第三十八話:性能差
次の日、リルマの学園が終わるの待って喫茶店へと移動する。個人的に学園まで迎えに行ってもよかったが、リルマが友達に見つかると面倒だからと言ったので取りやめになった。
「どんな感じで面倒になるんだ?」
「紹介したら割と根掘り葉掘り聞かれそう。影食いの事を説明するのも大変だし……」
そもそもリルマは上手く説明できそうにないし、何て言ったら怒られそうなのでもちろん言わない。
「相棒でどうだ」
「何の相棒なのよ」
「……心の?」
「それ、本気で言ってる? 頭の具合を心配されるって」
「悪いなリルマ、俺の心の相棒は瑠璃ちゃんなんだ」
「それも私でしょ」
そういってため息をつかれた。そういえばリルマには瑠璃ちゃんが俺の妄想内の人物だと言ってなかったっけ。
熱く妄想の少女を語る俺を見ておそらくリルマは俺の頭の具合を心配してくれるだろう。ちょっとどころか、危ない人間認定されて終わりそうだ。
「そういえば学園出る時に美空にあったけど」
「へぇ、何か言われたのか?」
あいつ、学園じゃどんな感じなんだろ。猫被ってるのかね。
「ううん、私に対してじゃないだろうけど、笑ってた」
笑顔で過ごせるうちはいいもんだ。
「さて、それじゃ本題だな」
いつもの喫茶店で白井から聞いた話をすると呆れられた。
「何それ、自業自得じゃん。啓輔にちょっかいだして、影の中に取り込まれたって……」
「そうなんだけどな、その通りなんだけどな」
何で俺が無報酬でこんなことをしなきゃならないのだろう。今更ながら、外に出てきたら本当に何かしてもらおう。
胸の一つでも揉ませてくれと言えば良かったかもしらん。ああ、スリーサイズを測らせてくれって言っておけばよかったか。
まぁ、大して知りもしない相手のスリーサイズなんて興味ないが。直球で綺麗な女性が欲しいと言ったら間違いなく白い女が俺の家に居座ることになるだろう。
素直で可愛い女の子が突然俺の家にやってくるのならひゃっほうだが、得体の知れず、人を食ったような性格の女では骨の髄までしゃぶられそうだ。
「確かに、よくよく見てみればあんたの中に誰かがいるみたいね」
「わかるのか」
「うーん、わかるっていうよりはなんだろう……」
頭を掻きながら俺の目を見続けている。傍から見たらどう見えるんだろう。
「微弱に人の気配がするって感じかなぁ」
目を細め、俺の瞳の奥を覗き込んでいる。それでわかるのかどうかは知らないが、気配をぎりぎりで感じ取れると言ったレベルかもしれない。
「もし、出してくれたらこの町から出て行くってさ。俺は穏便に済ませてほしい」
これは俺からのお願いだったが、可能であれば角を立てないようにした方がいい。白井海は話が出来そうにない人間でもない。
ちょっと、いや、結構癖の強い人間かもしれないけど。
影を活性化させるなんて話をちょろっと白井に聞いてみたのだが、知らないとのこと。確かに、この羽津市では最近影が活性化しているそうだがカゲノイが原因とはあまり考えられないと言っていた。
まぁ、リルマを納得させるだけの条件だしな。何が原因か今は関係ない。
「で、どうだい? 色の良い返事は期待できそうかな」
「穏便には少し済ませそうにな……」
俺は速攻でリルマの両肩を掴む。
「ひっ!」
「なぁ、なぁっ、嘘だと言ってくれよ、相棒っ、あいぼーっ。どうしてだ? 白い服を着ているから白井か、なんて安直なんだろうって思ったからか?」
「いや、違うって……さ、さすがにあんたを襲った人間に対してそこまで優しくなれな……」
「言って聞かせるから、もう人間襲っちゃ駄目だって言うからっ! あと、黒井に苗字も変えさせる」
「わかった、わかったから、その表情をやめなさい」
困惑気味に俺から離れ、リルマはため息をついた。
「それ、やめてよね。切羽詰まってる人間の表情されると怖いってば」
「悪い」
「どうせ、出て行っても、ああいう類の奴はどこかで誰かが迷惑すると思うけど?」
カゲノイはいるだけで影を活性化させるだとリルマは主張している。あくまで活性化させるだけで何かがあるわけではないようだし、白井は違うとも言っていたし。
いったい何を信じればいいんだ。
「カゲノイが原因として、どういう原理で活性化するんだろうな?」
「……さぁ」
ここらもリルマはよく理解していなかったりする。信頼するには足りない。
しばらくリルマは悩んでいたが、頷いた。
「ま、いいわ。まずは目先の問題ね。許してあげる」
「おお、マジか」
「襲われたあんたが危機感なさそうに言っているんだもん。それに、そいつ個人も、本当に今は危険じゃないんでしょ?」
