第三十九話:立ちはだかる敵
俺が悪者だったら誰を人質に取るか。
まず、肉親だろうか。それが駄目なら恋人で、それも駄目なら一般市民を捕まえるかな。
ああ、もちろん人質は呼び出しに使用したら始末するよ。交渉材料じゃなくて、撒き餌みたいなもんだから。
こんなことを考えてしまう俺の根っこは悪人なのかもしれない。いやいや、あれだよ、あれ。白井の狂気が滲んだだけさ。
「……縛られてるなぁ」
逆に俺が人質にされたら処分されても文句は言えないわけだ。
俺は今、人質にされている。ついでに言うと、天井からぶら下げられていた。場所は解体の進む廃病院だろう。どこか埃っぽい。
この病院、本当大人気だな。
「今更目が覚めたんだ?」
にっこりと微笑んでいるのに目は笑っちゃ居ない。平均よりちょい上な顔立ちだが、目が笑わないと不気味なものがある。
「何が目的だよ」
「じゃあ、はじめるわよ」
俺の言葉は無視か。癪に障る奴だ。体の自由さえきけば全力で煽って逃げてやると言うのに。
「始めるって、何をだ?」
「影食い」
そこは答えてくれるんだな。って、え?
「これから影食いリルマと一戦交えるからね。上乗せできるのなら、しておかないと」
美空美紀の左手が黒くなり、影となった。本来なら闇という表現が正しいだろうに、それでも影だと思ってしまうのは何故だろう。
「影食いは初めて?」
「いや、されたことがある」
「そっか。じゃあ、説明は要らないわね」
人に嫌われそうな笑みを浮かべ、右手を前に出してきた。
「思う存分、苦しみなさい」
「っつぁああああああっ……」
目に指が入ってきて、何かを引き剥がされる感覚。薄皮一枚ずつに痛覚を異常発達させたような痛みが発生する。リルマのときとは違う、また激しい痛みだ。
まるで指先に隙間無く針を刺される感覚のようだった。もちろん、試したことは無いけどさ。
痛みで頭がおかしくなりかけた一歩手前、誰かが部屋に入ってきたのがわかった。
「なにしてるのっ」
痛みは途中で止まった。途中と言っても、もう頭の中が真っ白になりかけつつあったが何とか助かったと認識できる。
俺を助けに来てくれたのは、やはり影食いリルマだった。
「あんた、影食いだったの? 余剰の影も発生していない人間に、無理やりしたら危険でしょっ」
ジャージ姿のリルマが人差し指をびしっとむけて美空美紀に言い放った。
「それにそいつの中には今、カゲノイがいるの。二人、消え去るところだったじゃないっ」
蹴り飛ばされた相手は無傷だった。強いて言うのならスウェットがちょっと汚れた程度か。
「さっき触れて中にもう一人いるのはわかった。だから何? 別に、カゲノイは保護対象だけれど不慮の事故なら多少の事ぐらいしょうがないでしょ」
その言葉に勢いづいていたリルマが止まった。
「……え、カゲノイって保護対象なの?」
「これだから野良は」
首をすくめてリルマを馬鹿にしている。
それよりも、だ。どう考えても事故じゃない。
「そんな事より不慮の事故ですって? 今のはわざとでしょ。故意よ、故意っ」
リルマは顔を真っ赤にして叫んでいる。感情的になるのは駄目だ。相手の罠って思った方がいい。
「うるさいわねぇ。さっさとかかってきなさいよ。って言うか、今の一撃で終わりじゃないよね?」
どこか余裕ぶって美空美紀は笑った。その両手には黒い球体のようなものがくっついて何かを形作る。
それは篭手だろうか。本来、身を守るための防具だろうにボクサーのように見える。
「当然よ。ぎったんぎったんのべっこんべっこんにしてやるんだから」
リルマの右手も影になり、片刃の影が伸びる。リーチの差なら、負けていない。今のリルマなら、弱きになったりしない。
「それで、準備はいいの? そっちの大事な人との話はしなくていい? そのぐらいなら待ってあげる」
俺のほうを一瞥し、俺は後でいいとアイコンタクトを送る。もちろん、相手からの不意打ちを考えてのことだ。人質を取る奴が素直に話をさせてくれるとは思えない。
