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影食いリルマ  作者: 雨月
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第三話:普通じゃない

 羽津学園にいた頃は、大学に入れば楽が出来ると聞いていた。

 素晴らしいキャンパスライフを送れると高校の頃、教師に言われたものだ。将来、楽をする為に頑張って今を勉強にあてろと言っていた。未来を見据える言葉はいつだって苦労を伴う。

 間抜けな俺はその言葉を聞いて信じ込んでいた。実際、俺の知り合いで大学に通っている人は楽しそうだったし、いつ勉強をしているのだろう思えるぐらい遊んでいたのだ。

 夜のバイト、連日の飲み会、サークル活動に頻繁に参加、イベントごとにも顔を出していた。大学に入れたらあの人の見たいにやりたいことや、自分の夢が見つかるんじゃないかと思ったもんだよ。

 後から知ったことだが、その人は夜遅く、というよりも早朝まで勉強をしていたそうだ。あの人は一体いつ眠っていたのだろう。

 そして、大学に入った俺が直面したのは講義の内容が難しいということ。当然専門的な知識が多い場所だから、単位を取るためだけでも、もっと勉強をしていかなければならなかった。

 バイトをたくさん入れるわけにもいかず、比較的少ない回数に落ち着いた。前期だけで、シフト制のバイトはやめている。

 時間を作ったら予習、復習を送る日々だった。おかげで、前期分で条件付きながら単位を落とすことは無かった。夢はまだ見つかってないけどな。

 結局のところ、どれだけ頭がよくなろうと終わりはないので大抵の人間は常に努力し続ける必要がある。俺はその道から外れたくてしょうがないのだが、あいにく特殊能力を持っていない。凡人として生まれた自分を呪うしかない。

 まぁ、全ての講義が厳しいわけでもなく、楽なものもいくつかあったからよかったのだろう。俺の友人たちは今後、必修以外は比較的楽なものへ入れようと話し合っていた。先輩からの教えで俺も楽に単位が取れると噂の講義を多めに入れておこうと思う。

 もう一生懸命走り続けるのは疲れてしまった。まだ社会に出てもいないのに怠惰な話だ。

「で、あるからして……」

 眠気を抑えてノートを書く。このおじいちゃん教授は点の付け方が甘いと聞いていた。講義さえ聞いていれば点数はとれるはずだが、見事に前期は試験を甘く見ていて駄目だった。試験の最後の問題が教授の趣味は何かという問題だ。きちんと講義に出ていれば答えはわかるとのことだったが俺はそんな話を聞いたこともなかった。

 さすがに空欄で出すわけには行かないので、しばらく悩んだ末に、料理と書き込んだ。

 ちなみに答えが、私は講義中に趣味の事を話したことはない。よって、わからない、個人的に聞きに来ていた連中は蚊に吸われた部分を爪でバツにすることが答えとのことだったらしい。

 わかるかよ、畜生。

 その問題分の点数が足りなかったので泣きついた。夏休みに一般向けの特別講義をやるからそれに出たら単位をくれるとのことだ(ちなみにまじめな生徒全員が間違えたらしい)。夏休み前に評価が出るので、事前申し込みという形だった。もし、欠席ならば後期の席はないと思えと脅されもした。

 だからこうやって休み中に講義、というより聴講会に出ている。いわば、真面目な生徒役を任されたのだ。よく考えてみれば真面目な生徒が単位を落とすこともないので、俺と同じく暇そうにしている連中はすべて試験がダメだった連中だろうな。ただ惰性で講義に出るのが真面目な奴ってわけじゃない。

 あくびをかみ殺し、ふらつく頭を気合で支える。そんな苦しい睡魔との戦いの最中、右手を引っ張られた。

「ぁっ……」

 危うく妙な声を全力で出すところだった。寸前で小声になったのは日ごろの行いのよさだ。

 まぁ、いくら声を出さなかったとしても、そんなことをされれば頭にくる。俺は隣の人間を軽く睨んだ。

「おい、何するんだよ」

 右側にはにやにやした女が一人いる。大学に入って出来た友達の一人で、名前を青木光という。頭の中がたまに空っぽなんじゃないかなと思える相手だった。

 顔はかわいいし、胸も大きいから黙っていれば問題はないんだがな。喋らせると俺的には面倒くさい性格をしている。

「ねぇねぇ、フラれたんだって?」

 もうその言葉だけで俺の心の中での友達ランキング圏外に行きつつある。

「……誰に聞いた」

 顔を見ず、相手の胸に話しかける。

「宗也」

 あの、ぽっちゃり系め。

 心の中で友人一名に悪態をつきつつ、ため息もついておいた。誰にもしゃべるなと言っていたのに、あいつがしゃべってしまうとは思わなかった。そういえば、裕二も知ってたな。