出会いが悪かっただけに、リルマの心配も頷ける。影食いリルマとしてではなく、俺の相棒として怒っているのが若干嬉しかったりもするが、俺の意見をのんでくれた方が嬉しいね。
「まぁな」
そこはたぶん、信用してよさそうだ。
「じゃあ、さっそく頼む」
「乱暴に引きずり出すぐらいなら……と言いたいけれど、あまり啓輔に負担をかけたくない。準備が必要だから後一日だけ待ってくれない?」
「ありがとう。てっきり、引きずり出して折檻するかと思ったぜ」
そうか、影食いされるから俺も痛いのか。やめときゃよかったけど、あの女が四六時中俺と意識を共感したり意見して鬱陶しいな。
「危険じゃない人間なら、手ひどいことはしないから……それに、またあんたにあんな顔をされるかと思うと怖くて出来ない」
白井に初めて会ったときは思いっきり蹴っ飛ばした気がするけどな。白井もそれが理由で俺に対し強硬手段をとったらしいが。そういや、リルマは俺の時も高圧的だったな。
あの後多少不安に襲われていたようだけど、今のリルマなら大丈夫だろう。
「それに、引きずり出したら衰弱していてカゲノイとしての能力も落ちてるわよ。それなら活性化もしないだろうし」
「お、そうか。そりゃよかった」
そんなことになるのか。
「……多分、だけど」
「とりあえず影食いをして引きずり出せば大丈夫ってことだろ?」
「……うん、そうね、大丈夫、大丈夫だから……」
その根拠がどこにあるのか知らないが、リルマはそういって帰って行った。不安そうな後ろ姿を見ると元気出せよと言いたくなったがあいつなりに頑張ってくれているんだ。今は信じて待っておこう。
帰り道、スマホを耳に当てるとまた白井の声が聞こえてきた。本来はスマホ無しでも連絡が取れそうなのだが、相手の声を聴くと言うポーズが何かしら必要らしい。俺が白井と話したいと思った時、向こう側の空の色が変わるそうだ。これで向こうから話が出来るようになるとのこと。
「よー、元気か。話はつけたぞ」
「感謝します」
「ああ、存分にしてくれ」
今更何かを要求できるわけも無い。俺が下半身で生きていたのならそういう要求をしただろう。
「あの、何だか悶々としたものを感じますが?」
「……色々とあるんだよ」
葛藤に打ち勝った俺は帰路へとつく。不思議なもので、白井と電話越しに話すのは悪くなかった。何より、これで一人暮らしも寂しくないからな。どういう仕組みで俺に電話をかけているのかはわからないが。
「短い時間ながら世話になった」
「それはこちらの……」
どこかゆっくりとした口調はなりを潜める。
「啓輔さんっ」
俺の名を呼ぶ声は警戒したものへと変わっている。
「……どうした?」
「誰か、尾けてきています」
「え?」
振り返るが誰も居ない。リルマってわけでもないだろう。良く俺の中に居て気配がわかるもんだな。
「どこにもいないぞ?」
「避けてっ。早く右へ避けてくださいっ!」
白井の言葉に反応できたのは誰のおかげか、神様が居るのなら神様だろうか。
鋭い影のようなものが俺のいた場所を通り過ぎ、電柱の影へと消えた。
「あ、あぶっ……あぶなあっ」
よろけつつも転んだりはせず、俺は移動した相手を見やる。
「へぇ、避けるなんて意外。愚図のくせに、無駄なことをする」
「……だ、誰だっ、隠れてねぇで出てきやがれっ」
少し凄んだ声を出すと、鳩のように喉を鳴らして笑う美空美紀が影から現れた。
「そんな凄んだって無駄だから。声震えてるし」
「美空、美紀? いったいどうして」
「あの子は……私を襲ったもう一人の影食いです」
「何? 美空美紀が?」
影食いリルマとどこかしら似ていると思ったのは、彼女自身が影食いだったからなのか。
「呼び捨てで呼ばれるほど、気安い関係じゃないけど?」
不敵な笑みを浮かべている相手は俺より年下の女の子だ。二度も年下の女に襲われるとは俺もついてないな。
「そういえば最近知ったけれど、影食いリルマとつきあっているんだって?」
誰だ、そんな嘘をついたのは。根も葉もないうわさを立てるとうそつきで逮捕されるぞ。
「何勝手なことを言っているんだ。俺はリルマの彼氏じゃないぞ」
しかし、残念なことに相手は貸す耳をお持ちで無いらしい。
「こんなところにいい人質がいるなんてね。ちょうどこっちの準備もできたし、そろそろ調べておかないと」
「だから違うって……がはっ」
美空美紀の姿が揺らめいたかと思うと、お腹に何かが突き刺さった。とっくに相手は俺の懐に入り込んでいた。
「うるさい。ちょっと静かにしててよ」
人間の、年下の女の子の拳ってこんなに鋭いものだったか。
いいや、そもそもあの短時間でここまで踏破できるものなのか。
俺の疑問に答えてくれる人はおらず、意識はそのまま闇に引き込まれた。