俺からの送信は上手く相手に届いたらしい。リルマは強く頷いた。
「……後でいいわ」
短い付き合いながら、意思疎通が出来るのは嬉しいもんだね。
普通に生きていれば視線を合わせただけで言いたいことが伝わるなんて滅多にない。だが、それがうまくいくのは相棒と呼べる存在だからだ。
短期間でありながら俺たちは相棒と呼ぶ(俺からだけだが)関係になった(と思っているのも俺だけだが)。
「……それより、名前、改めて聞かせてよ。同じ学園に通っているでしょ? 私はリルマ・アーベル。あんたは?」
影の刀の切っ先を相手に向けてそう宣言した。その姿は絵になった。
「そうね。せっかくだから名乗らせてもらうわ。私は美空美……」
「先っ制っ攻撃っ!」
左手にもう一本刀を発生させて、力任せに放り投げた。ヘリのローター部分のようなすさまじい回転をしつつ、美紀へと迫る。部屋に打ち捨てられていた棚のガラス部分が風圧の為か、音を鳴らしている。
相手の名乗り中に不意打ち……やり口が汚い。
「……へぇ、やるじゃん。来ると思った。けど、距離がちょいずれてるんじゃないの?」
そして相手は予感していたらしい。軽くステップを踏むだけであっさりとかわした。
しかし、リルマの狙いは美紀への不意打ちではないようだ。影の刀はカーブを描いて天井から伸びていた俺を縛るロープを断ち切ってみせる。
「へぶっ」
上手く着地できず、妙な声が出た。
「さすがね、啓輔。アイコンタクトだけで不意打ちと見せかけ、助けを求める作戦を伝えるなんて。これが相棒って奴ね」
リルマよ、俺はそんなアイコンタクトをしたことはないぞ。
幸か不幸か、美紀が避けた為に俺はリルマのところまで走って逃げることが出来た。美紀は動かず、俺たちを見ている。
「今のうちに何とか逃げて」
そういって相手の懐へ一歩で到達。躊躇なく影の刀を振り落とした。
「恋人救助を優先? 軽そうな癖に健気なところがあるじゃない」
刀を右手の籠手で受け止め、更には左手でリルマの腹部を狙った一撃を放つが、これを避け、リルマは更に刀に力を込めていた。相手を封じているのだろう。
「るっさい、影食いは市民を地味ながら助けるものよっ。あんたみたいにいじめたりはしないっ」
さらに押そうとするが、リルマの動きは読まれていたようで上体を逸らして避けられる。よろけたリルマの背中を躊躇のない美空の蹴りが追いかける。
「一回それは食らった」
刀を地面に刺し、そのまま前転。アクション映画張りの動きを見せつつ、美空の攻撃を避けて反撃に転じた。
「思ったよりも、やるじゃない」
美空はリルマから距離を取る。間合いもすでに把握しているのだろう。もしかしたらリルマの事は調査済みなのかも。
「リルマの言う通り、それが影食い。ただ、それだけ、正論だけが全てじゃないでしょ?」
「正しいっていうのがわかっているのならっ……」
「こっちは違うって言ってるの」
篭手と剣で打ち合いながら、喋る暇はあるらしい。しかし、恋人であることを否定しなかったところを見ると彼女なりに忙しいようだ。
当然だろう、リルマは相手が影ならともかく、人間だと不安がっていたからな。
「けど、いいのか、本当に逃げてしまっても?」
「いいわよ」
そしてリルマではなく敵対者が答えた。
「呼び出すのには使えたからね。逃げていいわ、役立たず。私が許可するから、ほら、さっさと逃げなさいよ。変に怪我されても困るから」
なんともむかつく相手である。しかし、さっきまでの笑顔ではなく美空美紀は心の底から喜んでいるようだ。
恐らく彼女は普通の生活じゃ物足りない人種なのだろう。戦うことに悦びを見出しているのかもしれない。本当にそうなら、ちょっと危ない人のようだ。まぁ、それでも相手の命まで奪ったりするやつじゃなさそうだ。
「リルマ、そんな奴に負けるなよ?」
「当たり前よ、あとで私の武勇伝を聞かせてあげるから」
威勢のいい返事を聞けたのでよしとしよう。俺は言われた通り部屋の外へと逃げ出すのであった。