 人は秘密の話が好きだ。そして、共有したがる。

 内緒だよ、で始まる会話は大体、漏れる。本当に悪いのは自分自身。知られたくないのなら、他人に言うべきではない。

 それでも、共有したがって話してしまう。

「で、真偽はどうなの? 事実? それともでっちあげ?」

「事実だ。フラれたよ」

 じらすことなく言ってやると驚いた表情と両手を広げて驚きを見せた。お前、驚き方がオーバーだ。

「その割にはショック受けてないね。付き合う以前から仲が良かったんでしょ?」

「まぁ、な。一応、幼馴染だし」

 相手が驚くのもしょうがない気もする。

 どうしてだ、なんでだって気持ちもあったけれど、あの金髪との出会いのせいでどこか感情が狂っている。あれから元彼女へどうしてあんな別れ方なんだと連絡を取る気持ちは相変わらず湧かない。

 思い出や未練を恐怖が塗り替えてしまっているのだ。塗り替えた、というよりはすべて置き換わった。もう、あの悲しい気持ちが復活することもなさそうだった。例えるのならそうだな、体中にふじつぼが群生しちゃうよ的な恐怖心もあったな、うん。

 喜ぶべきことなのか悲しむべきものかは今の俺に判断できない。

「もしかして、衝撃的な出会いがあったとか?」

 時たま、頭の空っぽな人間のくせして核心をついてくることがある。

 この質問にどう答えたものだろう。

 素直に頷くべきか。自分自身でも結論に至ってないが、ふられて数分後には気分を変えられてしまったのは確かだ。得体のしれない、気持ち悪さ。全身をふじつぼにやられると考えてもらっていいだろう。

「その通りだな。確かにあった」

「おほっ、新たな恋の予感。まさしく私のライバル出現」

 相変わらずわけのわからない奴だ。こいつの言葉は信用ならない。

「……恋じゃないな。また別の感情だった」

 どうしてもおちゃらけた感じではなく、神妙な顔つきになってしまう。相手もどこか真面目な色を瞳に乗せていた。

「へぇ、何その出会い。余計興味出た」

「そうだな、あれは……」

「あれは?」

 俺は首を振った。こいつは大切なところで茶化してしまう癖がある。裕二と違って、真面目な相談するのはちょっと怖い。それによく他人に話を広めてしまう。相手が知っている奴、知らない奴、お構いなしが本当に迷惑だ。

 夏休みが明けた時、見知らぬ連中がこの事実を知っていたら面倒だ。もっとも、わざわざ俺に話しかけてくる奴はいないだろうが、こいつがすみれに突撃していって迷惑をかけるかもしれない。

「……ま、大して面白い内容でもない。気にしないでくれ。それで、そっちは何の用だ?」

 そもそも、青木に話したところで馬鹿にされて終わりそうだ。全身にふじつぼが出来るとか意味わかんないと言われそうだ。

「失恋した男ほど惨めなものは無いだろうからさ、声をかけてあげたんだよ。私の胸で泣く?」

 熟考した結果、俺は首を振った。

「必要ない」

 代償を求められそうで怖い。骨までしゃぶられそうだ。

「あとさ、ちょっと、惨めな匂いがするし」

 さわやかな笑顔でサムズアップ。惨めな匂いはあの時だけだ。

「……そうかい、濡れた犬の匂いとどっちが惨めだよ」

 濡れた犬って、なんであんなにくっさいんだろうなぁ。牛乳を吸った雑巾とどっちが匂いとして臭いんだろうか。

「んー、……ダントツで失恋した男だと思うね。一緒にいて気分が滅入る。謝ってよ」

「はいはい、それはすみませんね。もう話しかけてくるなよ」

「うん? わかった」

 適当にあしらってまた講義を聴く。それ以上、隣の青木は話し掛けてこなかった。

 長い講義が拍手喝采で終わるとまた腕を引かれた。

 てっきり、教授が俺のサクラっぷりに感謝しに来たのかと思った。ああ、感謝するのは俺の方か。

「今度は何だ?」

「デートしよ、デート」

 相手は青木。こいつを無視して教授の方へと感謝しに行くのがよさそうだ。

「さよなら」

「しかし、回り込まれてしまった!」

 無駄にいい動きしてやがる。薄着のせいで、揺れる胸に視線が行ってしまうのは男の性だ。

「はぁ、デートねぇ」

 何かにつけて俺はこいつに誘われることが多かった。理由を聞いたら兄貴に似ているからとのこと。てっきり、もしかしてこいつ俺の事を……と思ったこともあった。ま、実際は兄貴に似ているから、ただそれだけだろう。

 じゃあ、その兄貴を誘えよとも言えなかったりする。こいつの兄貴はすでに事故で死んでいるそうだ。青木からその話を直接聞いたことはなく、人伝で聞いた話だ。

 なんだかんだでこれまで彼女も居たから断ってきた。複数人で一緒にいるならまだしも、一対一で長い時間いたくない相手だ。

 ぶっちゃけるのなら、相手をするのに疲れるのだ。しかも、家に呼んだりして下手すると夜は十時過ぎても居座る時がある。

「光さん、帰らなくていいの?」

「え、うん。うちは放任主義だから、気にしなくていいって。まだ大丈夫だよー」

「……へぇえ、そうなんだー」

 これも友達から聞いた話。その時は日付を変えて、ようやく帰ったらしい。はっきり言える人間ならまだいいが、言わないとこうやってつけあがる。本当にいい迷惑だ。だからといって男の友達の部屋にはあがろうとしない案外、そこらへんはわきまえているのかもな。

