緑茶も多い奴があったりする。紅茶でも栄養ドリンクでもあとは自分の好みと、カフェインを飲んだからという思い込みも効果をプラスしてくれる。

 そして、飲みすぎて頻繁にお手洗いへ行く。

「って、ダメだな」

「……ぐぅ」

 肩に何かがのっかってきたが、今は考えることが優先だ。集中、集中。リルマの力になってやることだな。

「そういや、歯磨きするのも悪くないって聞いたな。まぁ、これも頻繁にやっちゃうと歯茎から血が出るかも知らんねぇ」

 いろいろと考えて、リルマに提案しようとしたら俺の肩を枕に眠り姫になっていた。

「……眠たいんなら眠らせるのが一番か」

 肩で寝ていると体が痛くなるだろう。俺の膝にリルマの頭をのせて、上着をかけておいた。夜になるにつれて、寒くなってきたがそこはガッツでカバーだ。

 最近バタバタしていたからな、リルマも夜は影食いをやったりして大変な日だってあるはず。こうやって無防備なところを見せてくれるのは頼られている証拠だ。

 そんな風に都合よく考えれば寒さも我慢できる。腕を組んで自分は修行しているのだと言い聞かせて数時間が経った。

「……起きねぇな、こいつ」

 いい加減寒くなってきたのでさすがに俺の中の男度数もゼロになった。このまま下がると女になりそうだ。

「リルマちゅわぁん? ほぉらぁ、起きなさい?」

「ん……? え、何?」

 口をぽかんと開けたが何とか目が覚めた。うわ、よく見たらこいつよだれを垂らしてやがる。

「あらやだ、わたしの膝によだれの跡が」

「え?」

 どこかふわふわとした状態のリルマにチョップをやりたくなったのだが、近くの自販機でコーヒーを買ってきて渡してやる。

「喜べ、無糖じゃなくて微糖にしてやった。俺の心の広さに涙するがよい」

「武藤……誰それ」

 なぜかプルタブを持ったまま動かなかったので開けて渡してやると飲み始めた。こいつ、低血圧か何かか?

「なんで啓輔が私の家にいるの?」

 はい、リルマさんからお約束のボケをいただきました。

「ここはお前の家じゃない」

「え、じゃあ……公園? なんで公園にいるの?」

「覚えてないのか」

「うん」

 こいつは困ったな。

「どこから覚えてないんだ?」

「学園でテストを受けてたところから」

 リルマのテストの結果はかわいそうなことになりそうだ。

「ただね、ものすごくいい夢を見た気がする」

「へぇ、どんな?」

 この前、ある斜陽の作者の弟がもう食べられないよというべたな寝言を口にしたそうだ。はは、こいつめと思ったらまた同じことを言ったらしい。よくよく聞いてみると、もう、耐えられないよと言ったそうな。

「んっとね、啓輔が優しかった」

「俺はいつだって優しい」

「膝枕してくれたし」

「俺はいつだって膝枕だよ」

「優しく起こしてくれる時は母親になってた」

「実はわたし、女の子なの」

 佐木圭って呼んでねっ。

「ま、でもよく眠れた」

 伸びをしてリルマはすっきりとした表情を見せる。

「明日のテストも頑張れそう」

「そうか、ま、頑張れよ」

「うん、じゃあね」

 特にお礼も言わずに去っていくリルマだが、彼女は夢を見ていたと思っているのならしょうがない。じゃあ、この状況はどうなんだよと言いたいが頑張ろうというリルマの後姿を見送ることにした。

「はっくっちゅん……あー、畜生、あいつ、よく考えたら俺の上着を持っていきやがった」

 今度返してもらわないとな。


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