「ほらほら、考えて」

「わかったよ、考える」

 わざわざ友達と遊ぶだけなら深く悩んだりしない。しかし、それを補って余りある負債となると二の足も踏みたくなるってもんだ。

「さぁ、今後を決める選択っ、どうする?」

 目を輝かせて迫ってくる青木に俺は行くと返答することにしよう。

「い……」

「イクッ、イクゥゥゥっ」

 青木はうざかった。

 あぁ、周りの視線が痛い。何人かは俺たちからより離れて歩き始めたりする。適切な判断だ。

「お前が言うのか……いいよ。今日はこれから暇だし」

「やった。んじゃあ、駅前のバッティングセンターで勝負ね。よく兄貴が行ってたんだ。それとさ、バッティングセンターはデートの定番だよねー」

 それってデートなのかと首を傾げつつ、一緒に歩く。駅前というと俺が彼女に振られた場所で、あの金髪に腕を掴まれた場所でもある。

「それで、犯行現場はどこかね。犯人は容赦なく、言葉のナイフで被害者の右記啓輔を惨殺したと」

 無駄に渋い声を出そうと頑張る連れに、俺はため息をつくしかない。

 ふ、二人っきりだね、周りからみたら私たち、どう見えるのかな。そんな青臭い展開もあるわけがない。

 今の俺たちが周りから見られたらベテラン刑事と相棒の刑事に見えるかもしれないな。

「ふられた感想はどうでしたか?」

「……わざわざ聞くのか」

 俺の失恋した場所を教えるよう言われたから連れてきたんだけどな。こういうところが、嫌なんだよなぁ。結局場所を教えてしまい、俺はあの金髪のことを思い出していた。

「うん、そりゃあね」

「よく覚えてないよ」

 恐怖が蘇ってきたので、青木を促すことにした。こいつが場所をバッティングセンターにしたのは俺がフラれた場所に寄るためでもあったんだろう。

「さ、もういいだろ。さっさとバッティングセンターに……」

 人ごみの中に、あの金髪の後姿を見つけた。あの時の二人組と一緒に歩いている。

 後姿なのに、あの金髪だと思ったのは何故だろうか。金髪なんて、駅前ならたまに見かける。

 あの金髪も視線を感じたのか、振り返ろうとしていた。

「どったの?」

 青木に話しかけられて、彼女の手を強く握る。馬鹿な話、俺は恐怖に震えていた。

 心の底から這いあがってくる震え。抑える方法は逃げることだ。いつだったか話した親戚のおじいさんとの話を思い出した。

「……あ、青木、もう行こう」

 俺は青木の腕を握る。力加減が出来ず、強く握りしめてしまった。

「え、ちょ、いきなり痛いって」

 非難じみた声に周りの何人かが俺たちの方を見た。しかし、今は気にしている場合ではない。俺と目があった青木はぎょっとしている。

「そんなに震えて、どうしたの? まずは、落ち着きなってば」

 おかげで俺は、少しだけ冷静になることが出来た。同時にこの場から逃げ出す嘘をはじき出す。

「……悪い。このまえ顔面にお茶ぶっかけてやった相手に見つかった。黒ずくめで、結構やばめの相手」

「え、どいつ?」

 相手を探そうとする青木の腕を強く引っ張って歩き出す。

「探そうとするなよ。次、見つけたら殺すって言われているんだ」

「え、ええっ。なにしてんのさ」

 急いでその場から逃げだして、バッティングセンターまでやってきた。妙な焦りと恐怖に首を傾げつつ、俺は青木に頭を下げた。

「すまん、いきなり手を引っ張って」

 多分、かなりの力を入れてしまったはずだ。事実、手を擦っている。

 青木は俺に握られた左手をじっと見ていたが、にこっと笑った。

「いいよ、普段拝めない強張ったあんたが見られたから、よしとする」

 それでも俺は青木に悪いことをしてしまった。

「もー、そんな顔しないでってば。ほぉら、元気になってってば。変な顔っ」

 そういって絶対に女の子がしてはいけないような顔を見せてくれた。

「ぷっ……」

 だめだ、こいつには勝てない。

「啓輔の表情もさ、すごく面白かったよ」

「……わりぃ、今後気を付ける」

「しかしねぇ、そんなに怖い相手に会ったんだね。まるで、お化けに怯える子どもだったよ」

 俺は何かを言い返そうとして、やめた。それは事実だ。みっともない顔をさらしていたのだろうから、笑われても仕方がない。

 嘘をついて逃げ出したわけで、俺にも上手く説明できる自信はなかった。あの女の子が怖かったと素直に言ったらこいつは確かめに行くだろう。

 どう転んでも変なことが起きる。触らぬ神に祟りなしとよく言ったものだ。

「ほら、せっかくのデートなんだからそんな辛気臭い顔しないでよ」

「……そうだな」

 俺は深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。

「じゃあ、気を取り直して勝負しようぜ」

「もちろん」

 このときの俺は、自分が負けるなんて毛ほども思っていなかった。


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